A・B両面 好調と不調は板子一枚
「偽装応対システムセミマニュアルで発動。AI制御強化スキルを優先選択。各スキル終了後はウェイトタイム明けと同時に再発動させてください」
目的地であり、攻略対象であるクロムナード星系第15惑星高軌道上に浮かぶ天然小衛星を改造したという軌道上基地は、田舎星系といえどそこはさすがに歴とした正規軍基地。
用心に用心を重ねて損は無い。スキルの自動再発動をサポートAIに任せた美月は、交信ツールを起ち上げ、攻略対象の軍事基地へとコンタクトを開始する。
応対システム専用ウィンドウが立ち上がり、いくつかの例文が表示される、美月はその中からもっと無難だと思った台詞を選択。
『こちらラックハロー運送所属中型恒星間貨物艦【ミズノハ】ハルート15応答願う』
美月とは似ても似つかない野太い男の声で、通信メッセージが発信される。
通信画面に映るのも同じアクアライド種族だが、のっぺりとした半漁人面のミズノハ船長と言うことになっている中年男性の映像だ。
AIが全てに対応する完全オートモードと違い、美月が選択したセミマニュアルモードは、例文の中から、こちらの言葉や受け答えを選ぶ選択方式。
完全オートモードはAI任せで、表示された成功確率が確実に保証されるが、スキル経験値や引き出せる情報や報酬は対応スキルの範囲規定値。
セミマニュアルは、自分で対応を選択する分、成功確率にぶれが生じるが、成功すればスキル経験値が+され、さらに追加報酬や情報も得られる仕様。
さらにこの上には、完全フリートークで対応するマニュアルモードも存在するが、そちらは成功確率保証は0という形。
だがマニュアルにしたことで失った成功確率分、上手くいけばより高い更なる成功報酬、通常報酬が100%なら、成功確率100%を犠牲にして成功すれば200%の報酬ということだ。
こういった交渉形式に限らず、PCOにはありとあらゆる部分で、マニュアル、セミ、オートが導入されている。
プレイヤーが素の能力に自信があるならマニュアル、そうで無ければオートといった形で、自分の得意分野を選択し、プレイヤースキルをいかせる仕様になっている。
最上位の報酬や経験値もマニュアルでしか、獲得できない訳でなく、対応スキルレベルが必要レベル以上に過剰に高ければ、安全に確実に手に入れることもできるらしい。
しかし、まだまだゲームは始まったばかり。
そこまでの高スキルレベルに達しているわけも無く、かといって安全確実な完全オートでは、先行者達に追いつけない美月は、ちょっとの危険で、ちょっとの報酬アップ。
失敗が出来無い美月的には、大きな賭であるセミマニュアルで挑んでいた。
『こちらクロムナード警備艦隊整備衛星『ハルート15』。貴船の船籍及び航行許可を確認します。航路、速度は変更せずそのまま進んでください』
口調だけは丁寧だが管理AIによる警告メッセージが送られ、船籍や航行記録データへの強制アクセスが開始される。
管制システムへの強制接続という名の電子攻撃と平行して、武装を探る高出力のレーダーが、周囲に浮かぶ小衛星に偽装された監視網衛星から、船体を舐めるように照射される。
警告を無視したり、変な動きを見せれば、よくて拘束用トラクタービーム、悪ければミサイルのプレゼント。
スキルで誤魔化しているとはいえ、セミマニュアルとしたことで僅かだが成功確率も下がって70%。
先ほどの無難な交信要請が正解ならばいいが……
所詮はゲームとはいえ、VRという仮想現実のもたらす緊張感に美月の両手は知らずに汗をかき、喉が渇く。
審査が終わるまでの数秒が、その倍以上に長く感じる時間が過ぎて、
『こちらハルート15。補給物資管理担当のライフォンだ。ミズノハ歓迎するぜ。入港ルートを指定したから7番ポートに接続してくれ』
先ほどまでの無機質な自動対応AIから、虎獣人顔のNPCキャラクターへと画像が切り変わり、航路指示が送られてくる。
