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天才・新井場縁の災難  作者: 陽芹 孝介
第九章 暗号屋敷に遺されたもの
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有村は休暇を利用して墓参りに来ていた。

窟塚村では結局休日を返上した為、休暇は今日になってしまったが、それを利用して墓地にやって来た。

空は快晴で、妙な言い当てだが墓参りには最適だった。

非番なのでいつものスーツ姿ではなく、グレーのシャツにジーンズと、楽な格好をしていた。

有村は独り感慨深い表情で広い墓地にある、一つの墓石を眺めている。

墓石には『新井場家之墓』と彫ってあった。

「遅くなってすみません……。(れん)さん……」

有村はそう呟くと。シャツの胸ポケットから煙草を取り出し、火を着けた。

煙草に火が着いたのを確認して、それを墓石の前に置いた。

「今日は僕も付き合いますよ」

そう言うと有村はもう一本煙草に火を着けて、今度はそれを自分で吸った。

「好きでしたよね……マイルドセブン……。僕には未だに良さがわかりませんよ」

有村は喫煙者ではないので、普段は煙草は吸わなかったが、今日は特別な日なのだろう、渋い顔をして煙草を吸っている。

「蓮さん……僕も来年40です。僕にも貴方の息子くらいの子がいても可笑しくはないんですが……未だに独り身です」

有村はある程度煙草を吸うと、携帯灰皿を使い、煙草を処分した。

墓石にある煙草からは、ユラユラと白い煙を漂わせている。線香の代わりのようだった。

「貴方の息子は元気ですよ。いつも助けられています」

そう言うと有村は墓石の前でしばし沈黙した。

1分……5分……儚い表情で墓石を見つめている。墓に眠る者との想い出にふけっているのか、それとも別の事を考えているのか……。

すると人の気配がした。墓地に一人黒服の女性が現れた。

広い墓地なので有村の他に、墓参りに来ている人がいてもおかしくない。

すると女性は有村の方に近づいてきた。肉眼で互いの顔がわかるほどの距離になり、互いに気付いた。

女性は有村を確認すると、ニコリとして手を振った。

有村は呟いた。

亜子(あこ)さん……」

「有村君……久しぶりね。来てくれてたのね」

亜子と呼ばれるその女性は、縁の母だった。

新井場亜子……いつもニコニコし、優しい縁の母であり、有村とも面識があった。

有村は亜子に一礼をした。

「お久しぶりです。偶然ですね」

「ほんとうに……何年ぶり?よく来てくれているのでしょう?会いそうで会わないものね……」

「ええ……余裕がある時は来るように……」

「それにいつも縁がお世話になっているようで……。生意気でしょ?あの子……」

有村は少し苦笑した。

「いえ……世話になっているのは僕の方ですよ。それにあの能力です……生意気くらいが丁度いい……。でないと逆に不気味です」

亜子も苦笑した。

「ふふふ……確かにそうね」

しばし二人の間に沈黙が走った。亜子はそうでもなかったが、有村は何処か気まずそうだ。

有村はそんな雰囲気を悟られたくなかったのか、話を切り出した。

「15年ですね……」

有村の言葉に亜子は儚い表情で反応し、そのまま墓石を見つめた。

「そうね……。早いようで……永かったわ……」

有村は亜子の言葉に頷いた。

「ええ……。それは僕にとっても同じです」

すると唐突に亜子が言った。

「縁……優しい目になったわ……」

それを聞いて有村は少し微笑んだ。

亜子は続けた。

「桃ちゃんと出会って……だいぶ変わった気がするわ……。向こうであんな事があって、あの子……随分荒れたから……」

有村は言った。

「赤ん坊の頃しか知りませんから……。でも帰国した頃に比べると、確かに優しくなったかも……」

「私……桃ちゃんには、本当に感謝してるのよ」

有村は苦笑いした。

「はは……それはお互い様で、桃子ちゃんも思っているんじゃないですか?」

すると亜子もようやく微笑んだ。

「そうね……」

有村は再び墓石に向かい、そして墓石に微笑んだ。


……蓮さん……。貴方の息子は良い仲間を持ちましたよ……。



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