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A面 それぞれのゲーム攻略 サクラ編

 PCOでは、慣れ親しんだプレイヤー名のチェリーブロッサムを改めて、日本風に合わせてオウカと名乗る、サクラ・チェルシー・オーランドは朝からこの上なくご機嫌だった。


 サクラの機嫌の良さは、その朝食をみればよく判るだろう。


 長期宿泊しているホテルの朝食バイキングの卵料理コーナーで、生クリームがたっぷり入ってふわふわの出来たてミニオムレツをまずは二つ。


 オムレツには厚切りベーコンがたっぷり入ったチーズソースをかけて、付け合わせに中を少しだけくり抜いてマッシュポテトをちょこんと乗せたフルーツトマト。


 そこにソーセージを二本と、かりかりの厚切りベーコンを一切れそえて完成。


 ホテル自慢だという焼きたてパンコーナーからは、様々な味があるマフィンから、プレーン、ナッツ、きなこの三種を2つずつ選択。


 ドリンクはフレッシュ林檎ジュースと、絞りたてオレンジジュースで悩んだ末に、贅沢に両方を合わせたサクラスペシャルを作成。


 母の故郷である日本の食事にも、多少は慣れていて愛着もあるが、根っこの部分は米国なサクラとしては、その日の活力源である朝食にはしっかりとしたアメリカン・ブレックファストがベストだ。

 


「サクラ。もっと野菜もとらなきゃダメだよ。好きな物だけ食べさせるなって姉さんから言われてるんだから」



 自分の好きな物だけを選んで、何時ものお気に入りの窓際のテーブル席に付いたサクラに対して、先に席に着いていた若い叔父の宗二が何時ものお小言共に、サラダを盛っていた小皿を差し出す。


 サクラとは違い宗二は、和風で染めた朝食を選択している。


 玄米ご飯。鮭西京焼き。シジミの味噌汁。漬け物二種。それと大根切り干しとほうれん草のおひたし。後はサクラと同じ内容のサラダという組み合わせだ。



「サクラは野菜も取ろうとしてケチャップ多めにしてたのに、宗二にぃがケチャップは野菜じゃ無いなんて言うから」



「それ昔姉さんがぶち切れて、義兄さんをダイエットさせた時の決まり手だったから、止めときなさい」



 姪っ子が、父親と同じく生野菜の優先順位はかなり低いのは、ここ半月のホテル暮らしで確認済み。自分用の朝食と一緒に用意しておいた小皿を出すのは、宗二の日課となっている。


 もっとも叔父がサラダを用意してくれるのは判っているので、その分自分の好きな物をサクラが多めに取ってきているとは気づいていないようだ。



「それじゃサクラ。手を合わせて」



「「いただきます」」



 向かい合った二人は声を合わせてから、食事を始める。

 

 夏休みということもあり、他にも子供連れの家族は多いが、親子というには年が近すぎ、しかも見た目は純日本人の二人が交わす会話は英語のせいか、少しばかり周囲の注目を集める。


 宗二としては周囲の目線が気になってはいたが、しかしそれも最初のうちだけ。


 一月ほど前に来日してから、ずっと拠点としているホテルなので、従業員や他の長期客とは顔なじみになって、朝の挨拶を気軽に交わす関係を築いている。


 彼らが気にしなければ、他の短期客も日常の風景の一部だとしてすぐに認識するようなので、すぐに目線は離れる。 

  

 

「で、サクラ。今朝の動画でどう思った? やっぱりあの二人?」



 シジミの味噌汁をすすりながら、早朝に行われたメンテナンスアップデートと共に、公式ホームページにあげられたデモプレイ動画の感想を求める。


 今回のイベントでトップ争いをしているプレイヤー達が、軒並み苦労しているという高難度クエスト【暗黒星雲中枢調査】。


 別ゲームとはいえ腕に覚えのある熟練ゲーマー達を、まるであざ笑い煽るように、軽い痴話喧嘩じみた会話を交えながらクリアしていく映像は、プレイヤー達に衝撃を与えているようで、朝から情報交換板はアップデートされた内容も交えて一騒ぎが起きている。


