第八章74 『愛』
――必要なのは、形のないモノを捉えること。
そこに確かにあるモノなのに、触れようとすれば元の形を失い、伸ばした指先をすり抜けるように彼方へ遠ざかっていくモノ。
それは水のように、風のように、光のように。
それは熱のように、影のように、夢のように。
触れようと勇めば勇むほどに、壊さぬように恐れれば恐れるほどに、遠くなる。
「あなたがワタシに触れようとしても、あなたにワタシを捉えることはできない」
すぐ目の前にいる相手に、間違いなく触れているのに触れられない。
地面の上を踏みしめた足を、世界を朱色に染める夕日を浴びる肌を、正面にいる相手を見据えようとする眼を、その眼に宿る炎の熱を、確かに感じているのに。
「――スピンクス」
その名前を呼び、全てを企み、災いとなることを望んだ『魔女』の役割を喰らう。
多くの人間の人生を奪い、不幸を生み、災禍を覆い隠した卑劣な権能を、今度は正々堂々と幸福を掴むため、多くの人の人生を取り戻すため、使おうとする。
それを拒む『魔女』の魂が、文字通り、千変万化するのを懸命に追いかける。
「――――」
屍人を蘇らせ続けることで、『魔女』スピンクスは魂の在り方を知った。
それにより、『強欲の魔女』の再現に成功した彼女は、自分の魂の在り方を変えることで『陽剣』の焔からも、『星食』の光からも逃れる術を獲得している。
それはまるで、大きな砂漠に落とした一本の針を探すような、大気に溶けて消えた言葉を知らぬ精霊を探すような、あるいはこの世界に存在しない海に身を投じた相手を探すような、途方もなく、当て所のない旅路に思えた。
「地図もコンパスもなしに、『オオウナバラ』に漕ぎ出しちゃいけねぇ」
帝国の動乱、その最後の大勝負に挑もうとするスバルの背に、同じ世界からきた男がそう声をかけてくれる。
冷たい鉄の兜に覆われ、見せることのない素顔。おそらくは彼――アルの瞳も、スバルと同じように炎を灯し、燃えているだろう。
そのアルの言葉に、スバルは自分があまりにも頼りない立場であることを自覚する。
アルの言う通りだ。自分が砂漠に立っていると、見知らぬ世界を眺めていると、大海原に浮かんでいるのだとわかっているなら、闇雲であってはいけない。
「――うあう」
右手を握っている小さな手が、その存在を熱と感触で主張してくる。
そこにスピカがいるとわかってやれるのは、ただ手を握り合っているからじゃない。こうして触れ合う以前に、彼女をわかろうと何度も衝突したからだ。
何度も何度も、理解できない彼女を知ろうとして、ナツキ・スバルは――。
「地図は、俺の心。コンパスは、お前たちだ。――スピカ、レム」
思い返せば思い返すほどに、ヴォラキア帝国に飛ばされた当初は最悪だった。
誰にも頼れなくて、寄り添いたいと思うレムには遠ざけられ、近付いてくるなと遠ざけようとしたスピカには寄り添われ、道を見失って歩き続けた。
だけど、記憶がなくてもレムはレムで、過去のことがあってもスピカはスピカで、どこで何をして誰と会おうと、スバルはスバルでしかなくて。
「――スピンクス」
その名前を呼んで、スピカと手を握り合ったまま、『魔女』の魂に触れようとする。
――『星食』の力は、願いだ。
奪い、貶め続けるだけだった力で、誰かを救おうという都合のいい、それこそ流れ星に想いを託すような、他力本願で身勝手な願い。
でも、だからこそ、本来そうでないものに願いを託すからこそ、真摯でなくては。
ただ名前を呼べばいいという話じゃない。相手の名前を知り、呼びかけるというのは、相手の人生に参加すると、舞台に上がると宣言するのと同じことだ。
「だったら格好つけなくてはいけないでしょう! 人生とは常に毎秒これ晴れ舞台! 誰もが役者で誰もが配役されている以上は誰もが名文を口にする義務があるのです! 心に残らなくていい台詞がありますか? 演技がありますか? そんなものはない!」
知らない相手に、なんて言葉をかければ振り向いてもらえるだろうか。
知らない相手に、何度手を伸ばせばこちらを覚えてもらえるだろうか。
相手にこちらを見てもらうには、相手の魂に触れようというのなら、まずは互いを知らない同士であることから、互いを知っている同士にならなくては始まらない。
自分のことを相手に知ってもらうための、ベストな方法は知っている。
「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ」
