第68話 それぞれの恋心
ヒロを……観察してみているが。
異世界から来た人間……としか最初は認識していなかった。それは出会った当初……秘密を打ち明けられた時に思った本心だ。
だが……ザックにより、俺の心は引き出しを開けられてしまった。
生を受けて、二十二年……言い寄られる以外で、俺は初めて……己が『恋に落ちた』と言う状態になったのだ。
朝飯をわざわざ作ってくれるヒロを……出来るだけ、こっそりと観察してみたのだが。
昨日……いや、その前も。自覚する前にヒロと二人で作業などもしたと言うのに。
幼い顔立ちの彼女が……今まで言い寄って来た大勢の女ども以上に、輝いて見えたのだ!?
作業の手際も美しく、ひとつひとつの動きを気にしてしまう……。これが……恋の力と言うやつなのか? 末恐ろしいものだ!
「はっはっは! スイ〜? ずぅっと、ヒロ見てんじゃーん?」
同じテーブルの向かいの席に居るザックは、実に楽しそうに俺の様子を見ては笑っていた。
「……俺の、勝手だ」
「ま、そうだけどー? ヒロって、意外と鈍いからさぁ? お前の気持ちは、言わなきゃ気づかないんじゃね? ね? 雪の長老ぉ?」
「ひゃ、ひゃい!?」
「……いきなり、長老殿に話題を振るな」
理由があって、男を苦手としている相手に……話題を持ちかけるのは酷な事だとは思うが。
雪の長老殿は……少し離れた席で、オロオロとしていたが。ザックと目が合うと……首を軽く縦に振ったのだった。
「そ、そ、そう……です、ね。す……スインド……さんでしたよね? 目が……とても、お、お優しい……です」
「アヤカシにもモロバレじゃぁん? ほらほら、手伝いに行かんでいいのぉ?」
「……手は足りていると言われたから。良い」
ヒロ自身は、しっかり休めていないのに申し訳ないと言ってくれたのだ。そんなことはないと言う前に、『大丈夫ですから!』と笑顔で諭されてしまった。あれに、惚れている俺としては……言い返せなかった。とても……綺麗に見えたのだ。
「恋かぁ? いいじゃん、いいじゃぁん? 事なかれだったスイに、春の風じゃぁん?」
「……いちいち、うるさい。お前はいいのか?」
「俺は、いずれ出会う相手って思ってんのー」
「…………そうか」
だらしないように見えて、そう言うところは俺よりも真剣に相手と向き合うのだ。ヒロでないのに、俺はいくらかほっとは出来たが。
「……こ、恋は……よ、良いもの……ですか?」
俺がため息を吐くと、長老殿が自ら俺達に声を掛けてきたのだ。
それに答えたのは、俺ではなくザックだったが。
「いいよ〜、いいよぉ!? 恋はいいもんですよぉ?! え、雪の長老様は……全然?」
「は、は、はい……その、番なども……出来ず、い、今まで……独り身、でして」
「そっかぁ? 男苦手って言ってたもんねぇ? え、俺とか平気?」
「だ、だ、大丈夫……です! は、話す……のは、いくらか、昔……よりは」
「ふぅん? ならいいけどぉ」
モンスターすべてが、配偶者を得ているわけではないのか。少し驚いたが……人間とて、そのような者も居るのだからおかしくはない。
納得していると……ザックを見る、長老殿の様子が、少しおかしい気がした。目は薄っすらと長い前髪から見えたのだが……その視線が、年頃の『女』のように見えたのだ。
(……まあ、モンスターと人間の合いの子はいると聞くが)
外見だけなら俺のほうが上だとよく言われるが……気遣いは古馴染みのザックの方が気が利くとよく言われる。少し言葉を交わしたことで、長老殿には好ましく思ったのかもしれん。
他人のことはともかく、自身のことには疎いのは……ザックもあまり俺のことは言えないが。
(……ヒロと、恋人……にか)
ネコマタのクレハと楽しげに料理をしている横顔を見ると……胸の奥が温かくなる。
やはり、気の迷いではないと……俺も改めて自覚したのだった。
次回はまた明日〜




