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Re:ゼロから始める異世界生活  作者: 鼠色猫/長月達平
第九章 『名も無き星の光』
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第九章14 『最強』



「――――」


 煌々と燃ゆる炎のような赤毛と、澄み切った蒼穹を閉じ込めた青の双眸、頭のてっぺんから爪先の先の先まで、混じりっ気のない英雄性で形作られたような存在。

 その誕生を世界に祝福された、自分とは始まりから対極に在り続ける選ばれしモノ。

 だだっ広く肌寒い夜の砂海、その中心で威風堂々と立つラインハルトの眼差しに、アルデバランは全身の産毛を逆立たせていた。


 ――『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレア。


 言うまでもなく、ルグニカ王国――否、世界全土を見渡しても比肩するもののいない存在であり、アルデバランの計画における最大の障害、その双璧だ。

 なお、双璧のもう一枚は他ならぬナツキ・スバルだったが、これはすでに懸念事項だったベアトリス共々、オル・シャマクによる封じ込めに成功している。

 故に、衝突の確実視されるメンバーの中で、残った最大の壁はこの男だった。


 ――さて、ラインハルト・ヴァン・アストレアは最強である。

『青き雷光』セシルス・セグムントの方が速く、『礼賛者』ハリベルの方が技巧派で、『狂皇子』ヴェイグ・アドガルドの方が死から遠く、四大に連なる大精霊たちの方がマナの総量で上回り、魔女教大罪司教たちの方が不条理な権能を有し、大罪の『魔女』たちの方が多くの命を奪い、凡百の善人の方が嘘がうまく、凡百の悪人の方が絶えずしぶとい。


 およそ分野別に見れば、ラインハルトよりも個々で上回るものはいくらでもいる。

 にも拘らず、ラインハルト・ヴァン・アストレアの最強の座は揺るがない。――その、最強の牙城を打ち崩すことが、アルデバランに課せられた勝利の絶対条件。


「我ながら、置かれた状況が悪すぎるぜ」


『手札のしょぼさは今さらだろ。オレってジョーカーをうまく使えよ』


「……龍のオレから見て、『剣聖』はどうよ」


『人のオレと同じ意見……でもねぇな。たぶん、この体の方がちゃんと相手の強さを感じ取れてる分、人のオレよりもやべぇって思ってるかも』


 背後、アルデバラン越しにラインハルトを見据え、金色の瞳を細めるのは、その超生命体としての品格に欠けた喋り方をする『神龍』ボルカニカ――否、空となっていた竜殻にアルデバランの『記憶』をインストールした、『神龍アルデバラン』だ。


 前提知識に思考と発想、現状における目的までも同一存在ばりに共有した『アルデバラン』は、孤立無援に近いアルデバランにとって頼みの命綱だ。

 ジョーカーとしてうまく使えと、『アルデバラン』からの自己申告もあった。元から遠慮する気はないが、存分に使い倒してやろうと心に決める。

 そう、アルデバランが改めて手札を確かめ終えたところで――、


「――『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」


「――――」


 ピリピリと、肌の粟立つ感覚にアルデバランは兜の内の目を細める。

 対峙した相手に名前と肩書きを告げるのは、この世界における戦うものの流儀だ。驚くべきことに、大罪司教たちですら従おうとするその流儀は、あるものは己の誇りのため、あるものは相手への敬意のため、あるものは優越感に浸るため、あるものは臆病な自分を鼓舞するため、様々な理由をそれぞれに課すものである。


