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C面 300等分の嫁

 星系連合議会の進行は、地球と会議の流れと基本は変わらない。


 議題となる提案や報告。


 参加者でそれに基づく意見を交わす議論。


 最終方針を定める議決。


 人と一括りで呼ぶには、あまりに多種多様な生命体がそろって思考や嗜好が大きく異なっている集団でも、一つの意志の元に動く基本形の一つ。


 ただ話し合って決めようとするんだから、どうやって意見を集約するかが問題となる。


 そこは大宇宙を統治する政治機関だろうが、今日の夕食メニューを決める家族会議だろうが変わらず。


 うちの場合は議論代わりに、一回勝負じゃんけんだったり、短時間勝負する時間があるなら落ち物や、レースゲーでもいいが、さすがに銀河の命運がかかっているこの状況下で、PCOを攻略の肝に据えたからって、ゲームで決着をつけましょうとはいくはずもない。


 しかも星連議会議員はこの銀河にある恒星間航行技術を持つ星の政府の数だけいる。その数数十万が、俺たちの目の前に浮かんでいる。


 これだけの人数がいて、まともに個々の意見を主張した話し合いをするのは難しいんだが、そこは基本チート揃いな宇宙文明。


 それをどうにかする方法がある上に、俺には不可能と来たもんだ。


 仕方ないんで、前回は時間的な制約もあったから狙いを絞り、確実かつ最大限の収穫を狙うって、ちと基本形が過ぎるが、基本こそ王道って感じで切り崩して、地球の時間流停止フィールド開放とその後のごまかしまでは許可を得たが、諸々な制約を喰らって、現状は完全に勝ちきるまではいかずって所だ。



「特別召喚者報告を元とした議題であるため基本時間を銀河標準時1時間。それぞれの持ち追加時間を1分とし、最大3時間……」



「一番引っ張って三時間か。リアルの状況は?」



 とりあえずの報告と提案が終わり、議会中心ポイントの演台から見て議員さんらの後ろ側になる特別報告者用の席へと転移した俺らは、議長さんの進行説明に耳を傾けつつ、次のラッシュが始まる前に、リアルに変化がないか確認しておく。


 時間流を遅延させている地球は大丈夫だろうが、俺とアリスがこっちに拘束されている間に宇宙側で何か仕掛けてくる可能性も高い。


 一応の用心として遮音フィールドを展開して、こっちの会話に聞き耳をたてているであろう皆様も牽制しておく。



「特に問題は無し。シャルパ姉の乗っているフォルトゥナが最後の跳躍をするのが、5時間後だからぎりぎりかな。空間状態は……安定。この数値ならあの性悪羊が失敗するわけ絶対に無いから、嫌みなほどきれいに時間通りタッチダウンしてくるよ」



 完全にこっちに引き込んだとはいえない所為か、それとも昔相当しごかれたので今でも苦手意識が強いためか、バルジエクスプレス社長にしてフォルトゥナナビゲータでもあるレンフィアさんの話題に顔をしかめ、うさ耳をわちゃわちゃと動かす。


 安全、正確、時間厳守と、お手本みたいな跳躍で評判いいからなレンフィアさん。


 跳躍ナビゲート距離では他の追随を許さないが、力任せで無理矢理に跳んでみせるアリスとは対極なアリスのお師匠さんだ。



「上手くいけばこれからは四六時中顔あわせることになるんだから、ちっとは我慢しとけ。そう露骨に苦手にするから、逆におもしろがっていじられんだよ」


 

「……くっ。シャルパ姉さえ乗ってなかったら、跳躍ジャマーを採算度外視で撒いて到着を遅らせてたのに」



 読んで字のごとく、こっちに戻ってくる現界時に必要以上にエネルギーを使わせて、船を一時的にダウンさせる妨害兵器なんだが、通常航路外でもそんなの撒いたら一発で海賊行為認定される代物。


 レンフィアさんの跳躍ナビゲートが正確かつ、暗黒星雲内で比較的安全な跳躍可能ポイントが決まっているからこそ仕掛けやすい。


 だがそれをやったら、星連はどうにかしてもレンフィアさんにはバレバレ、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃねぇ。



「母娘そろって星連法違反すんな。エリスのもみ消すだけで手一杯だっての。正気に戻っとけ」



 今の発言だけでも、耳に入ったらいろいろ絡まれて面倒なので、とりあえずアリスをパージして自分の身の安全を得るために、左右のうさ耳を目覚まし時計を止めるかのごとく同時に軽く叩いておく。



