26話 グラン家
転移魔法で着いた先には、白壁の美しい城館が建っていた。
イスト伯爵のお住い――つまりはミシェル様のご実家だ。
王宮のように大きくて、豪華だ。圧倒されて口が半開きになってしまった。
窓、いくつあるんだろう……前世で見た、野鳥数えるとき使うカチカチするやつ欲しい。
「立派な家ですね」
「大きいだけですよ」
ミシェル様の姿を認めるなり、門番が敬礼する。
こっちの背筋も伸びてしまう。
(あれは家紋、かな?)
目を細めていたら、ミシェル様が馬の背に上げてくれた。
おかげで城門の飾りがよく見えるようになる。
「うちの家紋は、十字架がモチーフなんですよ。先祖が熱心なクライス教徒だったので」
解説の通り、中央には確かに十字架があった。
檻に入ってるけど。
その前面では、二本の鎖がバツ印作ってるけど。
(十字架、捕まってない……?)
熱心というレベルを超えている気が……
「変わっているでしょう?」
わたしの戸惑いを察して、ミシェル様が苦笑いする。
「いえ、そんな! たしか、グラン家のご先祖様は、異教徒の侵攻からこの国を守った英雄ですよね」
リュシフェル=グラン様は、クライス教の聖人にも数えられているほどの、とても尊いお方だ。
「信仰を守り抜くという決意の表れた、良いシンボルだと思います」
城門をくぐると、緑がまぶしかった。
花壇には色とりどりの花が咲き、木々の枝では小鳥が楽しげに歌っている。
噴水のしぶきが光を散らし、大理石の天使たちはどれもやさしく微笑んでいた。
楽園のような庭だ。うちの庭(家庭菜園付き)とはぜんぜん違う。
「お帰りなさいませ、ミシェル様」
玄関前には、使用人たちがずらりと並んでいた。
お出迎えの様子を見下ろして――ん? 見下ろして?
「すみません、わたしだけ!」
今さら、自分だけ馬に乗ってることに気がついた。
家紋を見た時に乗せてもらって、そのままだった。
「いいんですよ。大事なお客様を歩かせるわけにはいきませんから」
「失礼しました!」
急いで降りたら、着地する前に、ミシェル様に抱き留められた。
「飛び降りるなんて、危ないマネを。足をくじかないか心配です」
「……重ね重ね、すみません」
そもそも、勢いよく飛び降りるなんて。淑女失格だ。
「先の手紙で知らせましたが、彼女がマルタン伯爵令嬢、ニナ=リムーザンです」
ミシェル様が召使たちにわたしを紹介する。
「私の大事なお客様です。くれぐれも、間違いのないようにお願いしますね」
「お世話になります」
――って。人に抱えられてる状態で挨拶する客がいるかーっ!
これまたあわててミシェル様の腕から降りたけど、もう後の祭りだ。
たじたじで使用人さん達と相対する。
「ようこそおいでくださいました、リムーザン嬢。
先日のドレスはいかがでしたでしょうか?」
執事さんがいうのは、ヌーヴェル魔術研究所のパーティーで用意されたドレスのことだろう。
わたしは声を弾ませた。
「とても素敵でした。サイズもぴったりで」
「それは良かった。お嬢様がここでの滞在に困らないよう、お部屋にもたくさん衣装を用意しておきましたので」
「え?」
部屋だけじゃなく、服まで用意されてるの? 前世おもてなしの国の住人もビックリなんですが?
「不足があればなんなりとお申し付けください。
すぐにご用意いたしますよ――たとえ婚礼衣装でも」
ナイスミドルな執事さんは片目を瞑った。
一流の家の執事は、軽口もお上手だ。おかげでちょっと緊張がほぐれた。
「ニナ。まずはお茶で休憩します? それとも中を案内?」
「お城を拝見したいです」
「分かりました。ではお手をどうぞ、姫君」
ミシェル様は胸に手を当て、うやうやしく手を差し出してくる。
うわー、もう! こんな豪華なお城の前だと、騎士様のふるまいがますますサマになるな!