 そうした流儀に、『剣聖』ラインハルトが則る理由、それは彼の目を見れば明白だ。

 ラインハルトはこの状況下で、アルデバランに敬意を払っている。――アルデバランが塔で何をしでかしてきたのか、フラムから伝え聞いているはずなのに、だ。


 それはラインハルトの美徳であり、同時に埋め難い他者との溝の原因でもある。アルデバランがそのどちらと受け取ったのか、それを細かに明かすつもりはないが――、


「魔女教大罪司教『傲慢』担当、ストライド・ヴォラキア」


「――っ」


「とか、言ったら面白くね?」


 ――その相手の敬意を、悪し様に踏み躙ることだけは決め切った。


『――ぼはァッッ!!』


 差し出された手に舌を出すような答え、それにラインハルトが目を見張った直後、不細工な咆哮と同時に、白光が立ち尽くす『剣聖』へと迸った。

 乗っ取ったばかりの竜殻の扱いに慣れていない、ひどく不格好な一撃――だが、その強大な体から放たれた『龍』の息吹の威力は本物だ。


『記憶』を上書きした直後、プレアデス監視塔の最上階でガーフィールとエッゾに放たれたそれがくしゃみだとしたら、今度のそれは明確な破壊の意を込めた一発。

 集約される破壊力の違いを証明するように、アルデバランたち以外に無人の砂海を、永遠に作り変えるような実体のない白い波濤がラインハルトを呑み込んだ。


 殺せるとは思わない。だが、殺すつもりでやらなければ、戦いにもならない。

 その証拠に――、


『――ッ、下がってろ、オレ!!』


「うおおおあああ!?」


 息吹を吐き切り、砂海に白煙と巨大な大穴を作った『アルデバラン』が、とっさに伸ばした爪にアルデバランを引っ掛け、手加減なしに横へ放り投げた。

 文字通りの片割れ、その突然の裏切りに全身を振り回され、アルデバランはほとんど水平に飛んだ砂の上を転がり、転がり、転がり、制動する。

 そして、兜の隙間から入り込む砂を吐き出しながら顔を上げ――『アルデバラン』の行動が裏切りではなく、フォローだった事実を見る。


『龍』の息吹の直撃を受けたはずのラインハルトが、無傷で『アルデバラン』へと飛びかかり、サイズ比の誤った怪獣大決戦が始まっていたのを。


『火傷もしてねぇのか! 可愛げねぇとかじゃなく、どういう原理だ!?』


「『龍剣』の力を借りた。この剣は、たとえ世界が滅ぶ日がきたとしても滅ばない。そういう造りのものでね。それで、打ち払った」


『その答え、結局すげぇのは剣じゃなくててめぇの方だろうがぁ! 火傷がねぇ理由にもなってねぇ!』


「そっちは『日焼けの加護』の効果だよ」


 そう気抜けする返事をしながら、空中で反転するラインハルトが蹴りを放つ。それは空を引き裂くような勢いの竜爪と正面から激突し、花火か大砲が間近でぶっ放されたような大音と爆発を生んだ。

 いずれも、たゆまぬ鍛錬を積んだ戦士さえ一撃も耐えられなさそうな破壊力だが、恐るべきことにそれは『剣聖』と『龍』のどちらにとっても通常攻撃だ。

 すなわち、その攻防は溜めも引きもなく、連続する。


「クソ、があああ……っ」


 ドンドンと、攻撃同士の信じ難い炸裂音が連鎖し、そのたびに生じる衝撃波が砂海の砂を吹き飛ばし、地に伏せるアルデバランを引き剥がそうとする。

 地上最強の生物同士が繰り広げる激突、それは数十メートル先の観戦であろうと、決して安全圏にならない。だが、自分可愛さに戦場を離れる選択肢をアルデバランが取ることはできない。――マトリクスの更新には限界がある。

 現在、マトリクスが定義された位置から離れすぎれば、領域は崩れ、アルデバランがラインハルト相手に有する、数少ない優位性が失われてしまうのだ。

 それは、何としても避けなくてはならない。


「――。強い。だが、以前と違いすぎる」


 一方、戦場にしがみつくアルデバランを余所に、『龍』との打ち合いを続けていたラインハルトが、一度大きく下がって距離を開け、そう呟いた。

『龍剣』の柄に手を置いて、息一つ切らしていない『剣聖』の真剣な面差しに、こちらも消耗の色がない『アルデバラン』が『ああ?』と唸る。

 それに対し、ラインハルトは「いや」と首を横に振ると、


「先日、フラムやエッゾ殿たちと監視塔に赴いた際、誤解からあなたと……『神龍』ボルカニカと衝突しましたが、そのときとは動きも意図も、違いすぎる」


 ラインハルトの指摘に『アルデバラン』は黙っている。しかし、彼の見立ては正しい。実際、ラインハルトがやり合ったときというのは、本物の『神龍』ボルカニカ――竜人を作り出して、中身の抜けた竜殻状態だっただろうが。

 そのときと今を比較すれば、まさしく人が変わったとしか思えないだろう。

 そうして正解を言い当て、洞察力を証明したところで、ラインハルトは続ける。


「前回よりも、今のあなたの方が弱い。何故です?」


『……カッチーン』


「――?」


『いや、いやいや、いやいやいや、言われて当然だ。確かにそちらさんの言う通り、オレはこの体をうまく扱い切れちゃいねぇ。だから、なんか弱くね? ってなったとしても、全然全くおかしなことは一個もねぇよ。ただ――』


 悪意のないラインハルトの疑念に、『アルデバラン』はそこで言葉を切る。そして、人間と違いすぎる『龍』の横顔、それでもそうとわかるニヤリとした笑みを浮かべ、


『てめぇに、目に物見せてやりたくなったぜ』


 宣言、その直後に『アルデバラン』が両翼を広げ、風を巻き起こして飛んだ。

 ラインハルトとの間の距離が一瞬で消え、大木のような両腕を振り下ろし、叩き潰さんと狙う。その見え見えの攻撃を、ラインハルトは足場の悪さを無視したように――事実、『砂遊びの加護』で無視しながら懐へ飛び込んで回避、反撃を打ち込む。


『ご――ッ』


 天と地に長い足を開脚したラインハルトの蹴りが、人間で言うところの『龍』の鳩尾を直撃し、その巨体を真上へと跳ね上げる。

 翼で空を飛ぶのではなく、強制的に打ち上げられた『アルデバラン』を追い、ラインハルトも跳躍して空の『龍』へ追いつく――否、追い越した。そのまま、飛んでくる『龍』の背に爪先を置いて、打ち上がる勢いを無理やり止める。


