表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/193

A面 夏休みの過ごし方(廃人入門編)

「温度設定22℃……星域情報展開。続いて偽装ステータスチェック開始してください」


 筐体内の冷房設定温度を22度まで下げた美月は、最新の星域情報を呼び出し、ステータスチェックの指示も出す。


 駅からお店まで早足だったので少しだけ早い鼓動と、夏の日差しで火照った身体には、筐体壁面のスリットから流れてくる涼しい風が心地よくてたまらない。


 NPC訓練や編成調整や、時間は掛かるが目を離せる低難度クエストなどの、フルダイブの必要性が無い準備プレイを自宅でやりながら、長期泊まりに来てる麻紀と共に夏休みの課題や家の雑事を11時頃までに終わらせる。


 その後は早めの昼食を取って、昼からアンネベルグ荻上町店に二人で移動。

 

 夕方、場合によっては高校生が利用可能な22時まで、高難度クエストを中心に高性能VR端末機を使用。


 家に帰ってから、攻略情報を中心に情報収集整理したり、KUGCギルドサイトで相談に乗って貰いながら次の日の方針を決め就寝。


 最低限度ではあるが、これがゲーム中心な廃人生活へと1歩足を踏み入れてしまった美月達の最近の生活パターンだ。


 ゲーム内の現在地はクロムナード星域外縁部第十五惑星近海。


 クロムナード星域を含め、この辺りの宇宙一帯は大勢力の1つである第三グラムナード帝国の支配領域となる。


 クロムナード周囲は他勢力の支配領域からは遠く離れた後方地帯で、戦乱とは無縁ののんびりとした宙域。


 第3~第5惑星はリゾート化されていて人口が多いが、氷に閉ざされた岩石惑星である第15惑星は、少数の駐在員と大量の掘削機械群が存在するだけの典型的な資源惑星。


 帝国の中心星域からはかなり離れている田舎だが、富裕層向けリゾート星域の為、艦歴50年以上を超える老朽艦ばかりとはいえ恒星間戦闘艦で構成された地方警備艦隊が、治安維持のため定期巡回をしていて、安全度は最高ランクのグリーンとなる。


 だがその安全度の保証は、真っ白な経歴を持つ船にだけだ。


 今現在、銀河全域手配ブックに、最低ランクの小物とはいえ、ばっちりと登録されている美月と、その乗艦であるマンタは、この宙域のみならず、まともな行政政府がある宙域のNPC警備艦隊からは無条件撃沈対象となっている。



『偽装ステータスチェックオールグリーン……当艦はラックハロー運送所属中型恒星間貨物艦【ミズノハ】。補給基地がある第一五惑星軌道上地方警備艦隊専用整備ドックへの定期補給物資運搬ミッション中です』



 一般プレイヤーにとって安全な地域は、賞金首の美月にとっては危険極まりない領域。


 しかも今目指しているのは、その地方警備艦隊の補給基地。


 だがこれが請け負ったクエストなのだから仕方ない。


 地方警備艦隊の補給基地へと補給物資を届けるという名目で入港し、その運行情報をゲットせよ。


 裏社会ルートに入ったプレイヤーだけが請け負える裏クエストであり、上手くいけば表側の運搬クエストと、裏クエストの報酬二重取りができる、それなりに美味しいが危険度も高いクエストとなっていた。


 いくつかのウィンドウが筐体内部に立ち上がり、偽装された艦歴や所属などのデータと、その偽装レベルが表示される。


 本来は平たい艦体と長いテールを持つ大型エイのような外観を持つ探査艦マンタには、偽装を兼ねた増加装甲と追加コンテナが接続され、今は鯨のような太い流線型の中型輸送艦【ミズノハ】という名を名乗っている。


 造船や装備系スキルをとっている麻紀が製造した偽装アイテムなので、既製品よりも、少しだけステータスが高くなっている。


 ラックハロー運送の輸送艦【ミズノハ】は、貸しだし船籍と呼ばれる裏家業御用達の名義貸し船籍の1つ。


 実際にはとうの昔に会社が潰れていたり、老朽化や沈没などで船籍を失い廃艦扱いになっているのだが、書類上では今も稼働している事になっている貸しだし船籍は、美月のような賞金首プレイヤーには重宝されている。


 これさえあれば、正体がばれる危険性はある物の、表側の宙域への出入りや、クエストを受ける事も出来る。


 ただしその分それなりの利用料と、かなりの保証金を必要とし、問題を起こさなければ利用料だけですむが、問題を起こしてその船籍を二度と使えなくすれば保証金は全て没収されるという仕様。


 利用料金だけなら経費の内だが、預けた保証金没収となれば笑えないレベルの大赤字となる。


 船の強化をする資金はまだまだ必要だし、お金は掛かるが高品質の訓練をして乗員のスキルレベルも上げたいし、買いたい情報もまだまだある。


 オープニング記念イベント中に大失敗する余裕は、スタートダッシュに失敗した美月にはないからだ。



「偽装レベル74%か……ちょっと低いかな」



 4回中3回は偽装を見破られない。


 それとも4回中1回はばれてしまう。


 どちらで考えるかと聞かれれば、どうしても失敗を恐れてしまう美月は、後者側のマイナス思考が強くなる。


 事前に予測計算していた偽装レベル数値とほぼ同じで、ある程度は覚悟は決めていたつもりだったが、こうやって実際の戦場に出ていると、どうしても、もう少し高い数値が欲しくなってしまうのは仕方が無い話だろう。


