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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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40話 盲愛の果て

「転生者……? だれが」


 ミシェル様が、訝しげに返す。


「……あれ? あんた、だからニナを監視してるんだろ?」


 チェシャ猫さんも怪訝そうにする。

 青い瞳が、ゆっくりとわたしの方を向いた。

 ――もう、隠しておけない。


「騙すつもりはなかったんです!」


 わたしはミシェル様の腕から逃れ、即座にその場へ膝をついた。


「ミシェル様がわたしに好意を持ってるなんて、思いもしなかったんです!

 部屋でわたしの持ち物を見つけたとき、転生者だから監視されてるって……そう誤解して。

 そ、それで、ずっと……」


 反応は、見なくても分かる。


「え……嘘……お互いずっと? 勘違い? そんなことある?」

「言わないでくださいぃぃぃっ!」


 チェシャ猫さんの冷静な指摘が痛い。

 わたしは両手で顔を覆った。


「今、逃げているのは自分の意志なんです」


 そろそろとミシェル様をうかがう。


「他の国へ行っても、クライス教に背く教えを広めたりなんてしません。

 だから、見逃してもらえませんか……?」


 両手を握り合わせ、わたしは懇願した。

 息を止めて答えを待つ。


「――それはできませんね」


 痛いほどの力で、手首をつかまれた。

 ドラゴンを一人で倒してしまうほど屈強な使徒様は、わたしを軽々と立ち上がらせた。


「逃げるなんて。絶対に許さない」


 恐怖に心臓が締め上げられる。

 とっさに、わたしは手に持っていたトランプカードにキスした。


「じゃあ、すみません! 失礼しますっ!」


 ハートの女王から奪っていたキングのカードを、ミシェル様に押しつける。

 カードは体に吸い込まれるようにして消えた。


(……効いた、のかな?)


 鑑定スキルを使ってみる。

 ステータス欄の名前の横に、通常時にはない文字があった。


("狂信"?)


 聞いたこともない状態異常だ。

 でも、これがカードの効果ってことだよね?


「……ミ、ミシェル?」


 ためらいながら呼びかけると、とろけた笑みが返ってきた。


「やっと……やっと呼んでくれましたね。

 私のことを、ただのミシェル、と」


 手にキスが落ちる。何度も何度も。

 熱にうるんだ瞳が、わたしを一心に見つめてきた。


「ニナ。ニナ。私のニナ。どうして逃げるんです?

 あなたがどうであれ、私の愛が変わるはずもないのに」


「……転生者でも?」

「もちろん」


 欲しかった言葉。

 魔法のせいで吐かされているだけの言葉だけれど。


(ああ……バカだ。たとえ嘘でも、ミシェルが他のだれかを好きになっているところを見たくないと思ってしまうなんて)


 女王からカードを奪ったのは、そういうこと。

 こんなときに、自分の本心に気づくなんて。


「わたしと一緒に、逃げてくれる?」

「あなたとなら地獄へだって」


 嬉しくて、涙が出た。

 同時に、胸がキリキリと痛んだ。


(――これは、しちゃいけないことだ)


 こんなずるいことは、許されない。

 このまま共に逃げてしまいたいけれど、そうしたら、この先わたしは「ミシェルが好き」なんて胸を張って言えなくなる。


「ねえ、ニナ。私がそばにいるなら、彼らなんていりませんよね?」

「ダ、ダメ!」


 剣を抜こうとするミシェルを、わたしは慌てて止めた。

 チェシャ猫さんたちに、早くこの場を離れるよう促す。


「来てくれて、ありがとう。でも、もう、いいから」

「ニナ、解呪されたら――」

「わたし、自分がどうしたいか分かったの」


 わたしはミシェルの首に手を回した。

 爪先立ちになって、キスをする。


(どこへも逃げられないのなら、この人に捕まりたい)


 唇を離した時、アリスの悪魔たちの姿は消えていた。


「……ごめんね、ミシェル。勝手にキスして」

「どうして謝るんです? 私の身も心も、魂のひとかけらまでも、あなたのものなのに」


 見返してくる瞳はまぶしいほどに純粋で、やるせなくなった。

 じっとこちらの動きをうかがっているアナイスさんに向き直る。


「正体を黙っていて、すみませんでした」

「……ううん、言えるわけないわ……」


 身構えている相手に、わたしはきっぱり宣言する。


「逃げません。

 その代わり、家族のことは見逃してもらえませんか?