「すまないが、ここまでだ」


 空中で『アルデバラン』の背に立つように見えるラインハルト、彼が振り上げる何も持たない手刀は、そんじょそこらの名刀より切れ味の鋭い凶器。

 あるいはその一閃は、『神龍』の竜殻さえも断つかもしれないと思わせたが――、


『目に物見せるって、言っただろうが……もうちょっと、付き合え』


 手刀を浴びる寸前、いいようにされていた『アルデバラン』がそう呟く。その、苦しげな中に企みを交えた『龍』の声を聞いて、ラインハルトが微かに眉を寄せる。

 それを遠目に、地上から天空の超存在たちを見上げるアルデバランが、言った。


「――プランA」


「――っ」


 距離的に、ラインハルトにアルデバランの声が聞こえたとは思えない。彼であれば聞こえても不思議はないと思う一方、それを問う意味はない。


 ――夜天に瞬く星の光が、『剣聖』を目掛けて降り注いでくるのだから。



                △▼△▼△▼△



 ――アル・シャリオ。


 それは、古の『魔女』が得意とした、れっきとした禁術の一つ。

 空の彼方で輝き、燃え続ける巨大なマナの塊である星を、同質のマナが引き合う性質を利用し、地上へ落とす信じ難い奇跡の実現だ。

 当然だが、星を狙った場所に落とすには精緻な魔法の制御と、それを実現させるための想像を絶する量のマナを必要とする。その実現の難易度と引き換えに、星の光の含有するマナは大精霊のそれに匹敵し、かつては『龍』の群れさえ落としたとか。


 その破壊力は、ただ咆哮するだけで世界を壊す権利を与えられた『龍』、その破滅的な息吹さえも軽々と凌駕し、おおよそ破壊行為の頂点と言えるだろう。


「魔法とは、あらゆる想像を現実のものとする可能性を秘めた奇跡の学問だよ? 『龍』の息吹を鼻で笑うような強力な魔法が生まれたのも、それを超えたいと思うものがいたのならば必然……いずれ、星を落とす魔法よりも強力な魔法も生まれるだろう。人間というものは実に『強欲』で、素晴らしいと思わないかい?」


 と、そうドヤ顔でアルデバランに語ったのは、美しい白髪の『魔女』だった。

 あのときのドヤ顔は今思い出しても腹立たしいが、それは虚言やハッタリではなかったと信じられる。ドヤ顔の『魔女』に、実物を目の当たりにさせられたから、だ。

 すなわち、これが『龍』の息吹にさえ勝る、破壊の――現時点の、破壊の頂点。


「クソったれ」


 あらゆる最高は、新たな発想とそれを実現する魔法によって上回れる可能性を残す。

 アル・シャリオもその例外ではないと、『魔女』の教えのままに自分の頭の中で訂正を入れてしまったことに歯噛みし、アルデバランは降り注ぐ星光の成果を望む。


 ――認めたくないが、アルデバランは『魔女』に師事し、あらゆる知識を授かった。

 授かった知恵の中には、少なくない割合で魔法の知識がある。ただし、魔法を実現するための理論や術式を習得できても、肝心の才能がアルデバランにはなかった。

 湯を沸かす方法を知っていても、コップ一杯の水で浴槽は満たせない。


 ならば何故、『魔女』はアルデバランに使えない魔法の知識を授けたのか。

 ただ知識をひけらかし、ドヤ顔をしたかっただけか。使えないにしても、魔法の知識があれば乗り越えられる難局もあると、教え子の道を少しでも平坦にするためか。

 どちらも、『魔女』の本命の副次的効果に過ぎない。


『魔女』がアルデバランに、魔法の知識を詰め込んだ本当の理由、それは――、



『――アル・シャリオ』


 空に打ち上げられた『龍』の詠唱が、夜の砂海へと星を落とす。

 絶大な力を有しながら、魂を切り離されたことで虚ろと化した『神龍』ボルカニカ――その竜殻に『記憶』を宿した『アルデバラン』は、『魔女』から与えられ、持ち腐れていた宝を輝かせる要件を、ようやく満たすことができた存在。


 すなわち、これこそが『魔女』がアルデバランを知識で満たした理由。

 アルデバランの知識と、『龍』の竜殻を手に入れた『アルデバラン』こそが、那由多を思わせる石積の果てに、最大の壁を乗り越える手段だ。


「――――」


『龍』の背の上で空を仰ぎ、さしものラインハルトも目を見張る。

 天墜する星の光は、世界の終わりを予感させたヴォラキア帝国での最終決戦、あの戦いの最中にスピンクスが繰り出したものと遜色のない強大さだ。

 スピンクスがあらゆる反則技を駆使してようやく実現させた禁術、それを何の補助もなく自力で実現する『龍』の規格外さに慄きつつ、アルデバランは空にあるラインハルトの動向に目を光らせる。


 アル・シャリオは防がれない、なんて楽観視はしない。

 事実、『剣聖』と同格とされる『青き雷光』は、その帝都決戦で落とされた星を刀の一振りで斬るなんて埒外の覇業を成し遂げた。

 あの星斬りは、セシルスの剣技と『夢剣』の力が合わさった結果であり、『龍剣』を抜けないラインハルトに同じことができるとは思わない。

 だが、それは油断の材料になっても、侮っていい理由にはならないのだ。

 故に――、


『お、おおおお――ッ!!』


 ラインハルトが星の光に何らかの対処を見せる前に、吠える『アルデバラン』が中空で半回転、背中側を向けていたラインハルトに振り向き、翼の一撃を叩き込む。

 これをラインハルトはとっさに肘と膝で受けたが、『龍』の狙いは翼で切り裂くことではなく、その衝撃でラインハルトを吹き飛ばすこと――星へ近付けることだ。


『――ッッ!!』


 最初の接触でもそうだったが、ラインハルトには空を駆ける手段――否、雲を足場にする『雲の加護』を有している。それで体勢を立て直される前にと、『アルデバラン』の咆哮が周囲の雲を薙ぎ払い、さらにラインハルトを空へ弾いた。