そうだ。ああ、そうだとも。お前でも、あなたでもない。俺と、ワタシでもない。
――これは、ナツキ・スバルとスピンクスとの対話なのだ。
「――スピンクス」
闇雲に魂に触れるための呼びかけではなく、相手を振り向かせるための呼びかけ。
これまでと違う響きに、広い砂漠を、見知らぬ世界を、大いなる海を、こちらから逃れるように歩き、渡り、揺蕩っていた『魔女』――否、女が振り向くのがわかる。
「――――」
息がかかるぐらい目の前にいたのに、初めて相手と目が合った。
相手がどんな顔をしていても、その心を無視して、一番深い場所には触れられない。
そんな当たり前のコミュニケーションを、今、帝国の最後の戦いでしよう。
「俺の名前はナツキ・スバル。星の名前が由来なんだ。――お前は?」
△▼△▼△▼△
理外に揃った三振りの『陽剣』と、帝国の明日に立ちはだかる魔晶巨兵。
いずれも常外の力を秘めた同士が衝突し、斜陽に染まりゆく帝国を、落陽を拒絶する地上の太陽が押し返し、輝きが帝都を照らし出していく。
「――――」
魔晶石が禍々しく瞬き、放たれる破滅の光が帝都の街路を昏く染めていくが、それを言葉を交わさずに三方向へ散った剣狼たちが機敏に躱す。
魔晶巨兵の昏き光を浴びた草木が、花々が、命の時が静止していく中、『茨の王』は建物の屋根を駆け上がり、無機質な人型である巨兵の足を狙う。
振るわれる眩い剣撃は、無防備な巨兵の足を薙ぎにかかり――硬い衝撃に弾かれた。
「ほう、素肌を隠す程度の恥じらいはあったか」
先祖である『茨の王』の剣を防がれ、『太陽姫』が笑う。その紅の双眸は、魔晶巨兵の巨体を守るようにマナで編まれた白い衣が展開したのを見届けていた。
『鋼人』モグロ・ハガネと違い、衣を纏うとは『魔女』も女ではないかと。
「身構えよ!」
そう笑う『太陽姫』と対照的に、表情を厳しくした『賢帝』が叫んだ。
直後、薙ぎ払われる巨大な剣光が、足下を駆け回る敵を狩ろうとする余波で、射程一キロ以上も帝都の街並みを整形する。
それをやってのけたのは、魔晶巨兵がその腕に掴んだ魔晶石の柱だ。
水晶宮を囲うように建てられていたそれは巨兵と変わらぬ高さ、刃渡り五十メートルの大剣となり、そのスケール感においては『陽剣』に引けを取らない凶器と化した。
しかし――、
「よいぞ。派手なのは妾好みである」
振るわれた魔晶石の大剣の刃に、『陽剣』を突き立てた『太陽姫』が乗っている。
振り抜かれた剣の先端、地上から百メートル以上の高みから、彼女は巨兵の頭部――元は魔晶砲の砲台であり、現在は『魔女』の玉座となった部位を睨む。
玉座は魔晶石が閉じた花の蕾のようになっていて、『魔女』と直接目は合わせられない。
ならば、『魔女』に自分を見るように仕向けるまで――、
「妾もまた、眩い『えんたーていめんと』を見せてやろう!」
刹那、『陽剣』の瞬きに呼応し、巨兵の手にあった魔晶石の大剣が一気に燃え上がる。
膨れ上がる紫の炎、五十メートルもの魔晶の石柱が光となり、世界の眼を眩ませた。
当然、大剣を燃やせば足場を失い、それをした『太陽姫』は地上へ真っ逆さま――その白い腕が天へ伸ばされ、炎の翼をはためかせる天女が彼女をさらった。
「大儀である」
『太陽姫』の称賛が、介入した天女の頬に笑みを、心に力を与える。そうして光の帯を引きながら空を舞う二人を、魔晶巨兵は二本目の大剣を抜いて斬りかかろうと――、
「この一閃を、我が星と我が民たちへ捧ぐ――」
「剣狼の頂を侮るな!」
その巨兵の細い胴体を狙い、左右の斜め下から斬り上げる二条の剣光が奔った。
『茨の王』と『賢帝』の合わせ技は、巨兵の身を守るための衣を真っ向から打ち破り、白く瞬く剣撃を容赦なく巨体に叩き込む。
宝剣が魔晶石を打つ快音、それが巨兵の悲鳴のように帝都の空に響き渡った。
「――――」
軋む音を立てて大剣が砕け、魔晶巨兵の全身にひび割れが生じる。それは常外の存在を追い詰めている証であると同時に、巨兵に戦い方を改めさせる切っ掛けだ。
全身に生じた無数の亀裂が内側から光り、次の瞬間、文字通り、死角なしの全方位に目掛け、光の雨――否、躱しようのない光の霧が放たれた。
雨粒であれば、躱せる『剣聖』が『青き雷光』が『礼賛者』がいる。
だが、これが霧粒となればそれらの超越者であろうと、躱し切ることは困難だ。
故に――、
「「「――『陽剣』ヴォラキア」」」
