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A面 火蓋は切られた

 PCOはすべてのフィールドが繋がったオープンワールドとなっている。

 その人造銀河の端は、1原子も存在しない零のフィールドが広がっており、そこから先に進んでも無限ループの何もない空間だけが広がる仕様。

 中央座標には巨大なブラックホールが鎮座し、その周囲は先史文明の遺跡やら、無人暴走艦が巣くう要塞衛星などがひしめく最高難度フィールド。

 中央座標と銀河の端から丁度中間地点となる中央宙域エリアには、安定した恒星系群が密集した大小様々なスパイラルアームが広がり、そこで生まれ育った知的生命体達が織りなす、多種多様な星間文明が揃った高度文明地域。

 中間宙域から銀河中心方向と外側方向には、原始文明惑星や人類未到の星域、未踏破の暗黒星雲が無数に眠る全域の7割を占めるメインフィールドが広がっている。

 恒星系や宙域には、それぞれ特色を持った惑星や衛星が存在し、一筋縄ではいかない攻略がプレイヤー達には求められていた。

 全ての星域や宙域は一つに繋がったマップなので行こうと思えば、通常空間航行のみでも到達可能だが、距離や時間の問題以外にも、並の船では航行不可能な重力変異宙域や、原始恒星系などがその行く手を防いでいた。

 正式オープン直後、一部の趣味的プレイに走っている者以外の、一般プレイヤー達の長距離移動手段は、既に発見されている跳躍ゲートを使った正式航路がもっぱらの手段となっていた。






 中間宙域から短距離ゲート1つ分だけ外に出たラルーズ恒星系は、ガス状惑星や大気を持たない極小の岩石惑星群で構成されているフィールドになる。

 恒星系内には、他星域へと通じるいくつかのゲートがあるが、その中の1つ。

 旧第七惑星跳躍ゲート。

 通称『ルーラン古戦場』ゲートは、かつての大戦で破壊された第七惑星の破片と衛星級要塞艦数隻分の残骸が、旧第七惑星恒星軌道を漂う球状小惑星帯のほぼ中央地点に存在していた。

 跳躍ゲートは同時跳躍可能重量によって、いくつかのクラスに分けられているが、ルーラン古戦場は、衛星クラスの大型要塞艦が跳躍可能なBクラスに分類される。

 Bクラスのゲートは、NPC商船団の交易路として使われている物が多い。

 だがルーラン古戦場はゲートは大きいが、その周囲に散らばる数え切れないほどに濃い小惑星が邪魔して、標準サイズカーゴ艦ではゲートから先の航路が存在しないため、寂れた辺境航路という設定となっている。

 プレイヤー達の間では、ここのように良質のゲートを持ちながら、通常空間にいろいろな事情があって利用されていなかったり、ほとんどNPCが通らない寂れた航路も多いので、そのうちに大型連動クエストなどが発生して航路開発が始まるのではないかというのがもっぱらの噂だ。

 しかし今はクエストの対象地ではなく、めぼしい資源も存在しないローカルマップ。

 そんなところに跳んでくるのはよほどのひねくれ者か、気まぐれに通過地点として選んだ物好き。

 もしくは誰かを追跡してきた律儀な猟犬くらいだろう……



























「リスト再チェック……ここまで同一航路を通ったプレイヤー船はこれだけだよね?」



 自分の声の大きさがゲーム内で反映されるわけではないが、船を隠している所為かどうにも小声になってしまいながら麻紀は最終確認をする。

 破壊された惑星の岩石と戦闘要塞の残骸が漂う古戦場宙域に麻紀が身を潜めてから、すでに15分が経過していた。

 全方位レーダーに映るのは、大戦によって築かれた岩と鋼鉄の迷宮。

 細長く入り組んだ通路を抜けた先には広場のように開けた部分があり、そこが跳躍ゲートの位置となっている。



『はいマスター麻紀。計六隻の艦種がマスター達と同じ跳躍ゲートルートを使っております』



 ゲートを跳ぶごとに追跡船を探るために麻紀達は取得していたティア1の情報探査プローブを撒いている。

 最低限の機能しか持たないので、ゲートを通過した船がPC艦かNPC艦という判断と、外観観測でわかる情報を送ってくるだけだ。

 だが、航路としては商船護衛クエなどを受けたプレイヤーが多いメイン交易路とも離れており、この古戦場フィールドは戦闘系、探索系の両プレイヤーの稼ぎ場所としても魅力がない。

 今ひとつ地味なため通過艦は少ないので、初期プローブの外観観測データだけでも船の判別は十分可能だ。



「クエスト宙域に繋がるゲートにいった船は2隻。他に2船がそれぞれ別ゲート方面……で、残った1隻はゲート突出直後から動かない」   


 

 プローブに警戒をしたのか?

