最終話 転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き
それから三ヶ月ほど、わたしは大変だった。
最初の一ヶ月は本当に監禁された。
どこかの塔の上に、枷付きで。
話し相手はミシェルだけ――呼び方は一日目に「ミシェル様」から「ミシェル」に完全矯正された。
ミシェルと四六時中一緒だった。
これは例えでなく、言葉通りに一日中だ。
入浴時も睡眠時も一緒。
抗議したら、
「……私が妙な気を起こさないか心配なんですね。
どうぞ私を気の済むまで縛ってください」
と、縄を渡された。
わたしは理解した。
ミシェルの存在を拒否すると、さらに厄介なことになる――と。
かといって、すべて受け入れてしまうのも危うい。
ミシェルは離れているのが不安らしかった。
なので、入浴時は「扉越しにしりとりする」、睡眠時は「同室でも寝床は別。夢で会いに来てください」で乗り切った。
後追いの激しい赤ちゃんを持った気分だ。
二ヶ月目になると、ミシェル同伴で外出ができるようになった。
でも、野良猫をかわいがったら、
「あの毛むくじゃらのどこがいいんですか?」
「私の方が役に立ちますよね?」
と一時間尋問。
お花畑に見惚れていたら、
「雑草ごときにあなたの視線を与えないでください」
と目隠し。
ミシェルの独占欲には際限がない。
「いい加減にして!」
――そう怒鳴りたかったけど、ぐっとこらえた。
真っ向から拒否すると、余計にひどくなるのは一ヶ月目で学んでいる。
わたしは言動を工夫した。
猫を触っているときは「この手ざわり、ミシェルの髪みたい」。
お花畑を堪能したいときは「ミシェルとピクニックデートしたいな?」。
あなたにも関心ありますアピールをすると、ミシェルは照れ照れ――いや、デレデレして落ち着いた。
『信じよう 病み(闇)の奥には デレがある』
季語なし。
三ヶ月目。
ようやくミシェル以外の人と話せるようになった。
ミシェルが所用で出かけていくと、入れ替わりにアナイスさんがやってきた。
「ニナ……調子はどう……?」
「体重が増えて困ってます」
わたしは手足の鉄枷を見せた。
ミシェルに頼んで重くしてもらったのだ。
「贅肉を筋肉に転生させるため、がんばってトレーニング中です!」
ぶんぶんと手を上下させると、アナイスさんが小さく吹き出した。
「良かった……心の方が弱ってないか心配してたのだけれど……」
「あっ……そういう心配でしたか」
そうだよね、この状況なら普通はそっちの方を心配するよね。恥ず。
「もう少しで、この駆け落ち生活も終わるから……安心してね……」
「……駆け落ち?」
思わず聞き返した。
この生活、そんなロマンチックなものだっけ!?