空の一点と地上の二点、都合三点で輝きを増した真紅の宝剣が炎の壁を生む。それは触れたものを抉り飛ばす光の霧雨を、触れたものを焼き滅ぼす赫炎で以て塗り潰す。
防がれた『魔女』の破壊、しかし、それをした魔晶巨兵の全身のひび割れが拡大し、蛇が古い皮を脱ぎ捨てるように、紫の輝きを剥離させ、巨兵の眩さが一段深くなる。
その魔晶巨兵に次の手を打たせまいと、『陽剣』とは異なる力の波動が広がり――ゆっくりと、見えない巨大な掌に引き抜かれるように、帝都の街並みを形作る建物が大地から浮かび上がって、十、二十、百に迫るそれが巨兵を取り囲んだ。
それをしたのは、『太陽姫』を吊り下げるのと反対の手を巨兵へ向ける天女――、
「わたしは、姫様の犬」
「よい心掛けじゃ」
直後、建物の嵐が渦を巻き、魔晶巨兵の全身に喰らいつくように殺到する。
その嵐に対し、巨兵は伸ばした両腕で魔晶石の柱をそれぞれ掴むと、大剣の二刀流として構え、巨体の腰から上を高速で回転――破砕、破壊、破滅の剣舞が披露された。
それは強大すぎる剣舞として、迫りくる建物群を斬り払っただけでなく、そのまま光の霧を取り込んだ竜巻となって、帝都ルプガナを凱旋しようとする。
「幾度、この世の終わりを目にする日だという」
想像を絶する光の剣嵐を前に、『賢帝』は嘆息と共に、しかし黒瞳の眼差しを一切弱めることなく前進し、帝都を、帝国を、世界を蹂躙する風に刃を合わせた。
同時、『太陽姫』と『茨の王』の剣閃も、『賢帝』と狙いを重ね、剣嵐の足を止める。
「――ッ」
食い縛った唇から血を流し、踏みとどまる『賢帝』が光輝を背負う。それは同じく、剣嵐に抗う二人の背にも現れ、光と力の共鳴が剣嵐を炎で呑み始めた。
紫色の光を纏った竜巻が、『陽剣』の炎に焼かれ、徐々に色を変える。渦巻く剣風の霧雨は火花となり、やがてそれは天を突くほど高い火柱へ作り変えられた。
上々だ。不完全な、真価を発揮できない『陽剣』でそれを為せるとは――、
「――――」
強く、『陽剣』を握りしめ、『賢帝』は立ち上る火柱に目を細める。煌々と燃え盛る焔、その火力を一段と強めた火勢を前に。
戦いの最中、足を止めて、思考に意識を割くことが愚かとわかっていながら。
その直後――、
「――愛しなんし」
焼き尽くされた光の剣嵐を突き破り、息つく暇もなく魔晶巨兵が飛び出してくる。その巨兵の振りかざした大剣の一撃を、跳ね上がった高下駄が蹴り返した。
一拍遅れ、突き抜ける突風を浴び、キモノの裾を翻して宙にあるのはその美しさと舞い方を鮮やかに切り替える、眼に炎を灯した『極彩色』。
「――――」
なおも、身動きの取れない中空を舞う『極彩色』を狙い、巨兵は跳ね返されたのと反対の大剣を薙ぎ払わんとした。だが、しかし、それも、届かない。
「我が星へ容易くは触れさせまい」
割って入る『茨の王』が『極彩色』を横抱きにさらい、縦に構えた『陽剣』で真っ向から剣撃を受けると、大剣の刀身を焼き斬ったのだ。
現代に蘇った『アイリスと茨の王』の後日談、それが斬り飛ばした大剣の先端が地上を跳ね、帝都を北から南へ傷付けながら飛んでいく。
その、帝都の南方へ意識が向いた直後――白い光が都市を北上した。
『――――ッッ!』
南の空、白い翼をはためかせ、雲を纏った龍が咆哮する。
生と死の価値観を無視し、ただ想い人のために戦った『雲龍』が宗旨替えし、滅びに抗う息吹を吐いたのだ。
その直撃を受けて、魔晶巨兵が大きく後ずさる。後ずさり、巨兵は鋭い足先を街路に突き刺して踏みとどまると、残った魔晶石の柱と共鳴、甲高い音を立てて砕け散る柱が無数の小さな剣となり、白い衣同様に巨兵を守る剣の陣を張り始めた。
なおも、『魔女』の、『大災』の戦意は折れない。ならば、こちらも同じだ。
「――――」
真に、ヴォラキア帝国の総力戦の中心で、『賢帝』は微かに意識を外に向けた。
たとえ微力であろうと、吹けば飛ぶような弱者の自覚があろうと、誰かが命を賭している場面に参ぜずにはいられない男が姿を見せない。
「どうせ、貴様も無謀な戦いに身を投じているのであろうよ」
そう、ある種の期待と信頼を言の葉に乗せ、『賢帝』は宝剣の輝きを増しながら、禍々しさを足していく魔晶巨兵を睨み、踏み出す。
「往くぞ、俺の選んだ『将』たちよ。――俺たちこそが『大災』の目に入る小さな塵だ」
△▼△▼△▼△
――ナツキ・スバルとスピカ、二人が『魔女』スピンクスと対峙する。
