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1・ハズレスキルって、それはないでしょう

 ん?


 目が覚めると、そこは知らない天井だった。


 何を言ってるのか分からないと思うが、自分でも何が起きたのは分からなかった。


「ここは何時?私は、何処?」


 辺りを見回してみれば、かなり古い造りの部屋であると判る。

 分かるのはそれくらいなもので、自分が何者であるのかよく思い出せない。頭がどうにかなりそうだった。


 仕方がないのでボーっと天井を見つめてみる。


 すると、頭に走馬灯のようなものが過ぎる。


 それは幼少期から少年へ、そして青年から中年へと流れたが、そこでプツリと途切れてしまった。


「ああ、そうか。馬車から滑って頭を打ったんだったな」


 口から出た感想は、走馬灯とは別のものだったが、そこにはまるで違和感がない。


 私はこちらで生を受けて今日まで生きてきたのである。頭に流れ込んで来たのは「記憶」であって「魂」ではない。


 そう言えばこうした経験をすると、記憶の中に宿る魂が体を支配するかの様な描写が、記憶にあるラノベという物語で語られるが、どうやらアレは違ったらしい。

 私というこの世界で15年生きた人間が、突然見ず知らずの者に成り替わるのはさすがにオカシイ話である。


 しかし、それはそれ。得られた記憶や知識を有効に利用しない手はない。


 何より前世の記憶で鮮明に浮かんで来るラノベ知識は非常に有効に思える。


 そうなると、私のハズレスキルが本当に万能スキルであっても不思議ではなくなる。



 私のスキルは錬金術。


 錬金術は数多の技能を秘めてはいるが、ポーション作製においては薬師に及ばず、木工や金属加工においては大工、細工師、鍛冶師に及ばない。

 何でも出来るが何をやっても二流止まりの器用貧乏スキルとされている。


 もし、私が平民であったなら、錬金術はとても有用スキルとして持て囃された事だろう。

 私が伯爵家の子息であったから、ハズレスキルと見下され、伯爵家が有する委任男爵を与えられ、辺鄙な開拓村へと飛ばされたのである。


 しかし、それは悪い事ではない。


 錬金術が出来ると言う事は、開拓村において不足しがちな薬や道具を自前で用意出来る事に繋がる。


 開拓村であれば、貴族が求める高品位ポーションや高性能な武具、高価値な調度品など必要はないのだから。



 それは皮肉な言い方をすれば、最低限の投資で必要な成果を達成できるという事でもある。


「委任男爵を与えられたのも、或は親心かも知れないな」


 そんな言葉が口から漏れる。


 委任男爵とは、伯爵以上の貴族に与えられた権利である。

 多岐に渡る事業や広大な領地を運営する際に、子息や家臣を自分の寄り子貴族として一定の権限を与えるものだ。

 ただ、これはあくまで寄り親への完全な従属が前提の一代限りの地位でしかない。

 世襲するには国から認められ、勅任を拝する必要がある。

 私が委任男爵になった段階で、伯爵家の後継争いからは抜け出せたのだから、ここは好意的に受け取る方が良いだろう。


「何より、委任男爵なら煩わしい付き合いもせずに済む」


 天井を見ながらそう薄く笑う。


 その時、ガタリと戸が開く。


「お目覚めになられましたか」 


 あまり感情はこもっていないが、彼が執事なのだから仕方がない。

 前世の記憶から、彼との関係性をあらわす言葉を見つけるならば、「爺や」が近いのかも知れない。


「先ほど、目が覚めた。頭に痛みもない」


 私は彼にそう返事を返す。


「それはようございました。この様な辺境、医師や治癒術師もありませんゆえ」


 開拓村と呼ばれるだけあって本当に何もないし人材も居ない。


 だからこそ、器用貧乏スキルな錬金術が使える訳だ。

 ここに鍛冶師や薬師が居たなら、私にはなんの役割もないお飾りとなってしまう。

 いや、鍛冶師や薬師を招く費用が惜しいから、私を委任男爵として送り込んだのだろうが。


「旦那様は三日三晩寝ておられましたゆえ、先ずは粥などお持ちいたします」


 そう言って執事は下がって言った。



 それから三日ほどゆっくり休み、ようやく村の様子を見て回る事になったが、そこは村というには立派な石造りの建物が建ち並んでいた。


「帝国の街があった場所か・・・」


 その建物群は明らかに古い佇まいを見せており、中にはマトモに整備されていないものまで見受けられる。


「はい。この地はかつてローナン街道が通っていたとされる場所になります。これよりネーレ山脈を越え、ローナンへ至っていたとか」


 執事の説明を聴いて納得した。


 ローナンとは、今より500余年前に滅んだ大帝国である。

 私にとって知り得る世界とは、ローナン帝国が支配し、何らかの文献にその情報が記された地域の事を指す。


 ローナン以外にも、南や東に国が栄えていたらしいが、今、それらがどうなっているのか、帝国の崩壊によって数多の道や技術が次第に廃れ、その生活が退化した現在では、ネーレ山脈に隔てられたこちらにまては伝わって来ない。


 ローナン帝国に成り替わり発展しているかも知れず、はたまた帝国の衰退に引き摺られて低迷しているかも知れない。


 だが、今の私に必要な情報は、そんなはるか彼方の事や昔の記録ではない。


「斧や鋤が随分と痛んでいるようだな」


 私は錬金術士である。つまり、傷んだ道具の修理こそが求められる役割。


 本来であれば貴族や役人がその様なと言われる話になるが、私は錬金術士として開拓に参加する為に遣わされたのだから、否やはない。


 開拓民たちが差し出す道具を検分すると、あまり質の良い物ではない事が分かる。


 本来なら鍛冶師の分野なのだろうが、前世の知識が活きている。

 雑ざり物が多く、熱処理も不均一だった。


 それを手に錬金術を行使すれば、不要な不純物がサラサラと零れ落ち、或は抜け出ていく。

 さらに組織を均一に整え、炭素含有量を調整してやれば出来上がりである。


 傍目には、ただ形を整えただけに見えるが、この作業は前世の記憶にある金属知識なしには行えなかった。


 次々と斧、鋤、鎌、金槌などを直し、新品同然な品を並べていく。


「おおー」


 開拓民からそんな感嘆した声が漏れる。

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