この世界にSNSがあったらすぐさま拡散したのに。
「ついでに、兄のところにも行きましょう。祝福の件、進捗が気になりますし」
「はい。お願いします」
城内も、これまたすばらしかった。
廊下の床は鏡のように磨き上げられ、歩くたび、高い天井に足音が小さく反響した。
壁には織の細かな聖人伝のタペストリー。
食堂には銀器がずらりと並び、大広間には無数のクリスタルが輝くシャンデリアがぶら下がっている。
礼拝堂なんて、そこらの教会よりよほど凝っていた。見上げた十字架は黄金に輝き、祭壇は生花と天使像に埋め尽くされている。まるで地上に天の国を再現したよう。
「兄上。ミシェルです」
ミシェル様が二階にある部屋の一つをノックした。
数秒待ってみても、返事はない。
「兄上? 生きてますか? 兄上!」
さっきより強めにノックするミシェル様。
さりげなく生存確認するセリフが入ってるの、不穏。
「お兄様、外出中でしょうか?」
「兄は火事が起きても部屋から出ないくらい重度の出不精なので、それはあり得ません」
あり得て欲しいー!
他人事ながら、心配になるほどの引きこもり具合だ。
「兄上、開けますね」
ミシェル様は応答を待つのをあきらめ、ドアを開けた。
途端、ドサドサドサ――ッ! と本がなだれ落ちてきた。
(すごっ……部屋が本で埋まってる!)
慣れているらしく、ミシェル様は動じなかった。ため息を一つついただけだ。
「すみません、ニナ。兄を紹介したかったんですが、できる状況ではないようです」
「そう……ですね。また今度、機会があったときに」
壁となってる本の山を前に、思う。一生ないかもと。
「とりあえず、状況だけ聞いてきますね」
なんとか人一人分、通れるだけの隙間がある。
ミシェル様は果敢に奥へと進んでいった。
(全部、呪術に関する本だ)
わたしは廊下に落ちてきた本を拾い上げた。
『呪術史年表』、『憎悪を込めた死の呪術大全』、『おもしろ呪術雑学100!』――などなど。ともかく呪いに関する本ばかり。
(本当に専門家なんだな)
数分して、ミシェル様が戻ってきた。
廊下に落ちた本を部屋に押し込み、ドアを閉める。
「どうでした?」
「ダメでした。手を付けた矢先に、危急の案件が入ってしまったらしくて」
危急の案件は『一日一回、服が弾け飛ぶ呪い』らしい。
こちらより深刻だ。社会的な死が危ぶまれる。
「それなら誰か別の人間を紹介してほしいと頼んだのですが――この謎を他に譲ったら呪う、と脅されてしまって」
解呪の依頼に来たのに、逆に呪いが増えるって。世の中どうなってるの。
ミシェル様は申し訳なさそうに首の後ろをかいた。
「すみません、兄は呪術関係が大好きで。とりわけ、呪いを解くことには寝食を忘れて夢中になるほどなんです」
妖精の祝福を解く、というのは初めての依頼だそうだ。
腕が鳴る、とワクワクなさっているらしい。
「お部屋の中、呪いの本ばかりでしたね」
「呪術の収集家なんですよ。うちの家系は、何か一つに執着しやすい血筋のようです」
ご先祖様が夢中になったのがクライス教だったなら、お兄様は呪いだった、ということなんだろう。マニア気質の家系らしい。
「ミシェル様も、何か熱心になってることあるんですか?」
「私は――」
はにかんだ笑顔を向けられた。
「あなたに夢中です」
……悪魔マニアかあ。
わたしのプロフィール、ムダに詳しいし。
先の研究所では転生者と悪魔に関する資料を山ほど読み込んでいたっけ。
使徒の職業、天職ですね……




