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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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24/41

24話 服従の証明

 あっという間に五日が経過した。

 休憩のたび、ミシェル様が外に連れ出してくれるので、窮屈な暮らしも思ったより悪くない。

 今日も町から帰ってきたところで――イザベル嬢と鉢合わせた。

 

「お帰りなさいませ、グラン様」


 わたしは完全無視。

 一応、こんにちはと挨拶してみたけど、聞こえていないフリをされた。

 彼女とは、少しも仲良くなれずに終わりそうだ。


「部屋に帰ったら、ニナはさっそく読書ですか?」

「はい。せっかく買って頂いたので」


 わたしは抱えている本に目を落とした。


「私も一緒に読んでいいですか?」

「もちろん。まさか以前、一緒に読んだ恋愛小説のスピンオフ作品が出るとは思いませんでしたね」

「しかも、あの悪役令嬢が主人公なんて。本編では婚約破棄され追放され……この作品で幸せになれるんでしょうか」


 部屋に着かないうちから、わたしたちはそろって本をのぞきこんだ。

 不意に、屋敷内が騒がしくなった。

 バタバタと職員さん達が廊下を走っていく。


「忙しないですね」

「少し、見てきます。ニナは部屋へ戻っていてください」


 わたしは指示通り、すぐに地下の居室へ帰った。


(なかなか戻ってこないなあ)


 大きなトラブルが起きたんだろうか。

 用意したお茶も冷めてしまった。


 そわそわと外を気にしていたら、勢いよく扉が開いた。

 ノックがなかったのでミシェル様かと思いきや、違った。


「イザベルさん、どうかしました?」


 険しい表情。駆けこんできた勢いで、髪が少し乱れていた。


「大変よ! グラン様がおケガをなさったわ!」

「えっ!?」


 声を上げる。

 半分は、イザベル嬢に手まで握られたことに対する驚きだ。


「ミシェル様が?」

「研究用の魔物を取り押さえる最中に……。あなたに伝えた方がいいと思って、来たの」


 よほどのケガなのか。イザベル嬢の眉根は不安に曇っている。


(あのミシェル様が。大ケガをするなんて)


 でも、いくら強いといっても人間だ。いつも無傷なんてことはない。


「早く行ってあげた方が良いのではない?」

「あ……ありがとうございます!」


 部屋を飛び出しかけ――立ち止まる。


(待って。これって、本当に出て良いのかな?)


 ドアノブにかけた手を見つめる。


(ミシェル様の許可なしに出ちゃいけない。ここで出たら、約束を破ることになる)


 ためらっていたら、イザベル嬢に急かされた。 


「どうしたの? 早く行きなさいよ」

「……いえ、わたしは行きません。行けません」


 わたしはゆっくりと、ドアノブから手を下ろした。


「間に合わなくなってもいいの?」

「ミシェル様に許可されていませんから」


 イザベル嬢が細い眉を逆立てた。


「こんなときにまで、それ!?」

「わたしが部屋の外に出れば、ミシェル様の心労を増やしてしまいます」


 相手はますます怒りをあらわにした。


「あんなにグラン様に大切にされているのに、自分は心配もしないなんて!」

「もちろん心配です。でも、それとこれとは話が別ですから」

「なんて冷たい人なの? 信じられない!」


 まっとうな非難に良心がうずいたけど、耐える。

 第一、現場に行って、わたしが何をできるわけでもない。

 代わりに戦うことも、ケガを治すこともできないのだから。駆けつけても邪魔なだけだ。


「イザベル嬢、どうぞ」


 わたしは外への道を譲った。


「あなたは行ってください」

「――あれ、ニナ。タイミングがいいですね」


 ドアを開けたら、ミシェル様が立っていた。

 ……うん? 上から下まで眺めてみても、ケガなんて見当たらない。


「ミシェル様、おケガは?」

「ケガ?」

「イザベルさんが、ミシェル様が大ケガしたって……」

「大ケガなんていってないわ」


 さっきまでの切羽詰まった様子はどこへやら。

 イザベル嬢は澄ました顔で、説明を付け足してきた。


「グラン様がおケガをなさったと、人づてに聞いたので。

 ニナさんに知らせに来てあげただけです」


 わたしはポカンとした。やっとイザベル嬢の意図に気づく。


(勝手に部屋を出た形になるよう仕向けたなーっ!?)


