純粋なる狂気 ※他者目線
アンジェリーナが転移の魔法陣の近くで魔獣と人々のメンタルをぶった斬っていたころ。
鉄格子を挟んでセントレア王と向かい合わせに座っていたフェレスは、戻ってきた隊員からアンジェリーナ無双の報告を受けて苦笑いを浮かべた。
「アンジェリーナらしいというか、たくましいね」
「たくましいではない、あれは愚かなのだ。あの愚か者は国を敵に売り渡した魔女だ!」
フェレスは温度のない視線を向けた。本当の愚か者は誰か、この期に及んでも理解できないらしい。
「国が滅びるのは当然ではないですか。たった一人しかいない魔除けの聖女に対魔対策を一任した。彼女がいなくなったら回らなくなくなるのは必然でしょう。そうならないよう、バランスをとるために王がいる」
「ハッ、所詮はスペアのくせに偉そうなことを」
「ですが現に国は滅びかけているではないですか。間違ったことは言っていませんよ?」
セントレア王は言葉に詰まった。そして探るような視線を向ける。
「どうやって結界を破り、セントレア王国に侵入した?」
やはりわからないか。フェレスは皮肉げに口元を歪める。
「破ってはいませんよ。タイミングを合わせただけです」
「なんだと?」
彼は胸元にさげた装置を操作する。すると音もなくフェレスの姿が突然消えた。
「なっ、消えただと⁉︎」
セントレア王は立ち上がって周囲を見廻した。サビーノによって無理やり椅子に戻されたところで、再び装置を操作してフェレスは魔法を解除する。突然姿を現すときの様子は、まるで体の表面を覆った透明な板が溶けて消えるかのようだった。
「ヒッ!」
「まったく気がつかないものなのですね。アンジェリーナの言うとおりだ」
牢を出たフェレスはセントレア王の目と鼻の先に顔を近づけていた。これだけそばにいても気がつかないなんて、間抜けにも程がある。フェレスは眉をひそめた。それにしても失敗したな……アンジェリーナの驚く顔はかわいいが、こんなおじさんが怯えても気持ち悪いだけだった。
「セントレア王国の聖女が操る魔法は我々の知るものとはどうやら系統が違うようですね。どれだけ魔法の扱いに長けた人物でも聖女の魔法ははっきりと効果が読めないように、あなた達もどうやら我々の使う魔法は理解できないらしい」
理解できないということは、見えないということと同じだ。
「アンジェリーナが指摘しなければこんな掟破りの使い方ができるなんて気がつきませんでしたよ」
装置を起動させるとフェレスは再び姿を消した。確実にこの場にいるはずなのに、セントレア王からは姿が見えない。まさか、もしかして。さまざまな未来を想像したセントレア王の顔色が恐怖で真っ青になった。視線の先では再び解除したフェレスが、いつのまにか鉄格子を挟んで椅子に座っている。いつあんなところに移動したのか、動く気配すら感じさせないことなんてできるのか⁉︎
「もちろんこの装置だけではリオノーラ王妃の結界を破ることはできません」
「では、どうやって」
「ここで問題です。我々がなぜアンジェリーナの到着日時をわざわざセントレア王国に通達したのでしょう?」
そのせいでアンジェリーナは悪意ある人々に囲まれるはめになった。それくらい事前に予測できただろうにそれでもあえて知らせる必要があった、それはなぜか。
フェレスはにこやかに笑って首をかしげた。王は考え込んでいたけれどハッと顔をあげる。両目が怒りに燃え、わなわなと体は大きく震え出した。
「告知した時間に合わせて結界を解除させるためか!」
「正解です。彼女が通過できなければ、あなた達は絶対に結界を解除するでしょう」
実際、赤い旗があがったあの瞬間だけ結界は解除されている。あのわずかな時間だけは、悪意の有無に関わらず誰でもどこからでもセントレア王国に侵入することが可能だった。
「ですが不自然さを感じさせることなく作り出せる時間はあまりにも短い。ですから我々は彼女とタイミングを合わせる必要があったのですよ」
だから到着日時を事前に知らせておいたのだ。隊員や兵士がタイミングを合わせることができるように。
時間がくるまではこの装置で姿を消しつつ結界のギリギリ外側で待機する。定刻どおりに結界が解除された瞬間、さまざまな場所からセントレア王国内へと突入した。
「ですから我々はアンジェリーナにタイミングを合わせただけなのですよ」
「あの魔女め、結界を通れないふりをして解除させるとはなんと卑劣なマネを!」
セントレア王は歯噛みした。その怒りに駆られた表情をフェレスは冷ややかに一蹴する。
「振りではありませんよ。アンジェリーナは自分がリオノーラ王妃の結界を通れないことを確信していました」
「なんだと?」
「審議の場で彼女は、勝手に仕事をしてくれるはずの魔除けの力が意図的でなければ仕事をしてくれなくなったと答えていました。おそらく、そのときからすでにこの国に対して敵意を抱いていたのでしょうね」
