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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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32話 アナイス

 怒ってからというもの、調子が狂ってしまった。

 ミシェル様の顔をまともに見られない。目が合いそうになると、どうでもいいところを見てしまう。

 話しかけるのも当然、遠くからだ。


「おはようございます、ミシェル様! 今日のわたしの予定は、礼拝をして読書をしてお散歩をして刺繍です!」


 厩舎の戸口から、早口に一日の予定を報告する。

 馬の世話をしていたミシェル様がこちらを向くと、わたしは身構えた。

  一歩進まれると、一歩退いた。


(嫌っているわけじゃないのに)


 あれ以来、ミシェル様は適切な距離をきちんと保ってくれている。

 わたしの悩みは解決した。


(――なのに、どうして前より落ち着かなくなってるの!?)


 今も足元ばかり見ている。

 心臓はドキドキして、体はそわそわ。完全に挙動不審だ。


(絶対、変な子だって思われてるよね)


 もっと悪いと、嫌われているかもしれない。

 胃が石を呑んだように重くなった。


「……ニナ」

「ひゃいっ!」

「私、まだ何か気に障ることをしてしまっていますか?」


 恐る恐る顔を上げたら、美麗なご尊顔が不安に曇っていた。

 あわてて首を横に振る。


「し、してません! 全然!」

「私、今日はお祭りの準備を手伝いに行くのですが……ニナも一緒にどうですか?」

「行きます!」


 元気よく応じると、ミシェル様の表情が少し晴れた。

 誘われたことで、わたしの不安も減る。


(よかった。嫌われてはないみたい)


 急いでお出かけの支度をして、ミシェル様と馬車に乗る。

 向かった先は、町の屋外演劇場だった。

 すでに数十人の老若男女が集まって、舞台の準備をしている。


「お祭り、ここで何かやるんですか?」

「うちの父が聖リュシフェルの仮装をして、説話をするんですよ」

「お義父様が!? あの格好を!?」


 すごく似合いそう。


「歌って踊ってやるので、演劇場の方が都合がいいんですよね」

「歌って踊って!?」


 聖リュシフェル様が、みんなが退屈な説話を楽しく聞けるようにとはじめたことが、受け継がれているらしい。


「あんなふうに聞き手も参加して、みんなで盛り上がる人気の催しなんですよ」


 ミシェル様が示したのは、演劇場の片隅に集まっている人々。

 みんな小旗を両手に持ち、楽器の音に合わせてシャウトしている。


「リュシフェル! リュシフェル!」

「グローリー! グローリー!」

「ハレルヤ!」


 これもうライブじゃん、コンサートじゃん!

 なにこの祭。枷で繋がり合う風習といい、領主の説教ライブといい、ツッコミどころしかないんですけど!?


「お祭り、すごく楽しみになってきました」

「本当ですか? 教会からは邪道扱いされているので、そう言ってもらえて安心しました」


 よかった、実家に帰らなくて。

 この世界で前世みたいなライブコンサートが楽しめるなんて、思いもしなかった。

 ――というか。これ、だれかヴィジュアル系大好きな異世界人が転生してない?


「おはよー、ミシェル君!」


 声をかけてきたのは、以前、町で遭遇したカエルおじさん――こと、ミシェル様の叔父様だった。


「手伝いに来てくれたんだ? 忙しい中、ありがとう」


 カエルおじさんがこっちを向く。


「ひょっとして、こちらが――」

「ニナです。微力ながら、わたしもお手伝いに参りました。よろしくお願いします」


 カエルおじさんは、両手を上げた。


「君が、あの……ウワサの!」


 え? ウワサになってるの、わたし。


「みんな、ミシェル君がお手伝いに来てくれたよー! 例のお客さんと一緒に!」


 カエルおじさんが演劇場に響き渡る声で叫ぶ。

 全員、作業する手を止め、こっちに注目した。


「あれが……グラン家の希望の星!」

「天然でうちの家風になじめる人材がいるなんて」


 あちこちから驚きの声があがる。

 なになになに!? わたしの存在、すでに知れ渡ってるの?