 なんて姑息なやりくち。怒りと呆れで声も出ない。


「でも、ニナさんったら酷いんですよ」


 甘ったるい声としぐさで、イザベル嬢はわたしの薄情ぶりを報告する。


「様子を見に行った方がいいって勧めたのに、わたしには関係ないって。

 知らんぷりでしたわ」


「関係ないとはいってません。

 ミシェル様の許可もないのに部屋を出られない、といっただけです」


 訂正を、イザベル嬢は鼻で哂った。


「そんなの、建前でしょう?

 本当にグラン様を愛しているなら、そんな規則より心配が勝つはずよ」


 普通だったらね。そうなんだけどね。

 あいにく、わたしとミシェル様の関係は普通じゃないのだ。


「結局、あなたにとってグラン様はその程度の存在なのね」

「ニナは本当に、一歩も部屋から出ようとしなかったんですか?」


 ミシェル様が念を押すと、イザベル嬢は勝ち誇った。


「ええ、一歩も。本当に冷たい人で――」

「偉いですよ、ニナ! ちゃんと私のいいつけを守ってくれたんですね!」


 ミシェル様は嬉しそうに、わたしを抱きしめた。


「直接私の許可を取らないことには、絶対、出かけないようにと言いましたもんね。

 よく理解してくれていて、安心しました」


 頬ずりせんばかりの喜びよう。

 イザベル嬢があっけに取られている。


「心配を理由に外に出られたら、今後の心配が増えるだけですからね。

 すばらしい判断。やっぱりニナは賢いです」


 ミシェル様はわたしの頭をナデナデナデナデしてくる。

 人の心配をしなくて褒められる人、わたしくらいなものだと思う。


「ミシェル様、結局、ケガは……?」

「ああ、少し切っただけですよ。まぶたのあたりだと、傷のわりに出血が多いので、みなさんが大騒ぎしてしまって」


 見せてもらった傷は、ほとんどふさがっていた。


「使徒はかすり傷程度、すぐに治るんですよね。“自動治癒(アトラピア)”で」

「神のご加護の力ですか。すごいですね」

「私の心配は、研究所の方々が全員倒れてからでいいですよ」


 その時はわたし、たぶんミシェル様より自分の心配してる。


「ご心配いただき、ありがとうございました、ペリゴール嬢」


 ミシェル様は丁重にお礼を述べる。


「でも今後は、ニナに余計な心配をかけないでくださいね」


 穏やかな口調とは裏腹に、目は笑っていなかったけど。


「ニナには、部屋にだれも入れないようにとも伝えてあります。

 あなた、勝手にここへ入ったんですよね」

「それは、その――緊急事態だったので」

「私の許可なく彼女に接触して、その間に何かあったら、当然あなたにも責任を問います」


 もう笑顔も捨てて、ミシェル様は冷たく言い放った。


「次からはよく考えて行動してくださいね」


 扉を示されると、イザベル嬢は逃げるように出ていった。


「さて、ニナ」


 ぱたんと扉を閉めると、ミシェル様はまた笑顔になった。


「ちゃんとお留守番できたごほうびは何がいいですか?

 外で食事? 大好きなお風呂を用意? それとも私と遊びます?」


 『ごはん? お風呂? それとも私?』みたいなノリで聞かれた。新婚家庭か!


「ただ言いつけを守っただけなので、何もいりません」

「謙虚な良い子には全部あげますね」


 選択肢、あるようでなかった。

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