 それとも何らかの探知スキルでデータを取っていた麻紀のホクトが、この宙域に残っていることを知ったのか?

 動かなくなった最後の一隻が怪しいのは無論のことだ。

 だが先の五隻も仲間でこちらのプローブに気づいたが、わざと無視して目的地に向かった可能性も捨てきれない。

 しかし麻紀は今は単艦。

 怪しいと思っても全てを追い切れる物では無く、もっとも可能性が高い物を見張るしかないのが実状だ。



「せめて美月みたいに探査系の初期スキルあげて、探査プローブだけじゃなくて探査ポッドが使えたらもうちょっとなんとかなったかな……」



 情報を調べ送信してくる探査プローブが指だとするなら、自動探査、簡易分析機能も併せ持ち、プローブ母機としての機能も持つ。プローブの上位存在であるポッドは手だ。

 指一本よりも、五指揃った手の方が、いろいろと便利で出来る事の幅が広がるのは自明の理。

 美月とのコンビを前提に、役割が被らないように初期スキルを組んでいるので仕方ないが、こういう事態も考えて機体改造系だけでなく、探査系スキルも少しあげるべきかと、麻紀はスキル振りや強化を考える。 

 無い物ねだりしてもしょうが無いのは判っているが、今は潜んでいるから、動きたくても動けないので少しもどかしい。

 自分達にチェイサーをつけた誰かの目的は麻紀達には判らない。

 だからまずはその目的をはっきりさせる。

 麻紀がもう一度手順を頭の中で確認していると、プローブから五度目となる情報データが発信された。

 五回目で必要なデータ量が集まり、ようやく相手の艦種詳細が判別する。

 アルデニアラミレット種族初期搭乗艦の一つ可変艦『ビーストⅠ』

 獣人タイプのアルデニアラミレットは戦闘種族という設定で、攻撃系や戦闘支援系スキルを多く持つ武闘派。

 その搭乗艦も戦闘特化タイプが多く、物資輸送能力や最大航続距離は他種族艦には劣るが、直接攻撃能力では頭一つ抜けているというのが、βテスト中のもっぱらの評判だ。



「獣人系種族……狙われる覚えないけど誰」 



 相手艦は判ったが、それだけでその狙いまでは、まださすがに判らない。

 人と揉めやすい、悪目立ちする性格のトラブルメーカだという、自覚はさすがに麻紀にもある。

 β中に参加した第一回サイバーパルクール大会でも、幾人かと鎬を削り合ったが、さすがにティア3チェイサーをつけられ粘着されるような覚えは無い。

 ましてや脳筋系の代表格である獣人族では、種族特性やスキル上サイバネティックボディを前提とするサイバーパルクールとの相性は最悪。

 あの大会で打ち負かしてきた対戦者にもアルデニアラミレットはいなかったはずだ。



「先生。相手に動きがあってもデコイ1は息を潜めたまま。情報収集を優先」



 モニターの中央に映る魚類を模した船影をみながら、麻紀は自動迎撃機能の切断やエンジン出力を最低限レベルに保つように再度念入りにサポートAIイシドールス先生の指示をする。



『かしこまりました。ゲート前通信プローブとデコイ1との通信ラインはランダムを維持し、隠匿状態の維持を最優先とします』



 最初は隠れて時間稼ぎ。

 それが美月の考えであり基本。

 いわゆる遅滞戦術と呼ばれる物の一種だ。

 まずはホクトの重力推進機関の変更力場を使い、周囲のがれきや残骸を集めマンタの外観に似せたデコイを瓦礫の漂う宙域内で突貫建造。

 さらにデコイに緊急修理用の外装修復剤を拭きかけて固定して、その艦底に探査プローブを留めさせて、ゲート周囲に置いた探査プローブと指向性通信網を構築して、相手にマンタが本物だと思わせる。

