33話 ヤンデレ流プロポーズ
右往左往していたら、アナイスさんに手を握られた。
「ニナ……あなた……一刻も早くここから逃げて」
「へ?」
「でないと、一生束縛軟禁監視生活よ……」
わたしは目をパチクリさせる。
(あ、そうか。アナイスさんはわたしの正体知らないから)
ミシェル様が理不尽に一般人を拘束していると勘違いしているんだ。
「大丈夫ですよ、アナイスさん」
「……というのは……?」
「事情があって、わたしは望んでミシェル様に監視してもらっているんです。
合意の上でのことなので、心配しないでください」
「兄にどういう洗脳を受けたの!?」
勢いよく肩をつかまれた。
まずい。さらに誤解を招いてる。
(気は進まないけど、この際、転生者だってことを明かしてしまった方がいいかな)
そう考えた矢先、ミシェル様が自分の片割れを呼んだ。
「アナイス! 自慢の俊足で一っ走りしてきてください」
ひらひら揺れるお買い物メモから、アナイスさんは顔を背ける。
「……イヤ。私、今、忙しいの……」
「どこが忙しいんですか、どこが。刷毛でなくニナの手を握って」
ミシェル様は首根っこをつかまえ、アナイスさんの手にメモを押し付けた。
「あなたがいない方が、よっぽど作業がはかどりますよ。ほら、早く行って」
「……ニナも一緒なら行くわ」
「一人で行けるでしょう! ああ、もう――」
ミシェル様が目を閉じ、深く息を吸いこんだ。
体が淡い金色の光に包まれる。
詠唱はなかったけれど、肉体強化の魔法を使ったのが分かった。
「とっとと、行きな、さいっ!」
ミシェル様は妹の両腕をつかむと、全身を使って勢いよく放った。
細い体は弧を描きながら、宙に投げ出される。
くるくるくるりと、軽やかに三回転。
使徒の彼女はわけもなく着地した。
兄を一にらみした後、風を切って駆け出す。
通りの向こうへ消えるのは、あっという間だった。
(速〜っ! 早馬すら追い抜いてる)
長い両脚で力強く地面を蹴って、惚れ惚れする走りっぷり。ため息が出た。
「おっとりした感じの方なのに。走りは別人ですね」
「他人の皿に苦手な野菜を移すスピードに至っては神業ですよ」
積年の恨みのこもった呟き。
お兄ちゃん、苦労してますね。
「ニナ、頬のところ」
ミシェル様がくすっと笑って、自分の片頬を指す。
「ついてますよ、色」
「え!?」
「そっちでなくて。反対」
顔を固定され、ハンカチで右の頬を拭われる。
(距離近〜っ!)
たじろいでしまうけど、今の状況なら適切な距離……だよね?
嫌がる方が変だよね、たぶん。
「……ニナ」
「はい?」
「顔、すごく赤いですね」
改めて人に指摘されると、恥ずかしさ倍増。
「どうして?」
息がかかりそうなほど近いところで質問される。
(どうしてって、どうしてって――)
熱い。顔だけでなく全身が火照ってる。
(そんなのわたしが聞きたいです!)
酷いことに、ミシェル様は追い打ちをかけてくる。
「今、あなたの頬に唇で触れたくて触れたくて堪らないんですけど」
「はひっ!?」
声が裏返った。
「怒られそうなので、我慢しますね」
「絶対やめてください!」
物欲しげなミシェル様を、全力で遠ざける。
されてもないのに、わたしは無意識に頬を触った。
(――実際にされるより、そう言われるだけの方が、余計に意識するんですけど!?)
熱をもった体が冷めるのには、看板を完成させるほどの時間が要った。
「ミシェルさん、これ、例の物だけど」
完成品を持ってカエルおじさんを探していると、話し声が耳に入った。
ご親戚の一人が、ミシェル様に革張りの箱を差し出している。
「本当に、あのオーダーでいいんですよね?」
「ええ。すべて注文通りでできました?」
枷のことかな。
聞きたくない話題なのに、気になってしまう。
「両手首、両足首、首のフルセット。魔法の仕様はこの注文書の通りで?」
「そうです」
おおっ、と周りでどよめきが起こった。
「すごい……! あたし、今でも首輪だけはイヤっていってるのに」
「初手からフルセットって、大丈夫か?」
若干引いた反応を見せているのは、たぶん外からグラン家に入った親類だろう。
わたしは不安になった。
(アドバイス、間違えたかなあ)
手枷足枷首輪のフル装備姿を想像してみたら、助言したわたしでもちょっとげんなりした。
ミシェル様、お相手にドン引かれたらどうしよ。
「ちゃんと本人の希望を聞いた上でのことなので、心配ありません」
はきはきと答えるミシェル様。
そうなんだ……向こうもそれ、受け入れてくれたんだ。
(相思相愛じゃん)
シュンとするわたしの心中なんて、だれも知るわけがなく。
今度は拍手が起きた。
「さすがミシェル。グラン家の真の跡取りね。愛の証明は宝石でなく、やっぱり枷よ」
「愛するの人の幸せを守る一番の方法は、手元から離さないことだからね」
この発言は、グラン家の血を引いてる方々だろう。
束縛監禁が最上級の愛の証明て。怖。正気が元からズレてる。
(……お幸せに)
その場から遠ざかろうとしたら、ミシェル様に呼び止められた。
「ニナ。――少し、いいですか?」
できあがった品を見せられるんだろうか。
見たくない、と思うけど、状況がそれを許してくれなかった。
わたしとミシェル様の間にいた人たちがどいて、わざわざ道を作ってくれてしまう。
「本当はお祭りの日にしようと思っていたんですけど……」
ミシェル様が照れくさそうに首の後ろをかいた。
「あなたに触れられないことが苦しすぎて。もう限界です」
わたしの前で、革張りの箱が開けられる。
赤いビロードの上に、銀色の環が五つ納まっていた。
「きれいですね……」
細く、枷というには繊細な見た目。
なめらかな表面は、光の当たり方によって色が銀から白へと変わる。
何も知らなければ完全にアクセサリーだ。
「軽さと丈夫さを重視し、素材はミスリルにしました」
ミスリル! 黄金より高価なレア素材だ。超気合入ってる。
「私がいつでも駆けつけられるよう、手首用には発信機機能を。
私から離れすぎて危ない目に合わないよう、足首用には距離制限の機能をつけました」
環にはそれぞれ、その魔法を込めた魔石があしらわれていた。
どれもカットによって美しく輝いている。
「首用は、心拍と呼吸、体温を感知します。不安や恐怖を覚えた時、すぐ私が察知できるように」
「それは常に……ですか?」
「もちろん」
力強く肯定された。
四六時中、生体反応モニタリングて。
(重ぉっ……)
説明された全機能、裏を返せば監視拘束機能だ。
凶悪犯罪者用といっても通用するよ!?
「すべて装着した場合、危険時には自動で防御結界が展開されるんですよ」
にっこにこで説明してくれるミシェル様。
あ、うん。それなら、まあ。マトモな愛も感じる。
(きっと、喜ばれるんじゃないかな)
うずく胸に知らんぷりして、そんなことを思っていたら――予想外のセリフを投げかけられた。
「これをあなたに贈ります。受け取っていただけますか?」
「――」
言葉が、左の耳から右の耳に抜けた。
「今……なんて……?」
ミシェル様がわたしの足元に片膝をついた。
「この枷を受け入れてくれるなら、一生あなたを離さない」
手を取られ、まっすぐに見上げられる。
視線を逸らすことが許されないほど真剣に。
「ニナ、どうか私と結婚してください」
は――いいいいいいい!?