「今日、ここにいるの、全員うちの一族なんですよ。内情が筒抜けですね」


 ミシェル様が苦笑いしながら解説してくれる。

 道理で美形率が高いと思った。美麗なる一族だな。


「聞いてないわよ……兄様……」


 呆然とつぶやいているのは、金髪碧眼の美女。

 手に持っている塗料の壷がぷるぷると震えている。


「その子のこと……なんで私に黙っていたの……?」

「ちょっと、アナイス。それ落とさないで下さいよ」


 落ちる壷を、ミシェル様がすかさずキャッチする。


「ニナ。これは妹のアナイスです」

「ミシェル様の、双子の妹さんですね。やっぱり美人ですね!」

「夢の住人のように日々ぼんやりしていますが、私と同じく使徒です」


 兄妹そろって使徒! 驚きだ。

 男装してるのは、動きやすいように、なんだろう。

 すらりと伸びる両脚に思わず見惚れてしまう。


「アナイスさん、どうぞよろしくお願いします」

「……」


 挨拶したけど、アナイスさんは憮然としていた。

 兄であるミシェル様をジト目でにらむ。

 ……わたし、歓迎されてないのかな。


「ミシェル君はあっちで組み立て作業手伝ってもらっていい?

 ニナさんは――アナイスちゃんと看板作りお願いできる?」

「はい」


 カエルおじさんの指示に従い、わたしはアナイスさんのそばへ寄った。

 足元には、ダイナミックに色塗りされている案内看板がある。

 うちの弟妹の方がまだ綺麗に塗りそう。


「ごめんなさい……私……兄とちがって大雑把だから……」

「いえいえ、お役に立てるお仕事があって良かったです」


 良かった、話しかけてもらえた。

 胸をなでおろしながら、刷毛を取る。


「さっきは失礼したわ……。兄は一生結婚しないと言っていたから……突然のことに驚いて……」


 へー、そうなんだ。

 ミシェル様に結婚を決意させたご令嬢、すごいな。


「ニナは……兄といつからお付き合いを……?」

「へ?」


 突拍子もない質問に、手が止まった。


「……違うの……?」

「違いますよ、全然」


「兄に招かれて……うちの城に滞在していると聞いているけど……」

「招かれたというか……わたし、やっかいな祝福をかけられてしまって。

 それを解くために、ここへ来ないといけなかっただけですよ」


 わたしは刷毛を左右に振りつつ、笑いながら訂正した。

 アナイスさんは「んん?」といった感じで首をひねる。


「でも、兄に一日の予定や行動を報告してるって……」

「それは……自分の身の安全のためといいますか」


 アナイスさんは思い切り、怪訝にした。


「しないと……まさか……兄になにか、されるの?」

「そうですね。たぶん」

「部屋に閉じこめられたり……拘束されたり……?」


 充分あり得る話だ。わたしはうなずいた。


(それにしても、こんなこと聞くなんて)


 アナイスさん、ひょっとして、わたしがお兄さんに近づく悪い虫と誤解していたのかな。

 お兄さん大好きだから、わたしのこと、すぐには歓迎できなかったとか?


「ともかく、わたしはミシェル様とはなんでもありませんから!

 安心してください」


 わたしは明るく笑いかけたけど、アナイスさんは青ざめていた。

 なぜか両手に顔を突っ伏す。


「……なんてこと……兄もやっぱり変態の側だったのね……」


 ブラコンと思った矢先に、なんかすごい暴言が出てきた。


「自分はお父様と同じにはならないと啖呵を切っていたくせに……。

 一方的に好意を寄せて監視するなんて……立派に身勝手な腐れウジ虫野郎じゃないの……」


 さめざめと泣きだすアナイスさん。

 えーっと、どう慰めたらいいんだろう……?

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