2・前世知識を応用すれば、錬金術こそ最強だった件
開拓村の食事は非常に質素である。
開拓には畜力が必要なため、幾らかの馬や牛は居るが、牧畜をやる様な環境にはない。
牧畜をやろうにも、周りの森には狼が棲息しているので、現状では被害でマトモな飼育など望めないだろう。
猪や熊なども棲んでいるので、それらへの対策もしなければならない。
「さて、これは前世知識の出番か」
そう独り言を言いながら木材を圧縮加工し、さらに成形していく。
木材を圧縮加工すると密度が増し、強度や硬度まで上がるなど、前世の知識が無ければ気付きようがなかった知識である。
木には気孔や水分が抜けた細胞の隙間などがあってそもそも金属より粗い。
それを圧縮加工する事で密度を高め、柔らかい針葉樹を硬い広葉樹並に仕上げる。
そうして完成させたグリップに、性質の違う木や獣の腱を張り合わせた合成弓のリムを取り付ける。
「さて、どうだ?」
ヨーロッパ風の気候をしたこの地域には竹や笹は殆どなく、前世の様に簡単に矢を作れないが、それすらも錬金術に掛かれば加工は難しくない。
圧縮加工で比較的重く、さらに硬い矢を作り出した。
弓を扱うのは主に兵士である。
冒険者?狩人?
その地域から得られた産物は全て貴族に帰すという世界なので、自由に狩りや採集を行う職業など存在しない。
あるのは、貴族の私兵では足りない兵力を補う傭兵くらいのものである。
そんな贅沢な存在を開拓村の領主ごときが雇えるはずもなく。僅かばかりの兵士を率いて何とか村へ現れる獣たちの排除を行っている。
この獣、人間が魔法を使えるように何らかの固有魔法を持つ場合があり、魔物、或は魔獣と呼ぶのが正しいのかも知れない。
「領主さま!デカい猪を狩りました!」
リカーブボウを完成させて数日、 兵士からその様な報告を受ける。
見に行くと、確かに大きな猪だった。
「これは大きい。さっそく捌いて肉にしろ。村人たちにも振る舞うように」
兵士の仕事は村のまわりに出てくる獣狩りが一番の仕事。
こうしてたまに手に入る肉は何よりのご馳走である。
実家の伯爵家であれば、領民などに分け与える事などないだろうが、ここは僅か数百人しか住まない開拓村。領主館の人数などたかが知れている。
数百キロもの肉を抱え込んでも腐らせるだけで使い道もない。
私が到着した時点で村はある程度形を成していたが、それは取り敢えずの形を整えただけ。
畑も何とか飢えないだけの生産が優先なので、領主である私でさえ、パンを口にする事が出来ずにいる。
マトモな製粉設備すらなく、精々が臼で挽き割っていれば贅沢という状態で、村人は水でソバと豆を煮て食べている。
私でさえ、そこに多少の塩が加わり、時折ミルク粥を口にするくらい。
この生活は、本当についた当日に転んで頭を打っていて良かったと思える。
なにせ前世の知識が確かなら、中東欧ではソバ粥が日常的に食されているそうで、東の果ての前世の生国よりも東欧の方がソバの消費量は多いのだという。
冬は寒い内陸性の気候をしているここは、まさに東欧辺りに近しい土地柄ではないのかと思い、前世の記憶を引き出しては、その地域のような生活なのだろうと感じる事にしている。
そんな言い訳がましい事を考えないといけないのも、開拓村の住人たちは貧しい村から繰り込まれた者たちであり、持てる食料と言えばソバくらいしかなかったであろうと考えられるからだ。
麦は帝国時代以来の年貢であり、大半の麦は領主へと納められる。祝祭などに領主からの振る舞いで少しのパンにありつくのが農民たちの生活と言えば、だいたいわかるだろう。
それでも、ソバがあったからこそ村が存続していると言えるのかもしれない。
もし、入植時に持ち込んだ物が麦であったならば、それは領主へ納める物として取り上げられ、開拓民たちは食うものすらなかっただろうから。
そんな極限の生活が行われている開拓村だが、遺跡と言った方が良い帝国時代の建物がまだ使える状態であった事から、それを改修して集合住宅のような形で居住している。
さらにこの数日、私が木材の圧縮加工を行い、柱や梁が少なくとも板自体で強度を保てる部材をいくらか作り出しているので、それを用いて住環境の改善が行われている。
「この板で石積を囲えば、寒さも和らぐだろう」
剥き出しの石造りの壁がそのままだった建物に壁を張り、多少の補強も兼ねる造りになっている。
それにしても、帝国時代の建物は巨大だ。それが500年の時を経て再利用されているのである。
だが、半壊した様な一部の建物は手を付けられずに野ざらしになっているが、それを再生出来ないか試してみることにした。
崩れた石を錬金術で加工していると、ふと気がついた。
「この石、錬金術で加工された石じゃないのか?」
それは素直に魔力が表面を流れていく。それは一度、魔力を用いて加工が行われた痕跡である事は間違いなかった。
どうやら帝国では、石材加工にも魔法が用いられていた証。おとぎ話の様な帝国時代の話は、もしかすると実際にあったのかも知れない。
そんな事を考えながら石材を加工していったが、ふと気付いた。
「どうやって積むんだ?」
石材は一つ一つが大きく、人の手で積むには重すぎる。
たが、帝国ではこんな石材を軽々と持ち上げて建物を作りあげていたと、モノの書物には書かれていた。
「なるほど、そう言う事か」
私は前世の建設機材を思い浮かべ、今の私でも作れそうな機械の製作に乗り出した。
「すげぇー、領主さまは何でも出来る。さすが錬金術士だなぁ」
石材加工と機材製作に半月近くを要したが、何とか完成させたソレを開拓民に見せ、使い方を教えれば、そんな感想があちらこちらから聞こえてきた。
「何、城を作る様な大規模工事には使われている機械だ」
多分・・・
それは圧縮加工した木材を用いたクレーンである。
きっと帝国時代には普通に使われていたであろう滑車の原理を用いて人力でも大きな石材を簡単に持ち上げる装置。
これで冬までにはマトモな住居と倉庫は完備出来るだろう。