事前に裏情報サイトで手に入れていたハルート15の管制シフト表で、もっとも与しやすいと予想していたNPCキャラの登場に美月は、小さく息を吐く。
PCOにおいて、ゲーム上の重要NPCのみならず、末端のNPCも含めてそれぞれ独立したパーソナリティーを有している。
『了解。7番ポートに接近を開始する。あいにく女は積んでいないが、酒はたっぷりだ。期待してくれ』
酒癖が悪く、この辺境の整備補給基地に左遷されたという経歴を持つライフォンのデータを頭の中で思い出しながら、美月は提示された選択の中から、好感度が上がりそうな軽口を選ぶ。
『そりゃ残念だ。綺麗どころとまではいわねぇが、女に酌してもらうと一味違うんだがよ』
言葉とは裏腹に、ライフォンがこちらの返しに対して、軽口を交えながら楽しげに返してくる。
ライフォンは酒が原因で左遷されたのだから、禁酒中という可能性もあったが、どうやら根っからのウワバミらしく、その髭が嬉しそうに小刻みに揺れていた。
反応は上々。正解の選択肢を引けたようだ。
職務に忠実。特定人種差別主義者。金に弱い。嘘つき。正義感等々。
無数のパーソナリティーを持つNPC達は、この世界で日々過ごし、そしてプレイヤー達の行動如何によって影響を受け、元々の性格から変化していく。
だから画一的な攻略法は存在せず、以前に大成功した攻略法が続けて成功する保証も無い。
NPC達もまた学習し、対応するからだ。
低難度のノーマルワールドでさえこれなのだから、NPCのAIレベルが強化されているハードワールドでは、プレイヤーとNPCの高度な駆け引きが繰り広げられているらしい。
「NPC指定ライフォン。調略を開始します」
直近情報だったので、情報料は安くは無かったが、良い買い物だったと思いながら、美月は発動待機状態だった調略スキルを発動。
最初の接触時に使ったスキルもかなりの量だったために、ポイントゲージが一時的に0になる。
スキルポイントは時間経過以外に回復手段が無く、回復量を上げるスキルや、PC種族もいるがそちらは高ポイントだったり、レア種族だったりと、まだまだ先の話。
回復するまで何か緊急事態が起きたときにスキルが使えず対応が難しくなるが、今は一点集中。全力投球。
時折大胆になる美月の掛けは成功し、先ほどまではウィンドウに無かった、『良い酒があるんだがいるかい?』という特別クエスト開始を表す金縁選択肢が出現していた。
第一目標は直近の警備艦隊の巡回予定航路。もし上手くいくならば恒久的な関係を結んでの常時情報取得。
相手をたらし込むために、趣味や嗜好を読み取る。
まるでリアルの人間を相手にしているような物だが、それがこのPCOというゲームの売り。
無数のNPCとプレイヤーが入り乱れる、画面の向こうのもう一つの世界。
PCO世界でのし上がろうとする美月は、リアルでは決して口にしない口調や、思い浮かびもしない発想をする羽目になっていた。
「現役女子高生が酒で調略かよ……そのうちPTAやら有識者に訴えられそうだな」
間借りしているアンネベルグ荻上町店大部屋のモニターに映る美月のプレイ映像を横目で見ながら、井戸野は締め切り間近のPCO関連記事をデータと一緒にまとめていく。
「ったくいっそ訴えられてメンテでも入れ。引き離される一方じゃねぇか」
攻略にいそしむプレイヤー達が半月をゲーム世界で過ごす間に、リアル側でもゲームを運営するホワイトソフトウェアや、ディケライアから次々に手が打たれている。
やれ未傘下だったVRゲームが参戦することになっただ、リアル企業とのコラボ商品という名の課金アイテムが10万種を越えただ。
極めつけは、規制原因の大元であり、いろいろと因縁もある世界最大のプレイヤー数を誇るVRゲーム【Highspeed Flight Gladiator Online】とのコラボが、水面下で画策されているという噂だったりと、記事のネタに困らないのはありがたいが、取材やら記事作成で忙しく、まともにプレイ時間が取れない井戸野は恨み節をこぼす。