 足場なく、逃げ場なく、ラインハルトが無防備な空で星の光と衝突する。

 帝都決戦の星斬りよりもはるかに条件の悪い中、いくらラインハルトであろうと、星の一撃には為す術もなく――、


「――授かった」


 瞬間、ラインハルトが苦し紛れに伸ばした足、その爪先が星に触れ、そこで発生する爆発的なエネルギーが『剣聖』を呑み込み、星が終わる爆発が起こる――はずだった。

 しかし、起こるはずの爆発は起こらず、代わりにラインハルトは、星の側面を歩く。


「な」

『んだぁ!?』


 破壊か回避か、二択を迫ったはずの天墜を躱され、アルデバランと『アルデバラン』の驚愕の声が砂海に響き渡る。

 その二つの驚愕に、星の側面を歩き、そのまま頂点に至ったラインハルトは、


「『玉乗りの加護』だよ」


『玉、乗り……』

「火の玉扱い、だと?」


 その答え合わせに、破壊の光芒を『火の玉』に見立てられたのだと絶句。だが、すぐにその絶句は、湧き上がる危機感によって塗り潰された。

『玉乗りの加護』という響きを信じるなら、サーカスで玉乗りするパフォーマーは、ただ玉の上に乗るのではなく、それを自在に操り――、


『クソが』


 ラインハルトの足が、星の表面を軽く叩いたように見えた。

 次の瞬間、アル・シャリオによって落とされた星の軌道が変わり、術者である『アルデバラン』へと目掛け、猛然と星光が迫りくる。

 それを目にした『龍』は悪罵を吐くと、渾身の息吹で以てそれを迎え撃った。


「――――」


 刹那、白と赤の光が空を眩く包み込み、夜が終わりを迎えたかと錯覚させられる。

 本来なら、ラインハルトを星にぶつけることで目にするはずだった光景、それが過程を強引に捻じ曲げられ、夜空が焼かれるという結果だけに収束する。――否、まだそれで終わりではない。

 砕かれた星は無数の煌めきとなり、砂海は光の絨毯爆撃に埋め尽くされていった。


「ぐ、ぅ……っ」


 当然、地上でそれを見届けようとしていたアルデバランも吹き飛ばされ、その全身におびただしい熱傷を受け、砂地に倒れ込んでいる。

 ふと、星の落下とは異なる地響きが少し遠くで聞こえ、かろうじて動く首をそちらに向けたところ、片方の翼を折られ、もう片方の翼を断たれた『アルデバラン』が、力なく地上に落ちているのがわかった。

 そして――、


「こんなことになって、残念です」


 倒れているアルデバランの傍らに、ラインハルトが歩いてやってくる。

 半殺しにされた『龍』と、半死半生のアルデバランを余所に、星の光の炸裂という天変地異クラスの事態に巻き込まれた彼に、その気配はまるで感じられない。

 大罪司教の『強欲』が、一度はラインハルトを殺したと聞くが、どうやったのか。


 ただ、忸怩たる思いを目に宿したラインハルトは、すでにこの戦いの決着を確信しており、悲しいかな、アルデバランにそれを覆す術はない。

 確かに、ラインハルトの見立て通り。――八千四百六十六回目も、彼の勝ちだ。

 だが――、


「――次だ」


 瞬間、ラインハルトの背後、地上に無様に落とされた『アルデバラン』が頭を起こし、そこからがむしゃらな『龍』の息吹をこちらへぶっ放した。

 不完全な状態から放たれた『龍』の息吹は、万全なそれと比べると見る影もないが、ラインハルトにそれを無視する選択肢はない。――その白光の射線上にはアルデバランもいて、ラインハルトが躱せば消し炭は免れなかったからだ。


「そういうやり方は感心できない……!」


 振り向くラインハルトが『龍剣』を鞘ごと外し、息吹を正面から切り払った。

 義憤に声を荒らげたラインハルト、その心中を覆った怒りは、『アルデバラン』が味方のはずのアルデバランを巻き込む攻撃を放ったためだ。

 実にお優しい。次はそれも、作戦の内に盛り込むとしよう。


 そう決めながら、アルデバランは口の中の薬包を解いて、毒を呷った。


「な……っ」


 異変に気付いて、振り返るラインハルトの表情が強張る。それを目にしながら、地べたでビクビクと痙攣するアルデバランは、血泡に溺れながら意識を彼方に――、



                ×  ×  ×



「――そこまでだ」


 凛とした声が冷たく凍えた空を切り裂き、光が中空にある『龍』を斜めに貫く。

 その衝撃に全身を穿たれながら、アルデバランは数百回の墜落死の末に条件付けを終えた脊髄反射で、『龍』の背の突起にしがみつき、パラシュートなしのスカイダイビングの機会を免れ、文字通りの片割れと共に地上へ、地上へ、まっしぐらに。

 そして――、


「投降をお勧めします。あなたを、斬りたくはない」


「もったいぶるなよ、ヒーロー。どうせオレが勝つ。――星が悪かったのさ」


 ――八千四百六十七回目の、アルデバランの戦いが、始まった。



                △▼△▼△▼△



 ――プレアデス監視塔を離れ、夜のアウグリア砂丘の上空で始まった『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアとの遭遇戦。


 光に貫かれ、墜落するところから始まるこの戦いだが、アルデバランは来たるべき時がきただけだと受け止めており、彼の参戦に驚いてはいない。

 若干、来たるべき時が早すぎると思わなくもないが、あるとわかっていた戦いだ。

 むしろ、消耗が最も少ないタイミングで戦えるのは望むところだった。――なんて前向きに強がっていられたのも、「――そこまでだ」を百回も聞く前のことで、そこから八千回以上も「――そこまでだ」されるとなると、虚勢も剥がれ落ちる。


