表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
番外編 トゥテ飛竜研究所の治療師は一身上の都合により逃走中

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/92

番外編第十話 おばあさまの記憶、第一関門からの第二関門へ

 

 緊張していたからか、タチアナは浅い眠りの狭間でおばあさまの夢を見た。

 

「タチアナや、旅行に行こうか」

「ん……あれ、おばあさま?」

 

 理解が追いつかないタチアナの前には、にこにこと笑うおばあさまがいる。


「おばあさま、急にどうしたの」

「ほれ、少し前に温泉へ行きたいと二人で言ってたじゃないか」

「ああたしかに!」


 火山地帯には効果効能のある湯が湧く。スワラティ竜王国では竜が傷を癒すのにも使われるのだとか。

 もちろんこの国以外にも観光地として有名な温泉がいくつかある。

 あれ、でも温泉に行こうという話が出た頃に何か大事なことがあったような。

 思い出したタチアナは首をかしげた。


「おばあさまはリゾルド=ロバルディア王国へ研修に行くのでしょう? 魔獣の大移動の始まる兆候があるから、温泉に行くのはずっと先になりそうだって言っていませんでしたっけ?」


 魔獣の大移動の兆候が現れると、トゥテ飛竜研究所は研修という名目でリゾルド=ロバルディア王国に研究員を派遣する。もちろん自己責任、自己管理ということで。

 その選ばれたうちの一人がおばあさまだった。


「そうだね、だから私が帰ってきたら休暇を取って温泉に行こう。少しでも早い方がいい」

「でしたら研修は私が行きますよ。体力的に厳しいでしょう?」

「いや、ダメだよ。今のタチアナの力ではあと少し足りない」


 おばあさまにきっぱりと断られてタチアナは瞳を伏せる。


「……ごめんなさい、力不足で」

「違うよ、これが私の役目というものだ。そして将来的にタチアナが引き継ぐものだよ。自分の順番が来たときに、精一杯がんばってくれたらそれでいい」


 優しく笑って、おばあさまはポンポンと懐を叩いた。


「旅行資金なら任せておくれ。リヤさんの店にちゃんと預けてあるから」

「昔から思っていたけれど金貸しにお金を預けているのは、きっとおばあさまくらいじゃないかしら?」

「お金持ちの人は我々の端金なんて気にしないからね。預ける先として一番安全だ。それにタチアナだってリヤさんにお金を預けているじゃないか!」

「おばあさまの真似よ。それに預けたお金をうまく運用してくれるというからお願いしたの」

「ちゃっかりしているね。……ああ、そうだ。もう一つお店に預けているものがあるんだよ」


 おばあさまが預けているものは何だったか――――そう思ったところで目が覚めた。

 ぼんやりと天井を見上げて、タチアナはようやく夢だと気がついた。


「ずいぶんと懐かしい夢を見たな。でも内容は夢じゃない」


 夢と呼ぶにはあまりにも鮮明な、本当にあった出来事の記憶だ。

 

 そういえばおばあさまが預けたものが何か、あのときは聞くことができなくて。

 リゾルド=ロバルディア王国から戻るまで秘密だと言われたまま、戻る途中でおばあさまは亡くなっている。今思うと、おばあさまが少しでも早い方がいいと言ったのは、自分が長く生きられないと悟っていたから。

 いまさら気づくなんて……そうつぶやいたタチアナの視界がじわりと涙でにじむ。

 幸せだったころの夢が覚めてしまうのは、惜しい。


「きっと寝る前にリヤさんの店に行こうと思っていたから、当時の記憶が夢に出てきたのかも」


 彼女は金貸しだ。看板を掲げていない、内緒で貴族も頼る知る人ぞ知る存在。おばあさまと仲が良く、王城から歩いて行ける距離で店を開いている。

 会いに行く理由とは預けたお金を返してもらって逃走資金にするつもりだから。


 その前に、まずここから逃げ出さないといけないのよね。


 外がまだ暗いということは予定どおり日が昇る前に目が覚めた証拠。

 タチアナは寝る前に準備しておいた服に着替え、高価な食器の上に豪華な飴細工の飾り付けがそのまま残されているカートを扉の近くに置いた。ちなみにカートの上にあった夜食はすでに食べ終えている。

 そして日が昇ると同時に、扉の外で人の動く気配がした。

 昨晩指示したとおりに、これから侍女達は今日の準備を始めるのだろう。音を立てないようにタチアナは家具の影に隠れて気配を消した。そして拳をぐっと握る。


 がんばれ、タチアナ。勇気によって困難を跳ね返せ!