その執念深く、しぶとい『魔女』の魂を捕まえるためのスバルたちの奮戦、それを邪魔立てさせないよう、敵を近付けないのがアルの使命だった。
「ああ、こいや! 誰も、オレと姫さんには勝てねぇ!」
そう吠えながら自分を昂らせ、アルは即席の青龍刀を振るい続ける。
アルの背後、防壁に背を預けて座り込んだスピンクスと、彼女の前にどっかりと胡坐を掻いて、正面から向き合い続けているスバルがいる。
スバルがスピカと協力し、やろうとしていることはアルにすら埒外の発想だった。
『暴食』の権能に頼ろうなんてとんでも策、聞いたときには正気を疑ったが、実際、スバルがやれると見極め、プリシラがやれと命じたことだ。
それが未来に通じているなら、アルは全力で支える。やり通させる。
「ウル・ゴーア」
そのアルの頭上を、自由に空を飛行するロズワールが火の雨を降らしていく。
最上級の魔法でないとはいえ、あれだけの魔法を連発するなどこれも尋常ではない。ただし、その異常な魔法の力量も今回に限っては相手を圧倒できない。
「ウル・ヒューマ」
降りしきる火の雨に対抗するのは、地表より空へ放たれる水の弾幕だ。
その手数と効果範囲、どちらも世界トップクラスの使い手であり、現代ではとても見られないレベルの魔法戦――魔法使いと『魔女』は互いに世界を味方につけ、互いに世界を寝返らせ、互いに世界を尻軽にして利用している。
声高に存在を主張したプリシラだが、全ての『魔女』が誘蛾灯に引き寄せられるように彼女の下に集まるわけではない。一部の『魔女』は自分たちの恐れるべきが『陽剣』だけではないと見抜き、この場に参じていた。
しかし――、
「それならそれで、なのよ!」
見た目は幼女、動きはアスリート、右目を燃やしたベアトリスが陰魔法を発動する。
瞬間、かざした両手が周囲一帯に薄紫の靄を生み、襲来した『魔女』も、その指示に従い、自我なく衝動的に突っ込んでくる屍人たちの動きをも緩慢にした。
そのベアトリスのナイスアシストに、アルは威勢よく乗じる。
「星が悪かったんだよ!」
絶妙な魔法のコントロールが敵を弱らせ、アルにだけ無敵の時間を付与する。哀れな屍人たちを次々と斬首し、アルは支援してくれたベアトリスに兜越しにウインク。
途端、見えていないはずのウインクにベアトリスが血相を変えた。
「マズいかしら!」
その声に「あん?」とアルが振り向くと、猛然と凄まじい勢いで何か――紫色の輝きをした、十メートル規模の巨大な破片が地面を跳ねながら飛んでくる。
それが、プリシラたちの相手する魔晶巨兵が振るった大剣、その斬り飛ばされた先端であることはアルにはわからない。わかるのは、その破片に直撃されれば、アルも背後のスバルたちもまとめて挽き肉にされるということで――、
「抱えて――」
飛んでくる破片の射線上からスバルたちごと逃げる。
いったい、何度の挑戦が必要かわからないが、それを試算する暇はない。何事も、机上の空論よりも死線上の試行錯誤だ。
「マトリクス更新、思考実験――」
「――勝手にッ、諦めッてんじゃァねェよ!!」
瞬間、アルとすれ違うように破片に突っ込んだ豪腕がそれを迎え撃つ。
轟音と豪風が背後に抜けて、しかし、飛んできた破片はその場に食い止められた。それをやってのけたのは、鋭い犬歯を噛み鳴らしたガーフィールだ。
「遅れッて悪ィ、ベアトリス! 大将ァ……」
「よく合流したのよ! スバルとスピカを守るのが勝利条件かしら!」
「ハッ! わッかりやすいぜ! 『愛の囁きなら茨の王を見習え』ってなァ!」
止めた巨大な破片を蹴りつけ、ガーフィールが胸の前で拳を合わせる。そのガーフィールの瞳も比喩ではなく燃えており、戦意と呼応して覇気が全身に満ち満ちていた。
「――要・退場です」
だが、静かな声が『魔女』の参戦を告げ、弾かれたようにアルたちが顔を上げた空に、いくつもの光が渦巻く光景が飛び込んでくる。光の渦には何らかの引力があるのか、周囲の建物や瓦礫が浮かび、渦に呑まれ、噛み砕かれて光の塵へ変えられる。
その光塵そのものに破壊の力が感じられ、『魔女』の一声でそれが地上を均しに――、
「――ハリベル様、よろしくお願いいたします」
「ええよ。頑張る子ぉは応援したなるからね」
不意に二種類の声が聞こえ、次の瞬間、キモノ姿の砲弾――否、鹿人の少女が飛ぶ。
少女は空中で身を回し、光塵を降らせる寸前だった『魔女』の背を抉るように蹴り込んだ。その勢いと蹴りの威力に、哀れ『魔女』は真っ二つに砕け散る。
