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魔除けの聖女は無能で役立たずをやめることにしました  作者: ゆうひかんな
第三章 ヴァディス=スワラティの天船と竜の乙女

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第五話 竜に嫌われた娘と、竜の乙女の伝説


()()()()()()だからですかねー、元がつきますけど」


 そう、竜の視線の先にはアンジェリーナがいる。

 普通の人間なら身がすくむような威圧を受けているにも関わらず、のほほんとした顔で受け流す。

 おっかないときのジルベルト様に比べたら全然こわくないわね!


「それにしても変ですね、魔除けの結界は展開していませんよ?」

「いつもの無意識が勝手に仕事をしてくれているんじゃないか」

「ああ、そのせいで……それとも私からにじみ出る風格に恐れをなしたとか!」

「安心しろ、それはない」


 風格って何だ。ジルベルト様が額を押さえた。

 突き刺さる視線をものともせずアンジェリーナが笑顔で手を振ると、暗灰色のからだに黄色の目をした竜が唸り声を上げる。


 あはは、面白いくらい嫌われているわね!


 ザイルさんを筆頭として一気に場の空気がざわついた。

 とはいえ最初が肝心というもの。アンジェリーナは端から順番に竜の目を見つめていく。

 ああ、あれが首領か。

 一番体の大きい、鈍色のからだに青い目をした竜に視線を固定する。

 しばらく目を合わせてじっと見つめていると、竜のほうが視線を逸らした。

 あらあら、あっさり勝ってしまったわ。

 アンジェリーナは飼育係の皆さんに見えない位置で拳を握った。

 途端に顔色を悪くしたジルベルト様はアンジェリーナの腰に腕を回し、他人には聞こえない距離まで引き寄せると声量を最大限に絞りつつ叫んだ。


「おまえ、今、確実に喧嘩売っただろう!」

「バレましたか。ここまで露骨に避けられるとは思いませんでしたので、今後のこともありどっちが上か……んっ、今のうちに最大限の敬意と親愛の情を示しただけです」

「誤魔化すな、まさかそのために竜舎に来たとは言わないよな?」


 そのまさかです。なんとなくこうなりそうな予感はしていました。

 ちなみに目的はご挨拶、余計なことはするなという牽制です。

 竜は野生の勘が働いてアンジェリーナがうろつく気配を感じるだろう。だから賢い彼らが余計な手出しをしないように早めに釘を刺しておいた。


 自由の少ないあなた達の代わりに私がルベルを探すから、任せていいのよ!


 これがアンジェリーナが示す最大級の敬意と親愛の情である。言葉の使い方間違っていないわよね?

 とはいえ牽制だと正直に答えたらそれはそれで問題になりそうなのでアンジェリーナは誤魔化すことにした。

 でっかい声でザイルさんと飼育係の皆さんがいる方向に叫ぶ。


「残念、竜に嫌われちゃいましたね!」


 そしてちょっと傷ついている顔をした。

 ふふ、これこそ完璧な偽装工作。うっかり魔除けの力が声に乗って竜がビクッと反応したけれどあの程度なら誰にも気づかれないはず。

 ところがなぜかその場にいる全員が一斉に胡散臭いという顔をして、人の良さそうなザイルさんだけが申し訳ないという顔をした。


「アンジェリーナ嬢、王子の客人に大変申し上げにくいことですが。今後一切、竜舎には出入り禁止とさせていただきます。どうやらアンジェリーナ嬢に対して()()は竜が好戦的な気持ちになるようで」


 低く唸る声、一触即発という空気が増していく。


「もう満足したな、さあ今すぐに帰るぞ」


 手早くアンジェリーナを回収したジルベルト様の声が微妙にあせっている。

 せっかくちょっと楽しくなりそうだったのに。

 至極残念という顔をしたアンジェリーナにジルベルト様は天を仰いだ。


「これ以上は場を荒らすな。出入り禁止程度で済んだのは王子の知り合いだからという温情だ」

「おー、何か楽しそうなことやってるな」


 ちょうどそのとき、背後から王子殿下が歩いてくる。

 すかさずジルベルト様はアンジェリーナを抱き上げた。


 これって捕獲……もしくは頭の位置の調整か?


「おかえりなさい。首尾はどうでした」

「もちろん、めちゃくちゃ怒られた」


 でしょうねー、自由にさせていいとは言ったけれど居場所がわからないのは問題だもの。

 王子殿下はため息をついた。


「外聞が悪いから秘密裏に探せと指示された。ただし期限つきだ。建国記念の式典に俺はルベルと参加することになっている。それまでには必ず探し出せと。できなければ処罰も検討するそうだ」

「建国記念の式典はいつです?」

「二週間後だ」


 それで見つからなかった場合の未来は聞かずともわかる。

 王子殿下は期待に満ちた表情でジルベルト様に話しかける。


「それでどうだ、ルベルの居場所がわかりそうか?」

「多少は、だが。それを話す前にまずは場所を移したい。ここではちょっと問題があってな」

「ああ、かまわない。別棟に部屋を用意してある」


 アンジェリーナを抱き上げたまま運ぶジルベルト様の隣に王子殿下が並んだ。二人の背後をジャミル様が鉄板の無表情でついていく。何人も使用人や飼育係が通り過ぎて、王子殿下と客人に礼の姿勢をとった。