 そもそも、最初の「――そこまでだ」を喰らったあと、『龍』の翼でソフトキャッチしてもらって無事に砂海に降りるまで、百回以上も「――そこまでだ」されたのだ。

 それまでは、墜落して首やら背骨やらを折られる目に遭っては「――そこまでだ」へと戻らされ、理由のわからない再挑戦を何度も何度も強いられた。


「この『――そこまでだ』、ラインハルトの『――そこまでだ』か! って気付いたときは謎の感動があったぜ……」


 自分がいったい何にやられているのかわからない、という状況は精神的によくない。

 アルデバランにとって、物理的にやられるのは嫌だが、最悪ではない。危惧するのは肉体を傷付けられることより、精神を傷付けられることの方だ。

 その点、度重なる「――そこまでだ」の正体がわかったときは、迷宮から抜け出せた気分だった。もっとも、その晴れ晴れとした気分もすぐに霧散したのだが。


「詰みセーブにならなかっただけ、運がよかったってとこだろうな……」


 場合によっては、回避不能な終わりの直前にマトリクスを設定しかねないのが、アルデバランの権能の唯一と言っていいぐらいの弱点だ。これまで、奇跡的に一度もやらかしていない失敗だが、これからもそうとは限らない。

 ましてや、今は不測の事態に備え、十五秒間隔でマトリクスの定義と再定義を繰り返していた。そのおかげで、ラインハルトの「――そこまでだ」の直前に戻れているが、もしこれが「――そこま」のところをマトリクスの開始地点に設定していたら、「でだ」から始まって何もできないまま心を削り切られたかもしれない。


 一度マトリクスを更新すれば、それより前のタスクに遡ることは不可能。

 すなわち、アルデバランには「――そこまでだ」から始まるマトリクスで、『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアを攻略するしかない。


 そのために、すでに八千回以上の「――そこまでだ」を繰り返している。

 絶望的な高さの山に亀の歩みで挑むような、気の遠くなる戦いだが、『アルデバラン』の存在もあり、ラインハルトとも全く勝負にならないわけではない。

 おかげで、ラインハルトを攻略するための準備は、着々と進んでいる。


 ラインハルトに限らず、いかなる敵の攻略も、必要となるのは要素の分解だ。

 そのものをそのものたらしめる要素を解体していけば、自ずと相手の核に迫れる。ラインハルトも、ただ最強なのではない。――最強には、理由がある。

 それをアルデバランは、個々の『心技体』に要素を分解し、紐解いていく。


 体。――ラインハルトの加護によらない馬鹿げた身体能力だが、これはラインハルト自身の異常極まる性能のオドが、体の内外のマナを微塵のロスなく、むしろ効率的かつ爆発的な相乗効果を生む形で自然と運用していることが原因だ。

 優れた才能と長年の修業で会得する、体内に巡らせたマナで身体強化を行う『流法』という技法が存在するが、先天性の『マナ過剰循環体質』であるラインハルトは、生まれながらにこれを自然と操り、強化状態でいるのが常態化している。

 これは、ラインハルトのただの呼吸が、常人の深呼吸の数百倍の効果があり、なおかつラインハルト自身の深呼吸する余地を残している、という意味に近い。


 技。――アルデバランの事前知識と八千回の衝突で判明した限り、ラインハルトの持つ加護の数は二百五十一個。その加護は彼の代名詞である『剣聖の加護』を始めとして、『先制の加護』や『矢避けの加護』のような戦闘に役立つものから、『霧の加護』や『砂遊びの加護』のように環境に対応するもの、『靴紐の加護』や『重ね着の加護』のような悪ふざけめいたものまで多岐にわたる。

 それ一個で各国の代表面ができるような稀少で強力な加護を、両手の指で足りないほど保有するラインハルトの対応力は、たとえ世界一賢い『魔女』を嵌め殺せるだけの罠を用意したとしても、楽々突破されるほど突出したものと言える。


 心。――最後に、『剣聖』という役割を任じるラインハルトの精神性。

 自らを『剣聖』の家系と自称する姿勢は、ラインハルト自身が理想とする『剣聖』の在り方に自分が達していないと考えている証だろうが、彼と目的を違え、対立する立場に置かれたものにとって、そうしたラインハルトの自意識は関係ない。

 たとえ、ラインハルト自身がどう思っていようと、その働きと使命感は『剣聖』と呼ばれるに相応しいものであり、王国――否、世界の敵を彼は見逃さない。

『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアは、世界の敵を殺すための歯車だ。


 以上が、ラインハルトの『心技体』をアルデバランなりに分解した結果だ。

 すなわち、ラインハルトの攻略のためには、解体したことで表出したこれらの要素を一つずつ潰すことが肝要となる。

 故に――、


「――そこまでだ」


 と、『龍』が光に貫かれるところから、アルデバランの次の戦いが始まった。



                △▼△▼△▼△



 ――八千八百八十八。


「――そこまでだ」


 連戦の最中に確信したことだが、『マナ過剰循環体質』という、周囲のマナを過剰に取り込み、全身に巡らせるラインハルトの体質にとって、穢れたマナである瘴気の蔓延したアウグリア砂丘は、想像し得る限り、最悪のロケーションと言える。

