A面 目に悪いと判っていても暗さは最高の臨場感を生む舞台装置
少しばかり型落ちなフルダイブ、ハーフダイブ兼用機のシートに腰掛けた麻紀は、首筋のコネクタと、マント型携帯VR端末機の襟元を接触させ直結し、ついで止め紐型に加工したケーブルをシート横のプラグに差し込む。
「Schwarze Morgendämmerung zweiコンタクト開始っと」
自動起動して目の前に浮かび上がった仮想コンソールを叩き、接続設定を変更。校内ネットワークを経由して、PCOサーバーへと接続する。
本来なら校内から外部への接続は、生徒が使用する機器は有線、無線両方共に原則禁止だが、授業や部活動、校外研修の一環であれば講師立ち会いの下に許可される。
校内アーカイブの古いデータを、PCOで実際に活用し問題点を浮かび上がらせ今風に改良するという名目で、許可されていた。
アンネベルグで使用している内装全面を曲面までリアルモニターで覆っていたゲーム用端末筐体機と違い、学校の機器は側面にサブ2つと正面にメイン1つで、後はむき出しの耐火プラスチックの地肌が見える遊び心の少ない、どこか事務的な物。
この辺りがゲーム用機器と事務機の、そして没入感の違いとして出ている。
麻紀の使っているマント型端末機なら、リアルモニターの間を仮想モニターで補って、擬似的な全面モニターにすることもスペック上は可能。
だが、その場合はマントもフル稼働になって、廃熱処理が追いつかなくなるので、いくら筐体に冷房機能がついていても、夏場という事もあり筐体内が蒸し風呂状態になるのは確定。
暑いのは勘弁だが、何事も形から入る麻紀としては、リアルをどうしても思い出す無個性なのも気にくわない。
だからちょっとカスタマイズして、内部照明を最大まで落として、仮想コンソールとモニターの光量を少しだけ強化。
薄暗い暗闇の中にモニターの明かりだけが浮かび上がる仕様にしてから、IDとパスを叩いてログイン。
僅かに待機画面を表示していたモニターは、すぐにログイン処理を終え麻紀の搭乗艦である『ホクト』の艦外映像へと切り変わった。
照明が所々歯抜けになった少し狭苦しいドックの壁面には、手書きの卑猥な落書きやら、いつの物かも判らない古い油染み、船体がぶつかって出来た無数の傷跡が修繕も無しにほったらかしになっている。
よくよく見ればドック内は無重力状態。整備員が置き忘れたらしき工具類や、オイルの空き缶などがちらほらと浮いているのが見えるほど、規律が乱れていた。
「うん。予想通りいい感じの古くさい雰囲気」
光量を絞った暗い筐体内と、規律の乱れた古いドックの艦外映像がマッチングし、没入感が増したことに麻紀は笑顔を浮かべる。
過去の大戦で、いくつもの惑星が破壊され放棄された廃棄恒星系にある小惑星帯。
そこの半壊した今は名も無き鉱石採集大型コロニーこそが、麻紀達が所属する非合法な情報収集販売組織の拠点の1つで、麻紀の乗艦であるホクトが停泊しているドックの現在位置だ。
きちんと整備された正規ドックと違い、規律感の低い裏組織のドックは、整備速度や補給速度、また改良時のスペック上昇に一定のペナルティが加わり、正規に比べてドック内事故も起きやすくなる仕様。
その代わりに正規ドックでは不可能な、違法改造や違法機器の設置、盗品や奴隷売買、他船から略奪した機器の装備など、それこそ裏家業らしい行動が可能となっている。
色々と特殊なことが出来る上に、ドック使用料の倍の追加料金を払えば、正規ドックと変わらない整備速度や事故率となるので、正規ルートユーザー達から、不公正なのでもっと追加料金や、デメリットを強化しろ。
逆に非合法ルートユーザー達からはドックの利用回数は多いのだから、お得な定期パスみたいな物を実装しろと、色々と物議を醸し出している設備だ。
無論スペック至上主義な麻紀は後者。お金さえ払えばしっかりと整備してくれるならと、毎回倍の料金を支払っている。
それでもゴミ等が浮いてみえるのは、いわゆるフレーバー、この法が非合法組織ぽい見た目らしいとの事だ。
