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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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8話 「どうぞ好きなだけ見張ってください!」

(色も……よく似ているような)


 わたしは肩から垂らしている髪に触れた。

 持っている毛束を、自分の髪に近づけてみる。

 まったく同じだった。色だけでなく、太さも質感も。


(でも、まさか……)


 赤い絹糸で束ねられた毛は、片端がぷっつりと直線に切れている。

 はさみで切った跡だ。


(そういえば去年、グラン様の滞在中、庭で髪を切った気がする)


 切った髪はそのまま庭に放置した。まさか、あの時の?


(これがわたしの髪なら、森狼に襲われた時、グラン様がすぐに見つけられた説明もつく)


 探索魔法を使ったのだ。わたしの髪を使って。

 ぞっと、全身に悪寒が走った。


(え!? なに!? なんで!?)


 混乱したまま辺りを見回すと、ベッドの脇に革張りの手帳が落ちているのに気づいた。

 これも子犬が引きずり出したらしい。ページが開いている。

 開かれたページの文字が目に飛び込んできた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

・名前 :ニナ=リムーザン

・誕生日:グロリア暦2024年11月15日生まれ

・外見 :推定身長157、推定体重47。茶目茶髪

・性格 :真面目、献身的、信仰心が強い

・好きな物:読書、アメリルの実

・嫌いな物:ヘビ、人前で注目されること

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(わたしのことが書いてある……)


 心臓がドクドクと鳴っている。

 こわごわ、ページをめくった。わたしの家族構成、親戚の姓名、果てには交友関係が余すところなく書いてあった。


(ちょっと待って。行動まで記録されてる)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

5/3 午前、菜園の世話。午後は姉妹でパン作り、奉仕活動

5/4 午前、掃除。午後、お使い。奉仕活動

5/5 午前、市場。午後、石鹸作り。奉仕活動。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 グラン様に話した覚えはない。けれど、夕食の席で、何があったか母に報告しているから、グラン様でも分かる内容だ。


(なんでこんなこと……)


 考えて、はっと閃く。


(バレてたんだ! わたしが転生者ってこと!)


 それなら、この奇妙な状況も説明がつく。


(一瞬"ストーカー"って単語がよぎったけど)


 前世の知識から得た単語だ。好きな相手のものを収集したり、相手を監視したり、つけまわす人間のことを指す。


(あのグラン様がそんなことするとは思えないし。執着される理由も心当たりがないし)


 もう一度、ノートに目を落とした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

・やや強引かと思ったが、警戒はされていないようだ

・アメリルの実が好きな様子。近づくのに使えるかもしれない

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 やっぱり浮かれちゃいけなかった。

 グラン様の親切を、素直に、ありのままに受け止めちゃいけなかった。

 あれはわたしの油断を誘い、信用させるための手段だったんだ。


「キャン!」


 子犬が甲高い声で吠えた。

 後ろを見て、ひっと悲鳴を上げる。


(グラン様……!)


 もう声が出なかった。


「違います、ニナ。これは」


 グラン様はわたしの持っている髪束と手帳を見て、青くなっていた。


「い、い、いつから……?」


 転生者と気づいていたの?

 うまく喋れなかったけれど、グラン様はわたしの質問を察してくれた。

 重そうに口を開く。


「……初めてお会いした時からです」


 そんな最初から!?


「なんで……」

「初めてお会いした時、あなたは葬儀の帰りでした」


 そうだった。あの日は、一緒に奉仕活動していた農家の奥さんが亡くなって、お葬式に参加した帰りだった。

 沈んだ気分で帰ってきたら、天使画から抜け出たような人がいたからびっくりしたんだった。


「亡くなった方には、まだ幼い子供が四人いて」


 葬儀で、泣いていた子どもたちのことを思い出す。一人はまだ赤ちゃんだった。


「母親が早くに亡くなったことを、あなたは子どもたちのために悲しんでいらした」


 ああ……アレで。あの発言で気づかれたのか。


「クライス教では、早死にする人は神様に呼ばれた人。神様に呼ばれるほどいい人、ということです。だから、悲しむことではない」


 そう、むしろ喜ぶべきこと。子どもたちには『お母さんを誇りに思うんだよ』っていうのが普通。


 だけど、前世の記憶があるわたしは、『神様に選ばれて幸せ』という解釈を素直に受け入れられなかった。


 『子どもを残して逝くなんてお母さんも辛いだろうね』という21世紀の日本の価値観の方がしっくりきた。


 だから、


「あなたは言いました。『大事な人を悲しませるくらいなら、わたしは神様のお誘いを断ってこの世に残る』と」


 時を巻き戻したい。使徒の前でなんて反クライス教発言を。


「その時、思ったんです。こんなにも情の深い人なら……」


 グラン様の声は少し震えていた。


「きっと、簡単に大切な人を置いていったりはしないだろうって」


 何か深い事情がありそうだけれど、わたしの頭はもうそれどころじゃない。


(やっぱり、転生者だってバレていたんだ!)


 たった一度の失言で、わたしが異世界の価値観を持つ転生者だって気づくなんて。

 使徒ってやっぱりすごい。なんて勘がいいんだろう。


(そう考えれば、グラン様がわたしの昔話を聞きたがったことも納得)


 転生者の証拠集めだったに違いない。「あなたのことなら何でも知りたいんです」とまで言って、興味津々だったし。


(どうしよう……どうやったら助かる?)


 嫌だ。こんなところで死にたくない。家族を巻き添えにだってしたくない。


「グラン……様」


 命乞いを試してみようと顔を上げ、意外な表情に出会う。

 グラン様は悲しそうな顔をしていた。


(もっと、悪魔のわたしを憎む顔をしていると思ったのに)


 逆だ。グラン様の方も辛そうにしている。


「このことは一生、隠し通すつもりだったんですが……知られてしまいましたね」


 グラン様の暗い声に、わたしは一筋の光を見出した。


(待って……? 一生、監視を隠し通すつもりだったってことは、わたしを見張るだけで、殺すつもりはないってこと?)


 転生者は悪魔。だから使徒の討伐対象、とばかり思っていたけれど、必ずしも討伐されるわけではないのかもしれない。


(わたしなんてザコみたいなものだもんね)


 情けない事実だけれど、胸に希望の芽がすくすくと育ち始める。


(おとなしくしていれば、従順にしていれば、退治されずに済む?)


 本当にその気があったら、こんな問答に付き合わず、さっさとわたしを討伐しているんじゃないだろうか。

 萎えていた手足に力が戻ってくる。


「すみません、こんな人間で……幻滅したでしょう?」


 絶望しているグラン様に、わたしは頭を振った。


「いえ! ぜんぜん!」


 明るく言う。生き延びるために。


「構いません、グラン様。どうぞこれからも好きなだけ見張っていてください!」

「……は?」


 青い目が瞠目した。

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