 ――――


 コンコンコン。


 返事がないのはいつものことなので、侍女達はかまわずタチアナの部屋へ入室する。しかも侍女の数は普段の倍以上はいる。人数が多いのは、今のうちにできるだけ部屋の準備を整えて、王とタチアナの初夜に間に合わせなければならないからだ。

 侍女達はタチアナに叱られないよう、小声で今後の予定を確認する。


「タチアナ様は晩餐会には出席されないのよね」

「ええ、ハサイード様……王が、出席を禁じたそうだわ。その代わりに夜は着飾ったタチアナ様と一緒に食事をなさりたいのですって」

「ならばまずは贈り物を整理しましょう。用意したドレスに合わせる小物があるそうよ」


 荷物を広げるためにテーブルを移動して、侍女達は次々に衣装箱を開けていく。

 これらはすべて竜騎士からタチアナへお祝いとして贈られた品だった。さらにハサイードからの贈り物である装飾品の箱が鏡台の前に置かれる。

 この箱に入っている装飾品は、当日まで中身に決して触れてはならないと侍女達は厳命されていた。そして当日は必ず装着させるようにとも言われている。


「昨晩のうちに準備ができたら楽だったのに、こっちの事情を気にしない悪女がわがままを言うから」

「本当よね、今日は忙しいとわかっているだろうから気を使ってくれてもいいのに」


 ここまで彼女達が急いでいるのは、戴冠式と同日に結婚式も行こなわれる予定だからだ。一刻も早くタチアナと結ばれたいハサイードが望んだからだった。

 別々の日に行われてもいいくらいの重要な行事を同日に行うというのだから忙しくなるのはあたりまえだ。日雇いで下働きを雇っても手一杯。だから侍女達は式典と晩餐会の準備に追われて人員が割かれる前に、こちらの準備をある程度終えておき、タチアナの介添を最低限の人数でこなす予定を立てた。

 念のため、寝室から動く気配がしないのを確認して侍女達は声をひそめつつ会話を交わす。

 部屋の主人はこれだけ動き回ってもまだ寝ているらしい。わずかも音がしないのはまだ寝ているからだろう。怠惰で、よほどのことがない限りは昼過ぎにならないと起きてこないのが普通だった。

 

「王は結婚式を挙げたばかりの新妻を放置して愛人と過ごすということね。信じられないわ!」

「しかも愛人という名目の悪女よ。男心を弄ぶ物語に出てくるような典型的な悪女」

「ハサイード様も、美しく聡明なラディーカ様の何が不満なのだか」

「怠惰でわがままな平民の娘が悪女なら、優しく慈悲深いラディーカ様は間違いなく聖女だものね」


 どうせ聞こえていないのだからと、侍女達はタチアナの悪口に花を咲かせる。

 本日タチアナの部屋に派遣されたのは身分の低い侍女ばかりで、誰もがラディーカの味方だった。だからこそ余計に話が弾んで、わざわざ寝室に近づく者はいない。

 侍女達がある程度衣装箱を開けていくと場所が狭くなる。

 さてどこに置こうと周囲を見回したところで、侍女の一人が食器を積んだカートがないことに気がついた。


「あら、ここにあったカートがないわね?」

「さっき誰かがカートを押して外に出て行ったわよ。飾りの飴細工がドレスや小物についたら困るし、部屋に来てすぐに片付けに行ったみたいね」

「ちょうどいいわ、じゃあこの辺りに箱を置きましょうか。ドレスはあちらで、ここに装飾品を……」


 時間に追われている侍女達は誰が出て行ったかなんて気にする余裕はなかった。


 ――――


「まずは第一関門突破ね」


 カートを押しながら小さくつぶやいてタチアナは、ほっと息を吐く。

 今のタチアナの服装は自らデザインした侍女服に、黒髪をすっぽり隠すスカーフを巻いている。この侍女服とスカーフは完成間際に取り寄せた侍女服の見本。改良する点がないか最終確認するという名目で商人に納品させたものだ。ちなみに改良点はなし。

