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35.恋しかるらむ

本日2話更新です。こちらは更新2話目です。話数にご注意ください。

 “She is absorbed in reading a detective story.”


 不意に耳に飛び込んできた三田村が問題集を音読する呟き声に、頬杖ついて古文の課題を解いていた手を止めて顔を上げた。俺の様子に気がついて三田村もテキストに落としてた目線を持ち上げる。


「どうした?」

「……いや」

「ん? んんっー?」


 三田村の察しの良さは時に鬱陶しい。

 首を傾げかけてすぐ、俺が頭の中に何を思い浮かべたのか悟ったらしく、細い目をさらに細めてにやあと笑みを浮かべた。逃げ回っていた債権者を捕まえた借金取りのような顔だ。

 爽やかな薄いブルーのオックスフォードシャツを着ていようと、それはそれで不気味だ。


「にやにやするな……」

「いやあ、にやにやしたくもなるでしょう。玲子ちゃんのこと考えたんだろ? 探偵小説好きらしいって言ってたもんな」

「うるさい」

「おにーさんはうれしいよ。情緒にいまひとつ欠けるお前が、問題集の例文で彼女のことを思い浮かべるなんて」

「俺の方が誕生日は早い」

「そういう細かいことはどうでもいーの! 訳してみたまえ、三橋君」


 かなり鬱陶しい。

 面白がるように俺の顔を見ている三田村にため息を吐いて、仕方なく彼に答えた。


「……彼女は探偵小説を読むことに夢中になっている」

Très bien!(すばらしい)

「英語の分担はお前だ、三田村」


 人をからかうにしては流石の発音なフランス語で賞賛し、俺が言ったままの訳を問題集に書き込む三田村の手元を眺めながらぼやけば、一問くらいけちけちすんなよと返される。

 完全に遊ばれたと、面白くない気分で取り組んでいた古文のプリントに戻る。

 昼前に、玲子について話しをしに突然やってきた岩木が帰って、朝食兼昼食を食べ終えて間も無く午後一時の約束通りの時間で三田村がやってきた。

 離れの稽古場に大きな座卓を出し、持ち寄った問題集や教科書やノート、配布されたプリントを広げて連休中の宿題を片付けている最中だった。

 三田村は隣のクラスではあるものの、同じ文系クラスなため出される宿題は同じである。

 三田村は数学と英語、俺は古文と物理を担当し、倫理については各自でといった割り振りでだった。

 倫理を担当する桟田は、普段の授業で宿題は出さない代わりに連休の時に課題レポートを出す。

 A4プリントの左上隅にテーマが書いてあり、それについて論述するものなのでこればかりは分担はできない。

 

「ったく、連休になるとここぞとばかりに宿題だすよなー。緑風(ウチ)って。まー理系の奴等よかマシっぽいけど」


 どうやら集中が切れてきたらしい。

 一時間ほどで数学の問題集の宿題範囲を終わらせ、英語に取りかかって三分の一くらいまで進めたところで、三田村は背の後ろの床に手をついて背筋を伸ばし首を左右に動かした。

