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B面 姉妹

「しかしまた……趣味的な」



 巨大な鮫に襲いかかる、海のギャングの集団というダイナミックなシーンが一瞬で目の前を過ぎ去っていく光景に、俺は感心と呆れの入り交じった感想の声をあげる。


 ぐんぐんと水を掻き分けて海中深くに潜行していくのは、リアルボディは文字通り宇宙の海を泳ぐ惑星間移動巨大生物なディケライア社星内開発部長イサナリアングランデ。通称イサナさん。


 イサナさんの火星における義体の感想をひと言で言えば、海中遊覧潜水艦。 


 展望モードでは全壁面が周囲をリアル中継するスクリーンとなっているので、まるで自分が魚になったかのような錯覚に陥るほどだ。


 そんな火星の海では、ただいま絶賛養殖中な地球海洋生物のお歴々が、熾烈な生存争いを繰り広げていやがった。


 広大な火星の海をいくつかのエリアに区切って、それぞれの時代ごとに生息域を分けているとは聞いていたが、メガロドンVSシャチをリアルタイムで見る日が来るとは……


 俺のB級映画コレクションの中でも、海洋アドベンチャー系に食いつきが良かった相棒を思い出す。


 さすが宇宙育ちのエイリアン嫁だけあって、SF宇宙物には、『宇宙船の造形にリアリティが無い』やら、『えーこういう寄生生体の人って結構温厚だよ』って、余計な突っ込みを色々とくれていやがったが、逆に馴染みの無い海洋物は純粋に楽しめていたようだ。



「結構やりそうね今のでかいの。あんたの水中戦闘鍛錬に良さそう。カルラいつがいい? あ、もちろん素手ね」



 そしてさすが従姉妹というべきか。妹限定鬼教官なシャモンさんが別の意味で食いついていやがった。


 あの古代ホオジロザメ相手にどうやれば素手で勝てるやら。海洋生物に素手で挑もうという発想が出てくる辺りディケライア一の脳……もとい武闘派。



「いつどういう場であんなモンスターと戦う機会があるんですか……小父様からも言ってください」



 可愛がってはくれるが一事が万事体育会系な姉の何時もの無茶振りに、リアルの映像には目もくれず制作中の海中生物図鑑を開いて読んでいた文系なカルラちゃんが、ため息を1つ吐いて、俺に助けを求めてくる。


 乗り気なシャモンさんに水を差すのは怖いが、うちの娘様の一番の親友であり、個人的にも可愛い妹分と思っているカルラちゃんの頼みなら仕方ない。


 後ちょっと思いついたのもあるし。 



「あいつら観光資源である前に、進化過程や跳躍影響の検証も兼ねてる稀少生物なんで勘弁してください」

  


 シャモンさんの攻略に必要なことはまず理路整然とした理屈。個人的感情抜きの理由を口にする。



「ちっ。仕方ないわね。じゃああたしが、」



 ただここで忘れちゃならないのが、ちゃんとフォローもって事。ダメとなれば自分が代わりに相手をやるって言い出すなんて、予測済み。



「代わりにPCOの方で海中ボスで作りましょうか。もうちょっと攻撃性能あげるんでアドバイスお願いします」



 うむ。やはりクラッシックな鮫映画で巨大鮫を見るのも良いが、リアルで見るとまた格別。いい感じの中ボスキャラのインスピレーションが湧いてきた。



「また仮想か……でもあっちのほうが色々リクエスト効くから良いわよ。攻撃力をあげるなら音波攻撃能力は入れときなさいよ。水中策敵、攻撃、防御、何でもありだから」



「あぁ、じゃあプラスして音波反応式の機雷散布機能なんてどうです? 高速移動しながら標的の周囲にばらまいて、一定時間後に一斉爆破させる広範囲攻撃持ち」



「一定時間後だとちょっと弱いわね。接触即時連鎖は?」 


 

「あーでもそれだと恐怖感が弱いんですよね。やっぱり数が徐々に増えていくってのが焦りを生むんで」



「プレッシャー目的なら、追尾式の魚雷でも混ぜなさいよ。そっちの方が回避しながら攻撃する良い練習になるから」



 さすがシャモンさん容赦ない。なかなかの高難度調整を提案してくれる。


 しかしそれなら魚雷よりも、さっき見たシャチ辺りを、取り巻きMOB生体爆弾として設定するのもコンセプト的に良いか?