「愚兄は“転生者と禁断の恋に落ちて出奔”したことになっているの……」
アナイスさんの説明によると、表向き、グラン家はわたしたちを駆け落ち扱い。
で、裏では教会と交渉しているらしい。
「父は教会にこう言ってるわ……。
『次男はグラン家の実質的な跡取り。このままだと家の存続が危うい。
二人の仲を認めるなら、多額の寄付と、その転生者についての研究資料の開示を約束する』って……」
今日ミシェルが出かけたのも、教会との交渉に関してらしい。
そんなこと、教会が納得するのかと案じたけど、アナイスさんはあっさり言い放った。
「するわよ……。教会は教義上、転生者を否定しているけれど、情報は欲しいと思っているし……。グラン家出身の聖職者はたくさんいるわ……」
枢機卿もいるほどなので、顔が利く、というわけだ。
「それに我が家は、教会では“教皇に説教した家”って有名だから……」
「教皇に説教!?」
「三代目の当主が、信仰心が強すぎてね……。
以来、あそこはどうせ言っても聞かないから放っておけって扱いなの……」
異名は“神の庭の狂犬”だそうな。
うん、なんて逸話に事欠かない家系。
「これが駆け落ちなら、ミシェル、使徒のお仕事は……」
「とっくに辞表を出しているわ……。おかげで私の仕事は二倍よ……」
アナイスさんは形の良い口をとがらせる。
わたしも眉をひそめた。
(てっきり、わたしのことは世間から隠して、ミシェルはこれまで通り生活するのだと思っていたのに)
何も知らされていなかったことに、モヤモヤした。
ミシェルが帰ってくると、すぐ問い詰める。
「この生活が駆け落ちなんて、聞いてないですけど」
「ええ。だって、正確には蜜月ですからね」
恥じらいながら訂正された。
はっきりいう。どちらでもない。
「使徒を辞めていたなんて……ショックでした」
「大丈夫ですよ、ニナ。一生遊んで暮らせる程度に財産はありますから」
「ちがいます! そういうことじゃなくて」
腹立たしいくらいまっすぐに返されて、辛い。
「……わたしのために、自分を犠牲にしないで」
「犠牲にしてるつもりはありませんよ?」
本心からの言葉に、ため息が出る。
いったい、どういえば伝わるんだろう。
うつむいたら、ミシェルがソファの座ったわたしの前にひざまずいた。
「分かりました。気をつけます。
だから、ニナも自分を大事にしてくださいね」
ミシェルはわたしの膝にすがってきた。
「生まれてこなければ良かった――なんて。二度と言わないでください」
転生者とバレた時、つい吐いてしまった弱音だ。
ミシェルは迷子のように心細い顔をする。
「ニナが死んだら、私もすぐ後を追いますから。絶対一緒の世界に転生してみせます」
来世もストーカー宣言された。怖。
わたしはミシェルの頭をなでた。
「今世は百まで生きて、転生の必要がないくらい成長するのが目標ですよ」
わたしたちは仲直りにハグした。
四ヶ月目。
教会との話がまとまり、わたしは塔からグラン家のお城へ戻った。
以前使っていた部屋は不在の間にグレードアップし、わたし好みに改装されていた。
「これは取りますね」
ミシェルはミスリルの枷を外した。
わたしの方が戸惑う。つけておいた方が、逃走防止に役立つはずだ。
「いいんですか?」
「ニナは逃げないでしょう?」
全然ない。迫害されないなら、逃げる理由がない。
今後も不自由を強いられるけど――それも気にならなかった。
ミシェルとの生活は、檻にいるとは思えないほど優しくて甘いから。
「日々の予定や報告もなくて大丈夫ですよ」
「それも?」
「あなたを信じているので」
ミシェルが言い切ると、後ろでアナイスさんが突っ込んだ。
「油断してはダメよ、ニナ……。部屋には監視装置が付けられているし……たぶん盗聴器もあるわね……」
感動が台無し。
「それは、あの。教会にはうちで監視しますと言っているので、一応ですね」
「好きにして構いませんよ」
わたしは呆れながらも、了承した。
「今後も日々の報告をさせてもらいます。楽しいので。
予定も把握してもらいます――その方が、安心ですから」
アリスの悪魔のことが不安だった。
特にチェシャ猫さんは、自分を知る転生者の存在に飢えている。
「いいですか?」
「ニナがそういうなら」
声を弾ませて同意された。
うん……案外、強がってたんだな、ミシェル。
「枷も、片手だけはめておいていいですか? 居場所の分かる機能がついているので……。
もし亜空間にいても、位置分かるでしょうか?」
「もちろん! どこにいても分かるよう、強化しておきますね!」
めちゃくちゃ楽しそうに言われた。
うん……心の闇ってそうそうすぐには晴れないんだな。
「ずっと、そばにいてくださいね」
「はい。絶対、離れません」
握った手は、強く強く握り返された。
そんなこんなで、今日もミシェルは健やかに病み、わたしは楽しく囚われている。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
楽しめましたら、下記よりポイント★を入れてやってください。
一定ポイントたまると、ニナが1日自由になれます(※嘘です)