 マンタは簡易だがステルス機能を持ち合わせているから、熱源反応が低くてもステルス状態で隠れていると相手に誤認させる事が可能だというのが、美月の提案だった

 いくら隠れていても、これだけプローブとデコイの間でやり取りをしていれば、そろそろ発見されるころだろうか。

 だがそれでいい。 

 重要なのは二つ。

 デコイをマンタだと思わせること。

 そして……



「相手に見つけられてからが本当の勝負か……たまに美月って大胆だよね」



 もう一つはデコイの正体を気づかせず、だが囮であると気づかせること。 

 デコイの位置は小惑星帯の中でも回廊が多く分岐する中継点。

 もしデコイに近づこうとしたり、艦載機を仕掛けようとしても、周囲には潜伏場所が無数にあり、少しだけ頭が回って、ちょっとだけでも冷静なら、待ち伏せ攻撃を疑うであろう配置になっている。

 無論ゲームの中でも人死に対するトラウマから、艦を沈めるような攻撃が出来無い麻紀には待ち伏せ攻撃の選択肢はない。

 必要なのは相手にそう思わせること。

 麻紀自身は、デコイ周囲からはずれ、直接視認も攻撃も出来無い全く無関係の位置に隠れている。

 敵対プレイヤーに存在しない影を警戒させ時間を稼ぐ。

 それが少ない時間と、スタート直後で少ない手持ち装備から美月が提案した作戦だ。

 この作戦のために麻紀は手持ちの探査プローブを全て放出して、この小惑星帯に小規模だが通信ネットワークを築いている。

 ティア1とはいえ全機放出は大盤振る舞いもいいところ。

 今の船腹倉庫には先ほど取得した、通常手段では使えないティア3チェイサーだけという有様だ。

 だがそれだけをつぎ込んだ成果は十分に出ている。

 見張っているビースト1はゲートに出現してから、既に5分ほど停止したままだ。

 時折高出力反応が出ているので、何かをしているようだが、こちらを探そうと躍起になっているのか、それとも他に仲間がいて連絡を取って対策を考えているのか。

 はたまた全くの無関係なのか。

 今の麻紀には判断する材料が不足していた。



「先生。美月がクエストクリアに必要な最低限の情報を集めるのに、あとどのくらい予想でかかる?」



 先行してクエスト宙域に向かった美月がどうしているのか気になるところだが、この状況で長距離恒星間通信なんて出力反応が出る機能を使えばすぐに発見されるだけだ。

 ゲームに縛られない外部通信機能でも使えればいいのだが、そこら辺は抜け目のない運営が対策済で、粒子通信上でのゲーム中のプレイヤー間でのゲーム外通信機能は自動停止される仕組みになっている。   

 あくまでもゲーム内の通信機能を使うか、どちらかがログアウトしてから連絡しろということだろう。

 抜け道が無いわけでは無いが、リアルで顔を合わせつつやるか、人を用意して中継してもらうかなど、どちらにしても面倒で制限がかかるプレイヤー泣かせ仕様だ。 



『……ミズ美月の装備、スキルから判断しまして、あと15分から20分はかかると思われます』



 長い。

 今の状況下では、どうしても長いと思ってしまうが、探査船に乗る美月でそれなのだから、自分だったらその倍はかかるかも知れない。 

 だから仕掛けを美月がやるから、自分が先行して調査という美月の提案はやはり却下で正解だったと思うしかないと、麻紀は自分を落ち着かせる。

 自分が戦闘に巻き込まれないように、美月は気を使ってくれる。

 たかがゲームだというのに。

 ゲーム内での死なんて、子供でも恐れない事を恐れている麻紀を気遣って。

 それが嬉しく、そして申し訳ない。

 麻紀自身だって判っている。

 PCOは所詮はゲームだ。

 ゲームの中で死んでも、誰も死なない。自分も死なないと。

 だが、だがだ…………じゃあ自分が持つ三崎の死の記憶は一体何なのだ?