「うんうん、大したもんや。君みたいな子がおるなら帝国の未来は安泰やねえ」
そのままの勢いで、光の渦に飛び込みかけた少女を間一髪で漆黒の狼人が救った。
狼人は素早い貫手で『魔女』の用意した光の渦を無害化し、そうしたのと同じ手で少女を柔らかく受け止め、地上へ降り立った。
少女を投げたのも、受け止めたのも同じ狼人の仕業で、混乱する。
「新しい化け物が追加された! セシルス系かよ!?」
「否定できんけど嫌な区分やなぁ」
「ご無沙汰しております。僭越ながら、セシルス様とハリベル様では人間性がまるで違いますので失礼に当たるかと。――私たちは、シュバルツ様をお守りすれば?」
「お、おおう。話が早ぇ! ついでに強ぇ奴は大歓迎だ。一緒に兄弟を守り抜こうぜ!」
「そやね。そろそろ大詰めみたいやし、こんな贈り物までしてもろてるからね」
魔都で見かけたキモノの少女――タンザが、狼人をハリベルと紹介する。その両者の瞳にもプリシラの祝福が炎となって宿っており、頼もしいことこの上なしだ。
加えて――、
「どこの誰だか知らないけど、ちょうどいい土産が届いたのよ」
そう言いながら、ベアトリスが小さな掌で巨大な破片にぺたりと触れる。――ガーフィールが受け止めたそれはただの瓦礫ではなく、魔晶石の塊だ。
それをベアトリスは一息でマナに分解、周囲に紫紺の結晶で作られた剣が一挙に百本ほども出現し、彼女が持ち上げる手の動きに合わせ、ソードダンスが始まる。
「せっかくの潤沢なマナ、こうしてベティーが使ってやるかしら。お前たち、スバルに傷一つでも付けたら容赦なくお仕置きなのよ」
「そのときは、ベアトリス様への仕置きは私がさせていただきますね」
ベアトリスとタンザ、二人の視線がバチバチし出すのを見て、アルは肩をすくめる。
――どうやらスバルの無傷も、マトリクスの更新条件に含めた方がよさそうだ、と。
△▼△▼△▼△
そうしてアルたちに守られながら、スバルは極限の集中力の中にいる。
意識がないわけでも、夢の中にいるわけでもない。にも拘らず、自分の周囲で起こっている戦いは認識の外にあり、自己の認識も帝都の中になかった。
今、ナツキ・スバルという存在の在処は、戦場となった帝都ではなく、自分と、自分と手を繋ぐスピカと、正面からこちらを見るスピンクスしかいない白い世界にある。
――それは、あの『記憶の回廊』と見紛うような空間だった。
「俺にとっては、主に嫌な思い出の場所かな」
意図せず辿り着いて、無理やり『記憶』を喰らわれた場所だ。
エミリアやベアトリスにも散々辛い思いをさせたし、ラムやユリウスをメタメタにしたのも記憶に新しい。
何より、ここは『ナツキ・スバル』が消えなくてはならなかった場所だから。
「でも、だからこそ、ここには俺の全部がある」
「う?」
「お前はここを知らなくていいよ。お前にとってはとばっちりだ。それでいい」
不思議そうな顔のスピカに笑いかけ、それからスバルは深々と息を吐く。
白い静謐な空間、この場所でスバルがスピカとスピンクスと向き合うのは、何も全員が頭文字『ス』で始まるお仲間だからじゃない。
全員、自分以外の『自分』と縁の深い同士、水入らずで話したかったからだ。
「スピンクスというのは、造物主の知識にあった怪物の名前です」
「うん? あ、名前の由来か」
「はい。造物主の望みが最初から叶っていれば、ワタシはエキドナと名乗ることになったでしょう。そうならなかったため、別の名前が必要になりました」
正面、向き合うスピンクスが意外なほど穏やかに、スバルに由来を教えてくれる。
スピンクス――スバルの知るそれは、ライオンの体に人間の頭がついた怪物だ。ピラミッドを守護していて、なぞなぞを出すのが得意な印象がある。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足……これってなんだかわかる?」
「――? 怪物ではありませんか? あるいは、変形する怪物です」
「そう思うよな。ちなみに答えは人間ね」
お約束のなぞなぞを教えると、スピンクスにもスピカにも渋い顔をされた。納得がいかないと言わんばかりだが、文句は出題した別のスピンクスにお願いしたい。
ともあれ――、
「教えてくれてありがとな。代わりに、俺もお前に見せたいものがある」
「ワタシに見せたいもの?」
