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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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39話 愛に不可能はない。らしい

「――落ちろ」


 怒りのこもった低い声。

 ミシェル様がドラゴンの頭部に剣を叩きつけた。

 巨石を落とされたように、ドラゴンの頭部が揺らぐ。


「ひぁ――っ!」


 空飛ぶ巨体が傾き、わたしたちは宙に放り出された。


(死ぬ死ぬ死ぬ――っ!)


 重力に捕まった体は一直線に大地へ。

 恐怖で奥歯がガチガチ鳴る。


「ニナ、つかまって!」


 チェシャ猫さんが手を伸ばす。

 でも、それよりも早く誰かの腕に抱きとめられた。


「驚かせたわね……」


 アナイスさんだ。浮遊魔法で、丘の上にふわりと着地する。

 チェシャ猫さんは転移術で地上に現れ、白ウサギさんがその背から飛び降りた。

 ハートの女王は気高く立ったまま着地。衝撃で黒いもやと化したが、すぐ再生された。


「ふう……これは支配魔法も解けちゃったわね」


 赤い髪を払いながら女王様。

 

 ――ドォン、と地響きが起きる。

 ドラゴンが丘の裾野に墜落した。

 野生動物や魔物たちが我先にと逃げ出す。


「まあ、でも、困らないわね。――あの使徒に怒り心頭だもの」


 よろめきながら起き上がったドラゴンが、牙を見せて咆える。

 長い首が反った。

 その先には、着地したばかりのミシェル様。


「兄様、避けて!」


 アナイスさんが叫ぶ。

 一拍置いて、ドラゴンの口から灼熱の炎が吐き出された。


「ミシェル様!」


 緑豊かな丘がみるみる焦土に変わっていく。

 アナイスさんはわたしを下ろして駆け出した。


「あーあ。ありゃ、火葬の手間も省ける感じだね」

「強襲のリスクについても考えるべきでしたな」


 肩をすくめ合うチェシャ猫さんと白ウサギさん。

 ブレスが収まるや否や、現場は黒煙に覆われ、視界はゼロだ。


(ミシェル様……死んでないよね? 生きてるよね?)


 アナイスさんが焦れて、煙の中へ飛び込む。


「死んでいるならそう言って……!」


 むちゃな要求をする頭上が、急に明るくなった。

 見れば、天に光り輝く十字架が何本も出現している。


「あれは、まさか――」


 白ウサギさんが飛び上がる。


「“天獄(カルケル・カエリ)”ッ!」


 巨大な十字架が降る。次々と。ドラゴンめがけて。

 前後左右、頭上さえも、逃げ道を一つも残さない。

 光の牢獄の中、ドラゴンが苛立たしげ咆えた。


「恐ろしい……悪竜バルグレスを千年閉じこめた神の牢獄ですよ。

 天使でも来ているのでしょうか」


 白ウサギさんは耳を立てて、きょろきょろ辺りを見回す。

 でも、わたしたち以外の人影は見当たらない。


(じゃあ、あの魔法は――)


 薄れた黒煙に目を凝らす。

 見えた人影に、胸が震えた。


(生きてた!)


 ミシェル様は火傷一つなく立っていた。

 白い外套も、焦げてすらいない。

 嬉しさと安堵で涙があふれそうになる。


「うっそ。直撃だったよね?」

「やるじゃないのよォ、彼。敵ながら痺れちゃーう!」


 目を丸くするチェシャ猫さんの横で、ハートの女王が身をくねらせた。


「兄様……体力と魔力、どっちの回復を……」

「必要ありません」


 ミシェル様は無造作に、檻の中で暴れるドラゴンと距離を詰める。

 金色の瞳がぎらりと光った。

 大きく開かれた口の奥に、また、まばゆいほどの熱の塊が生まれる。


「兄様!」


 片割れを押しとどめて、ミシェル様はドラゴンに向かって手を掲げた。

 空気がぐにゃりと歪み、水の球が生まれる。

 喉奥の熱源と触れ合った瞬間、すさまじい圧が生まれた。


(水蒸気爆発だ!)