 現実ではあり得ない記憶。

 まるでゲーム中のようなあり得ない矛盾したあの日の記憶は、麻紀の中に今も深く根付いている。

 美月と出会った日。

 美月を助けようとしたあの日。

 激高して痴漢を追いかけたあの瞬間。

 そこまでは覚えている。確かにあった事だと。

 しかしその後の二重になった記憶が麻紀を縛り付けて、その足を躊躇させる。

 自分は覚えている。思い出している。

 軋む車輪の音。

 耳の奥に響く大勢の悲鳴。

 自分の身体にかかった血肉と臓物の……

 フラッシュバックした記憶がその生々しい温かさと匂いで、麻紀の心と身体を犯していく。 



「うっ……お、おく、お薬……」



 心臓を鷲づかみにされるような恐怖と頭にこびりつく寒気と吐き気。

 自分の状態がまずい方向に入っていると気づいた麻紀は、マントのポケットからタブレットケースを取りだし、精神安定剤を数粒掴み、口に放りこんでかみ砕く。

 水もなくそのまま嚥下し、マントのフードを被り、己の腕で自分の身体を抱きしめる。

 苦く痺れる薬が喉を焼く。

 自分を壊す記憶を押し戻そうと、封じ込めようと、頭の中に砂時計にイメージを浮かべただひたすら落ちていく砂を数える。

 それが100を越えた辺りで、ようやく震えと悪寒が収まり、麻紀はゆっくりと息を吸う。

 喉がヒリヒリして渇く。

 筐体内に持ち込んでいた伸吾達からもらったドリンクを手に取り、封を開け口に含む。

 一見緑茶のようにも見える薄緑色のドリンクは、口に入れるとハッカとシナモンが混じった香辛料のような香りがして、ほのかな甘みが広がった。

 甘みが心地よく丁度よかったのか、少しだけ落ち着いてきた麻紀は、フードをぬいで、シートに身体を預ける。 

 冷えた汗が頬を落ちていく。

 最悪の状態になる前になんとかなったが、この恐怖がいつ再発するか……

 ゲームに参加し続ける以上、トラウマの発作がいつ起きてもおかしくないのは判っている。

 ここは、自分が参加しているのは、本当にゲームの世界なのかという、疑問がこびりついている限りは。

 だがそれでも参加しなければならない。



「……美月の為に頑張るって決めたんだから……負けないんだから……それに」



 美月の為に。

 そして傷つけてしまい二度と会えなかった親友の最後の言葉をを知るために。

 頭を振って意識をはっきりさせ切り変えた麻紀は、メインディスプレイへと目を向ける。

 発作が起こる前と変わらず、そこにはアルデニアラミレット艦が不動のままに鎮座している。

 動かなくて良かった。

 心の中で麻紀はほっと一息を吐く。

 今の状態で動かれていたら何も出来なかった。

 今だって完全に体調が戻ったわけじゃない。

 このまま何事も無く時間が過ぎてくれればいい。

 あの艦はどこかの誰かが、ただ偶然でここに来ただけで、自分達を調べていたプレイヤーと関係なければベストだ。

 だがその願いは次の瞬間にけたたましいアラームと共に撃ち砕かれる。

 レッドシグナルを鳴らす新たなディスプレイが複数枚出現して最大警戒音を響かせる中、



『フルダイブ反応感知。ゲート前のアルデニアラミレット艦『ビースト1』プレイヤーがフルダイブを開始しました』 



 サポートAIのイシドールス先生が冷静な声で告げる。

 VR業界はVR規制条例によって、今は様々な制限が設けられている。

 その中の1つは麻紀も強い不満を覚えている、娯楽目的使用におけるフルダイブ使用時間制限。

 だからPCOはVRMMOでありながらも、ハーフダイブでのプレイをメインとして、フルダイブを必須としないゲームシステムとデザインで組み立てられている。

 時間制限がある。自由に使えない。

 それを逆手に取った運営は、だからこそフルダイブは特別な時間として、フルダイブ中のプレイヤーには強力なステータスアップ効果を与えていた。



「初日に!? しかもこの状況でいきなりフルダイブって!」



 ゲームが始まってまだ半日も経ってない。

 フルダイブは限られた時間だけ。

 だから無闇矢鱈と使わない方が良いというのが、ゲーム初心者の麻紀達にVRMMOのイロハを教えてくれた美貴のアドバイスだ。

 なにもその種のアドバイスは美貴だけではない。

 いろいろなプレイヤーが、フルダイブを使うタイミングや機会を探り合って慎重に行動している。

 それなのにあの獣人プレイヤーは、セオリーに反してフルダイブをいきなり仕掛けてきた。

 焦れたのか、それとも切れたのか、あるいは深い考えがあるのか?