「ああ。――喜んでくれるかは微妙だけども」
そう前置きした上で、スバルは小さく笑い、それからスピカの方をちらと見る。彼女はスバルの不安を和らげるように、握ったままの手を持ち上げ、「う!」と言った。
それが、スバルより一足先に『自分』と折り合いを付けたスピカなりのエールだ。
――『記憶の回廊』の中、目をつむると、自分の匂いを強く感じる。
聞いた話だが、記憶と匂いとは強い結び付きがあるんだとか。匂いと関連付けられている記憶は多く、だから『記憶の回廊』にもその印象があるのかもしれない。
いずれにせよ、自分の匂いを辿り、現実ではない『記憶の回廊』を歩いて、スバルはゆっくりと、不確かなモノを確かなモノへと手繰り寄せようとする。
何度もの『死に戻り』の中で、両腕をなくしたオルバルトからは『幼児化』を解くのが難しいと軽い口調で謝られた。――だから謝罪の代わりに、教えを乞うた。
器と魂は戻りたがっている。あとは、匂いを頼りに道案内してやればいい。
そうすれば――、
「――俺の名前はナツキ・スバル。天上天下、唯一無二の無一文」
そう、つまらない軽口を叩く声が、少しだけ太く、低くなった。目線の高さが変わり、握ったスピカの手の感触がいきなり小さくなって感じる。
でもそれは逆なのだ。スピカが縮んだんじゃない。――スバルが変わったのだ。
「――――」
感覚的な、変化。魂は、常に元の形に戻ろうとし続けていた。
それが果たされた感慨が、文字通り、子どもから大人への成長を遂げた心と魂の成長痛で以て、血管や神経を伝って、スバルの全細胞に染み渡っていく。
そうして、自分自身を確かな意味で取り戻して、スバルは改めてスピンクスと――否、初めて正面からスピンクスと向かい合った。
「――初めまして、ナツキ・スバル」
そのスバルの意を汲んで、変化を見届けたスピンクスが初対面の挨拶を口にする。それを受け、話せる奴じゃないかとスバルは思った。
元通りになった頭と体と、心と魂で、ナツキ・スバルはそう思った。
「でも、俺たちは決着をつけなくちゃいけない」
「ええ、そうですね。――要・決別です」
「……どうしてなんだ?」
「どうして、とは?」
「なんで、全部、一人でやろうとするんだ?」
それは、スバルの正直な疑問だった。
『魔女』スピンクスはヴォラキア帝国を滅ぼす『大災』を起こし、多くの命を弄び、許されないだろうことを山ほどした。だが、そうしなければいけなかっただろうか。
スピンクスの目的が、造物主の再現――『強欲の魔女』だけにあったのなら。
「お前には他のやり方があったはずだ。お前は、やり方を間違えた。やり方を間違えさえしなければ、俺たちは」
「戦わずに済んだ、とでも? それは不可能でしょう。要・再考です」
「なんで!」
「造物主の再現以外の理由が、確かにワタシの中にあるからです」
自分自身を見下ろして、スピンクスが薄く微笑みながら決定的な違いを告げる。
微笑、それがスピンクスがスピンクス自身を祝福している証であると見て取れて、スバルはそれ以上、食い下がることができなくなった。
ただ、それと同時に、ナツキ・スバルは確かにはっきりと、見つける。
「うあう」
「ああ、わかってる。――ありがとう、スピカ」
唇を噛んだスバルをスピカが呼ぶ。彼女は、スバルが元の大きさに戻ったことにもリアクションしたいだろうに、それを堪えて、慮ってくれた。
その思いに、応えたい。――そのために、たとえ地獄に落ちたとしても。
「――スピンクス」
「なんでしょう? あなたがどうあろうとワタシは――」
「ハッピーバースデイ」
そう言って、聞き慣れない祝福に目を開くスピンクスに、触れる。
そして――、
△▼△▼△▼△
快いと、夕暮れの香りがする風を浴びながら、プリシラは存在を喝采する。
『ミーティア』であった水晶宮の仕組みを利用し、スピンクスが立ち上がらせた魔晶巨兵の暴れぶりと、ヴィンセントの揃えた『将』たちとの饗宴には胸が躍った。
醒めない夢を、終わらない演目を、『えんでぃんぐ』のない物語を、見続けたい。
しかし、そんな子供じみた『えご』は、この戦いの閉幕に相応しくないから――、
「妾が相応しき、幕を下ろしてやろう」
そう言って、プリシラは雲の上を飛ぶアラキアの手を離し、空へ落ちていく。
真っ直ぐに落ちるプリシラは手にした『陽剣』を空の鞘に納め、両手を広げた姿勢の全身に夕日を浴びながら、目を閉じる。