 そして淡々と運ばれながらアンジェリーナは愕然とする。


 ちょっと待って、なんで誰も何も言わないのよ。この体勢、明らかにおかしいでしょう⁉︎


「ちなみに問題って何だ?」

「アンジェリーナが竜舎に出入り禁止になった」

「は、おまえ何やらかしたんだよ⁉︎」

「何って、竜に嫌われただけです」


 そう答えると王子殿下に無言で憐れむような視線を向けられる。

 ……なぜかしら、試合に勝って勝負に負けた気がするのは。

 アンジェリーナはジルベルト様に運ばれたまま、王子殿下の案内で竜舎とは別の区画にある応接室へと向かった。そこで地図を見せながら、どこを重点的に探すか彼に決めてもらうつもりだ。

 歩きながら、偶然アンジェリーナの視線が王子殿下とのものと重なった。


「そういえばアンジェリーナは玉眼(ぎょくがん)なのだな」

「玉眼ですか?」

「その紫水晶色をした瞳のことだよ」


 視線を合わせたまま、王子殿下は自らの目を指す。


「玉眼とは、こんな宝石のように見える目のことだ。竜王国は質のいい鉱石が採れるから、こういう瞳を玉眼と呼んで珍重している。ジルやジャミルのような瞳の色も珍しいが、アンジェリーナは紫水晶だろう? 採掘の盛んなこの国では歓迎されるだろうと思ってな」

「そういうものなのですね!」


 魔除けの聖女の証である紫水晶色の瞳。いい思い出ばかりではないけれど、そう聞くと楽しい思い出ができそうで期待が膨らむ。そんなふうに浮かれたアンジェリーナの気持ちが、次の台詞で霧散した。


「まあ王族にとってもっとも貴重な玉眼は赤い瞳だが……っと、すまん口が滑った」


 疲れているのかな。アンジェリーナの耳が聞き捨てならない言葉を拾ったような気がする。


「……どういうことだ?」

「あーっと、まあジルならいいか。三人とも聞いたことは忘れてくれ、いいな?」


 緊張のためか、ジルベルト様の声が一段低い。

 ジャミル様と私は余計なことを言わないように口をつぐむ。

 揃ってうなずくと王子殿下は周囲に視線を走らせてから慎重に口を開いた。


「竜騎士にのみ伝わる話だ。竜王国が危機に瀕したとき黒髪に赤い瞳をした娘が天から舞い降りてきたという。娘は竜を意のまま自在に操り、竜騎士を助けて竜王国を危機から救った。王城の一室にはそのときの状況を描いた壁画が保管されていてな。アンジェリーナの瞳は貴重な玉眼だし、黒髪も珍しいから見ていたら急にそれを思い出した」


 そうだ、忘れていたが黒髪も十分に珍しい。ここまでくると嫌な予感しかしないわね。


「この話は騎竜と契約して竜騎士となった者にだけ王が直接伝えることになっているそうだ。壁画を見せて、もし黒髪に赤い瞳の娘――――竜の乙女と我々は呼ぶのだが、彼女を見つけたら直ちに保護せよと言われている。竜王国にとって、それだけ竜の乙女は価値があるんだとさ」


 眉を寄せて、不快そうな顔で。王子殿下はこう続けた。


「竜の乙女の血を取り込むため王子と結婚させる気かもしれない。正直、聞いていて気分のいい話ではなかった」


 瞬間、アンジェリーナの背筋に悪寒が走る。

 いやだ、そんなの!

 思わず首にすがりついたアンジェリーナの背をジルベルト様はあやすように軽く叩いた。


「その話は初めて聞いたな。なぜ王族は秘匿するんだ?」

「この話が王族にのみ伝えられているのは、その赤い瞳が強烈な思慕を植えつけるかららしい」

「強烈な思慕……」

「魅了の一種なのか、それとも生まれ持った性質に由来するものかはわからない。とにかく竜の血が濃い人間ほど深く強く乙女に囚われるそうだ。かつて竜の乙女を見つけたという竜騎士は、彼女を誰の目にも触れない場所に閉じ込めて深く寵愛したそうだ。な、この時点でだいぶ度が過ぎているだろう? だから他者には理解できない執着を悪用されないため秘匿している」

 

 なぜ深く強く囚われるのか、もし予想したとおりならアンジェリーナにはわかる。

 竜は魔のつくものだから。

 竜の血を受け継ぐ存在に魔寄せの力が影響を与える可能性は十分にあり得る。

 

「しかも竜の乙女を手に入れたものは王になれるとも言われていてな。伝説となった竜騎士は末席の第五王子だったが、継承権を持つ他の王子を退けて王になったそうだ」


 すべては黒髪に赤い目をした竜の乙女のおかげだ、と。

 つまり心を満たすだけでなく、権力欲を満たすのもまた竜の乙女だった。

 不自然にならないように細心の注意を払ってジルベルト様が言葉を重ねる。


「それで竜の乙女の赤い瞳とは、宝石にたとえるとどんな色合いなんだ?」


 見たものを思い出すように王子殿下は目蓋を閉じた。


「最高級の紅玉だな。壁画に描かれている竜の乙女の瞳は血のように鮮やかな赤だったよ」


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