「あうっ! むぅぅっ……冗談なのに叩かないでよ」



「作戦作戦。会話は聞こえて無くても注目はされてるだろ」



 遮音フィールドを張っているのでこっちの声は聞こえないが、もちろん外からの音も議長さん以外は聞こえないが、こちらを注視していた議員さんらの顔色や姿勢を見れば、微妙に変わったように見えなくもない。


 特に獣人系な人らは反応がわかりやすいんで、実にありがたいこった。    


 互いの信頼度が力の目安となるディメジョンベルクラドとそのパートナー。


 さらに言えばアリスは滅亡したとはいえ、かつて銀河を制した大帝国皇家末裔。


 それが喧嘩三昧で、しかも俺のアリスに対する扱いがぞんざい。


 二大派閥の旧帝国系やら反乱軍系の議員さんらが、これを見てどう動くことやら。



「うわ。あくどい笑顔。ふんだ。今度はDV夫だって評判が出るんじゃない?」 



「はっ。今更悪評の一つや二つ増えようが気にしないっての。第一悪名の大半を作ったのはアリスだろ。まぁ、多ければ多いほど後々使い勝手がいいから結果オーライだ」



 互いにジャブな軽口を打ちつつも、軽口を交わすうちはまだまだ余裕。この後に控えている本番じゃ、会話をする余裕なんて無くなる。



「では自由議論へと移行します。議論フィールドを発生。星系連合議会参加者として理性と情熱を持って、意義ある議決を得られるように皆様方お願いいたします」



 ラッシュ間でのテンションを維持するためいつものコミュニケーションをしていると、議長さんが議事進行説明の終わりと共にゆっくりと頭を下げる。


 銀河を統べる最高意志決定機関の議長さんらしい品格を伴う締め。



「んじゃいくよ! リル! 分割意識サポート開始! 秘技多重分身スリーハンドレッドモード!」



 それに対してアリスの方はといえば、テンションをさらに跳ね上げたオタ芸ムーブってのは、議会侮辱罪に当たらないんだろうか。


 絶対必要ないだろう印を何度も組んだ後に、必殺技を放つかのように大声で宣言する。


 アリスの姿がぶれて、次の瞬間には残像のように、だけど実体を持って横や後方に広がって、300体に増殖していく。


 前を見ればほかの議員席の議員さんらも、自分の分身、正確にはコピー体を増やしていき、隙間も多く広々としていた議会場が、みっちりと埋まっていく。


 これが星連議会の特徴かつ、この議会場空間がやたらと広くとられている理由。


 短時間で濃密な、そして個々の主張を存分に交わすために取られる方法が、このコピー体増殖による自由議論。


 おのおののコピー体は、常に情報を相互交換しリアルタイムで更新。


 あっちで激しい討論を交わしているかと思えば、同時に別の場所で冷静な政治取引をし、また別の場所では他者の主張に耳を傾ける。


 あまりの情報量の多さに普通なら脳神経がバグりそうなんだが、そこは恒星間航行やら空間跳躍さえできる科学力を持つ銀河文明。


 生体強化+サポートAIの力を併せて、無理なくこなせるらしいが、ここがVRだろうが俺には無理だった。


 前に試しに5人でやってみたが、吐き気と頭痛を覚えて即座に中止したくらいだ。


 アリス曰く、上手くこなすこつは慣れだそうだが、酒は飲めば飲むほど強くなる的な乱暴な学生理論と同等だと思わなくもない。



「「「「「「「「「「アリシティア・ディケライアここに推参!」」」」」」」」



 コピー終了と共に一切の乱れない統率されたタイミングで、それぞれ微妙に違うポーズを決めたアリスの群れがいつもの名乗りをかます。


 ちなみにアリスの場合は300コピーが限界ではなく、リルさんのサポート能力も相まってその10倍、100倍でもいけるそうだが、大軍に挑むなら300って数が縁起がいいからだそうだ。


 それの元ネタ、両者が全滅してんぞ。


 しかもそれ以外にもいろいろと小ネタを仕込んでやがるし。前準備の大半はアリスのこだわりだ。  


 

「そんじゃ打ち合わせ通り4分割ね。あたしが清風会側。そこのあたしが紺碧会側。で、そこのあたしが新清風会、そっちが新紺碧会。それぞれの会でのコードネームは分割調整通り。同一艦種は改装後は新をつけるか改装二式、三式で」