 生徒間の情報交換によれば、理系クラスは古文は無いかわり化学の宿題が出ているそうで、量を比較すれば理系クラスのがややきついものであるらしい。


「芸術コースは英語と小論文だけってさー。いいよなー」


 一学年、十クラス。

 一組から八組までが普通科で、残る九組と十組は芸術コースだった。

 二年次に、普通科の生徒は大雑把に理系と文系に分けられる。

 割合は概ね半々、一組から四組が理系で、五組から八組が文系クラスだった。

 一年次に同じクラスだった俺と三田村は七組と六組に分かれ、やはり一年では同じクラスだったらしい佐竹と玲子は五組と三組に分かれている。

 玲子だけが理系クラスだ。

 建築関係に興味があるようなことを言っていたから、関連するような学部志望なのかもしれない。


「小論文っていっても楽譜解釈だろ? 実技もあるし一番大変じゃないのか?」

「あ〜なるほど。問題は解きゃいいけど、実技はそうはいかないもんな」


 とうとう稽古場の床に大の字になって寝っ転がりだした三田村に、俺も平家物語から抜粋された一場面の現代語訳を書き入れていた手を止めて彼を見下ろした。

 休憩だ。


「楽譜解釈も勉強しないと論じられない。楽譜に記された作曲家の意図に沿って表現し、上手く正確に弾くには知識と技能どちらもいるから」


 座卓の隅に置いたポットに手を伸ばし、お茶を入れながら三田村の言葉に応じれば、へえと感心するような声を出して、三田村は腹筋するように上半身を起こすと胡座を組んだ。


「なんだ」

「んにゃ、なんだかんだいってお前やっぱ演奏家なんだなと思って」

「叔父や詩織からの受け売り、一般論だ」

「や、楽譜がどうたらって時点でもうそれ一般じゃないから。そういやたまに音楽関係の本も読んでるしな」

「叔父の持ってる本。筝奏者だけど西洋音楽研究してて……結構面白いから趣味で読んでるだけ。お前が民話だ伝承だっていった本を面白がってるのと一緒だ」

「ふーん、そんなもんかね。で、どんくらいまでいった?」

「あとプリント半分ってところだな」


 言葉の後半は課題の進捗具合についての質問だったので答えれば、三田村はまた声を上げた。


「早っ! 物理の指定範囲終わってだろ!?」

「そっちと違って、古文はプリントだし」

「あぁ——っ、そうかっ」


 俺の言葉に、三田村は突然声を上げて黄色みの強い茶髪頭を掻き毟った。


「なに、オレ損してない? 数学と英語ってボリュームあるやつばっか選んでんのっ」 

「なにを今更」   

「お前もそっちは俺がやるとか言えよっ。文学少年ぶってて何気に理数科目得意なくせにっ」

「物理をやった」

「副教材の問題、数ページだろ。こっち十数ページだぞ!」

「お前、英語は楽勝だろ」

「だあああっ〜、気分の問題なんだよっ! 釈然としねぇぇ〜」


 騒がしい奴、と俺は肩を落として座卓の下に置いていた菓子折りを取り出した。

 箱の蓋を開けて、食べるかと尋ねれば犬が飛びいついてくるような喜びようで頷いた三田村に、まったくとぼやきながら個装された菓子を三つばかり掴んで彼の前に置く。


「お、若鮎! お前ん家いいよなあ、いっつもいい和菓子あって」

「子供のころからだから、もう飽きてる」

「茶も、旨いし」

「事務局でまとめて仕入れてるから。いまの時期だと京都の新茶かな?」

「お前、本当……自分や自分の家のこと普通普通いうけど、一般家庭から見たら普通じゃないからな」

「家業が家業ってだけだろ」

「あのねえ、普通の高校生は自分の部屋っつったら四畳半とか六畳の個室がせいぜいなの。六畳間は寝室で、離れ一棟自分の場所とか有り得ないの」


 離れといってもほぼ稽古場なのだが。

 そう言いたかったが、実際、俺専用のようになっているので黙った。

 喋らない方が消耗は少ないと思うのだが、三田村は疲れてくると口数が多くなる。

 俺は話題を自分の家から、宿題に戻した。


「あらかた片付けてから文句言っても仕方がないと思うけどな」

「ったく、いけしゃあしゃあと。お前のそーゆーとこ、たまに頭かち割りたいほど腹立つ」

「剣道と居合の段持ちが言うと冗談に聞こえないから、止めてくれ」

「うっせーよ……これ、扇屋?」

「よくわかるな」


 個装の包み紙に店の名前は入っていないはずだが、菓子を頬張って即座に当てるのは流石だ。

 ものすごく似合わないが、三田村は結構な甘党だった。

 時々、少し高級な甘味処や洋菓子店の喫茶代を、試験の結果で賭けたりしている。

 俺のことをとやかく言うが、三田村だって親父さんが自分で店やるほどの結構な美食家であるし、高校生であんな隠れ家バーみたいな店を実質任されているのだから、あまり一般的ではない。


