第108話 そこは私の大事な
最終回
夢を見た。
きちんとベッドで寝ていたはずなのに……真っ白な空間の中で、ひとり立っていたから。
けど……見覚えがないわけじゃない。
「……久しぶり? 宏香」
美しい緑の黒髪が特徴的な、女性。
顔面偏差値もめちゃくちゃ高い……女神様。
美女神様だったわ!
「……お久しぶり、です」
と言っても、この空間からあの世界に転移してから……半年程度だけど。
「ふふ。無事に……あの場所を解決してくれたようね?」
魔法で、テーブルと椅子……さらに、紅茶のセットを出すのも変わらない。
腰掛けるように言われたので……遠慮なく座る。夢のはずなのに、質感などもきちんと感じ取ることが出来たわ。
それよりも。
「解決……とは? 貴女の願いは、私が店を開くことだったのでは」
「それはもちろん。けど……あのアヤカシ達の秩序を正すのには、神である私の介入が制限されていた」
「……そこに、私が?」
「ふふ。貴女と縁が深くなった……あのスインドとも引き合わせるためもあったわ。でも……それ以上に、まとまりの悪かったあの里もね?」
たしかに……長老おじいちゃんにも聞いたけど、私が来るまでは長老一同の結束も緩かったらしい。そこに、私はジビエ料理を振る舞ったことで……あそこまで一致団結するようになったそうだ。
イルアさんの件もあったが……里は、今本当の意味で輝いてき出したんだって。
「……私はこのままでいいんですか?」
中途報告ではあるが……美女神様がわざわざこの場所に呼ぶんだもの。
何かしらの……理由はあるだろうから。
「……もちろん。穏便に事を運んでくれたんだもの。貴女にも、辛い経験をさせてしまったし」
「え?」
「雷よ。あの世界の魔力の大半は……あの長老が司る、雷が主なの」
「……そうだったんですね」
じゃあ……もう日本には帰られないけれど。
これからも……スインドさん、クレハ達と一緒に。『小料理屋ヒロ』を営業出来るんだ。正直言って……嬉しい。
「けど、ひとつ」
美女神様は……私に向かって、指を立てたのだ。
「はい?」
「私も食べたいわ。貴女の作った、ジビエって料理」
「……ここで?」
「もちろん、お店に行くわ。姿は変えるけど」
「……是非」
私がそう告げると……意識が薄れていく感覚があった。
次に意識が覚醒したのは……スインドさんの腕の中。一緒に住むようになって……ザックさんが作り変えてくれたベッドで、毎日一緒に眠っているのよね?
あったかい温もりに……つい、ぎゅっと抱きついた。
「ん……おはよう」
私の行動で目が覚めたのか……すぐに、目を開けておでこにキスをしてくれた。まだ慣れないけど……嬉しくて、つい笑っちゃう。
だけど……まだ起きるには早い時間なので、彼に夢を通じて美女神様に会った事を伝えた。
「……てことが」
「それは……いつ来られるかわからないのだな?」
「けど、いつも通りで良いと思います」
私は私なりに。
いつもの接客と、料理でお客さん達にはおもてなしをするだけだ。
しっかり言い切ると、スインドさんも頷いてくれたわ。
「そうだな。俺もいつも通りでいいと思う」
「今日のメインは、スインドさんも好きなボア肉のメンチカツです」
「! まかないが楽しみだな」
「せっかくなので……新作も兼ねて、コアナ入りにしようと思って」
「……物凄く美味そうだ」
「お気に入りに追加されると思います」
怪我をして……絶望に堕ちてたあの頃の私は、もう何処にも居ない。
大好きな人や、大切な人達と一緒に。
生涯叶わないと思ってた……自分のお店を出すことが出来たのだから。
ちょっと普通じゃない……色んなジビエ食材を今日も駆使して。
アヤカシだけじゃなく……最近は少しずつ増えてきた、人間のお客さん達にも。
美味しい料理を振る舞っていく!
……そして。
この場所に、またひとつの命が増えたのはしばらくしてからだった。
【終】
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