19・街道を不通化してしまう事にした
街道破壊計画が里の長にも了承され、いざ実行となったのだが、それをどこにどのような障害物を設け、どこを破壊するのか。
それを行うために実際に街道を歩いてみる必要があると思い、私はオットや傭兵団幹部、ダナ達里の者を連れて探索に出向くことになった。前世の記憶にあるオプローダー気分を味わいたかった訳ではない。
道はしばらくなだらかな稜線を進み、谷を窺う事はできなかったが、道はどんどん谷沿いへと向かい、遂には谷へと降り始めた。
まだ谷も広く、何より流れのほぼ無い川はあまり怖さを持っていなかった。
その日は街道で夜を明かし、翌日、同じ様な景色が延々と続く道を進んでいく。
「特に代わり映えしない道のりだな。このまま麓へ降りていくのか?」
私はもっと何かあるものと期待していた。
先に聞いた「悪魔の遊び場」なる場所がどんなところか気になっていたからだ。
「いや、この先は切り立った峡谷になっている。そこを抜けてはじめて村へ続く道が見えて来るって事になるね。峡谷の道をちょいと崩せば、もう下からは登って来れないさ」
と、団長が言うので、まずはそこまで行ってから判断する事になった。
なだらかな風光明媚な渓谷などではなく、切り立った断崖が織りなす峡谷がこの先にあるという。今はその姿をうかがい知ることは出来ないが、一体どんなところなのだろうか?
すこし期待をもって2日目の野営である。
ここまで、討伐隊が伐採したのか、街道はかなり綺麗な状態で、このままであればまたすぐに新たな軍勢が登って来そうですらあった。
団長の話が確かならば、この麓の村を襲い、その東の山中にある鉱山を手に入れる事が貴族たちの目的で、それを達成した今、侯爵家ボンボンの後を追って新たな軍勢を仕立てるだけの利益は無いだろうとの事である。
なにせ、隠れ里は長らく外界との接触を断っていた場所であるため、天糸の生産が行われている事も伝わっていない。
しかも、そこに染料の材料までが存在し、白、紅、藍、草、四色の天糸を産しているなど、南の貴族たちは知りようもないのだから。
もし知っていたならば、例の修道女が驚いたというように、きっとボンボンとは違う理由で侵攻対象とされていただろうという。
天糸の生産は錬金術士との関わり合いが深く、錬金術士を弾圧したことで生産量が大幅に減少しており、今では高位貴族の権威の象徴であるらしい。その点は北の国でも変わらないが、帝国時代には兵士の鎧にまで普及していたらしい事を考えれば、著しい衰退ではないだろうか。
そんな中で各色取り揃えられる隠れ里は、相当に魅力的な筈である。
3日目の昼を過ぎたあたりから周囲の様子が変わり、谷が険しさを増し、前方を見ればそこは断崖絶壁が見えていた。
「これはすごい」
見上げれば百メートルを超えるような絶壁が連なり、そう声を上げたくなるほどの光景で、道はそんな崖に張り付くように作られている。崖をくりぬいて作られた道は路面も岩肌のままであり、雨が降ろうものなら路面が滑り谷底真っ逆さまな場所で、ここが悪魔の遊び場と言いのにふさわしい非常に険しい道が延々と続いている。なぜトンネルにしなかったのかよく分からないほどだが、延々数百メートルも続く暗闇を避けたのだろうか?
しばらくその様な道がずっと続き、曲がりくねった断崖の先が一気に開けたとき、その向こうに緑の壁が見え、その下方には穏やかにに流れる川が見えている。
「あの川のほとりに村があったのさ。といってもこの高さだ、本来の道はもう少し下ったところから、対岸へと橋を架けていたんだろうね。道はぷっつり途絶えていたよ」
その言葉通り、谷にそって続く道は開けてなだらかになった稜線にそって進んでいくと、そこで道が途絶えている。その先には、いくつか崩れかけの塔のようなものが見えており、かなり長く高い橋が掛けられていたことが窺えた。
ふと見れば、その近くの稜線に九十九折れの細い道が見える。それは街道とは別に、村へ向かう現在の道となっているのだそうだ。
「そうなると、ここより上で止める必要がありそうだな」
とはいったもの、村への道を降りてみたいと思い、そちらへと向かえば、そこからさらに谷へと入る道もあった。
そこで私はある事を思いついた。
「谷に沿って遡上しよう」
私がそう言うと皆に驚かれたが、少々考えがあっての事だ。
それを説明して谷へ延びる道を進んでいく。
その道は徐々に細く険しくなっていったが、崖を崩壊術で崩しながら進み、谷の最も狭い場所へとやって来た。
そこから見上げても街道は見えないが、きっと上には街道が通っている筈である。
「ここをせき止める」
そう言うと、何を言っているのかと言う顔をする団長やダナたち森の者。対してオットは笑って
「まさか、村より大きな堰でも作るのですかな?」
と、なぜか勘よく答えやがってくれる。
私は頷き、まずは街道までの道を作っていく。
そして、街道まで出ると、まずは対岸を観察し、再度降り、対岸への道を作っていった。
そして、対岸へ渡った私はその崖を崩しにかかる。
一度の崩壊で少し谷が埋まったので、そこへと硬化術をかけて固め、さらに上から落としては固め、それを夕暮れまでに何度か繰り返せば、街道と同じ高さまでの堰が完成した。
硬化術によって建てた城壁のように綺麗なものではないが、いわば表面が硬ければ問題ないので、川下側を硬化術で堅めて積み上げていった感じだ。
「今さら言うのも何だが、こんな事をしたら道が通れなくなりやしないかい?」
団長がそう聞いてくるが、目的はもちろんそこにある。
「谷をせき止めて街道を川に漬けちゅうがか?これで街道は冬しか通れなくなっちゅうね」
ダナがそう言って来るので頷いた。
「その通り。時期を見て、多少の整備をすれば通れるだろうが、これからはマトモに街道は通れなくなる」
直近で通る必要はないと里の長とも決めたので、このような方法で街道を封鎖してしまう。
さらに長い年月が経てば谷も埋まり、街道も河原として川に洗われる事になるので人を通す事も無くなるだろう。
谷底の道も街道も、これで通れなくなる。もし必要になれば、錬金術士が新たな道を切り拓けば麓へ降りる道は出来上がるだろう。
「しばらくはだれも通れなくとも問題はないのだ。こうして通れなくした方が良いだろう」
そう言うと、皆も納得していた。
そして翌日、帰りに堰の少し上流側の道を崩してしまえば、不通化は完成である。数年、或いは数十年後にここまで土砂が堆積すれば通れるようになるが、そんなすぐに南の国が安定することはないと信じ、そのまま帰還する事にしたのだった。




