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27.吾は恋すれどやぶれかぶれ

 本條……さん——。


 放心した佐竹の呟きのすぐ後に、ぱたりと上履きの底が床を軽く叩いた音が背後でした。

 続いてバタン……カチャリと鍵を回したらしき音に思わず、「おいっ」と叫び、佐竹を引き離してドアに駆け寄りノブをガチャガチャさせながら「玲子っ!」とまだドアの側にいるらしき少女に慌てて声を掛ける。


「えっと、えっと……三田村君に書庫にいるって聞いて……。あの、覗き見するとかお邪魔しようとかじゃなくって……あのっ……」

「いや、そうじゃないっ! そうじゃなくて玲子っ」

「その、あのっ、ごめんなさいっ!!」

「だから……っ」

「いいのっ、三橋くんの自由だからっ!」


 パタパタパタ……。

 ドア越しに聞こえる遠ざかっていく足音に、半ば絶望しながら額を叩いて溜め息を吐いた。


「だから……そうじゃ、ない」


 多分に誤解をしたのはもっともだろうが、その場を去るにしても普通、鍵を締めるものなのか!?


「追いかけて欲しいどころか、続きをどうぞってこと?」


 振り向けば腕組みをした佐竹が冷静に首を傾げていた。


「佐竹……」 

「なんか委員長がものすごく哀れに見える」

「それは構わないけどな、佐竹」

「委員長、本当に本條さんと付き合ってるの?」

「そのはずだけど」

「じゃあ、追いかけた方がいいと思うんだけど……」

「どうやって!!」


 パーティションとはいえがっちり天井に固定して施工され、壁ごと蹴り破ることも出来ない。ドアはステンレス製の枠と蝶番で無駄に頑丈に出来ている。

 いや、そもそもこの状況の元凶がそれを言うのかと佐竹を胸の内で責めてしまったが、口に出すのはさすがにさっきの追い詰められた佐竹の心情の吐露を聞いたばかりだったので控えた。


「癇癪起こさないでよ」

「起こしてないっ」

「そんな取り乱してる委員長初めて見たあたしは、いまとても女として敗北感を感じているわけなんだけど……」

「悪いけど、俺の知ったことじゃない」


 もしかすると三田村がやって来るかもしれないと、ガチャガチャとノブを回してはドアを軽く叩いてみながら佐竹に応じれば、わかってるわよと返ってきた。


「やっぱり……付き合うことになったのって、学校中の噂になった次の日彼女に言われた時に嫌な予感したのよね」

「何がっ」

「本條さんならもしかしたら、筝から委員長奪えるかもって」

「は? なんの話……」 


 それは、と言いかけて、ドア越しに近づいてくる足音がまた聞こえて三田村かと俺はドアを叩いた。


「頼む! 開けてくれないか……ちょっと手違いで鍵がっ……ァッ!?」


 ガツンっと額と鼻っ柱を激しく打たれた衝撃と同時に、「委員長?!」と叫び声をあげた佐竹の声を聞いたところで肩から床に倒れて、ゴンと鈍い音と共に軽い振動が後頭部を襲って意識が一瞬真っ白になった。

 ぐらぐらする意識を持ち直し、反射的に閉じていた目をうっすら開ければ、側に駆け寄ってぺたりと座り込んだ佐竹のらしくなくおろおろとした様子が見えた。


「ちょっと、委員長っ大丈夫、ねえっ……!!」

「……そんな程度で人は死なん」


 むっすりと籠った、三田村ではなさそうな男子生徒の声だった。


「あんたねえっ!!」


 至近距離で佐竹が上げた金切り声がキンキンと耳に鳴り響き、たしかに余程そちらの方がダメージが強く、目眩からの回復を妨げた。


「大丈夫だから、黙って……」 


 後頭部より痛む肩と顔面に顔を顰めながら肩を持ち上げて身を起こせば、銀縁の細い眼鏡をかけ短くも長くもない髪をオールバックに撫で付けた、見覚えのない生徒が俺の正面に立って俺と佐竹を見下ろしていた。


「いきなりで驚いたが……ドア、開けてくれてどうも……」


 こちらへの配慮に欠けてはいたものの、ドア開けてくれたことにはひとまず礼を言うのが筋だろうと床に座りながら言えば、フンと相手は鼻を鳴らした。


「礼より、どういう手違いでこういった状況になるのだか……説明してもらおうか、三橋委員長」

「はあ」


 鍵を指にかけ腕組みをしてこちらを射るように睨みつけていた相手の視線が、スカーフを外した佐竹のセーラー服の襟元と乱れ髪をちらちらと掠めたのに気がついて、面倒だなと思った。

 相手が男であるだけに、正直に言えば佐竹の名誉が傷つく恐れがある。


「ええと……」

「あたしが委員長を閉じ込めて、無理矢理迫ったの!! 文句ある!?」

「佐竹っ」

「いいのっ! だから、委員長は全然っ悪くないっ」


 佐竹が言い終わる前に、床に思い切り投げつけられた鍵の音が派手に鳴った。

 リノリウムの床を跳ねた鍵がチャリチャリと音を立て、床についた俺の手元まで滑り、止まったと同時にああともがあともつかない唸り声が上がる。


「どうしてそう短気というか短絡的な行動に走るっ! バカかおまえはぁ—っっ!」

「あんたに意見もバカって言われる筋合いもないってゆーのっ! 大体、おまえって呼ぶなっ!」

「やかましいっ! 図書当番前に昨日作って渡した完全完璧予想問題プリント見せに来いと言ったはずだっ!」

「そんなことより、委員長に謝んなさいよ! 頭打ったのよ!」

「フン、避けない奴が悪いっ!」     

「……君も、佐竹も……やかましい」


 ぎゃあぎゃあ言い合うその内容で、たぶん目の前に立つ彼が林田とかいう奴か……と考える。

 それにしても。

 想像していたよりずっと感情的な男だ。

 数学では三田村さえも下す奴だからもっと冷静沈着、理性優先、他人に干渉しないような人物だと思っていた。

 とりあえず……佐竹自ら状況説明し、かつどうやら彼女の名誉が損なわれる恐れもなさそうなので、俺がここにいる理由はもうないなと判断して立ち上がるとと佐竹と彼女と睨み合う林田らしき生徒の間を通り抜けた。