見えずとも、魂の炎を分け合ったものたちの全霊は世界からの睦言のように伝わった。
光の帯を纏ったアラキアは『魔女』の魔法を打ち払い、白雲で鎧った龍は被害が都市の外へ広がらないよう抑え込む。再会した良人と仲睦まじく並んだヨルナは、娘の目があるのも憚らず、過激な愛情表現で大地を砕くのに忙しい。
そして、不肖の兄にして、ヴォラキア皇帝、ヴィンセント・ヴォラキアは――、
「遅い」
短い一言を口にし、黒瞳で正面の魔晶巨兵を怖じずに見上げる。巨兵は魔晶石の大剣を二本、両腕で振り上げ、帝都ごと帝国の頂を叩き斬ろうとしていた。
そこへ、ヴィンセントの後ろから雷光が突き抜けていき――、
「――天上の観覧者も照覧あれ。世界がいずれを……いえ! この身を選ぶのを!」
二条、白の剣光と黒の斬光、星の光と呪いの理さえも断つ剣閃が空を奔った。
それは帝都壊滅の兆しであった魔晶巨兵の両腕を肩から斬り落とす。轟音と噴煙を上げながら魔晶石の輝きが塵となり、『夢剣』と『邪剣』の瞬きが存在を断った。
それでもなお、腕を失った巨兵は己の周りに浮かべた無数の剣を振るい、抗おうとする帝国の意思を切り払おうとする。
その狙いには当然、落下中のプリシラも含まれていて。
「――プリシラ・バーリエル」
空の色を塗り替えるほど、強硬に瞼を貫通してくる破滅の光。それが自分に迫ってくる気配を感じ取り、プリシラは瞼を開いて、両手を左右に伸ばした。
次の瞬間、プリシラの右手に『賢帝』の、左手に『茨の王』の投げ渡した『陽剣』が同時に収まり、振るわれる双剣が『魔女』の放った魔晶の剣を一挙に焼き尽くす。連鎖的に燃え上がる剣が魔晶巨兵を中心に渦巻き、紅の炎幕が空を覆った。
「――――」
一瞬、誰の目にもプリシラの姿が見えなくなり――刹那、炎の幕を突き破った『太陽姫』の姿が真っ直ぐ、魔晶巨兵の頭部、閉じた魔晶石の蕾へと迫る。
それを為したのは三本目の『陽剣』――空の鞘から射出された自分自身の『陽剣』に乗って、兄と先祖の『陽剣』を両手にプリシラが飛んだ。
――プリシラを乗せた『陽剣』、その切っ先が魔晶石の蕾に突き刺さり、閉じた花弁を破って中へ突入する。
「――プリシラ・バーリエル」
瞬間、迎え撃つように殺到した光球の弾幕を、『茨の王』の『陽剣』で切り払った。
炎が視界を覆い尽くし、床に降り立つプリシラが前進する。
「――プリシラ・バーリエル」
同時、視界を覆った炎を踏み越え、光の剣を手にしたスピンクスが飛び出す。
両者の視線が交錯し、プリシラは『賢帝』の『陽剣』で相手の剣を焼き切った。
「――プリシラ・バーリエル」
激情に瞳を燃やし、何度も自分の名を呼ぶスピンクスにプリシラは笑む。その笑みを視界に捉えながら、スピンクスが背後に飛び、両手を構えた。
左右の五指、十条の光の刃が生まれ、それが蕾の中を荒れ狂い、魔晶石の内側を不規則に乱反射して、『死』の万華鏡が美しく閃く。
その、無秩序で感情的な煌めきに、プリシラは両手を天へ伸ばした。
そして、伸ばした先から突き出す宝剣の柄を掴み――、
「――プリシラ・バーリエル!」
「それが、妾の名である」
高らかに吠えるその声に、確かに宿った熱を帯びた敵意。それに真っ直ぐに、プリシラは煌々と眩く光り輝く『陽剣』を振り下ろした。
――赫炎一閃、暁か黎明か、新たなる夜明けを思わせる光が、命を熱く照らし出す。魔晶石の蕾が内側から照らされ、花開く。
すなわち、それは魂の萌芽――、
「誇るがいいぞ、スピンクス」
「――――」
「貴様は他の誰でもない貴様自身として、妾の敵役を果たしたのじゃ。――大儀である」
『陽剣』を振り切った姿勢から体を起こし、プリシラは正面に立つスピンクスに告げる。それを受け、スピンクスは黒瞳を細めると、
「……及ばなかったにも拘らず、ですか?」
「当然であろう。妾を誰と心得る」
問いに鼻を鳴らし、プリシラはそう応じた。
その答えにスピンクスは眉尻を下げると、険しさの抜け落ちた顔で吐息をこぼし、
「プリシラ・バーリエル。――このワタシ、『大災』スピンクスの宿敵」
そう、本来の造り出された理由と異なる存在意義を見出したモノとして、微笑んだ。
――それが『太陽姫』プリシラ・バーリエルと、『大災』スピンクスの決着だった。
△▼△▼△▼△
かつて、一度滅びかけたことがあった。
そのときにも叶えられなかった目的があり、しかし、それに届かず終わることを平然と受け入れ、胸の内は落日を迎えた夜のように静かで、無価値だった。