「ロイドさんならすぐ追いつくでしょ。それに今ゲームが止まったらまずいですよ。トップ連中が足止め喰らって、巻き返しだって盛り上がってる人達が多いですから」
昼食を取りにリアル復帰していた宮野美貴は、こちらも同じく課金アイテム扱いのカルダモンコーヒーの香りを食後の余韻として楽しみながら、時間経験値効率では群を抜く火力殲滅戦の鬼が何を言うとあきれ顔だ。
今現在絶賛開催中のオープニングイベントだが、功績値トップを走っていたグループは、先日ついに暗黒星雲の外縁部を突破し、内部調査を開始した始めたが、そこで軒並み足止めを食らっている。
中枢調査用特別時限クエストが日に1回で、両ワールドで開催されているが、一気に跳ね上がった難易度が鬼畜のひと言で、ノーマルワールドでの平均生存時間は3分ほどとかなりの厳しさだが、ハードワールドに至っては10秒以下という散々たる有様。
踏みいった非武装の探査機が、暗黒星雲内での謎の攻撃により軒並み撃墜されているからだ。
あまりの難易度に調整をミスったのではないかという文句が、トップグループからはちらほらと出ているほどだが、それは悲しいかな少数。
追いつく絶好の機会とみた多数の中堅グループの声にかき消されている。
「この火力馬鹿はほっとけばいいわよ。なんだかんだ言いながらも、今も記事書き上げながら別ウィンドウでプレイ時間は稼いでるんだから。本当にやれてないのはこっちよ」
コーヒーを届けに来た店長の柊戸羽は、大部屋室内は身内のみなので、普段の接客笑顔を外した素の口調でため息を吐く。
井戸野みたいに仕事をしながらもAI任せでステータスチェックを時折入れて指示を出す半自動プレイなんて真似は、さすがに責任ある立場なので店内でできる訳も無い。
いっそデスクにちくってやろうかとも思うが、それで井戸野が減給されたり、最悪首にでもなった日には、恋人としては手痛いし、それ以上に同じプレイヤーとしての最低限の仁義に反するので無しだ。
「どうせならサカガミみたいに、柊も自分をコラボ商品にしたらどうだ? あいつ美味いことやってゲームプレイを楽しんでるだろ」
「美琴と一緒にしないでよ。あれあの子のキャラクターだからこそ許される暴挙でしょうが」
美貴達の昔馴染みで同盟ギルド【いろは】のギルマス。サカガミこと、アンネベルグ系列店でフロアチーフをやっている神坂美琴は、PCOとのコラボ課金イベントとして、アンネベルグのマスコットキャラである3頭身獣人キャラ【アンネちゃん】との。廃炭鉱小惑星内鬼ごっこを提供中。
サカガミが中に入ったアンネちゃんを一定時間以内に捕まえる事が出来れば、ゲーム内賞金プラスプチレアアイテムや経験値の入手ができるという物だ。
ネタスキルを積極的にとっていき、さらにそれら見栄え重視なスキルを使って面白可笑しく派手な戦闘を繰り広げたいろはの創設者であったサカガミの本領発揮とも言うべき、小悪魔的鬼ごっこ。
口コミから徐々に参加者が増え、参加者増による報酬増加が、さらに参加者を呼ぶという形で、オープニングイベント関連の功績ポイントは入らないが、オープンから半月が経ち、オープンイベント入賞を諦めたプレイヤーも増えている影響もあってか、なかなかの好評を受けているようだ。
リアルでも仮想でも真面目すぎて融通が利かない性格の戸羽には、友人達のようにリアルとゲームを混同した上で両立させるのは少し難しい。
「サカガミさんだったら楽しませる戦いになるけど、刹那さんだとガチ決闘になりますよね」
「言わないで。あたしがそれを一番よく判ってるから。と呼び出しみたい……そういうわけで今日もあたしは真面目に仕事なんだから、井戸野もゲーム片手じゃ無くて真面目にやりなさいよ」
