~可憐! 息を殺して偵察だだだ~
パーティのみんなと別れて、あたしは単独で森の中を進んでいた。
といっても、そこまで奥に進んだわけではない。
相変わらずちょっと進んでは確認して、ちょっと進んでは周囲を探索して、という感じでじっくりじっくり進んでいた。
これまで何度かパーティのみんなと魔物と戦って、慣れてきた。
けど。
やっぱり怖いものは怖い。
腕とか顔とか、ちょっと斬られる程度だったら大丈夫だけど、もしも太ももとか刺されたりしたら、ぜったい動けなくなっちゃう。
逃げられる、っていう絶対に安心が得られない限り、怖いものは怖い。
だから油断しないこと。
調子に乗らないこと。
それらを心に、あと師匠の教えをしっかりと守って――
「足跡だ」
鳴子の罠の先で見つけたのは複数の足跡。
草や苔を踏み荒らした跡がいっぱいあって、どう考えても魔物がいる痕跡だった。
ふぅ、と息を吐くのも慎重になる。
指ひとつ動かすのも、風で髪が揺れることすらも、慎重になってくる。
なにより、前方じゃなくて背後が怖くなってきた。
相手は集団だ。
単独じゃない。
それも今まで出会った数匹じゃなくって、もっともっと多い集団になってる。
だから。
あたしが一方的に魔物を見つけるより、後ろに偶然まわりこんできた魔物に発見されるんじゃないか?
そんな怖さが背中をゾクゾクとさせる。
もし、後ろから発見されてしまったら前に逃げるしかないし、前には絶対に魔物がいるっていうのが分かってる。
どう考えても挟み撃ちになっちゃうので、横にそれながら逃げないといけないけど。
――ちゃんと逃げられるかどうか、心配だった。
それでも進まなきゃ。
怖い。
だけど、行ける。
あたしの足は、まだ前に進んでくれる。
あたしといっしょに成長してくれるブーツが、まだ進めるって感じだから。
だからあたしも、まだ前に進める。
まだ大丈夫。
まだ、だいじょうぶ。
まだ――
あぁ、でも。
でも。
もう限界。
そんな迷いみたいなのが心の奥でモヤモヤと生まれてきた頃――
「×××××」
聞き取れない言語が聞こえてきた。
幼いような、それでいて無秩序にも聞こえる言葉。
たぶん、魔物の使う言葉だ。
あたし達が使う『共通語』に対して『魔物語』とか『蛮族語』とか呼ばれてる。
もちろん、あたしには意味がぜんぜん理解できない。
そんな言語で会話をする声が聞こえてきた。
ぎゃぎゃぎゃ、という笑い声も聞こえるし……
あたしは慎重に慎重に木の陰に隠れながら進んでいく。何本かの大きな木を経由して見えてきたのは、ちょっとした池だった。
たぶん暴れ川とは関係のない雨が溜まっただけの物だと思う。
大きさは黄金の鐘亭と同じくらいかな。そこそこ大きな池で、落ち葉とかが浮いていて濁っていない綺麗な池だ。
で、そんな池の近くに魔物たちがいた。
「……ゴブリンだ」
人間の子どもと同じくらいの大きさの緑色の肌をした小鬼。
魔物最弱がコボルトだとすれば……
魔物のザコ代表がゴブリン。みたいな感じかな。
特徴は頭の小さな角に、大きな目と鼻くらいなもの。あとはフッドとあまり変わらない不気味な人型。
ただし、フッドよりもレベルが高く、ゴブリンはレベル2。
たぶん強さじゃなくて、その集団性があるから、だと思う。一匹一匹の強さはフッドとかと変わらないと思うけど、ぜったい一匹じゃないっていう状態だからレベル2にしてあるんじゃないかな。
池の周囲にゴブリンは、少なくとも十匹はいる。
たぶん、もっといる。
それぐらいに、ゴブリンは繁殖力がすごくて、大量に押し寄せてくるので危険だ。って魔物辞典に書いてあった。
つたない石器のような武器を持っていたり、錆びたナイフを持っていたり。あとは、火を起こしていたり何か食べているのもいる。
フッドよりは知能が高いっぽい。
きっと鳴子の罠を仕掛けてたのはゴブリンたちだ。今も、木の皮を剥いで紐のようなものを作っているヤツがいる。
それよりも気になったのは――
「……」
砦、かな。
丸太を組み合わせて、建物っぽいのを作ってる。柵のような感じで並べられてる壁みたいにも見えたけど、屋根もあるっぽい。
その屋根の上にもゴブリンがいて、退屈そうに見張りをしていた。
砦?
もしかしたら、物見やぐら?
大きさは、それこそ普通の家ぐらいある。高さは周辺の木よりも低いから、あまり物見の意味は無さそう。
知能が低いからか、もしくは人間のマネをしているだけなのか。
判断はできないけど……とにかく、ゴブリンが集団でいることが分かった。
「……」
たぶんだけど、この池は野生動物たちの水飲み場になってるんじゃないかな。それがゴブリンたちに占拠されたので、森の浅い所まで出てくることになった。
っていう感じかな?
もしかしたら暴れ川の方に出て行った野生動物もいたかもしれない。
よし。
とりあえず確認は終わり。
さっさと立ち去ろう――と、思ったんだけど。
「――!」
砦からゴブリンではない魔物が出てきた。
青、というよりも紫に近い筋骨隆々の肌。身長は大人よりも少し大きいくらいで、金属鎧を装備している。
その両腰には大剣が二本もぶら下がっていて、鋭い眼光で周囲を見渡した。
あたしは思わず木の後ろに隠れる。
見つかってはいない。
単純に怖かった。
ボガート。
レベル3の魔物だ。
魔物辞典によると、非常に好戦的でゴブリンやコボルトを従えて行動することもある、と書いてあった。
いま、あたしが見ている光景こそがソレだ。
どう考えても、ボガートがゴブリンを従えて砦を作ってる。
たぶんだけど……もしかして、だけど……
河川工事をしている人間を狙ってきたんじゃないのかな。
大規模な工事をしているのをマネて、魔物たちも砦を築いて、戦争みたいなのを狙ってるんじゃないかな。
ボガートの知能は人間並みではないとされている。
でも、ゴブリンよりは賢いと思う。
あくまであたしの予想だけど、そう思った。
「……」
ちゃんと確認しに来てよかった。
砦とか、ボガートとか。
知らなかった場合と知ってた場合では、対処方法がぜんぜん違うし、なによりスピードも大事だ。
ゴブリンは繁殖力が凄いっていうし、遅れれば遅れるだけ大軍団になるかもしれない。
うん。
やっぱり情報って大事だ。
あたしは、ゆっくり慎重に後ろへと下がる。
ここで音を立てる愚行なんてやらない。なんてったって、あたしの足には師匠が買ってくれた凄いブーツがあるんだから。
ちょっとジャンプしたところで音も鳴らない。
だから、見つからないようにするだけ。
そーっとそーっと後方へ下がり、あとはパーティの元に急いで移動した。
「どうだった?」
「たいへんたいへん! 大至急報告しなきゃ!」
と、あたしはイークエスたちに状況を説明しつつ、河川工事の現場まで移動するのだった