 つまり、おおよそ世界全土を見渡しても、ラインハルトがここまで弱体化するフィールドは、アウグリア砂丘をおいて他にはないということだ。


 たとえ、超重力を発生させるアル・クラムを浴びせ、『アルデバラン』が自重で潰れるほどの重力場に巻き込んだにも拘らず、それを力ずくで突破してきたとしても、ラインハルトの身体能力は、このアウグリア砂丘が一番弱い状態なのである。


「――次だ」



                ×  ×  ×



 ――一万二百十二。


「――そこまでだ」


 光の屈折を利用し、周囲を氷の壁で覆ったことを隠匿。その氷の密閉空間を霧で満たしたところへ、空間内の水を一斉に気化させ、爆裂させる。

 水蒸気爆発による密閉空間内の圧力崩壊、結果を予測できず、現象の原因がこの世界の文明レベルでは特定され切らない、魔法と科学の融合策による攻撃だ。


 単純な火ではなく、水でもない水蒸気爆発により、『火避けの加護』と『水避けの加護』を同時に欺く策だったが、爆発を無害化する『火遊びの加護』と、水害を避ける『水遊びの加護』を授かられ、これをも突破される。


「――次だ」



                ×  ×  ×



 ――一万六千八。


「――そこまでだ」


 火と水の魔法の温度差で雷雲を作り出し、風と土の魔法の応用で『龍剣』に電力を纏わせる。避雷針の原理で、ただし逃げ場のない落雷がラインハルトへ降り注ぐ。

 さしものラインハルトも、真の雷速からは逃れられない。帝国で散々目にした、人域を飛び越えたセシルスの剣速を思わせる雷光、不規則なそれがラインハルトを穿つ。


 これを、ラインハルトは『雷雲の加護』で完全に無力化、落雷はラインハルトを捉えられず、しかし『龍剣』を捉え、剣が強力な磁力を帯びた。

 それを逆手に取り、事前に用意していた次のプランへと進行。――磁力を用い、砂海にふんだんに眠った砂鉄で動きを封じ、致命的な隙へ攻撃を叩き込む。


 だがそれも、『砂遊びの加護』と『泥抜けの加護』で回避され、失敗に終わる。


「――次だ」



                ×  ×  ×



 ――六万四千七百九十九。


「――そこまでだ」


 直前の失敗が応えていて、魂に染み込ませたはずの条件付けを一瞬忘れた。

 瞬間、『龍』の背の突起にしがみつくルーティンを忘れ、全身が浮遊感に包まれたかと思うと、呑み込まれた風の中で上下左右を見失い、振り回される。

 遠く、落ちていくアルデバランを拾えず、吠える『龍』の雄叫びだけが聞こえた。


 口の中を舌で探り、もう何度目になるかの猛毒を今一度開放。

 あの高さから落ちれば、間違いなく墜落死する。だが、もしも、万一が今回起きたら困る。だから、念のため、アルデバランは毒を呷る。

 地上に落ちるまでの間に、全身の血が沸騰するような激痛が頭を白く塗り潰し――、


「――次だ」



                △▼△▼△▼△



 ――十三万二千四十四。


「――そこまでだ」


 悲しいかな、平均して二分に満たない戦闘を何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も繰り返すうちに、アルデバランの方の錬度も上がっていた。


「もったいぶるなよ、ヒーロー。どうせオレが勝つ。――星が悪かったのさ」


 正面、対峙したラインハルトを見据えたまま、アルデバランは懐に手を入れ、一冊の本を抜き出すと、開いたそれを頭上に高々と掲げる。

 それは、プレアデス監視塔から持ち出した『死者の書』――アルデバランの本だ。


 その内容を見せ、ラインハルトの精神を揺さぶる――という作戦は、かなり前のプランとしてすでに失敗に終わっている。

 ラインハルトは精神の汚染に対抗する『悪夢の加護』を持っているため、メンタルを直接掻き回すような洗脳攻撃にめっぽう強い。さすがに権能の無効化まではできないだろうが、大部分の影響を無視できるだけで、十分な効果。


 つまるところ、アルデバランが『死者の書』を見せる相手はラインハルトではない。

 背後にスタンバイしている、もう一人の『アルデバラン』だ。


『――同期完了、だ』


 意図を察し、乾き切っていない『死者の書』に目を落とした『アルデバラン』が、本の内容を直接脳髄に叩き込まれ、『記憶』を更新する。

 持ち出された『死者の書』は、アルデバランが経験したラインハルトとの一方的に熾烈な戦いの全てが記録されている。――アルデバランは、それを『アルデバラン』に見せることで、領域に置き去りにされる相方をいつでも追いつかせられる。


 失敗も成功も――現状、成功したプランはないが、失敗に終わったプランたちが、どんな方法で潰され、そこで『アルデバラン』がどう動いていたのか、それが共有されるだけで『アルデバラン』の錬度はめきめきと上がる。

 そのために、アルデバランは全ての戦いを見届けてきたのだから。


「――オレが諦めねぇ限り、誰も、オレには勝てねぇ」


 それが、アルデバランが十万を超える敗北に抗い続ける、絶対の信念。

 絶対に揺らがない。――そう決めて、オレは、これを、始めたんだ。


「――『剣聖』の家系、ラインハルト・ヴァン・アストレア」


 もう、「――そこまでだ」と並んで、十万回以上も聞いた名乗りの口上。

 それを受け、アルデバランは息を吸い、止め、続けた。


「オレは、後追い星だ」


 気紛れのように口にされた口上、それを受け、ラインハルトがくる。

 彼我の距離が一瞬で消滅し、瘴気で満たされた砂海でコンディション最悪にも拘らず、『砂遊びの加護』で足場の悪さを全て無視し、『夜天の加護』で夜に力を与えられ、抜けない『龍剣』を腰に携えた『剣聖』が、真っ直ぐに、迫る。