「この間も言ったけどさ、語学は混ざったりかなり忘れてたりで怪しいんだって」

「読むのにほとんど不自由ないだろ」


 たぶん三田村自身が言うほど、忘れてもいないし怪しくもない。

 俺が三田村の店を訪ねる時は、雨の夜で、店は大抵閑古鳥が鳴いている。

 暇を持て余した三田村が、カウンターの向こうで洋書を読んでいる姿を何度か見かけた。

 道で困っている旅行者らしき外国人を見かければ、話しかけて助けている。

 第一、こいつはシュリーマンに影響されてて……。


「お前、読むだけなら何カ国語いけるんだ?」

「あ? 読むだけって日本語すらあやしーぞ」

「お前が考えるハイレベルな話じゃなくて。看板とか案内とかなんとなくわかるって程度なら」

「なんとなくってならー、どうだろ。まあいくつか」

「答えになってない」


 まあいくつかってなんだと思いながら顔を顰めれば、あらためて言われると……とお茶を啜って、三田村は指折り数え出した。


「ええっと、英・仏・独はまあ子供の頃のがちょっとあるだろ。つながりでイタリア、スペイン……興味でギリシャかじって、ラテン語と一緒にぼちぼちこれから……」

 

 呆れるというのは、まさにこのことだ。


「もういい。傾倒するシュリーマンほどでないにしても、海外行く時は三田村を誘うことにする」

「あ、そう? よしっ! オレいまから集中タイム入る!」


 渡した菓子を平らげて茶を飲み干し、胡座の両膝を打って三田村が宣言する。

 休憩終了だな、と俺も黙って宿題に意識を戻した。


「“夢中”か……読んでる物語に“吸収”されてるってお前っぽくもあるよな」 


 人のことをからかった英語の例文へのコメントらしい。

 なにか言いながら、言い換えの文章を書いている。

 にやにやしているが、にやにやしどころがさっぱりわからない。

 さっきは損だなんだとごねていたが、三田村は宿題の類いが苦にならない。

 本が好きだとか、野球やサッカーが好きだとか、漫画が好きだとかいったのと同じ感覚で勉強が好きなのだ。

 いや、学問が好きと表現するのがニュアンスとしてはきっと正しい。

 だから“読むだけ”というような言葉の認識の違いで、会話が噛み合わないことがままある。


「玲子ちゃんもお前も、なにかに取り込まれてる感あるもんなあ。次は長文か……」

「え?」


 三田村の口から零れた言葉に思わず俺は反応した。

 生徒間の噂話や俺の話を聞いての感想以外に、玲子について三田村の意見を聞いたのははじめてな気がする。


「玲子が……なんて?」


 独り言めいた呟きは集中タイムとやらの助走だったのだろう。

 三田村の耳に、俺の問いかけは聞こえなかったらしい。

 いつもの俺ならそのまま気にもせず、折角集中力を取り戻した三田村にそれ以上絡んだりはしない。

 しかし、午前中の岩木との対話があった。


「おい、三田村……」


 もう一度呼びかけたのも黙殺された。

 三田村は手を動かし続けていて、見ている間に次から次へと問題集の設問が片付いていく。

 細い目が訳を求める下線付きの英文を追うのと、答えを書く手の動きがほぼ同じだった。

 俺は三田村が宿題を片付けるのを阻むように、座卓に音を立てて両手をつく。


「三田村っ!」

「うぉぅ……っ! なんだ三橋っ」

「玲子が、なに?」

「は?」

「さっき、問題にかこつけて。お前直接の玲子の印象なんて言った?」


 座卓に両手をついたままの俺を一瞥して三田村は、右手の指にシャープペンシルを挟んだまま両腕を天井へと背筋を伸ばした。伸びて一気に脱力し、床に手をつき胸を斜めに張るような格好になる。

 怪訝そうに眉根を寄せて俺を見上げ、二、三十秒睨み合う。

 俺の顔を見ながらなにか考えているようだったが、不意に盛大なため息を吐き、三田村は首を落として右手に持ったシャープペンシルの柄の先で後頭部を軽く掻いた。


「割と真面目に聞くけど……お前、玲子ちゃん好きなの?」


 俯いたままの三田村のくぐもった声の問いにたぶんと答えれば、彼は額を持ち上げて驚いたように細い目を見開いてすぐ、俺から顔をそむけシャープペンシルを持つ手で口元を覆った。