「あ、ネオ日本武尊の扱いはどうする?」



「そこは新清風会側の割り当てでいいでしょ」



 アリス達が四グループに分かれて、それぞれの役割分担最終調整を始める。



 それぞれの役割を明確にするために、コードネームをつけるのは理解するが、何でそこで仮想戦記の兵器群をチョイスする。



「なら、それぞれ全く別の作品もってこいよ。ダブってわかりにくいじゃねぇか」



「もう分かってないなシンタは。それぞれに考えの違いを設けても、根っこは同じなんだから」  


 俺の当然すぎる突っ込みに、一斉にこちらをぎろりと睨んで、うさ耳を立てて威嚇して来やがる。


 コピーと言っても全員が全員同じ嗜好条件では無く、それぞれ微妙に変化をつけている。調子の良いとき、悪いとき、機嫌のいいとき、悪いとき。浮かれているとき。落ち込んでいるとき。


 そのときの状態で考えや、捉え方なんていろいろ変わる。


 パラメータ調整じゃないがそれを意図的に再現して、多角的目線から情報をとらえ判断する。それが目的らしいんだが、



「まず無印と新に対する考えだって違いが大きいんだから。無印清風会所属のコードネームが日本武尊のあたしは、いくら前世の知識でチートだからって、昭和、しかも大戦時に核融合炉やレールガン主砲を導入はどうかって派。やっぱり主砲一斉発射の轟音と爆炎は必要でしょ。大物狙いで切り込むよ」



「そして新清風会側のコードネーム新日本武尊なあたしは、超兵器こそ戦場の華。やっぱり大型戦艦が無双してこそ仮想戦記な派閥。大勢相手にどかんと一発かましてあげる」



「はーい。あたしは富嶽号。潜水航空母艦は浪漫の極致。深く静かに潜航せよって感じで立ち回って、ターゲットに一気に決めるよ」



 突っ込みどころは多いが、とりあえずそれの敵役は今アリス群れが名乗っている旧日本海軍だ。



「ほら今のでわかるでしょ。一人の人間でも頭の中にはいろいろな違いを無意識で抱えているの。それを表現してるんだから。この矛盾こそ人の性なんだから」



 日本武尊アリスが偉そうに宣い、後ろのアリス群れも、うさ耳と合わせて一斉に頷いて見せるが、おまえらのそれは、人の性なんてご大層なもんじゃなくて、ただのオタ気質からくる、しちめんどくさいこだわりだ。


 ただそれを突っ込むと、1対300な絶望的な戦いになるんで黙っておく。


 夫婦間の平穏を保つ秘訣は、嫁さんの機嫌とりにかかっている。既婚者な先輩社員全員の一貫したアドバイスをありがたく採用させてもらおう。



「でもコードネームなら、やっぱり太陽系の惑星で当てたかったかな」



「そうだね。でもそれじゃ数が足りないよ。対象を最終作まで増やしても全戦士動員してもネームド300いかないでしょ」



「そこは実在の星を割り当てて、ねつ造でも良かったんじゃないの?」



「えーでもそうすると役割的にシンタの服装がタキシードだけど……似合わないでしょ」



「あー似合わない、似合わない。どっちかって言うと鬼畜なんだから、スーツに眼鏡か、白衣?」



「変わり種で競泳パンツとかもおもしろそうだけど」



 おい。違いがあるとは言ってるけど……おまえら絶対同一パラメータだろ。 


 んな、くだらないやりとりをしている間に、ほかの議員さんらもコピーが完全に終わったのか、議場全体にブザーの音が響き、自由議論の開始を告げる鐘が響く。



「あーともかく局地戦は任せる。こっちはこっちで全体を見て動くから」



 アリスや議員さんらと違い、こっちは一人。まともに当たったらやれることなんてたかがしれている。


 となりゃ俺がやるべきはプレイヤーではなく、本職のGM家業。


 これをイベントとしてみて、全体をこっちの目的側に誘導だ。



「「「「「「「オッケー。じゃ第二ラッシュ開始だね」」」」」」」



 1音乱れぬサムズアップで返してくる、かしましいを通り越して精神兵器級なアリス群れを見ながら、俺は内心で密かに安堵する。


 最初にこのコピー分身を聞いたとき、浮気に当たらずお手軽ハーレム気分ができるかとちょっと考えたが、アリスは良くも悪くも一人で十分。消化不良で胸やけを起こしそうだ。


 口にしなくて良かった……マジで。 

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