 みんな、わたしが転生者だなんて知らないんです」


 アナイスさんは警戒を解いた。慎重に、口を開く。


「……ニナは、どんな世界から来たの?」

「地球って星の、日本という国に住んでいました。前世の名前は、佐藤里奈(サトウリナ)


 声が震える。

 ミシェル様も、じっとわたしの話に耳を傾けていた。


「魔法もスキルもない、科学っていう技術のある世界です。

 みんな科学を利用して、離れたところにいる人と会話したり、空を飛んで移動したりするんですよ。

 世界は神様が作ったんじゃなくて、爆発で生まれたって習いました」


 不安と緊張で、ぽたぽたと涙がこぼれる。


「死んだ時は学生で……普通の子でした。

 本当に平凡な高校生で……笑っちゃうくらい、今と変わらないんですよ!」


 自分を鼓舞しようと明るく笑ってみるけど、無理だった。


「なんで転生したのかは、わたしにも分かりません」


 ぐすぐすと情けなく鼻をすすりながらつづける。


「きっと前世の続きをさせてもらってるんだって、そう思ってました。

 普通に仕事を持って、誰かを好きになって、結婚して……」


 はっと息を吐いて、一番の願いを舌にのせる。


「ああ……今世はおばあちゃんになるまで生きてみたかったですね」


 緊張の糸が切れ、足が萎える。

 ミシェル様の支えられていなかったら、倒れていただろう。


「生まれなければよかった」


 力なく曲がった背中に、ぐっと温かい胸が押し付けられた。

 わたしに頬を擦り寄せて、ミシェル様が悲しそうに言う。


「ニナ、そんなこと言わないでください。

 あなたが私に人を好きになることのすばらしさを教えてくれたのに」


 この言葉にすがれたら、どんなに良かっただろう。


「アナイスさん、ミシェル様にかけた魔法を解いてください」


 もう一度、鑑定スキルでミシェル様のステータス欄をのぞきみる。


「一生ものの支配魔法って、すごいですね……。

 “狂信”なんて状態異常、はじめてみました。

 解呪、できますか?」


 アナイスさんは、口を半開きにした。


「……ニナ。"狂信"はスキルよ……」


「え? スキル?」


「自分の命より守りたいもののために、人間の限界を超えた力を発揮するの……。

 レベルがおかしなことになっていない……?」


 言われるままに、レベルの項目を確認してみる。


「レベル……100!?」


 我が目を疑う。


「上限って、99ですよね!?」

「それを一時的に突破するのが"狂信"よ……。

 聖リュシフェル様も同じ力を持っていたわ……」


 そういえば、前にミシェル様からそんな話を聞いたような。


「一人でドラゴンを倒すなんて、おかしいと思ってたのよ……」


 アナイスさんが呆れたようにため息をつく。


「支配魔法はまったく効いていないわね……。

 狂信状態になると、一切の状態異常が無効化されるから……」


 ――ということは、さっきからの熱烈な愛情表現は。

 ミシェル様が恨みがましくこちらを見下ろしている。


「ニナ……酷いです。私の言葉はすべてまやかしだと思っていたんですか?」

「いや、その……」

「あなたへの想いが、悪魔の魔術ごときで揺らぐと?」


 光のない昏い瞳に、わたしだけが映る。

 その手には、いつの間にか四つのミスリルの枷が。


「私がいかに狂おしいほどあなたを愛しているか。

 きちんとお教えしますね」


 盲愛に心を病ませて、わたしの好きな人は微笑んだ。

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