 実際のメガロドンがシャチに駆逐されたという通説に基づいて、ボスキャラに効率的なダメージを与えるにはそのシャチのコントロールを奪うって形で……

 


「イコク兄様。PCOで時折理不尽難易度のクエストボスがいる理由って、ひょっとして姉さんが原因ですか?」



「シャモン+シンタあと時折お嬢だろ。あっちの開発部の連中がデスペラードクオリティだなんだって言って面白がってたからな……二人ともついたから後にしとけ。ここに来た目的を忘れてんじゃねぇぞ」



 俺とシャモンさんが企画書テンプレートを持ち出し、コンセプトを固め始めていると、現場組のまとめ役であるイコクさんが手を打ち鳴らす。


 っと、しまった。ついインスピレーション湧いて仕事モードに入っていた。


 フォローするはずだったカルラちゃんはと見てみれば、頭の上の狼耳をパタンと倒した諦めモードに入っている。どう転んでも巨大鮫と戦わされると悟ったようだ。


 俺に少しばかり恨みがましい目を向けているのは気のせいで無いだろう……うむ。信頼度を犠牲にテストプレイヤー確保したとして割り切ろう。


 減った分の信頼度回復には、エリスの寝姿写真でも撮ってきてご機嫌伺いだな。



「は~い茶菓子お待ち~。茶菓子と来ればお嬢様がこいつしか無いだろうって決めてたけど、旦那これってなんか海に由来ある菓子?」



 中性モードのクカイさんが分裂させた蝕腕でお盆を持ちながら、俺達がいる展望室に入ってくる。


 その横には、同じく盆を持つリアルボディでは先端部分にぶら下がっている発光女性体を模した小型義体モードのイサナさんの姿もあった。


 クカイさんの盆の上には、それぞれの身体のサイズに合わせた緑茶入りの湯飲み。


 そしてイサナさんのほうにはあんこたっぷりなどら焼きが山積みになっていた……嫌いじゃないが、なんで海中でどら焼きよ?


 あいつの思考回路というか、ネタの引き出しが多すぎて聞かれても困る。



「どら焼きって昔ながらの和菓子ですけど、アリスの奴、他になにか言ってましたか?」



 ヒントが少なすぎるので尋ねてみると、イサナさんが記憶を思いだそうとしているのか軽く身体を点滅させた。



「アリシティア社長でしたら、私がどら焼きを食べた後に小型探索カメラを出して自由遊覧モードにするのが様式美とかなんとかおっしゃっておりましたが。今度由来を詳しく伺いましょうか?」


 元祖。平成、朝そして夜。


 イサナさんの言葉で、前に機嫌を損ねた詫びに付き合わされたマラソン苦行が脳裏を横切る。あれか、あれしか無いなあの阿呆。


 なんでこんだけ壮大な古代海中スペクタクルがありながら、ネタに走りやがったあの阿呆ウサギ。


 この宇宙で誰よりも気はあう嫁だが、相変わらず趣味という分野ではものすごい隔たりを感じる。



「なによミサキ。自分だけ判った顔してないで教えなさいよ」



 俺だけ意味を悟ったことに、アリス命なシャモンさんが理由を知りたがる。



「アリスに聞いてください。シャモンさんが聞いてくれるとなれば嬉々として教えて……いえ、布教してくれますよ。ライトモードなら直系シリーズのみですけど、深く突っ込みすぎてディープに入ると関連シリーズ全話に及びますよ」

 


 時間の流れさえも自在に操るという超技術を持ちな宇宙人がもっとも利用頻度の高い理由はアニメ視聴マラソン大会のため。確かにリフレッシュ休暇は必要で、その使い方は個人の自由だが、なんつー無駄遣いを。


 時間という概念を真面目に研究している地球の物理学者に、一度ガチ説教してもらった方が良いような気がする。



「うっ、忠告に感謝してやるわよ…………申し訳ありません姫様。私は従者失格です」



 俺が浮かべる真剣な表情に何かを悟ったのか、シャモンさんが苦悶の表情で頭を下げた後、悔しげに拳を握った。


 うむ。さすがのシャモンさんでもあれはきついか。



「お前ら。相性良いのか、悪いのかどっちだよ。こっちものんびりしてるほど時間が無いんだから本題はいるぞ」



 俺とシャモンさんがやり取りしている間に、テーブルをセッティングしていたイコクさんはあきれ顔を浮かべていた。



「ういっす」



「うっさいわね。判ってるわよ」



 それぞれに答えながら俺らも席に着く。


 円形のテーブルに着いた色々な意味で個性的な面々は、イコクさん、シャモンさん、クカイさん、イサナさんの四人の部長。


 彼らはディケライアにおける実働部門をしきるいわゆる現場組と呼ばれる部の長。


 元々四人で、よく集まって部署間のすりあわせやら打ち合わせ等もやっていたのは、俺も昔のぞき見をしていたので知っているが、この面子には最近俺もよく顔を出させてもらっている。


 まぁ何せ色々と、表やら裏やらで工作やらをしている関連で、辻褄合わせやら、都合の良いデータが必要になるので、いろいろと融通を利かせてもらっている次第だ。


 星系連合の特別査察官がディケライアを訪れるという情報は、はっきりいってグレーどころかブラックな事もしでかしている現場組にはかなり脅威となる。


 今回の緊急招集の理由は、それをどう誤魔化し、もみ消すかという対策という所か?