それが翻って、今はどうだ。
「あのときと同じように、ワタシは願いに届かず消えていくというのに――」
その心は暁か黎明か、沈む日ではなく、昇る日を待ち焦がれる幼子のように、胸には確かな『熱』が灯って、脈打たぬ体を脈打たせていたのを感じる。
そして、それこそが何十年と繋がれたあの場所で、冷たく渇いた怪物の眼に眩しく映ったおぞましい『熱』の正体だったのだと、そう教えられて。
「ありがとう。ワタシが何者なのか教えてくれて。――要・感謝です」
不定形、不確実、曖昧模糊としていた自分が『自分』として確立され、それは当初からならなければと思っていたものからかけ離れているのに、それが嫌ではない。
改めて、言える。この、怪物として生まれた存在は『強欲の魔女』の代替品ではない。
だから、自分だけの望みを叶えられずに消える今、こう言うのだ。
「――ああ、悔しい」
△▼△▼△▼△
「――スピンクス」
そうスバルが名前を呼び、魂に触れたスピカがその在り方を喰らう。
『星食』が発動した瞬間、スバルには静かな達成感と満足感、同時に寂寥感が湧く。それはあるいは、笑いの絶えない食事の終わりの寂しさに近いかもしれない。
確かに満たされているのに、ほんの少しだけ物足りない、そんなひと時と。
「――――」
一個の命としての誕生を祝福して、それと同じ口で彼女を喰らうのを手伝った。
でも、それは憎しみからじゃない。苦しめてやりたいわけでも、ガッカリさせてやりたいわけでもなかった。この決着の仕方しかなかった。
スバルたちと、スピンクスとの決着は、これしかありえなかったのだ。
「う!」
さらさらと、塵に変わって消えゆくスピンクス。彼女の終焉を見届けたスバルを、一緒にやり遂げてくれたスピカがそう呼んだ。
スピカにも、感謝やねぎらいの言葉をかけてやらなければならない。
「それに、敵のトップがいなくなったってアベルたちにも――」
そう言って、立ち上がろうとしたときだ。
「――スバル」
不意に聞こえたその声は、スバルの鼓膜や頭蓋を無視して、直接脳に響いた。
いつだってそうだ。その、美しい銀鈴の声音はいつも、ナツキ・スバルを裸にする。剥き出しのスバルを振り向かせ、泣き出しそうになる衝動をもたらすのだ。
「――――」
声も出せずに立ち上がり、振り返ったスバルの目を夕焼けが照らした。その、勝利の余韻をもたらす夕焼けが今は邪魔だ。――その光の中に、見たい顔がある。
夜天の月の雫を写し取った長い銀髪に、この世で最も美しい宝石である紫紺の瞳、その頭のてっぺんから足先まで、愛おしく思えない部分が見当たらない。
「うあう」
込み上げてくる衝動に涙ぐみそうになるスバルの背を、手を離したスピカが叩いた。
その掌の感触に切っ掛けと勇気をもらい、スバルは走り出した。
サムズアップするアルの横を抜け、紫煙を吐いているハリベルに見送られ、スバルの代わりにボロボロ泣きじゃくるガーフィールの肩を叩き、飛びついてきたい気持ちを堪えてくれているベアトリスの頬をつついて、深々と頭を下げるタンザのらしさに苦笑し、そして空から降り立ったロズワールに脱いだ上着をかけられる。
「スバルくん、君は真っ裸じゃーぁないか」
大きさが戻ったせいで、子ども状態だったスバルの服装はちぐはぐだ。これが元の世界なら、服を買いにいくための服がない状態。
でもここは元の世界じゃなく、今、スバルが生きている異世界だ。
「スバ――」
小走りに、あちらからも駆け寄ってきてくれていた彼女が口を開こうとするのを、スバルは勢いを止めないで、正面から抱きしめにいって黙らせる。
その細い体をぎゅっと、ちゃんと自分の元のサイズの腕で抱きしめて――、
「――E・M・T」
「……バカ」
スバルに真正面から抱擁され、少し驚いたエミリアが、仕方なさそうに微笑む。
ヴォラキア帝国での再会も、もちろん心が弾んだ。離れ離れの彼女とまた触れ合えて、スバルは心から彼女への想いを実感できた。
でも、やはり、違う。――この心と体と魂が揃って、ナツキ・スバルだ。
「おかえりなさい、スバル」
「うん。――ただいま、エミリアたん」
そのスバルの魂の充足、それと同じものを感じ取ってくれたエミリアがそう言う。
そうして再会の喜びを分かち合う二人の彼方で、水晶宮が眩く、燃え上がった。
――それが長く長く続いた、ヴォラキア帝国の『大災』の閉幕の儀だった。