 こうしてタチアナは本物と同じ侍女服を手に入れた。

 周囲に気を配りながら、慎重にカートを押す。タチアナは積まれた皿を落とさないように気遣って、手を添えながらゆっくりとカートを押し、転送機まで移動する。

 天船内は式典の準備であわただしく、どこか浮き足立っている。外部からの侵入に神経を尖らせている代わりに、内側から出ていく者への警戒は薄いはずだ。

 転送機の脇には出入りを監視する兵士がいたので、タチアナは侍女の真似をして頭を下げた。

 視線を下げると食器の山を見つめて、タチアナは弱り切った声で兵士に話しかける。


「おつかれさまです。朝からこんなあわただしくて申し訳ありません」

「これはまた、ずいぶんと皿が乗っているな!」

「はい、タチアナ様が夕食だけでなく夜食も召し上がられたようで」

「あの悪女のせいか、とんだ災難だな。しかも皿だけでなく飴でできた豪勢な飴細工までついているとは」

「そうなのです、目を離すと今にも崩れそうで」


 タイミングよく柔らかくなった飴が傾いて、ぐらりと揺れる。不安定な飴細工を支えるため、タチアナは手で直接飴に触れた。


「ああっ!」


 苦笑いを浮かべた兵士の視線は不安定な状態の飴細工に向いている。


「しょうがないな、そのまま支えていろ。俺が転送機を動かす」

「申し訳ありません!」

「いやいい、飴のついた手で触って機械が故障しても困るからな」


 タチアナが転送機に乗ると兵士は手をかざした。彼の魔力を承認して機器が動き出す。

 すると視界の端に見回りから戻ったらしい別の兵士が姿を現した。

 転送機に乗ったタチアナに気がついて少しだけ驚いた顔をする。転送される直前、彼らの会話が聞こえた。


「あの侍女、はじめて見る顔だな。管理室に照会しなくていいのか?」

「いいんだ。一時期、あの侍女服を着ている侍女を見張りの兵士が尋問しまくっただろう。照会しても全員身元のはっきりした者で、逆に貴族から苦情が殺到してな。うちの娘を不審者扱いするのかって。特に今日は忙しいから、照会なんてしたら俺が叱られる」

「なるほど。暗黙の了解というやつか」


 そのまま転送されたタチアナはその後どんな会話が交わされたかわからない。

 こうしてタチアナは無事に使用人達の居住区域まで到着した。

 

「第二関門突破、ここからが本番」


 小さくつぶやいて、タチアナは緊張した面持ちで顔を上げる。

 そう、ここから先はタチアナにとって完全に未知の領域。でも幸いなことに今日は使用人の数を増やしているし、いつも以上にあわただしいからこちらを見向きもしない。

 国を挙げての式典という絶好の機会を待ったかいがあったというものね。

 ひとまずうまくいったとタチアナは胸をなで下ろした。

 転送機を降りたタチアナは人にぶつからないよう注意しながら、とりあえず廊下を真っ直ぐに進んでいく。途中で使用済みの食器を手にした侍女を見つけたので、彼女の背後をついていくことにする。

 するとカートの音で気がついたのか、侍女が振り向いた。


「あら、すごい飴細工ね。その侍女服を着ているということは悪女付きでしょう?」

「はい、タチアナ様が夕食のときに飴細工の飾りを所望したそうです」

「噂どおりの贅沢好きなのね。大変でしょう、彼女はわがままで傲慢だと聞いているわ。評判が悪すぎて給金を良くしても嫌がる人が多いから、側付きの侍女は日替わりじゃないと務まらないらしいわね」