『――ッッ!!』


 十万を超える戦いの『記憶』を流し込まれ、不細工さの消えた咆哮が破壊の白光となって、迫りくるラインハルトを正面から迎え撃つ。

『龍』の息吹、それは魔法でも何でもない、ただ当たったものを破壊するだけの、目的に純粋で原始的な、強烈すぎるだけのマナの奔流だ。

 広大な砂海を永久に削るような一射、逃げ場なく放射状に広がったそれを躱す術は、さしものラインハルトとて持ち合わせがない。――だから、彼は躱さなかった。


「し――」


 刹那、『龍』の息吹に拮抗する一閃が、白光を真っ向から二つに割る。

 それをしたのは、下から上へと振り切られた、鞘に収まったままの『龍剣』レイド。伝説の刀身はいまだ空気に触れることなく、ラインハルトは何者にも破壊されない鞘の強度と自身の剣力、その二つで『龍』の息吹を断ち切った。

 だが、そこへ――、


「プランD23!!」


『――アル・ゴーア』


 アルデバランが叫んだ直後、確認の言葉なく、『龍』が爆炎で世界を焼き尽くす。

 ラインハルトとの戦いは必ずあると予測していた。――故に、アルデバランの中には、『剣聖』と戦うときのプランが用意してあり、それは『記憶』と共に『アルデバラン』に共有されている。

 アルデバランと『アルデバラン』の間に、作戦会議は必要ない。


「――――」


 膨れ上がる炎、それは火球となることなく、即座に砂海の一帯を火炎で包んだ。

 夜の砂海が赤々とした輝きに照らし出され、肌寒ささえあった空気は一瞬で焦げ臭い焦熱地獄へと作り変えられる。

 その、『龍』の規格外のマナで練り上げられた炎は強大で、砂海を舐め尽くす焔の非常識な火力に炙られ、一斉に融解する砂がガラス化していった。


 そうして作り出された光景は、アル・シャリオの星光が砂海を壊し尽くしたときのそれを思わせる。違いがあるとすれば、今回の方が砂海の壊され方としては情緒があって、同じところがあるとすれば、爆心地から現れる『剣聖』の姿――。


「『火避けの加護』」


 普通の生き物であれば灰になり、そうでなくとも炭屑になる火力、それに覆い尽くされた赤い世界を、焔のような赤髪をいただく男は堂々と進み出てくる。

 その腕を振るい、炎を晴らして現れるラインハルトは、『火避けの加護』で炎のダメージの大部分をカットしており、さらに強硬に炎を浴びせれば、『火遊びの加護』を授かり、火災現場での能力強化を遺憾なく発揮してくる。


 故に、『火避けの加護』で無効化される炎の攻撃も、『砂遊びの加護』で無効化される地形の変化も、アルデバランの狙いの本命ではない。

 その本命は――、


「――っ」


 瞬間、晴れた炎の中に立つラインハルトが、眉を顰め、首に手を当てた。

 気付いたのだろう。――息ができないという、危機的状況に。


『――ッッ!!』


 そのラインハルトの反応に、攻め時と判断した『アルデバラン』が息吹を放つ。その白光の威力と爆発力に足止めされ、ラインハルトの表情に確かな険しさが宿った。

 それは、悔悟や苦心によるものではない、戦闘の中での辛苦の表情だ。


「ようやく……」


 その顔を見せたなと、アルデバランは数万回ぶりの手応えに拳を握った。

 ラインハルトを苦しめる現象、それは炎による燃焼で、彼の周囲一帯の酸素を全て焼き尽くして作り出した、無酸素空間によるものだ。

 加護により、地水火風のいずれの効果もラインハルトへの決定打にならないが、無酸素状態で生きられるほど、生命の理に反した存在ではいられないはずだ。

 それを狙い、無酸素状態を作り出した。――そこに、『剣聖』を釘付けにする。


「理科の授業なしで、何が起きてるか解いてみやがれ!」


 ただの魔法でも、机上の空論レベルの科学でも、ラインハルトは倒せない。

 魔法と科学を力ずくで従わせて、『剣聖』であるラインハルトも、その彼を贔屓するオド・ラグナさえも知らない現象で、ようやく追い詰められる。


 加護の通用しない現象で『技』を殺し、瘴気の満ちたフィールドで『体』を殺し、ラインハルト攻略に必要な要素の、二つまでをも封殺した。

 そのまま――、


『「プランL29――!!」』


 畳みかける好機と、アルデバランと『アルデバラン』の意見が一致。

『アルデバラン』が息吹でラインハルトを足止めする中、アルデバランが代わりに必要な術式を引いて、そこに『龍』の莫大なマナが流し込まれる。


 オドの造りも、ゲートのサイズも、文字通りの月とスッポン。

 それでも、指紋のように固有のはずの魔紋を同じくするアルデバランと『アルデバラン』でだけ成立する裏技――空中に二本、縦長の陣を敷き、紫電を纏ったそれがパチパチと青白い光と放熱する音を立てて、ラインハルトへと砲身を向ける。


