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17・勇者がやって来た

 私が新たに数百の武器を取捨して形の良い武器のみを価値ある物へと錬成している時であった。

 街道とは別の山道から一団がやって来たという。


 対応に出たのはサシャさんで、その一団は娘が率いていると言っている。


「他のルートで逃げた者達が?」


「逃げた先に錬金術士もいたっちゃが、あいつらが襲って来ちゅうたそうや」


 その可能性は予想していたが、その通りであったらしい。


 ただ、違いもあった。


「襲って来ちゅうがは10人ばかしの身なりのエエ連中が」


 たたが10人と言うのがよく分からない。


 砦に迎え入れられた人々は寒い中を逃げて来たとは思えないほど軽装で、途中でかなり落伍者が出たらしい。


 彼らに温かい食事を与え、衣類などを渡し、今後についての話をしていると



「追手が来ちゅう!」


 そんな知らせが入って来る。


 本当に間が悪い。


 キーラ一家は川を渡り、サシャさんの村があった辺りまで偵察に出ている。


 討伐隊の規模がまるで分からない事もあり、村の様子を伺う必要に迫られたからだ。


 キーラ一家も、まさか一年近い仕事になるとは考えていなかったらしいし、私もひと当てして撃退すれば終わりだろと軽く考えていた。


 それが、重装歩兵千人規模の軍勢に二度も来襲されては、ただ待ち受けるだけでは埒が明かない。

 そう訴える団長に返す言葉がなかった。


 こうして、期限を切っての遠征を許可した訳だが、まさかそんな間の悪いタイミングで第三波が来るとは・・・


 主力となる傭兵団を欠いた砦ではあるが、相手は10人という。ただ、その人数であれば魔術師の一団という可能性もあり、油断は出来ない。


 やはり少人数だけあって翌日には到着した敵は、確かに身なりが良い。


 それも、明らかに魔術師らしからぬ格好をした者が数名含まれている。


「悪魔の砦ぜよ!」


 やけに芝居がかったセリフを吐いているのは、戦場よりも劇場が似合いそうな、飾り付けた礼装の様な服を着た男。


「ここは魔王城への関門か!聞いちゅうか悪魔共、これから勇者ムノーが相手になってやるぜよ!」


 続くセリフはもはや舞台演劇である。


「南では、ああいうのが流行りなのか?」


 私は、サシャさんにそう聞いた。


「村で聞いた事はないがよ。錬金術を排する連中の流行りは分からんきい、きっと平野の街の流行りっちゃ。あの喋り方もそうがよ」


 と、呆れた顔で言われてしまった。


「フハハハ、勇者の恐ろしさに手も足も出んかや!賢者ノータリン、やるぜよ!」


 セリフは悪役のソレなのだが、彼は理解しているのだろうか。


 そして、魔術師然とした修道士服を着込んだ人物が一礼し、共らしき三人と呪文を唱え出した。


 嫌らしい事に、弓の射程距離の外から堂々とその様な芝居がかった行為を続け、四人は呪文を唱え終え、頭上に火の玉が出現した。


 それをこちらへと飛ばし、ふらりと飛んできた火の玉が門扉に衝突して焦げた臭いと煙が立ち込めた。


「あ」


 そういえば、門扉に板を仮付けしたままだったのを思い出す。


「見ろ!一撃で門を破壊したがきい!バカーガ、突っ込むぜよ!」


 勇者は板が吹き飛んだ門扉を見て、破壊したと歓声を挙げ、配下の戦士?戦士か?横に勇者二人分の幅はありそうな巨漢にそう命じる。


「おう!」


 やや高めの声を上げた巨漢戦士がドスドスと意外な速さで門へと突撃したが、もちろん、チタン製門扉がそんな体当たり程度で壊せる訳もなく


「グホッ」


 汚い声が響くだけに終わり、弓隊の矢が集中する。


 だが、巨漢戦士は数本、鎧の隙間に刺さったが、何事もなかったかのように引いて行った。


「鋼の鎧がか。おんしら、貴族か!」


 ダナがそう声を張り上げる。


「悪魔の娘よ!我は選ばれし、悪魔を滅ぼす勇者ぜよ!」


 まるで答えになっていない。が、あの役者が言うのだから、役者の中ではそうなのだろう。


「アレを持て。放置するだけ時間の無駄の様だ」


 私は兵士にそう命じて弓を置いた。


「オカシナ魔術を使う悪魔よ!次なる攻撃を防げるかのぅ?」


 勇者はそう誇らしげに言うと、魔術師にさらなる攻撃を命じたらしい。


 今度は水。四人の頭上に水球が出現し、こちらへと飛んできた。火の玉より明らかに速い。


「フハハハ!」


 勝ち誇る勇者だったが、壁を多少揺らしはしたが、歩廊に何ら影響は与えなかった。


「なに!?げにまっこと強いぜよ!ここは魔王の出城じゃったやな!!」


 勝手にそんな物語を進める勇者。


 私たちはそんな喧騒を他所に、準備を進める。


「く、硬いがよ、お?」


 ダナがそんな独り言と共に、引き切ったらしい。


 私も力一杯引き切り、呪文を唱えるために無防備になっている魔術師を狙う。


「血迷ったか、悪魔!」


 弓に優れたダナと何とか会得した私が弓を引く姿を見て、勇者が嘲笑うが、知ったことではない。


 息を止め、慎重に狙って手を離せば、普通の弓より明らかに速い速度で矢が飛んでいく。


 普通なら失速する様な距離を真っ直ぐに飛び、こちらを嘲笑いながら呪文を唱えていた魔術師の胴へ刺さったのはダナの矢。私の矢は僅かにズレて肩を射抜いている。


「く!聖女カターリ!」


 勇者が叫ぶ中、二射、三射と魔術師たちを目掛けて射る。

 五射した頃には、共の三人には深々と矢が刺さり倒れ込んでいた。


 聖女と呼ばれた修道女姿の人物は、倒れた三人を無視してうずくまるノータリンへ駆け寄った。


 なるほど、勇者だけでなく、聖女やあの魔術師も貴族なのだろう。


 つまり、あの討伐隊を率いて来たのは、この面々か?


「カターリ!早く!」


 天糸さえ貫けるように先を細くした特製の矢じりに重量のある鋼製の軸を用いている。速度の乗った矢は、鋼の重量を針のように細く鋭いチタン製の矢じりに乗せて、天糸に針を通すように差し込み、編み目を拡げて体内を突き進んでいくのだ。深々と刺さった矢は内臓を傷つけており、生半可な治癒術では直せないはずだ。

 現に修道女姿の治癒術士は術を掛けながらも困惑が見て取れるほど慌てている。


 ダナはまるで油断する事なく次の目標へ矢を放っており、鋼の鎧を着た巨漢戦士がバタリと倒れ、勇者は驚いた顔でこちらを見ている。


「さすが悪魔ぜよ!卑怯な手を使って来ちゅう!」


 その時、勇者一行の背後から軍勢が現れる。


「なに?騙し討ちか!」


 その軍勢はキーラ一家。絶好のタイミングで帰還して来た様だ。


「異質な格好をしたお前は悪魔だな!」


 勇者はオットの甲冑姿にそんな声を挙げ、斬り掛かった。 


「本当の英雄がオットでは、締まらないのだかな」


 飛ばされた勇者を名乗る奇人の首を目で追いかけながら、私はそう呟くのだった。



  



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