「三田村?」

「いや、なんつーか……感慨深いなと」

「なんだそれは」

「一杯奢ってやりたい気分だ、酒はダメだけど」

「意味がわからない」

「や、もう……正直、宿題とかどうでもいいわ、今日は」

「あと少しだから、終わらせてしまったほうがよくないか?」

「お前がたぶんでも人を好きかもとかっ。宿題どころじゃない大事件だろっ!」


 腰を浮かせて俺の両肩に手を置いた三田村に、なんなんだ、それにまあまあ失礼なこと言ってないかと若干の不服を覚えたがあまりに三田村が真剣な顔をしているので大人しく黙っていた。

 こいつの真顔は、睨んできた時より凄みが増して怖い。


「あ〜、とはいえなあ……」


 とりあえずお互い腰を浮かせていたのを座布団の上に落ち着かせ、なぜか向き合う。

 すると急に逡巡するように唸り出した三田村に、俺は不審に目を細めた。


「どうした?」

「んー? あんまオレの主観で玲子ちゃんのこと言いたくないっつーか……」


 言い淀む三田村を怪訝に思いながら、ふと手元の古文のプリントを見れば手つかずの選択問題が目に留まった。

 百人一首の、和歌の最後の七文字を書き入れて現代語訳を記せといった問題だった。

 

 “みかの原 わきて流るる泉川 いつ見きとてか (     )”


「最初は、さ」


 ぽつりと独り言を零すように三田村が喋り出したのに、俺は耳を傾ける。

 三田村は、俺から僅かに目を逸らすと、胡座に組んだ足を掴んで体を軽く揺らした。


「今回はいいかもなって。玲子ちゃんかわいいし、性格もいいし。それに三橋の餌食にならずむしろ振り回してる感じで。そんなパターンははじめてだなって思ってさ」

「餌食……酷い言い草だな」

「あの副委員長とか、まさにそうだろ」


 やや語気を強めて俺を見た三田村に、口を噤んだ。

 たしかに佐竹のことを持ち出されては、反論のしようもない。


「お前って、悪気はないけどなんていうの? 不必要にたらし込むとこあるだろ。まー女の子の側もそれ望んでるわけで、人が口出すことじゃないし。オレが言って改善するようなことでもないしさあ」

「いい奴だな、お前」

「いまさらかよっ。うーん、てか、すまん三橋!」

 

 突然、目の前で手を合わせてきた三田村に面食らう。


「正直、玲子ちゃんでちょっと痛い目見るといいって思ってた」

「……痛い目?」

 

 あー、お前がまさか玲子ちゃんのことでこんな食いつくとは。

 失言だったと言いながら、しかし思い切りがついたのか軽く肩を竦めて三田村は、真っ直ぐ俺に向き合った。 

 

「玲子ちゃんてさ、三橋のこと好きなのは間違いないけど、三橋が好きになったらなんかだめな気がする」

「俺が? まさか痛い目って例の噂を……」

「違う違うっ! そじゃなくて! だめなのは玲子ちゃんの側」

「玲子?」

「三橋が玲子ちゃんのこと好きじゃないから、一途に好きって感じなんだよな……すっごい不思議っていうか変な感じするよ。お前にも酷いし、玲子ちゃんの中傷めいてるしであんま言いたくなかったけど」


 三田村の言葉に、それは中傷にはあたらないだろうと俺は座卓に頬杖をついた。

 菓子の箱から、三田村が食べていた若鮎を取り出して、なんとなく頬張る。


「……三橋」

「ん、なんだ三田村」

「人がさ、お前や玲子ちゃんに若干しょげてる時に、なに目の前で菓子食ってんの?」

「しょげる必要ないだろ。それに午前中にも似たようなこと言われた」

「誰に?」

「瑛高の岩木浩(いわきこう)。玲子の中三の時の元彼氏」

「はぁあ?!」

「名前だけなら三田村も知ってるはずだ。中学の模試で不動のトップだった奴」


 がさごそと箱からもう一つ菓子を取り出す。

 茶を入れ直して、俺は、午前中の出来事をかいつまんで三田村に話して聞かせた。


「頭打って、記憶ぶっ飛んで、翌年に瑛高ってすさまじいな」


 話を聞いた三田村の第一声に、そこかと俺は苦笑する。

 瑛高——正式には瑛聖(えいせい)高校。あのグレーの制服の学校は全国ランキング上位にも入る県内屈指の難関進学校だ。緑風もそこそこ難関とは言われてはいるものの難関のレベルが違う。