 口内を突き上げる衝撃に、ドラゴンは白目をむいた。

 蒸気を吐きながら、ぺたりとあごを地面につける。


「落ち着いたようですね」


 ミシェル様が穏やかに、ドラゴンに問い掛ける。


「おとなしく帰るなら、逃がしますよ?」


 ドラゴンは憎々しげにミシェル様を睨みつけたけど、それだけだ。

 ぎゅるるる、と弱気な声を出す。


「では、ご機嫌よう」


 光の檻が砕ける。

 ドラゴンは身を起こし、羽根を震わせた。

 飛び立つのだと思った、そのとき――


「卑怯っ!」


 わたしの非難なんてものともせず、ドラゴンはミシェル様のいた場所を念入りに踏みつける。

 口元がいやらしく笑ったけれど、長続きはしなかった。


「かの悪竜も、天獄に入った後は悔い改めたというのに」


 ミシェル様はドラゴンの頭上にいた。

 抜かれた剣は、金色の燐光をまとっている。


「――神よ、この竜は深く罪に染まりました」


 足さばきがふっと消える。

 気づいたときには、もうドラゴンの翼の根元。


「けれど、これもあなたの御手で造られたもの」


 銀光一閃――ゴトリ。

 翼が地面に落ちた。

 ドラゴンはきょとんとそれを見下ろす。

 まだ理解が追いついていない。


「罪を償うことなく去るこの者を、どうか慈しみのうちに、天の国へ迎え入れてください」


 痛みが脳に届く前に、次の一撃。

 ボトリ。今度は尾。

 ようやくドラゴンは理解した。

 自分は、切り刻まれている――!


「死後の清めは厳しく苦しいものになりましょう」


 痛みに暴れようとしても、遅い。

 その頃にはもがくための四肢が落とされている。


「現世での私の裁きを、救いの祈りとして捧げます」


 ドラゴンは断末魔に似た咆哮を上げて、背のミシェル様に牙を剥く。


「彼がいずれ、あなたの御許で安らかに憩えますように」


 慈しみ深く祈りながら、容赦なく剣を振るう。


「――アーメン」


 粛清と祈りを終え、ミシェル様は剣を鞘に納めた。

 ただの肉の塊になったドラゴンは、もう二度と動かない。


 血が吹き出ていないのは、切り口が滑らかだからか。

 よく切れる包丁で果物を切ったみたいに、切断面が光って見えた。

 妙技を通り越し、もはや神業だ。


 しんと静まり返った大地に、焦げた匂いと風の音だけが残る。


「ほんとに人間……?」


 チェシャ猫さんのつぶやきに、わたしも内心で全力同意した。

 ミシェル様はいつもの調子で微笑む。


「愛に不可能はないんですよ」


 あるわーーっ!

 一人でドラゴン討伐するなんて、使徒でもおかしくない!?

 仲間のアナイスさんですら引き気味だ。そそっと距離を取っている。


「こーなったら。あの使徒、たぶらかしちゃいましょ」


 ハートの女王が、紅い唇を歪めて笑った。

 指先に挟んでいるのは、一枚のトランプカード。

 チェシャ猫さんが片眉を上げる。


「おい、それ使うのか? ヘタすりゃ一生だろ?」

「んふふっ、いいわよ。彼、かーなーり、好みだし」


 ハートの女王は愛おしそうに、ハートのキングに口づける。

 首を傾げたら、白ウサギさんが解説してくれた。


「使用者が口づけし、貼りつけて使う支配札です。キングは終身級」

「あれが一生、アタシだけの騎士様って。ステキ!」


 カードを持つ手が振り上がった瞬間――わたしは反射的に動いた。


「ダメですっ!」


 女王の手からカードをひったくる。


「えっ、ちょっと、ニナちゃん!?」

「それはさすがに! 嫌っていうか、じゃなくて、ダメっていうか――!」


 自分のとっさの行動にあたふたしていたら、捕まった。

 ミシェル様がわたしの腰を抱きながら、チェシャ猫さんたちを睨みつける。


「消え失せろ」

「……あのさー。別にいいじゃん? 一人くらい」


 距離を取りつつ、チェシャ猫さんがミシェル様に言い返す。


 ……あっ。


(まずい。わたし、チェシャ猫さんたちに話してない!)


 口止めは間に合わなかった。

 チェシャ猫さんが、一番明かされたくない事実をミシェル様に吐いてしまう。


「ニナは転生者だけど、普通の人間なんだから。

 監視する必要なんてないでしょ?」


 ぎゃーっ!

 バレた―――――っ!

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