 入賞までの最低限予想ポイントラインまで、ギリギリ届くかどうかの当落線上。他のプレイヤーがもっとポイントを取ってきたら、さらにそのラインは上がるから、余裕はあって困ることはない。


 元々の慎重すぎる思考が、さらに強くなっているのは仕方ないかも知れない。


 だからといって、ステータス強化状態になるフルダイブに移行するのが安全策と判っていても、今月の利用可能残り時間を考えると、今回の数値で使うのはさすがに勿体ない。


 となると、確実にそしてこの場でどうにかできる手は1つだけ。


 安易なステータスアップアイテムにして、魔性の囁き【課金】だ。



「……課金アイテムリスト呼び出し。アンネベルグ特別メニュー飲料選択」



 新たに注文ウィンドウが出現し、やけにコーヒーに注力した特別メニューが表示される。

 

 ゲームが始まり半月ちょっと。AIの実地テストプレイをしたおかげで席利用料は、店長の戸羽からかなり割引してもらっていて、フリードリンクコーナーももちろんある。


 しかしPCO内のステに影響が出るコラボアイテムは当然別注文で、それらドリンク、フード類は当然お金が掛かる。


 そちらはさすがに戸羽のサービスも効かず、元々ちょっと高いネカフェ料金なのも含め、毎日となると馬鹿にはならない。


 だが一時的とはいえステータスやスキルにアップ補正が掛かるのは、今の美月には何よりもありがたい。



「特製水出しブレンド。アイスで砂糖とミルクは2つずつ」



 悩むまでもなく選んだのは、戸羽自慢の荻上町店特製水出しブレンドコーヒー。


 ネットカフェで出すには本格的すぎる数々のコーヒーメニューは、コーヒーマニアだという戸羽の店長権限特化商品ラインナップの一環。


 特製ブレンドした豆を使った一晩掛けた水出しコーヒーは、雑味や酸味が少なくほのかな甘みとほどよい苦みがあり美月好みの味。


 1日限定40杯が夕方までには売り切れになる人気商品の1つだという。


 専門店に引けを取らない味もさることながら、最近売り切れが早いのは、PCOとのコラボ商品として、30分間プレイヤー任意のステとスキルの2つずつに1.5倍の補正効果という良性能を持った所為だろうか。


 ただ手間と豆に拘っているだけあって、問題は一杯1500円もすること。


 しかしその高額商品を美月は今のところ毎日頼んでいる。場合によっては2回の日もあるくらいだ。


 どうしてもあと少しだけ足りないステータスや成功率が気になってしまい、その悩みもお金さえ払えば解決できるので、ついつい頼ってしまう。


 いわゆる課金中毒になりかけている事は、美月本人も自覚はしているが、オープニングイベント終了、ひいては父の行方を知るまではと思い、ゲームのステータスアップが目的で千円以上を使うという、倹約家の美月の目線では豪遊な日々を送っていた。

 


『美月さんいつもご注文ありがとう。あたしが言えた義理じゃないけど課金はほどほどにね。で、何時もっていく? すぐに出せるけど』



 注文受付画面に映った戸羽が、美月が味を気に入ったを知りつつも、どちらかというと課金目的な事も判っているのか苦笑交じりの軽い忠告をし、持ってくるタイミングを確認してくる。


 派手な戦闘系クエストだと飲み物を飲んでいる暇も無く、へたすればフルダイブして、せっかく頼んだコーヒーもリアルに置き去りになりかねないが、今回はその心配は無い。


 

「じゃあ今回のクエストは戦闘予定がないからすぐにもらえますか。戸羽さんのコーヒーって気分が落ち着くから、今回みたいな交渉系クエストにリラックスして望めるので、心強い味方です」



『利尿作用があるからVRゲームじゃあんまりお勧めしないんだけどありがとね。じゃあすぐにお持ちします。クエスト頑張ってね』



 自慢のコーヒーが褒められたのが嬉しかったのが、接客用の笑顔でない笑みをみせた戸羽がエールと共に注文ウィンドウが閉じる。


 その言葉通り、美月がアップするステータスやスキルを選んでいる間にベルが鳴り、受け渡し口を空けると、すっかり顔なじみになったアルバイト店員がPCOのロゴ入り専用グラスに入れられたコーヒーを運んできてくれた。


 礼をいってトレイを受け取った美月は、氷無しのコーヒーにミルクと砂糖を入れてよく混ぜてからストローで一口分ほど吸う。


 舌に残るほのかな苦みと甘み。からからだった喉を通るよく冷えたコーヒーののどごしがくすぐったくも気持ちいい。


 父高山清吾は徹夜で仕事をするときは、胃が悪くなるのではと心配するほどに濃いコーヒーばかり飲んでいた。


 この優しい味のコーヒーをいつか父にも飲ませてやりたい。


 毎回コーヒーを頼むのはそんな父への思いもあるのだが、美月本人は気づけない、気づこうとはしない。


 常識に縛られた故に、サンクエイクという宇宙災害に直面した父が生きていられるだろうかと、どうしても考えてしまっている所為だろう。


 もちろん父が生きていてくれれば嬉しい。だがその思いが強くとも常識から一歩踏み出すことが出来無い。


 常識、良識から出られない、外れない。


 それが美月の強みとなるか、弱みとなるか。



「スキルアップで成功予想確率95%か……よし。いこ」


 

 自分がゲームに挑む理由を無意識に再確認した美月にさえ、まだ見えない道が目の前には広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