29話 ざわざわ、モヤモヤ
翌日は城下に出かけた。
王国屈指の大都市だけあって、迫力の景観だ。
家々が隙間なく軒を連ね、その間から大聖堂が天に向かって尖塔を突き立てている。隣には神術学校の白い塔が肩を並べていた。
大通りは学生や買い物客であふれ、平日だというのに故郷の祭日のようなにぎわい。
はぐれないようにと、ミシェル様が手を繋いでくれた。
「あちこち旗がかけられていますけど、お祝いごとの期間なんですか?」
わたしは紅地に白十字の旗を気にした。
クライス教の祭日に使われる旗だけど、この時期って何かあったっけ?
「あれは近々ある『聖リュシフェル祭』のためのものです。
この地方独自のお祭りなので、何かと思いますよね」
大通りには、アクセサリーの露店が多く出ていた。
肖像画の聖リュシフェル様が身につけていた十字架のネックレスやチェーンベルトの他、彼が好んでいたというドクロの指輪やスパイク付ブレスレットが並んでいる。
知れば知るほど、聖リュシフェル様はヴィジュアル系。
「町を上げてのお祭りなんですね」
「祝宴あり、パレードあり、屋台ありと、にぎやかですよ。ぜひニナも楽しんでいってください」
これを逃したら二度とない機会だし、参加していこうかな。
「リボンがたくさん売っているのも、何かあるんですか?」
「聖リュシフェル祭は、人との絆を確かめ合うお祭りなんです。
当日は、ああやって大切な人と実際に繋がり合います」
露店で、女の子二人がリボンを手首に巻きつけ、丁度よい長さを模索していた。
「仲のいい友人同士で結ばれあって、お祭りを巡るんですね」
「本来は夫婦やカップルがするものですけどね」
別の店を見て、目を剥く。
(手錠――!?)
店先で、男女が鎖つきの手錠を片手ずつはめあっている。
「カップルだと、リボンよりしっかりしたものを使うんですよ」
「へ、へー……」
店の品揃えに、頬が引きつる。
(足枷とか首輪とか売ってるけど!? めちゃくちゃ堂々と売ってるけど、いいの!?)
さらに愕然とさせられたのは、店から出てきた夫婦らしき男女だ。
奥さんは片手に手枷、旦那さんは首輪を装着しており、二人は鎖で繋がれ合っていた。
「あそこは旦那さんが奥さんにベタ惚れなんですね」
わたしは直視していいものなのかと困惑したけど、ミシェル様は平然とコメントする。
お祭り前のありふれた光景らしい。
「つける場所にも、何か意味が?」
「手首は友愛で、全般的に使われます。首は献身で、主従や夫婦向けですね」
なんのてらいもなく説明してくれるミシェル様。
「1+1=2ですよ」と一般常識を語るのと同じ口ぶりだった。
地域の風習を、いかがわしい目で見てごめんなさい。
「デザインも色々ですね」
先入観は捨て、気軽に店をのぞき込む。
金属製や革製、チャーム付きなど、多彩な商品がそろっていた。
「重くて頑丈なものほど良いとされますが、実際、邪魔ですしね」
「確かに。足につけられると、すごく動きにくかったです」
ぴた、とミシェル様が一時停止した。
「……つけられたこと、あるんですか?」
「実際にはないですよ。池の悪魔に幻を見せられたとき、ミシェル様にこんな感じのを足に付けられていて」
わたしは鎖が太くて頑丈な足枷を持ち上げた。
あれ。ミシェル様が壁に突っ伏しちゃった。
「すみません! 自重します本当に自重します!」
めちゃくちゃ必死に謝られる。
「幻のしたことなので。そんな気にしなくても」
「それでもお詫びします。ニナ、付けるならどれがいいですか? 好きなの選んでください」
選んでって言われても。
見るのはよくても、やるのはやっぱり抵抗あるんですけど!?