『マスター麻紀。こちらもフルダイブしますか?』



「却下。ステータスアップして索敵能力が上がるだろうけど、こっちは相手の予想位置にはいないんだからこのまま隠れて」 



 相手が待ち伏せを警戒して探る気であろうとも、待ち伏せを気にせず強攻する気であろうとも、こちらはその予測捜索網とは外れた位置にいる。

 下手に反応するよりここは静観すべきだと麻紀は判断するが、相手はさらにその上を行く。

 フルダイブへの警報を鳴らしていた真っ赤な画面が、次の瞬間真っ黒に染まり、新たに焦燥感を引き立てるテンポの速い警報を鳴らす。

 フルダイブ警報よりも、さらに上の最上級警報。それは……



『エンシェントビーストブラッド感知。アルデニアラミレット艦プレイヤーが【祖霊転身】状態へと入りました』



 PCOプレイヤーにとっての切り札中の切り札。

 【祖霊転身】と呼ばれるフルダイブ中にだけ使用可能な特殊ギミックが使われたことを知らせる特殊警報が筐体内に響く。



「アルデニアラミレットの祖霊転身!? どのタイプ!?」



 初日に最後の奥の手まで切ってきたことに驚きながら、麻紀は慌ててそのタイプを確認する。

 特殊ギミック【祖霊転身】にはいくつもの種類が存在する。


 搭乗艦のステータス数値を持ったプレイキャラクターへ転生する【人艦一体】


 プレイキャラクターが任意の幻獣や巨人等ファンタジー系の大型生物へと変身する【古血開放】 


 ロストテクノロジーの産物である超機関を発動させ搭乗艦の全能力を飛躍的に超強化する【リミットオーバーブースト】


 自らの身体を巨大な木へと変貌させ、大陸クラスの地形ステータスを大きく改良、変貌させる【ユグドラシル】等々。


 使用種族を選ばない汎用性のあるものから、種族ごとの専用特殊ギミックなどいろいろあるが、どれもが強力な効果をもつ、それこそ状況を一変させる物ばかりだ。



『ビースト1変形を開始しました。アルデニアラミレット専用祖霊転身【メガビースト】だと思われます。チャフ散布を確認。全方位探知レーダー精度急速低下』



 メインディスプレイに映る敵戦艦から小型艦が射出される。

 小型艦は母艦上で大きく旋回しながら、キラキラと輝くなぜか桃色のチャフを大量にばらまいていく。

 サブディスプレイに映っていた映像にノイズが走り、レーダーが真っ白に染まっていくが、敵艦を映したメインディスプレイだけは、髪一本のノイズも走ることなく敵艦がその姿を大きく変えていく様を、大アップで鮮明に映しだしていく。

 桃色に輝くチャフを船体に纏わせながら、船体の一部が分離して、折りたたまれていた四肢が姿を現す。

 メインディスプレイが分割され、内部構造らしき物を映しだして、宇宙空間だというのに蒸気やら火花を出しながら、四肢のジョイントが船体、いや胴体に接続されていく様が、これでもかというくらいに鮮明に細かく、そしてマニアックに放映されていく。