 そしてプレイを”魅せつけ”たのが、一部では廃神ゲーマーとして有名だったというディケライア社長アリシティアと、また同じく名前が挙がる度に一部から罵詈雑言が飛び交う名物ゲームマスターミサキのコンビだ。 


 

「はむ? ……そうだよ。あれシンタとアリスで間違いないよ。生身と探査ポッドの違いはあるけど、あの息の合った空中戦闘機動には、私もHFGOでやられたよ」



 口の中に入れていたオムレツを飲み込んだ、サクラは自分がやられた記憶を語るわりには、明るい笑顔で答える。


 だがその笑顔の奥の瞳はぎらぎらしており、リベンジに燃えている様が見てとれる。


 上機嫌の理由は、打倒を目標とする標的達のプレイをあらためて見たからという、実にゲーマーらしい理由だ。



「ダッドの事もあるけど、やっぱり日本に来て良かった。マキとのバトルも良いけど、あの二人に挑むために海を渡ったんだし~」



「そうなるとやっぱりイベントで絡んできたのはあの二人で間違いないって事か……日付が合わないけどね」



 一方で宗二はサクラの回答に、難しい顔を浮かべながら、鮭の切れ端を口に放り込む。


 こうみえても姪っ子はプロゲーマー。それも州代表となり全米大会でもベスト4に入るほどの。


 そのサクラがこうも自信満々に断言し、再戦を強く望んで上機嫌になっているのだから、今朝のプレイ動画の2人組と、記念イベントでサクラを翻弄した2人組が同一人物達、つまりシンタとアリティシアで間違いは無い……はずだ。



「どうしたの宗二にぃ。サーモンあんまり美味しくなかった?」



「西京焼きなんてあっちじゃ滅多に食べれないから、美味しいは美味しいんだけど、ちょっと別件が気になってね。サクラ。僕達は日本にどうやって来たか、何日かかったか覚えてる?」



「飛行機がダメになったからって、船でハワイ経由で2週間だよ。サクラあんな大きな船に乗った初めてだったから、すごい楽しかったよ」



「それは良かったよ。僕なんかは船酔いで結構やられたけどね……そう僕らの乗った船は大型船で、少し時間は掛かるけど2週間もかかるんだ」



 サンクエイク後、多発する成層圏での電磁障害の影響で、一部の航空機や地域を除いて、飛行禁止処置が全世界で取られている。


 人との行き来や物流に大きな影響が出ているが、それでも混乱が最低限に収まっているのは、リアルタイムで全世界と情報交換が可能なほどに高度に発展した情報通信技術と通信網であり、それをさらに盤石としたのがディケライアがもたらした、量子通信をさらにブラッシュアップさせたという粒子通信技術だ。


 オンラインでは近くでも、リアルタイムでは遠い世界。それが今の世界の現状。


 だがその世界で、例外がいることに宗二は気づいた。正確にいえば気づかされた。


 他ならぬ三崎にだ。



「だけど三崎伸太の動向を探ると、彼は僅かな期間で、日本とアメリカどころか世界中に現れているみたいなんだよね」



「それってあれ? サクラたちと同じように参加している人達の所に現れたって話」



「そう。接触できた人の全員が全員、日本に来ているわけじゃ無いけど、ゲームに参加している。国外からの接続は出来ないはずなのに、三崎からもらったっていうパスでね」



 オープニングイベントの時に、クラッキングして手に入れたゲーム参加者特別リスト。


 その中には宗二やサクラの名前以外にも、高山美月や西ヶ丘麻紀の名前も挙がっている。


 そして他のリストの名前を詳しく調べて判ったのは、宗二や美月、麻紀を除き、他は外国籍の者が、それも国籍がばらばらで多いこと。


 そして麻紀を除いてその全てが、家族、親族、恋人が月のルナプラントに勤めていたという事実だ。


 アメリカに住む姉を通して、ルナプラント遺族会経由で連絡を取って貰い、リストのうち幾人にか接触が出来たが、誰もが口を揃え同じ証言をしている。


 悲しみに暮れるある日、突然現れた日本人のサラリーマン風の若い男からその大切な者からの短いメッセージ動画を見せられ、【ゲームに参加すれば、大切な者のことを知る事が出来る】という内容をつげたという物だ。