 ……しまった、そこまで嫌われていたとは。調子に乗ってやり過ぎたかも。

 うっかり出そうになった謝罪の言葉を呑み込んで、タチアナは弱々しく息を吐いた。


「実は私も今日側付きになったばかりで。転送機から洗い場までの行き方がわからなくて困っていたのです」

「そうなの、初めてならしょうがないわよね。こっちよ、一緒に行きましょう」

「ありがとうございます」


 親切な人でよかった。

 タチアナがほっと息を吐くと視線が合った侍女は驚いて目を丸くした。


「あら、あなた赤い目をしているの。珍しいわね!」

「はい、よく言われます」


 ついでに言うと、このスカーフの内側に隠された黒髪も珍しい。

 今のタチアナは黒髪に赤い目。何度か紫に戻らないか試してはみたけれど、結局赤い目のままだった。

 瞳の色が変えられないのなら、黒髪のほうを隠すしかない。

 タチアナが侍女服を作ろうと思った理由は髪を覆い隠すようなスカーフがほしかったから。本当は黒髪を別の色に染めたかったのだけれど、この黒髪は染め粉でも染まらないので苦肉の策というものだ。

 それ以上は特に聞かれることもなく、タチアナはカートを押しながらほっと息を吐いた。


 よかった、ここまでは順調に進んでいる。

 

 侍女と話していると彼女が示す先に洗い場のような場所が見えてくる。

 あと少し。

 タチアナがそう思ったときだ。廊下の先から華やかな衣装を身につけた集団が歩いてくるのが見えた。

 

「あ、国王陛下とハサイード様よ。大変だわ、端に寄らないと」

「えっ!」


 途端にタチアナは青ざめた。

 遠目からでもわかる。式典用の鎧をまとった国王陛下と共に、華やかな一団がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。

 心理的なものか、タチアナの目には彼だけ色鮮やかに浮き上がって見える。

 端正な顔立ちはそのままで、王としての貫禄を備え、たくましい体から自信が満ちあふれていた。

 

 見間違いじゃない、ハサイード様だ。


 しかもタチアナが最後に会ったときよりも、彼の体が一回り以上大きくなっている気がする。これは垂れ流された赤の力によって強化された結果なのだろうか。

 呆然としたタチアナは思わず足を止めた。

 そこここから使用人の賞賛する声が上がり、女性達からは感嘆のため息が聞こえる。かつて彼らから侮られていたと思えないほどの熱狂ぶりだ。

 だが周囲の反応とは真逆で、タチアナは青ざめる。


「ど、どうしよう……」

「ちょっと、大丈夫⁉︎ 顔色が悪いわよ!」


 焦るタチアナは、侍女の声を聞いてもそれ以上言葉が出なかった。

 そもそも今日の主役がなんでこんな場所にいるのか。

 洗い場なんて建物の端に近いようなところだ。用のある人間か、身分の低い者しか来ないようなところ。しかもタチアナの手は今にも崩れそうな飴細工を支えている。姿をくらましたくても、この手を離すことはできない。

 まさかこんなところで溶けかけた飴細工が仇になるとは!

 二人の間にまだ距離はあるが、進む方向は確実にこちらに向かっている。


「どうやら代替わりの顔見せらしいわね。急いで端に寄って。仕事中だし、頭を下げて静かにしていれば咎められることはないから」


 侍女の指示に素直に従ってタチアナはカートを壁にできるだけ寄せて深々と頭を下げた。残念ながら飴細工があるので、頭を下げても完全に体を隠すことはできない。

 それが悪かったのか、タチアナの前に鉄靴が止まった。


「その侍女服はタチアナの側付きだな。直答してかまわない、この飴細工はどうした?」


 タチアナの頭上から降ってきたのは今もっと会いたくない相手、ハサイードのものだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

双葉社様のサイトです

魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