「例の噂の三番目の彼氏か……オレも三番目はあまり詳しく知らなかったんだよな」

「それでよくああも調子良く俺に話して聞かせたもんだな」

「噂話なんてそんなもんだろ。中学浪人ってそういうことだったか……下手すりゃ死ぬやつだろ、それ。玲子ちゃんの噂も決定的になるわけだ」


 そう言って三田村は、両腕を枕に床に背から寝転んだ。

 三田村にとって俺の家はもはや勝手知ったるなんとやら。

 まして離れは、俺以外は呼びでもしないと人は来ないから行儀もなにもない。


「玲子は関係ない。事故の前に別れていて、付き合っていた間もなにもなかったそうだ。別れた理由も岩木が家族に気兼ねしてらしい」

「エリートの一家ってのも大変だな」


 三田村らしい軽い調子に、床に右に左にと動いている茶髪頭を見下ろす。


「けど、そいつも所詮は“皆殺しの天使”の虜の一人だろ?」

「その“皆殺し”って、なんなんだ?」

「さあ? 桟田先生が玲子ちゃんのことたまにそう呼んでて。先生曰く、自分みたいなこじれて捻れて一回転したようなのの天敵なんだってさ」


 喉を鳴らすように苦笑して、三田村は軽く上半身を起した。


「んー、その岩木って奴の説にはオレは異論を唱えるよ」

「三田村?」

「三橋に好かれるとだめぽい気はするけど、自分を罰する手段に三橋使うような子じゃない。なんかもっと可愛らしくて極端な考えじゃねーの?」

「どうしてそう思う」


 三田村の異論は、岩木の言葉より随分頼りないもののように思える。

 たぶん不満足だと表情に出ていたはずだ。


「はっ、だってさ」


 そんな俺を三田村は鼻で笑い、起き上がって再び胡座を組んだ。

 思いっきり人を小馬鹿にした表情付きで、その顔の造作もあって大変に感じが悪かった。


「オレはお前等みたく神憑った天才じゃない分、人がわかる」

「は?」

「それより。お前を好きになる女子ってお前と接点ある子ばかりだろ。遠巻きだととりつくしまがないから、お前って。オレが知る限り玲子ちゃんと接点なんかないのに、そこが不思議。一目惚れって感じでもなさげだし」

「ああ、言われてみれば」


 たしかに。

 佐竹も、それ以前に付き合った女性も、俺に交際を申し込む相手はなにかしら直接接点のある相手だった。

 玲子は思いつかない。

 なにしろ三田村から例の噂話を聞かされるまで、俺は玲子の存在すら知らなかったのだから。


「言われてみればじゃないだろっ。本当、どうしてお前ばっかりそうっ。お前どっかでなにかした?」


 聞き覚えのある問いかけに首を横に振って、宿題のプリントに再び意識を向ける。

 目に留まった和歌の問題。括弧空欄に続く七文字を書き入れて現代語訳を書き添えた。 


 “みかの原から湧き出て、原を二つに分けて流れる泉川ではないが、一体あなたといつ逢ったといって、こんなにも恋しいのだろうか”


「一度も、逢ったことがないのに……」

「知らないうちに出会ってるってこともあるんじゃねえの。知らねえけど」


 呟いた俺に、残る英語の宿題に向かいながら三田村が応じる。


「三橋が好きになったらだめっぽいけど、三橋になにか期待しているような気もするんだよな、玲子ちゃん」


 常連中心の父親の店の手伝いとはいえ、伊達に繁華街でバーテンダーというより雇われマスターを一年以上やってるだけあるなと、俺は三田村に感心の念を抱いた。


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