 普通ならば、詐欺を疑うような眉唾な話だが、サクラも宗二も同じ体験をしている。


 サクラの父親と、宗二の婚約者が同じ画面に写り、サクラの近隣の大会での成績を褒める父親だったり、サンクエイク後に発行された学術書の購入を頼む学者バカな婚約者の動画。


 それはサンクエイク後に生きていなければ知り得ない情報であり、二人とも本人で無ければ出てこない台詞回しだった。


 技術の発展で似通ったフェイク映像はいくらでも作れる。そう疑うのが当然だ。


 サクラは父親の生存を心底から信じているが、宗二は、どうしてもサンクエイク時に月面にいた婚約者が助かるなんて、都合の良すぎる奇跡を信じ切る事が出来ない。 


 どうやって? どうすれば?


 その具体的根拠を、信じ切れるだけの理由を求めてみたが、調べれば調べるほどますます泥沼に嵌まる一方だ。



「宗二にぃ。まだお姉ちゃんが生きているって信じてないの? だから今回に一連の事件は宇宙人の仕業だって。もうちょっと待っててよ。マキに完全勝利してエイリアンの企みは全部暴いてあげるから」



「サクラの理論でいくとサンクエイクも、三崎やディケライアの仕業だったよね。技術的に太陽をどうこうするってのもあるけど、さすがに地球人全員を檻に閉じ込めて平然とゲームを楽しんでいるのはいないと思うよ」



 三崎やディケライアが何かを知っている。ルナプラントの何かに関わっているのは間違いない。それは宗二も認めざる得ない。


 しかしいくらそれらを認めても、さすがに姪っ子の超理論には賛同は出来ない。



「そこはあれだよ。ゲーム世界を通して全世界を征服っていう壮大な野望があるんだよ。ほら昔あったでしょ。地球人を全員電池にして電脳世界に閉じ込めるっていう映画」



「あれ映画だからね。ここはリアルだから……姉さんがVR中毒を心配する理由も判る気がしてきた」



 リアルとVRの境界線がどうにも曖昧な姪っ子に、さすがに宗二も心配を覚える。


 技術的問題は横に置いておいたとしても、どこの世界に全世界を征服する手段に、ゲーム運営、開発を選び、しかも楽しそうに没頭する征服者がいるというのだろうか。


 義兄を失ったばかりで傷心なはずの姉が、一人娘のサクラを母国へと渡らせた理由が『今の日本ならVRゲームに時間規制があるから、ゲ-ム離れに丁度いいかも』と言っていた辺り、なかなか根が深い問題だ。


 しかもその姉の望みも空しく、サクラは本国にいたとき以上のゲーム三昧な生活なので、帰すときにどう報告した物かが宗二の悩みの一つだ。



「どうしたの宗二にぃ。難しい顔しちゃって。次のクエストで悩んでいるとか?」



「今日はゲームは無理かな。ミサキの所属しているソフトウェア会社への取材を申し込んであるから、その後も、関連会社へのインタビューやら色々とやること多いからね」



 裏から探るにも限界はある。手詰まりな時はあえて真正面からぶち当たってみるのも手の一つ。


 PCOは複数の企業が集まりゲームを開発、運営しているが、その中心にいるのは三崎が本来所属するという中堅ゲーム会社ホワイトソフトウェア。


 本業である産業ジャーナリストとしての伝手も使って、来日してすぐに取材申し込みをしていたが、他にもインタビュー申し込みが殺到しているらしく、今日になってようやく適った形だ。 



「そっか。じゃああたしはいつも通りやってるね。適当にNPCハントしてスキルレベルアップ。違法技術者が実験しているっていう噂の宙域に乗り込んで、バウンティハントってのがお勧めクエスト一覧にあったから、それやるつもり。マキ情報が入ったら予定変更だけどね」



「美月さんはともかく、麻紀さん。あの子が異例なのは確かだからね。ただゲームに没頭してお昼を食べるのを忘れたり、お菓子で済ませないように。ルームサービスで予約しておくから」



 ゲームに関するプレイヤー戦闘スキルでは姪っ子の足元には及ばない。


 ゲーム内はサクラに任せ、ゲーム外から宗二がディケライアと三崎を探るというコンビプレイが、年の近い叔父と姪のPCOに対する攻略手段であった。

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