終(幼馴染視点)
よろしくお願いします
悠貴の住むマンションから真っ直ぐうちに帰る。
今日は学校に行く気にはなれない。
ずっと好きだった人に振られた。
原因は私。
昨日、悠貴との約束を断って先輩と会った。
学園祭の件で話があるからと。
私の加入している部活は演劇部で、学園祭での発表に向けて部員全員が盛り上がっていた。
私もその例にもれず、かなり強い思いで練習に取り組んでいた。何せヒロイン役に抜擢されたのだ。どうしたって気合が入る。
そして相手役はひとつ上の先輩。かなりのイケメンでモテることは知っていたが、それほど興味はなかった。私には悠貴がいたから。
それに見た目と同様軽い人だと思っていた。
その印象が変わったのは一緒に演技の練習をし始めたときからだ。
舞台に立つときの先輩は人が変わったように情熱的で誰より演技に真剣だった。
きっと私もそれに当てられたのだろう、先輩からの的確な演技指導を受け上達していく実感もあった。
いつの間にか私は先輩のことをすっかり信用していた。
だから昨日も学園祭での演劇を優先したつもりで悠貴との約束をキャンセルして先輩と会った。
いままでも放課後、ファミレスなどに寄って演劇について話たりすることはあった。でも休日にふたりきりになって合うのはその日が初めてだった。
先輩に誘われるまま、演劇の参考になるからと、お勧めの舞台を見に行き。
その後、食事をしながら感想を言い合い、学園祭に活かせないかと話し合った。
いつの間にか時間は夕暮れ時になっており、先輩に送ると言われ少し名残惜しくなった私は、家の近くの公園を一緒に散歩した。
相変わらず話は演劇の話ばかりだけどそれが楽しかった。周囲に人もいなかったこともあり先輩がふざけだし、学園祭の演目のあるパートを演じ始めた。
私も冗談に釣られて演技をして見せる。
でもそのシーンは、恋人同士の二人が別れ際に熱い抱擁をしてキスを交わす所、もちろん本気でキスなんて交わすことなんてない。
でも今日の楽しかった時間と、いつも以上に見つめてきて雰囲気を出す先輩に流されてしまい、本当にキスを交わしてしまう。
悠貴としか交わした事の無かったキス。
でも悠貴の時とは違う頭が痺れるような甘い感覚に酔いしれる。
その現場を悠貴に見られているとも知らずに。
私はその甘い感覚にのぼせ上がり、先輩に促されるまま先輩の家に誘われる。
その意味を考えれば先輩が何を考えていたのかなんてわかりそうなのに、私はただもう少しだけ先輩と一緒にいたいが為にのこのこと先輩に付いていった。
以前から先輩は一人暮らしだと聞いていたのに。
私はそのまま家に連れ込まれるともう一度キスをされる。さっきのより強烈な舌を絡め合う大人なキスに、私は完全に思考が停止する。
少しづつ服が脱がされ、急に怖くなった私は一度悠貴を理由に拒絶するが『これも演技の糧にすればいいよ』と今考えればバカな理由で、そのまま流されてしまい先輩とセックスしてしまった。
事が終わり少しづつ冷静になると、自分のした事が気持ち悪くなってきた。
行為自体もキスは気持ちよかったけど、後は私の中に異物が侵入しただけ、どうしてこんな事をしようと思ったのか理解出来なかった。
先輩はひとりで満足して私の不安な様子なんて気にしていなかった。
私はさらに冷静になると急いで服を着て、何も言わず慌てて部屋を出た。
家についた頃にはもうかなり遅くなっていてお母さんに怒られたが、悠貴と一緒だったと言うと『あんた達はしかたないわね』と呆れながらも許してくれた。
本当は悠貴に電話して話をしたかったけど、後ろめたい気持ちから電話出来ずに。
メッセージで今日のことを謝っておいた。
そして返事があの時の公園の写真だった。
それを見た瞬間頭が真っ白になった。
『見られてた』
様々な言い訳が頭に浮かぶ。しかし、どれもまともに取り合ってもらえそうなものでは無かった。
しまいには、見ていたくせに止めてくれなかった悠貴に対して、理不尽な八つ当たりに近い感情さえ抱いてしまう。
そうしてグルグルと考えている間に朝になり、もう一度悠貴からメッセージが届いた。
『もういい、分かった』
短い文面。悠貴が私に対して感情をなくしかけているのが直ぐに分かった。
慌てて身支度を整え、少し離れた悠貴の住むマンションに向かう。
最悪会ってくれないことも覚悟したが、幸い家に入れてくれて話を聞いてくれることになった。
しかし、結果は最悪だった。
まともな言い訳すら出来ずに、感情のまま話す私の言葉は、悠貴には届くことなく。自分のしでかしてしまった事を再確認されただけで、取り付く島もなかった。
何より一番ショックだったのは、あっさりと別れを切り出され先輩との関係を勧められた事だ。
それは、ハッキリと私に対して感情を失ったことを意味していた。
確かに私の自業自得ではある。でも、今まで積み重ねた時間を微塵も感じさせず無下にする悠貴の言葉に、苛つきが抑えれなくなり思わず怒鳴ってしまった。
そして悠貴に告げられた言葉。
『…………どうやればその長年の思いを踏みにじって一番好きな人を簡単に裏切れる人間を信じることが出来るんだ、教えてくれ?』
それは完全に自分自身に返ってきたものだった。
私の悠貴への思いが深ければ深いほど、そんな思いすら簡単に裏切れる人間だと言うことを、私は自ら証明してしまっていた。
そんな私の言葉が悠貴に届くはず無かった。
私を応援してくれていた美月さんも最初は怒って問い詰めるような事を言っていたけど、最後は憐れみの目で私を見ていた。
惨めだった。頑張って長年好きだった悠貴を振り向かせ、ようやく好きになってくれていたのに、気の迷いと浮かれてしまった自分自身の過ちのせいで全て失った。
もしこれが普通の高校生同士なら、まだやり直せる可能性もあったかもしれない。でも悠貴は一度相手に対する思いを失うと、もうその思いを取り戻すことはない。
簡単にいえば壊れてる。それでも好きだった。
だから最初は美月さんにも反対された。
『近くに居るだけの友達なら良いけど、深く付き合うには覚悟がいるからやめておきなさい』と。
でも最後は私の思いを汲んでくれて応援までしてくた。そんな美月さんの思いまで私は裏切っていたのだ。
そして最後に投げかけられた言葉。
それは私の心を引き裂くのに十分な破壊力を秘めていた。
何とか悠貴の家で泣くのはなんとか堪えた。でも帰り道でボロボロと涙が自然にあふれだす。
なんとか家に帰り部屋にこもると、もう駄目で一気に感情が溢れ出し、涙と嗚咽が止まることは無かった。
読んで頂きありがとうございました。




