12・危ない考え
サシャさんの案内で隠れ里から現地へと向かう。
その間にロマンから話を聞いたのだが、彼らの村も隠れ里の様な場所であった。
そこを南の人間が襲撃して来たと。
南での錬金術排斥は月日が経つごとに沈静化していき、ここ数十年は穏便な政策が行われ落ち着いていたのだが、つい最近、錬金術士討伐が叫ばれ、討伐隊が組織されたのだそうだ。
その連中が平野部から山間へと破壊の手を広げ、危険を感じた村の人達が逃避先を探し続けていたそうだ。
隠れ里へ逃れた集団はその一部。
谷底を流れる川が広がり、雪解け水を土石流の様に流す荒れ狂うさなか、一瞬流れが止んだ隙をついて決死の渡河を行って来たのだとか。
幸い、北へ至る前に隠れ里の戦士たちに出会い、保護されたとの事。
さらに話を進めて、ロマンの兄弟の話になったのだが、上に村の若者を率いるリーダーとなった兄が居るらしい。
さらに姉も他のグループを率いて別のルートで老人子供を率いて逃避行に出たと。
リーダーを担う兄姉が居ると聞いて、ふとサシャさんを見る。
彼女は30そこらに見える。ロマンの年齢から考えれば、彼が初産ならば問題なく納得するが、上にまだ居るとなると、前世の知識にあるロリコン武将トシイエの様な事情だったのか。
そうでなければ、サシャさんの年齢はよn・・・
「何しちゅう?急ぎいや」
タイミングよく振り向き、私たちをそう注意してくる。
危ない事を考えるのは止めよう。下手に触れない方が良さそうだ。
翌日には関所を設けるのに適した地形の場所へとたどり着き、既に簡易な柵や櫓が築かれていた。
「来たがか?」
私を見たダナが半ば呆れ気味にそう聞いてくる。
確かに異国の話なので無視しても良いのだろうが、村としても天糸という代え難い産品を仕入れているので無視は出来ない。
私自身、村に迎えて妻に出来ないと言えど、やはり自身の子が次代を担うと託された娘を無碍にはしたくない。まだ、ダナに子は居ないが・・・
「サシャさぁー、村の使いが来ちゅうが、みてるがよ」
以前我々を誰何した彫りの深いリーダーがサシャさんにそう声を掛ける。
その使いが見ているそうだが、それらしき姿は無い。
「みてしもたがか・・・」
サシャさんも悲しそうにしており、リーダーに案内された我々は、簡素な天幕へと招かれた。
そこにはひとりの若者が寝かされている。服は所々破れ、生々しい傷が至るところにある。が、血は流ておらず、息をしている様にも見えない。
「これを持っちゅた」
汚れの目立つ書簡らしきものを差し出されたサシャさんはサッと読み、リーダーへと返す。
「村は時間稼いだきい、砦作って耐えるちゃ」
サシャさんはキッと怒りのこもる目を街道の先へ向けるとそう言う。
「どうした?」
事情が飲み込めない私はダナにそう耳打ちした。
「村がやられたがよ。連中、今は西へ向かうちゅう」
どうやら彼は命がけでやって来た伝令なのだろう。
村は壊滅したらしい。
「あいつら、錬金術士いうたらごじゃんするらしいがよ。村も誰も逃げられんかった・・・」
分からない単語もあるが、ダナの表情を見れば大体分かる。
ロマンの話と合わせて考えれば、単なる襲撃などではなく、根切り行為が起きていると思って間違いない。
「オット、可能な限りの兵をこちらへ向かわせる」
事態を重く見た私はオットにそう告げる。
「しかし、南の国の話では・・・」
オットは渋る。
「隠れ里の次は我が村だ」
そう言っても反応は鈍いまま。
「それは分かりますが。ならば伯爵家より騎士団の来援を乞えば十分かと」
建前上はその通りだ。が、果たして動くだろうか?
「狙われるのは錬金術士だ。我が国の事情を知れば、まず大きな都市は狙うまい。ちがうか?」
そう返せば、やれやれという顔をする。察しの良い脳筋は嫌いじゃない。
「……分かりました。すぐに準備を始めましょう。玉鋼を少々使って宜しいでしょうか?」
オットは気が付いたらしい。
騎士団や兵団などという、大貴族や王家が持つ武力が、自分たちの権威に無関係な土地へ差し向けられる事はない。
精々が野盗山賊の襲撃と処理されて終わりだ。
自らの権威が傷付かないためにもそうするのが王侯貴族である。
来ないものに期待しても意味はない。
いや、野盗山賊程度を撃退するのは委任男爵の裁量の内である。それが多少規模の大きな賊であろうとも。
「どうせ王都鍛冶工房へ卸すだけで余っている。好きに使え」
そう指示を出した。
コイツ、ダダの脳筋かと思っていたら、サボり癖のつき過ぎた脳筋であったらしい。
暴れ回る場所を示してやれば、ちゃんと頭が回りだすんだな。
そうして砦の建設を行う事になったが、ここでもまずは圧縮木材を使ったクレーンの制作からである。
圧縮木材であれば見ればやり方が分かるし、錬成に必要な知識も何とかなるので、サシャさんとロマンに教えてみれば、ふたりとも問題なく圧縮木材を作ることが出来た。
そして、石の成形は元からやっていたというので問題なく、三人でまずは外壁となる石を成形し、隠れ里の面々がクレーンを使って積み上げていく。
そして、薄い石積みを二対作り、中へと砂利や小石を詰め、下から順に硬化術で分厚い壁へと成形していく。
砦の壁を4日で作り、さらに塔や建屋を作り、すべてを完成させたのは10日後の事だった。
私はさらに隠れ里へと引き返すとチタン塊の練成に勤しんだ。
幸いなことにサシャさんとロマンは鉄板を作る様にチタン板を練成できたので、彼らに鎧用の板札作りを任せる。
試に玉鋼を性質を変えずに板に出来るのか試してもらえば、こちらも問題なく練成できた。ふたりとも、チタンよりも疲労しないと言っているほどだ。
作った板札は里の者たちに渡し胴当てを作ってもらう。未だ里の者たちの鎧が揃っていなかったので、ダナ以外の面々にもより生存性の高い防具を身に着けさせることにした。こちらで急いで作るなら、村から砂鉄を運び込むよりチタンを練成した方が早いという理由もあった訳だが、サシャさんやロマンは表面の酸化まで行う事は無理で、鎧の色合いは鈍い金地を紅や藍で飾った少々地味目の仕上がりとなった。
そうした準備をしているうちにひと月が過ぎ、オットに頼んだ助っ人もとうとう現れる。