 ただそうすると1つ疑問がある。それはシャモンさんの横に座りお茶を飲んでいるカルラちゃんの存在だ。


 カルラちゃんは、経理部長のサラスさんの娘であり、星外開発部長シャモンさんの妹にして、うちのエリスのお側役という、ディケライアにとっては特別な立場にいるが、それでもその本分はまだ学生。


 カルラちゃんが生まれた頃から知っている面子ばかりとはいえ、後ろめたいこの集まりに出席させるなんて、まず普通ならシャモンさんが許すはずが無いはずなんだが。


 

「さてと、シャモンどうする、俺から説明するか?」



 全員が席に着いたところで、何時もなら進行役を務めるイコクさんが、何故かシャモンさんへと話を振った。



「任せる。名前を口にするのも嫌だから」

  


 そして振られたシャモンさんも、また珍しく冷たい表情をみせていた。

 

 基本的にシャモンさんは感情が表に出やすいタイプで、その顔を見ていれば何を考えているかすぐ判るのだが、今浮かべているのは無表情にも近い色を感じさせない物。


 しかし確かな怒りだけを感じさせる物だ。



「判った。シンタとカルラ。まずはこいつを見てくれ」



 気遣うような目を向けたイコクさんが小さく頷いた後、テーブルの中央にホログラム映像を呼び出す。


 イコクさんが呼び出したのは、顔写真付きの社員データ。そこにはシャモンさんとよく似た顔つきの、だが少しばかり細部の違う若い女性が映っていた。


 それは他人のそら似というレベルでは無く、違いは表情だけといって良いレベルに瓜二つだ。


 シャモンさんと違い、感情を感じさせない無表情さと、どこか遠くを見ているようなその目が印象的だった。



「こいつの名前はシャルパ・グラッフテン。シャモンの双子の姉貴で元ディケライア社調査部部長だ」 



 イコクさんの説明にカルラちゃんが目を丸くしている、たぶん鏡があれば同じように俺も目を丸くしているだろう。


 凡ミスで宇宙側に来てから約半世紀。ディケライア社の連中とは仲間というよりも家族的な付き合いになっている。


 だがシャモンさんに双子の姉がいたという話は初耳だ。そしてシャモンさんの妹であるカルラちゃんさえも、シャモンさん以外に姉がいると初めて聞いたのは、その顔を見れば明白だった。



「元々ボクの所は探索部って資源探索がメインだったんだけど、シャルパが辞めてから、星域全域調査関連も色々引き受けるようになって調査探索部って名称変えているんだよね。ただやっぱりだいぶ調査能力は落ちたよ。シャルパは専門教育を受けてたし、引き抜いていった部下の人らもそっち側に特化してる連中だったから」


 アリスの両親や、元々のディケライア社のメイン社員達が犠牲になって、経営が傾く原因になった恒星膨張事件にでも巻き込まれたのだろうかと考えていたが、クカイさんは辞めたとはっきり口にした。


 しかもごっそり部下を率いてか。最悪の辞め方してやがるようだ。



「シャモンとタイプは違いましたが、同じく優秀な若手社員でした。未曾有の苦境の中にありますが、我々が何としても会社を再建すると誓い合っていたのですが……」



「イサナ先輩。あの根暗裏切り女にそんな気持ちなんてありませんよ。あの裏切り者が姫様になんて言って出て行ったか忘れたんですか……あの時片目だけじゃ無くて、しっかり私が殺しとけば今回みたいなことはなかったのに」 

  


 ぞくりと来る殺気を纏ったシャモンさんが、サラスさんと瓜二つの冷たい目を浮かべる。


 それは肉親に向けるべき感情では無く、紛れも無く敵に対して向ける殺気だった。


 自分がしっかりと社長をやれなかったから、ついていけないと出て行っていた人達もいると、落ち込んでいたアリスの寂しげな顔が脳裏をよぎる。


 どうやらこいつはディケライアの中じゃ絶対に触れちゃいけない、思い出しちゃいけないタブーだったようだ。


 しかし、今になってそれを話題にしなければならない理由。すぐに思いつく、思いつける理由は1つある。つまりは……



「もしかして今度来る特別査察官って」



「今朝方星連から通達があった。ディケライアに特別査察で訪れるのは、星系連合広域特別査察官シャルパ・グラッフテンだとな」



 イコクさんが深刻な表情を浮かべながら、社員証の横に新たな映像を呼び出す。


 星系連合所属を現す印章とともに映るのは、顔の右半分に走る鋭い爪痕と白く濁った右眼の無表情な獣人女性だった。

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