昨晩ログアウト時に設定していた整備や物資補給が全て終わっている事を確認した麻紀は発艦準備に入る。
補助ツールを呼び出しサポートAIを選択。情報収集・分析に特化したアンネベルグ謹製の『イシドールス先生』を立ち上げ。
『おはようございます。マスター麻紀。本日のご予定はいかがなさいますか?』
「特殊船体装備『グランドアーム』の購入と初期スキル取得ね。ここから一番安全で近い取得可能宙域を検索して」
『了解致しました。アーケロスファイル『販路データ』の特別アクセス権をお持ちですが使用なさいますか?』
「もちろん。無料だしそのほうが早いでしょ」
『特別アクセス権を使用しデータへアクセスします』
美月に送られてきた実装アイテムの販路について記載されたアーケロスファイルは、既に所属する情報犯罪組織へと功績ポイントへと引き替えで提出済み。
組織はこの情報を、アイテムティアにあわせ、プレイヤーへの組織信頼値や料金で変動するが、所属プレイヤーには格安、低信頼値で、それ以外のプレイヤーへは高額、高信頼値で販売している。
PCOは情報を重視したゲーム。プレイヤーがゲーム外の攻略サイトでアイテムの販売星域や出現方法を知っていたとしても、ゲーム内で情報を集め、フラグを立てなければ、低ティアの初期アイテム以外は購入どころか、売り切れ状態で商品リストにさえ登場しない。
商品に関するアーケロスファイルは、その初期フラグを建てたり、売り切れ状態を解除するための情報を取得出来るフラグキー。
他のアーケロスファイルも賞金首リストや星域調査データ等、どれもがイベント発生やイベント地点発見のフラグキーとなっている。
麻紀の場合は、商品販路のアーケロスファイルは、パーティを組んでいる美月がファイル提供者なので、中位クラスティアアイテムまでは、無条件、無料でアクセスできる特別パスを与えられていた。
『検索終了。ブラックマーケット『ウォーレン星域試験場』がもっとも近隣で安全度の高い武装購入、スキル取得可能ポイントとなります』
検索を追えたイシドールス先生が、サブ画面に今の拠点ポイントから3つほどブラックゲートを跳んだ辺境星域にある違法技術者が集まるブラックマーケットを表示した。
有力星系国家や正規のゲートルートからは大きく外れた辺境域なので、強力なNPC巡察艦隊もおらず、またブラックマーケットという事で多くの勢力が集まりやすい易いように、近隣での海賊行為が禁止されている星域になっているようだ。
また そこまでのゲートは全て所属する組織が跳躍権利を保有するか、友好度の高い裏組織が保有するので安く跳べるのも高ポイント。
しかもアーケロスファイルでフラグを立てたので、購入前にこなさなければならないちょっとしたお使いクエストもスキップ可能となっていた。
「オッケー。じゃあ今のデータを美月に送信。発進準備」
最上の答えに是非も無し。麻紀は今のデータを固定パーティを組んでいる美月に送信すると同時に、待ちきれずに主機関へと火をいれ、ゲート開放を指示する。
表面が所々錆びついた巨大な気密隔壁は、レールに物でも挟まっているのか、それとも整備不良で不調なのか、時折不規則に止まりながら、徐々に大きく口を開けていく。
管制官なんて気の利いた者は存在せず、自動応答の航路管制AIの指示に従い、離脱航路を設定。
気密隔壁が完全に開くと、ガイドライトさえほとんど切れた古くさく、暗い艦船用通路がぽっかりと姿を現す。
やはり筐体内ライトを暗くしたのは正解だった。
麻紀の選択したランドピアースは、生身の肉体を捨て、船を身体とした精神体種族。
暗い筐体内で麻紀の視界にあるのはメインモニターから見える光景と、サブ画面の各種情報表示のみ。
暗闇に己が浮いているような錯覚。
「いくわよ。ホクト発進!」
種族設定通りに自分が艦と一体になったような感覚を覚えながら、マントを一度手で払いポーズをつけた麻紀は補助スラスターに火をいれ、許される限界速度でドックから飛びだした。