 空に引かれた、二本の魔法のレール。

 すなわち、それは――、


「――マギア・レールガン」


 魔法で理屈をこねたレールガン、弾丸は火でも氷でも鉛でもない。

 アルデバランが土の魔法で作り出した青龍刀、それで剥がした『龍』の鱗――それが、超速で放たれる弾丸となり、無酸素状態に立たされるラインハルトへ迸った。


 如何にラインハルトでも、雷速には勝れない。

 それはすでに、これまでの戦いの中でアルデバランが学習した事実だ。


「――ッ」


『初見の加護』と『矢避けの加護』が同時に発動し、ラインハルトが初めて目にする攻撃への直感が働くのと、レールガンの射線が微かにブレるのがわかった。

 結果、ラインハルトがわずかに身を傾け、ほんのわずかに射線のブレたレールガンは真芯で彼を捉えられず、掠めるように背後に抜け、砂海を半円状に抉る。

 だが――、


「――ぐ」


 バッと、噴出する血が砂海に散り、ラインハルトの喉から苦鳴が漏れた。

 レールガンは当たらなかった。掠めただけだ。だが、掠めただけでも死ぬような攻撃であれば、ラインハルトであろうと無傷では済まない。

 右肩からおびただしい出血のあるラインハルト、十三万回以上の戦いの中で、初めて見せた確かなダメージ、そこへ――、


『やれ!!』


 二発目のマギア・レールガンが放たれ、ラインハルトの中心に鱗が突き刺さる。

 逃れようのない衝撃波が砂海を大荒れにし、ラインハルトの姿が消えた。――否、消えたのではない。レールガンの射線上、鱗と共に連れていかれたのだ。

 その威力、速度、まともに喰らえば、ラインハルトだろうと耐え切れない。

 まともに喰らえば。


「――『再臨の加護』」


 血を噴く右腕をだらりと下げたまま、左腕で『龍剣』を握りしめたラインハルト、彼は自分の中心に迫ったレールガンの一撃を、再び鞘で受けていた。

 衝撃に耐え切れず、足場を引き剥がされたが、致命傷は避け――否、違う。引き剥がされたのではなく、レールガンに合わせ、後ろに飛んで、致死を散らした。


『――アル・クラム!』


 アルデバランと同じものを見て取った瞬間、『アルデバラン』の詠唱が行われ、超重力を発生させる魔法の黒球が、ラインハルトの背後に生み出された。

 それは、八千回台のときに通用しなかった魔法の焼き直し――否、この極限状態で、『アルデバラン』もまた、限界を突破し、魔法を一段、進化させた。


 そこに生じたのは単なる、超重量を負荷する力場ではない。

 発生したのは、星を落とすほどのマナを一点集中することで空間を歪曲させる、ブラックホールに近い、破壊的質量の特異点。

 それが、飛んでいくラインハルトと触れ合い、『剣聖』の命を粉々に砕い――、


「――『流血の加護』」


 刹那、特異点に『龍剣』の先端がねじ込まれ、黒球が力ずくで破壊される。

 何者にも壊せないと、そう称された『龍剣』。その強度は疑いようなく証明されたが、特異点を掻き回す『龍剣』を握ったラインハルトの左腕は、破壊された。


 レールガンで右腕を、特異点で左腕を、ラインハルトは損傷する。

 プランの中でも最大級の威力の二つのかけ合わせ、それでも打倒できなかった事実に戦慄しながらも、過去最大のダメージがラインハルトにあった。

 このまま――、


「――『矢当ての加護』」


 次の瞬間、レールガンと特異点で破壊された砂地に爪先を立てたラインハルトが、血塗れの両腕を下げたまま、落ちた『龍剣』を足で跳ね上げ――蹴り飛ばした。


『――ご』


 光が、『アルデバラン』の喉の中心に突き刺さり、『龍』が激しく転倒する。

 その『龍』の転倒が生んだ風と揺れに呑まれ、アルデバランは為す術なくひっくり返った。立ち込める砂煙を吸い込み、むせる。咳き込む。

 そして――、


「――そこまでだ」


 地べたに倒れたアルデバランを見下ろし、血塗れのラインハルトが告げる。

 両腕をだらりと下げた『剣聖』は、足下に突き立った『龍剣』の傍らに立ち、白目を剥いて昏倒する『アルデバラン』を確かめてから、アルデバランを見ていた。


 ここまで追い込んで、これだけやって、まだ、負ける。

 那由多の彼方を目指し、辿り着けずに多くの期待を裏切った、あのときのように。


 両腕を奪い、『体』を攻略しても、ダメだった。

 加護の通用しない攻撃を仕掛け、『技』を攻略しても、ダメだった。


『剣聖』ラインハルト・ヴァン・アストレアは、強すぎる。

 だから、アルデバランは長く深く、息を吐いて――、


「――お前の親父さんの身柄を、オレの協力者が押さえてる」


 ラインハルト・ヴァン・アストレアの、『心』を攻略する切り札を切った。



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― 新着の感想 ―
プリステラでラインハルトとレグルスが戦った時の話って、アルは聞かされてなかったんだっけ?
「なお、双璧のもう一枚は他ならぬナツキ・スバルだったが、」 双璧って宝玉で壁じゃないから、単位は一枚じゃない気がします。
今までずっとアルはスバルでは、という可能性があったけど、死者の書による人格の書き換えが可能ならスバルがアルという可能性もあるなぁ、と今更ながら思ってしまった…
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