15・チェストー!
我に返り弓を構えれば、狙う必要がないほど敵が溢れている。
矢を射ればたいてい敵に刺さる。
次々と矢を射っていけば、思いのほか簡単に敵が倒れて拍子抜けである。
「こいつらイノシシよりも薄くないか?」
私はつい、そう零してしまう。
「当たり前が、人の方が弱いがよ」
当然とばかりにダナがそう返してくるが、敵は無防備な民ではない。重装歩兵なんだが。
そんな疑問を持ちながらも射つづけ、少し心の余裕が持てたので戦況を見回してみる。
敵は闇雲に門へと突撃を行い、自ら将棋倒しになって被害を拡大している事が見て取れた。
この砦に設置した門は時間がなかったのでチタンの骨組みにさらにチタン板を追加したスリット状なので、中が丸見えである。
そのため、門には盾を構えた兵士を配してもしもに備えた訳だが、連中には門が見えなかったのだろうか?
「巧い罠っちゃ。敵が羽虫みたいに集まっちゅう!」
ダナは嬉々として門に向かい突撃する重装歩兵へと射掛けている。
そして、目をやや遠くへ転じれば、脇門を抜けて迂回した傭兵団が側面へと襲い掛かる所であった。
襲撃に反応した歩兵が盾を傭兵団へ向けて構えるが、仲間が邪魔で上手く隊列を組めない。
道から外れれば自身の持つ盾の重さで思う様に移動が出来ない。
隊列中央が乱れ、後列がその支援に動き出した時、逆側面へとオットや里の戦士が襲い掛かり、混乱に拍車が掛かっている。
前列はと見れば、後方の混乱など意に介さない突撃を繰り返しているが、そのチタン製門扉はナマクラな鉄格子とは訳が違う、多少槍や盾で抉じ開けようとしても、壊れるのは敵の武器である。
そんな無防備な敵へと矢を射掛けていく歩廊の弓隊。
「怯むな!進め!ナチューラ神に仕える我らの力を悪魔に示せ!」
そう叫ぶ装飾鎧の歩兵。
今度はその兵士に矢が集中し、瞬く間にハリネズミになり、叫ぶ声が止む。
「チェストー!」
だが、そんな事すら意に介さず突撃を続ける重装歩兵。
私はある知識が頭を過ぎる。
これはまるで一揆である。大した武器や防具もなく呪詛を唱えながら騎士団に突っ込む狂信集団イッコーの姿に見える。
なるほど、確かにアレは根切りが必要だと言っていたはずだ。
ならば、この軍勢も息の根を止める事こそ慈悲に違いない。
しっかりと息の根を止め、ゴクラクとやらへ送り出してやらねば!
ふと後列を確認すれば、足場の悪い斜面で盾を操れない歩兵が次々と倒れている。
戦斧を振り回すオットの姿も確認出来た。
あまりの衝撃に斜面を転がり落ちていく歩兵多数を目撃した。
あれではしっかりゴクラクへ送れないのではないか?いや、受けた一撃で骨が砕けているかも知れないか。
「投げ槍じゃ!」
ダナが私はを引き倒す。
その直後、右腕に衝撃が来た。どうやら袖に槍が当たったらしい。
「痛えがー」
歩廊でそんな叫び声がする。
「骨は折れちょらんきい、ほだえなや!」
すぐにそんな声も聞こえた。
「ほんに動くが、仕返しじゃき!」
現金な事に痛みに叫んだはずが、骨に異常がないと気付くとすぐに反撃を始めている。
即席で拵えた天糸の腕貫にチタン板を貼った防具は、かなりの効果を発揮しているという事か。
しばらく射かけ続けていると、壁の下は死体が積み重なり、遠くでも動いている数は疎ら、あ、人が飛んだ。オットが飛ばしたのだろう。
それから程なく、ほぼ動く者が居なくなり、門を開けて掃討に入る。
確か、イッコーをゴクラクへ送る事をニューメツと言うのだったか?記憶は曖昧で、知識としてそんなニュアンスだったと確認する。
息のある者もしっかりゴクラクへ送り出すニューメツを怠らないよう、皆でトドメを刺してゆく。
そうしていると、団長のキーラがこちらへやって来た。
「あらかた片づけて来たよ。こっちも随分ハデにやったじゃないか」
血塗れの団長はより一層ヤバさが増しているが、不思議とその姿が相応しくもあった。
「それで、コレの剥ぎ取りは構わないんだね?」
そう言って重装歩兵を見る。
「ああ、費用の足しにすれば良い」
千を超える遺体処理は重労働であり、遺品や武器、鎧は剥ぎ取って拾得して構わないと伝えてある。
「お前たち、お宝漁りの時間だよ!」
団長が叫べば、応じる声が響く
「ヒャッハー!!時間だぜ!!」
傭兵団は慣れた手つきで鎧を引っ剥がし、遺体を一箇所へ集め、さらに戸惑う村の兵士や里の戦士にも、的確な指示を出していく。
「あたしらのオマンマはこれで得ている様なモンだからねぇ!」
と、団長は私に語る。
「それにしても、碌な鎧じゃないね。東の蛮族どもの方がよっぽどマシな品を持ってるよ」
団長は手近な剣や槍を足蹴にしながら、顔を歪めてそう愚痴を零す。
確かに、一見して質が良いとは言えない剣や鎧、年季物と言えば例えは良いが、明らかに使い古しである。
手入れはしっかりされているのだろうが、もはや剣や鎧としては役目を終えていそうな品まで散見される始末だった。
はじめは私の作った弓が高性能なのだと鼻が高かったが、次第にオカシイと首を捻り、歩廊を降りる前には訳が分からなくなっていた。
「錬金術士を追い出した報いっちゃ。ローナンの知識は錬金術に通ず。そんな常識を忘れた愚か者がほたえた末路がよ」
近くへやって来たサシャさんがそう吐き捨てるのを聞いて納得がいった。
サシャさんからすれば、こいつ等は皆狂信者でしかないからだろう。憐みの情が一切浮かんでいなかった。
きっと、ローナンの魔法知識は、錬金術士と共に捨て去られたのだろう。
私の様に異世界の進んだ科学知識すら使えてしまうのが錬金術である。
ならば、あの優れた街道建設も魔法知識に基づく成果であったのだろう。
それらを捨て去れば、数百年分もの文明が後退していても不思議ではない。
まさしく足元に転がる歩兵たちはイッコーであったと。
やはり、ニューメツこそが慈悲であったのだと、あらためて再確認するのだった。
ミハル「ニューメツこそが慈悲!」
???「いや、入滅は坊主が仏の世界へ入ることやきい、成仏が正しいん違うか?」
ミハル「ジョーブツ?ニューメツと響きは変わらないからニューメツでヨシ!」
???「エエんか、それで・・・」