美月達のプレイ映像に目を向けていた戸羽が、何か注文が入ったのか指を動かして仮想コンソールをタップする動きをすると、井戸野に同じ社会人プレイヤーとしてか、それとも恋人としてか微妙なライン忠告を残して、退室していった。
「真面目にやってるっての。下手したらゲーム内の方が、公式発表よりも情報が速いってのはどういう事だよ。カナの奴、うちの会社に入る気ねぇかな? あいつのおかげでだいぶ助かってんだが」
「難しいんじゃないですか。金山はシンタ先輩と同じで、ゲームをやって金もらえる職業希望でしたから」
「シンタの希望結果がこれかよ。あいつどこ目指してるんだ?」
井戸野は別ウィンドウで立ち上げていたPCOの画像を共有モニターに呼び出す。
そこにはKUGC所属プレイヤーである金山が随時更新中の、課金アイテムやコラボイベント一覧リストが表示される。
事業展開が早すぎるせいか、それともサプライズを狙ってわざとなのかは判らないが、リアル企業とのコラボ商品やイベント関連の公式告知がされる前に、プレイヤーが発見した新星域や惑星、さらにはゲーム内販売アイテムで判明というのが続出中で、業界誌である【仮想世界】の編集部に勤める井戸野としても、異色のコラボ情報をいち早く手に入れられて助かっている。
しかしこれでもまだまだ一部。
同じく友人の鳳凰が主催する攻略情報サイト兼ギルドの弾丸特急メンバーとの共同調査中だが、幅広すぎて手が足りないというのが現状のようだ。
「さすがナンパ師って所じゃないですか」
多種多様にわたる業種やイベントは、話があった企画を手当たり次第に見えるが、どうせ陰謀、策謀好きな三崎のことだ。複雑に絡み合った状況を上手いことに駆け引きに使い、急速的に仲間を増やしていると見た方が正解であろうし、事実真実だろう。
「順風満帆なことで羨ましい限りだな。あの腐れ外道が」
記事を書いている最中にも更新された情報ウィンドウに、新たに判明した大手別企業の名を見て記事の書き直しを余儀なくされた井戸野は、画面に向かって怨嗟の声をぶつけていた。
「第5次調査隊も見事に全滅と……こりゃやばいな」
目の前に広げたライトーン暗黒星雲の調査領域を現した星図は、ほぼ真っ黒。
PCOの裏目的の肝だった暗黒星雲調査計画は、文字通り暗礁に乗り上げた最中。
ギリギリ判明しているのが調査区域の外縁部。しかしそのラインから一歩でも足を踏み入れたら即時撃墜。
命中精度は異常で避ける暇も無く、撃ってきた相手さえ認識できない大嵐の中じゃ禄に情報収集さえできやしねぇと。
なるほど。こりゃ星連が予定路から外れた位置の調査をしないわけだ……知ってやがったな。
「さて、どうしたもんかね……」
「ぐす……おとーさん……やだ……帰りたいよ」
「ほいほいと。おとーさんがいるから大丈夫だからな」
俺の横で毛布にくるまって泣きつかれて眠っている最中も悪夢にうなされている愛娘様の時折びくりと揺れる機械仕掛けなウサミミを撫でてやりながら、打開策を考えてみるが、正直にいえば情報が少なくて思いつきやしない。
「いや、ほんとどうすっかねこりゃ」
愛娘様との貴重な触れあい時間なのに楽しめないのはちょっと癪だが、さすがにこのままゲームオーバー確定路線の放置は出来無い。
地球の安アパートの自室を模した部屋から見える窓の外を見る。
夜空にかかる月を陰らせながら怪鳥が雄叫びを上げ飛び回り、時折その餌食となった骸骨やら臓物が落ちて来る中々スプラッターな世界観は、おしおきとしちゃ中々強烈でエリスへとほどよい感じにダメージ増加中。
そろそろ反省してくれると嬉しいが、ゲームはプレイしても、まだまだ地球人拒否中なのでもう少し続行か。
こっちも頭が痛い問題だが、差し迫った重大な問題はあっちだよな……
その向こうに広がっている、リアルの本当の宇宙。ライトーン暗黒星雲を想像しながら俺は方針転換を余儀なくされていた。