「おいっ、ちょっと待て!」


 通り抜けざまに右肩を取られて、仕方なく呼び止めた相手を振り返る。


「なにか?」


 やや俺より背が低い相手なので、自然見下ろす格好になった。

 相手が俺の肩に手をかけて俯き加減でいるから余計にそうなる。


「まだ話は終わってないだろ」

「話?」

「佐竹さんの!」


 どうやら俺と彼女に気を回してくれているようだが、それは無用というものだ。


「彼女との話はもう終わってる。じゃあまた、佐竹」

「じゃあまた、じゃないだろうがっ!」


 失礼にならない程度に肩を掴んでいる手を振り落とし、佐竹に声をかけて俺は背後で引き止める男の声には構わず玲子の後を追って早足で書庫を出る。

 貸出しカウンターの側を通り抜けて、第二図書室から続く廊下に玲子の影も形も見えないことに、これは走って追った方がいいかもなと速度を早めかけて、後ろから俺を追ってきたらしき足音に走るのを一旦止めた。


「悪いが、俺は急いでいるので……ええと、たぶん林田?」

「たぶんじゃなく、林田だっ!」

「ああ、そう。とにかく生憎だが君と話す時間も用も俺にはないので……」


 すたすたと廊下を進みながら俺を追って話しかけてくる林田に断ると、理解したのかぴたりと立ち止まったのに安堵し、そういえば玲子はあれで歩くのが早いからとうに校舎をでてしまっているかもしれない、いやそもそも走っていったから校舎どころかもう校門の外に出たかもしれない、彼女が去って何分くらい経過しただろう……と考えを巡らせやっぱり走ろうと決めた矢先、奇妙な笑い声が背後から廊下の先まで響いた。


「ふっ、ふふふ……噂通りの変人だな三橋洋介! そっちに用がなくても僕にはあるっ!」


 再び追って来て肩を並べてきた男に嘆息した。

 成程、佐竹が俺への所行を暴露してまで遠ざけようとするのもわかる気がする。

 彼女にとって最も苦手なタイプかもしれない。


「申し訳ないけれど、佐竹のことで用があるなら明日にでも日を改めてくれないか」

「これだけ彼女を追い詰めて、よく平気な顔で本條を追えるものだなっ!」

「佐竹が追った方いいと言った、俺もそう思うので追う」

「いくら容姿通り優しい彼女でも愛想尽かすと思うがねっ、ご自由にと言ってたぞ!」


 面倒な相手に好かれたものだな佐竹もと同情しながら、ちらりとクラス委員でもやっていそうな風貌の林田を横目に見た。言葉の調子で俺を嘲笑しているのかと思えば至極真面目な表情をしていて、どうやらただ単に感情の起伏が激しいだけで根はいい奴であるらしい。


「聞いてる。君、玲子とすれ違いで第二図書室に?」

「入口のところでね、小走りで廊下を駆けてったよ。さっきも言った通り、佐竹さんがプリント見せにこないのに痺れを切らして来たところでだ」

「数学教えてるって?」

「一年の時から追試続きな彼女を見かねて」

「親切なことだ」

「極端に数学だけ悪いからな。数学好きとしては許し難いというか、仮にも一年クラスメイトだった女子で見捨ててはおけんというか……」

「要するに佐竹が好きなんだろ」


 タン、と。

 廊下を踏みしめてまた立ち止まった男に、話は済んだのかと振り返れば「そういうことを軽々しく口にするなーっっ!」と指差しながら怒鳴られた。


「うるさい……」


 甲高い女子の声も苦手だが、やたら怒鳴る男も同様だなと耳を軽く押さえる。


「ハッ、音楽家の耳を傷めるとでも言いたげだが三橋……言っておくが弦楽なら僕も嗜んでいる。西洋音楽だがなっ!」

「そう」


 いい加減、面倒を通り越して鬱陶しさを感じてきたので、また早足でやって来た林田から逃れようと俺は徐々に早足から駆け足一歩手前まで速度をあげる。


「おい、逃げるな。なにをやっているのかとか聞けよ!」

「じゃあ、なに?」

「バイオリン、五歳から。コンクールじゃそれなりに評価を得ている音楽は数学に通じるっ」

「ああ、そう。本当に悪いが玲子はあれで結構足が速いんだ、追いつけなくなる……」


 そう、思った途端に自然に走り出していた。

 どうやら林田は走るのが苦手か体力では俺より劣るらしい、途中までついてきていたがやがて息を切らして減速し始めた。 


「君はっ、去る者っ……追わずなんだろっ……佐竹さんを放置して本條を追う理由はっ!?」


 息も絶え絶えに放たれた質問に、コンクールで評価されるほど本格的に弦楽やってるならそれなりに持久力はつくはずじゃないかと少し不思議に思った。演奏というのは側で見ているより体力がいるのだ。


「おいっ、三橋——っ!!」

「捕まえないと、いけない気がする」


 玲子が家に帰りつく前に。

 林田に聞こえたかどうかしらないが答えのつもりで呟いて、気がつけば久しぶりにほとんど全力で廊下を駆けて、靴を履き替えるのにもどかしさを覚えながら校舎を出て、校門へと俺は向かっていた。 

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