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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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35話 模索

 なしくずしに、わたしの立ち位置は"ミシェル様の婚約者"になった。

 あまりの事態に、もう放心状態。

 ガゼボからぽけっと青空を見上げる。

 広大な庭は静かだ。噴水の水音と、時折、鳥の鳴き声がするくらい。


「……」


 足音もなくアナイスさんがやって来て、隣に腰を下ろした。

 別段、何か話すわけでもない。

 わたしはそばのティーポットを取り上げた。空だ。


「アナイスさん、何か飲まれます……?」

「ありがとう……冷たいものが欲しいわ……」


 ふり向くと、メイドさんは一礼して去っていった。

 二人きりになったところで、わたしは先日の忠告を思い出す。


「アナイスさんのおっしゃる通りにしておけばよかったです……」


 長いまつ毛に縁どられた青い目が瞬いた。


「あのとき、逃げておけば良かった」


 指先で、右手首のおしゃれな環をなぞる。


「ミシェル様に、さんざん誤解させる言動をしていたのは本っ当に! 申し訳ないんですけど。

 わたし、結婚しようなんて思ってなかったんです!」


 本音をぶちまけ、わたしはガーデンテーブルに泣きついた。


「でももう、ミシェル様も、周りの方々もすっかりその気なので。

 断る言葉が言い出せなくなっていて……」


 途方に暮れるわたしの肩に、温かな手が置かれた。


「いいのよ……ニナ。本音が聞けて良かったわ……」


 肩を起こされ、顔を上げる。アナイスさんに抱きしめられた。


「そう……やっぱり、兄の勝手な思い込みだったのね………」

「いえ、完全にわたしが悪いんです。好意を持っていると思われて当然のことばかりしていたので」


 返す返す、自分にため息が出る。

 わたしが逆の立場で、ここまできて求婚を断られたら「悪女め!」と罵るだろう。


「一体、わたしのどこを気に入って下さったんだか」


 ぼやくと、アナイスさんはおもむろに問いかけてきた。


「ニナは……うちの母のことは、聞いた……?」

「早くにお亡くなりになったと聞きましたけど」

「世間的には亡くなったことになっているけれど……本当は生きてるわ」


 アナイスさんは、頬に手を当てて嘆息した。


「母はね……父から逃げるために……事故死を装って家出したのよ……」


 絶句した。

 そこまでやる!?


「そこまでしないと逃げられないのよ……。

 お父様、お母様のことがどうかしてるくらい好きだから……」


 アナイスさんもお父上に容赦ないな。


「兄はね……母に置き去りにされたことがショックだったみたいで……」

「当然だと思いますよ」

「ええ……でも……母が私だけ連れて行こうとしていたから、余計に」


 それは――ショックだ。

 聞いただけでも、自分のことのように胸が痛んだ。


「母は、兄を愛していなかったわけじゃないのよ……。

 たぶん、家を継ぐ子として残そうとしたの……」


 一人だけ供を望まれたアナイスさんは、気まずそうに目線を落とした。

 ちなみに長男さんは、当時から呪術オタクで引きこもりだったらしい。


「兄もそれは分かっているんだと思うけど……」


 割り切れない気持ちは、理解できた。


「兄は……あなたを優しい人だといっていたわ……」

「そうですか?」

「神様のお招きを断ってでも家族のもとに留まってくれる、情の深い人だって……」


 ああ――そうか。

 わたしが反クライス教発言と後悔し、転生者とバレたと思ったあの一言。

 あれこそが、あの人を引き付けたのか。


(まさに悪魔の囁きをしたんだな、わたし)


 囚えたのは、わたしの方。

 申し訳なさと後悔で、涙が出そうになった。


「兄がニナに執着してしまう気持ちは分かるわ……」


 でも、とアナイスさんはわたしの両頬に手を添えた。


「本人が嫌がっていることを強制するのはよくないから……兄と別れたいなら協力するわ……。

 兄が父と同じような人になるのは見たくないもの……」


「アナイスさん……ありがとうございます!」


 協力者ができて、少し肩の力が抜けた。

 椅子に座りなおす。


「求婚を断る理由を、いろいろ考えていたんです」


 わたしは人差し指を立てた。


「ありきたりですけど、好きな人ができたというのはどうでしょう?」

「……うちはパートナーが浮気すると……相手が消えるのが伝統なのだけど……」


 そんな伝統は受け継がれなくていいと思う。


「なら、修道女になります。これなら誰も傷つかずに」

「……それを潰す方法を合法・非合法あわせて三つは思いついたわ……却下ね……」


 そんなに穴だらけの案でした?


「アナイスさんたちのお母様のように事故死を装う、では?」

「……母の生存がわかったのはね……どうも父が蘇生の禁術に手を出して……天の国に魂がないことを知ったことからみたいで……」


 禁術に手を出して、監獄の外にいるって。

 ここ無法地帯じゃん。


「国外に逃げるのは」

「国際的な指名手配犯みたいに生きる覚悟があるなら……」


 何もしてないのにおたずね者だ☆


「ええと、なら、なら、身代わりを――」

「あなたの細かな癖や好み……体臭から寝相まで把握してような人を騙すのは不可能に近いと思うの……」


 すとーかーこわい。


「シンプルに、嫌いですって伝える……?」

「“好きになってもらえるまでがんばりますね”って付きまとうだけね……」

「だれか攻略法を教えてえええっ!」


 無理ゲーすぎて頭を抱えた。

 早くも心が折れそう。


「……いやだわ……思った以上にうちの一族って厄介ね……」


 アナイスさんは白い指をあごに当てる。


「もう兄の記憶を消し飛ばすか……いっそ不慮の事故で……?」


 なんかヤるかヤられるかみたいな世界観になってきた。


「ダメね……私、作戦の企画立案は向いていないみたい……」


 アナイスさんはふーっと息を吐きだした。指でこめかみの辺りをぐりぐりと押す。


「早くも知恵熱が出そう……」

「飲み物、来ましたよ! クールダウンしてください」


 メイドさんが戻ってきてしまったので、作戦会議は一旦中断となった。

 わたしも冷えたジュースを飲みながら、別の話題を振る。


「そういえば、今日はミシェル様のお手伝いは?」


 ミシェル様は今日も外出している。

 どうも昨日のトラブル処理の続きのようだ。


「今日はいいの……。捕まえたかった相手には逃げられたみたいだから……」

「アナイスさん、すっごく足が速いですもんね」


「私なら空間移動で逃げ回る相手も捕まえられると思ったようなのだけれど……。

 遠くに逃げられた後だったから……」

「空間移動……?」


 思わず、グラスから口を離す。


「それ、ひょっとしてアリスの悪魔ですか?」


 アナイスさんはいつも眠たげな目を軽く見張った。


「ミシェル様の任務に同行しないといけない時があって。

 その時に、そんな悪魔がいるのを知ったんですけど」


「ヌーヴェル魔術研究所にチェシャ猫っていう悪魔が現れたみたいで……」

「今度こそ白ウサギの封印が解けました……?」


 アナイスさんは少し面食らった後、うなずいた。


「職員の一人がね、“ハートの女王”の魔法でたぶらかされたみたいなの……」


 ハートの女王も『不思議の国のアリス』の登場人物。

 別の仲間を連れて再挑戦したんだな、チェシャ猫さん。


「強力な結界も、内部の人間が裏切ってしまえばもろいわ……」


 アナイスさんはグラスを傾けながら、淡々という。

 一方、わたしはひそかに興奮していた。


(もし、約束通りチェシャ猫さんが来てくれたら、ここから逃げ出せるかも!)


 もはや猫の手、悪魔の手だって借りたい。

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