(とりあえず、足枷は無しだな……)
商品説明に『意味、束縛。恋人同士向け』と意味深なことが書いてあった。
「お気持ちだけで……」
「ええと、でしたら。ニナと同い年の女性にプレゼントするなら、どれがいいか選んでもらっていいですか?」
「……お時間頂いても?」
「もちろん。私が選ぶと重くなりがちなので、意見を聞かせてください」
ミシェル様のそばを離れ、店内を歩き回る。
うーん、同じ年の子へのプレゼントかあ。
無難に手錠かな。この、宝石のついたブレスレットみたいなものなら、相手も気楽に受け取れそう。
「ミシェ――」
元の場所に戻ろうとして、また驚かされる。
ミシェル様が知り合いらしき人と話しているけど――相手の外見が変わっていた。
(なぜカエルの被り物……?)
中身は中年男性か。お腹ぽってりボディの上に、黄緑色のカエルの頭部が乗っかっている。
「小耳に挟んだんだけど、ミシェル君、結婚するんだって?」
カエルおじさんは、ひじで気安くミシェル様をつつく。
「もうそんな話になっているんですか? 気が早いですよ」
「でも、するつもりでいるんでしょ?」
「……まあ、そうですけど」
照れた表情が、本気の度合いをうかがわせた。
知らなかった。ミシェル様、結婚するんだ。
「ミシェル君にそういう話があって安心したよ。グラン家の実質的な跡取りって、君だからさ」
「兄は呪術研究と結婚しているようなものですからね……」
「頃合い見て、僕にも紹介してね。じゃ」
カエルおじさんは人に呼ばれ、早足に去っていった。
「今のお方は……?」
さっそく質問すると、ミシェル様が苦笑した。
「叔母の旦那さんです。素顔を出すと叔母が焼きもちをやくので、あの姿で」
「……肖像画ではごく普通の方に見えましたけど」
「本人もそう言ってますよ。『自分は世界中に広く生息する平凡なおじさんなのに』って」
グラン伯の妹である叔母様の方が、はるかに人目を引く美女だった。
(この家、たしかに結婚すると大変そうだな)
ヌーヴェル魔術研究所で、みんながグラン家を警戒していた意味が分かった。
「それで、何か気に入るものはありました?」
「そうですね――」
そっか。今、プレゼントを選んでいるのは――
(ミシェル様が結婚を考えている女性のためなんだ)
ズキッと、胸に痛みが走った。
……ん?
なに、今の。
「ニナ?」
ミシェル様に呼ばれて、我に返る。
「すみません、やっぱりまた迷ってしまって」
「ゆっくり選んでください。他のお店も見に行きます?」
微笑むミシェル様。
……好きな人のために選ぶの、楽しいんだろうなあ。
(わたし、なんでこんなにモヤモヤしてるんだろう)
ミシェル様とはなんでもないのに。
「もしニナが、私のような人と結婚する場合、どんなものを贈られると嬉しいか想像してもらえるといいんですけど」
難しい顔をしていたからだろう、ミシェル様が言う。
(ミシェル様のような方と……)
強くて優しくて、絵に描いたような王子様と、か。
(そんな人と結婚できるのは嬉しいけど、不安になりそう)
ミシェル様、モテるし。
使徒で出張多いから、きっとさみしいよね。
「……ここは無難なものより、あえて最高に重いものを贈った方がいいんじゃないでしょうか」
わたしは商品の中から、ともかく一番重そうな枷を選び取った。
「この人は絶対、一生自分を愛してくれるーーわたしなら、そういう確信の持てるものが欲しいです!」
あんまり重いので、十秒と持っていられなかった。
だれが買うんだろ、これ。トレーニング用?
「――分かりました」
ミシェル様はわたしの両肩をつかんだ。
「オーダーメイドで渾身の一品を用意します!」
並々ならぬ決意を披露してくれるミシェル様。
(……なんでだろう)
やっぱり胸の奥が、ズキズキした。