「ふん、怠けるための言い訳だ。それにあっさり騙されるとはおまえたちも腑抜けだな」
「ですが実際には結界に弾かれて入れなかったでしょう? 私からすれば、あなたの思考のほうがよほどおめでたいと思いますけれどね」
この期に及んで、アンジェリーナがまだこの国を愛していると思っているのだから。
「魔除けの力には神から課された制約があるそうですね。魔除けの聖女は自身にとって大切なものを守護するために魔と戦う。では、この国がまだ彼女にとって大切なものだとする根拠はなんですか?」
「アンジェリーナはセントレア王国の聖女だからだ」
「ですが彼女はこう言いましたよ。幼いころに連れてこられて無理やり聖女にさせられたと」
「それが魔除けの聖女の宿命だから仕方がない。今までもずっとそうしてきたのだ」
「それはセントレア王国側の都合でしょう。アンジェリーナ個人にとって、国の都合も慣例も聖女の肩書でさえどうでもいい。だって彼女からすれば何の得にもならないのですから」
そして一番の矛盾は。
「聖女はセントレア王国のものだという根拠は何でしょう。私は聞いたことがありませんが。たしか私の記憶ではセントレア王国の始祖王が国を起こしたとき、魔除けの聖女が協力関係にあったということだけです」
そう、始まったときは協力関係だったのだ。アンジェリーナが着ている紫色のローブは、始祖王から初代が褒賞として贈られたものだという。そのときは互いの間を結ぶたしかな信頼関係があったのに。
「ですが信頼関係が失われた今、それでも彼女がこの国を愛して守り続けてくれると思うのは、いくらなんでも都合が良すぎるとは思いません?」
セントレア王はアンジェリーナの大切なものを奪うばかりだった。与えるものがなければ愛想を尽かされても当然。そこがジルベルトとの大きな違いだ。
「ちがう、そういうつもりではなかったのだ。私は高額の手当てを支給しようとした。彼女の犠牲に報いようと手を尽くしたのだ!」
「いくら高額の手当てを用意しても支給されなければ何もしないのと一緒です。それに彼女が欲しいのはお金ではなかったと思いますよ?」
「どういうことだ?」
「言葉でも、物であっても。始祖王のように感謝の心がこめられた贈り物であれば何でもよかった。アンジェリーナはそういう健気なところのある女性です。それに手当てとは働きに対する当然の対価でしょう。そこに感謝の心が込められているとは言いがたいのではないでしょうか?」
フェレスはアンジェリーナがジルベルトにもらったという小さな紫色の花を大切にしていることを知っている。彼女の首を飾る星水晶と比べたら価値がないと思われるような野の花を、大切に、大切に、まるで宝物のように慈しんでいることを知っていた。聖女に愛や情は必要ないと言い切るような人物には理解できないだろうけれど。
「だいたい聖女に愛や情は不要というのなら、魔道具を作らせて彼女達の代替にすればよかったのです。感情を排除した魔道具なら魔力の供給やメンテナンスは必要でも愛や情はいりませんからね。しかも魔道具で代替措置を講じておけば、今回のように彼女達を失ったあとでも時間稼ぎくらいはできます。その間に聖女がいなくても国が回る仕組みを作ればいい、そうは思いませんか?」
「偉そうにうるさいぞ! 側妃の子供が生意気に、一国の正統な血を継ぐ王に対して不敬である!」
「ですがあなたは道具に人間の代わりをさせるのではなく、道具のように人間が働くことにこだわった。それはなぜか。あなたが最後まで人間にこだわった理由は何なのでしょうね」
「うるさい、うるさい!」
「それはあなたが誰よりも聖女が捧げる無償の愛と献身を信じていたからです。愛と情があることを誰よりも信じていたからこそ、決して裏切らないにも関わらず魔道具に代替させようとはしなかった。彼女達を血の契約で縛りつけたのも、彼女達がこの国を愛しているから許されると信じたからでしょう。アンジェリーナを無能で役立たずに仕立てたのも、建国以来国に尽くしてきた魔除けの聖女なら許してくれると信じたからだ。魔除けの聖女に愛や情は必要ない、そう断言するあなたが誰よりも聖女の捧げる愛と情を信じていたなんて滑稽ですね」
ある面ではとても純粋な人だった。その純粋さが狂気を生んだ。
「ちがうちがう、あの娘が愚かなのだ!」
「愚かというのは、相手が理解できるはずなのに理解してくれないからこそ出てくる言葉だと知っていました?」
「……」
「怒りとは期待の裏返しなのです。アンジェリーナが期待どおりに動かないから裏切られたと思うのですよ。相手が理解できないと思う人間は、はじめから相手に期待しないものですよ。私のようにね」
そして期待していなければ、もっと簡単に人を切り捨てることができる。
「さて、そろそろこれからの話をしましょう。まず国がどのような状況にあるかを説明しましょうか」