 それはありのままに表現するならば、まさしくまがいもなくアレだった。

 宇宙空間に舞い散る桜吹雪をバックに、巨大な宇宙戦艦が、巨大機動兵器【スーパーロボット】へと変形していく。

 今映し出されているのはいわゆる合体バンクと称される物だ。

 先ほどまでは宇宙船だった物が、鋼鉄の巨体へと姿を変えていく中、サブウィンドウの1つが外部映像から切り変わり、メガビーストの基本情報が表示されていく。

 あれは、アルデニアラミレットプレイキャラクターがもつ古の獣の血を滾らせて、初めて使用可能な強化パワードアーマー形態。

 遠距離戦闘にはマイナス効果が付くが、艦船ではあり得ない戦闘軌道と四肢や尻尾を使った肉弾戦を得意とする近接戦闘特化タイプ。

 障害物の多い宙域、地形で力を発揮し、複数の特殊スキルが同時発動して相手を屠るまで戦い続ける事が出来る生粋戦闘形態だ。 

 ずらりと並ぶ基本特殊スキルの中の1つが、麻紀の警戒心を最大まで引き上げる。

 一度データを取得した相手が、近隣にいればステルス状態だろうがその位置を正確に見破り感知する『野生の狩人』

 麻紀の船ホクトのデータは既に相手の手の中だ。



「逃げるわよ! エンジン戦闘出力まで上昇!」



 スキルやスペックを確認し祖霊転身した相手となんてまともにぶつかれないと判断した麻紀は、すぐさま逃げの選択をする。

 だが逃げられない。



『敵艦の変形が終わるまでは一切の戦闘行動及び回避行動が取れない特殊スキル『お約束』が発動中です』  



 無情にも告げるサポートAIの声に麻紀の頭が一瞬真っ白になる。

 実際にコンソールに指示をうちこんでも梨の礫。

 補助スラスターの1つすら反応しない。



「待って待って。なにその巫山戯たスキル!? 相手の変形が終わるまでただ見ていろと!?」



『対抗スキル『お約束破り』もございますがマスターのスキルレベルではまだ開放が出来ません。お約束破りはやはり中盤からという暗黙のルールがあるそうです』



「どういう理屈!? 普通、こっちを麻痺させるんだから対抗手段なんて初期じゃないの! 他艦に攻撃されたら終わりでしょ!?」



 PCO開発期間中、とあるド外道テストプレイヤーが、嬉々としてメガビーストを使おうとする兎娘をことごとく邪魔したり、攻撃したりした末に、関係者の間で『第三七次離婚騒ぎで地球やばい』と呼ばれる事変の果てに生まれた、業の深いスキルとは知らず麻紀が思わず声を荒げる。



『ご安心ください。この状態では影響範囲内にいる全ての艦船が影響を受けます。攻撃も逃亡も出来ませんが、こちらも攻撃はされません』 



「そ、そういう問題じゃないでしょ……」 



 ずれている。何かずれている。さっきまでの自分の苦悩はなんだったのか?

 あのやたらと派手かつ、前時代的な変形シーンはただ見せるためだけなのか?

 よくよくサポート画面を見れば、チャフとして発動している桜吹雪は、選択オプションの1つで、他にも『地割れ』『荒波』『雷光』『蛍雪』

 さらには自然現象ではない『反物』なんて巫山戯た物も書いてあった。

 やはりこれはゲームなのか?

 巫山戯た状況に、趣味的すぎる演出はまさにゲームその物だ。



『変形終了まで後10秒。マスター麻紀いかがなさいますか? ご命令は逃走でしたが、この状況では難しいと思われます』



 出現した頭部からは赤いビームがたてがみのように伸び、手の先には同系色のビームかぎ爪が出現。

 先ほどまで桜吹雪をまき散らしていた小型艦が下方に回り強烈な明かりのスポットライトを、そのロボットへと当てる。



『Transformation complete! オウカ! ケンザン! It is a game Alien girl!』



 変形が完了した人狼型巨大機動兵器が素早いステップで決めポーズを決めた。

 広域通信で流れたの女性の声は、流暢な英語で変身完了と告げたかと思うと、片言の日本語で嬉々とした雄叫びを上げ、さらには麻紀のいる方向を指さし意味不明な宣戦布告を突きつけてきた。

 この瞬間麻紀は理解した。

 声を聞いても相手は未だに誰か判らないが、というかますます判らなくなったが、2つだけ判った事がある。

 戦闘意欲満々の相手の狙いは自分自身だということ。

 そして祖霊転身に対抗できるのは、祖霊転身だけだという、教えられていたアドバイスに従い、出し惜しみ無くいかなければ、むざむざと破壊されるだけだということを。 



「どこの悪趣味な馬鹿よ!? 誰がエイリアンだっての!? フルダイブ! ついで祖霊転身【リミットオーバーブースト】行くわよ!」



 攻撃は出来無いが、それでも何とか美月が調査を終えるまでの時間を稼ぐために、麻紀はわざわざマントを一度ひるがえしてから、コンソールに指を這わせた。



 こうしてPlanetreconstruction Company Online正式オープン後、初となる祖霊転身プレイヤー同士の戦闘の火蓋は切られた。

 後に『プロバトルジャンキー対アマチュア中二マント』とプレイヤー達によばれ定番勝負になるとは当事者達は知らずに。

 そしてそのプレイヤー達もまだ知らない。

 この対決のせいで、銀河系に住まう人々の、地球人への第一印象が実にアレな方向へと行くことになるとは……

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