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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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20話 アリスの悪魔

 もう、誤魔化しようもない。

 わたしは観念した。

 チェスウィックさんを人気のない路地裏へ連れていき、正体を告白する。


「実はですね。わたし、転生者なんです」


 チェスウィックさんはポカンとしている。


「冗談……だよね?」

「はは、信じられませんよね。わたし、ぜんぜん、普通の人と変わらないですし」


 別に冗談と思ってもらっても構わない。

 そう思ってたら、チェスウィックさんは不意にまじめな顔つきになった。


「『不思議の国のアリス』の原作者は?」

「ルイス=キャロル?」

「うん、信じる。君、転生者だね」


 なんでも、この世界では、原作者はアリシア=ローズ=カーライルになっていて、本当の作者の名は知られていないらしい。


「まさか、こんなところで転生者に会うなんて……」


 あまりに衝撃的だったらしい、チェスウィックさんはまだ呆然としている。

 その様子を見ていて、ふと、疑問が湧いた。


「あの……チェシャ猫って、この世界では隠しキャラなんですよね」


 わたしはおずおずと疑問を口にする。


「じゃあ、なんでチェスウィックさんはそれを知っているんですか?」


 にっと、チェスウィックさんが笑った。

 それが合図だったように、姿がたちまち変わる。

 紫色の髪をした青年から、茶色と黒のしましま柄の猫へ。


「それは俺が、そのチェシャ猫だから」


 猫が愛嬌たっぷりに、歯を見せてニヤニヤ笑う。

 こっちも目が真ん丸になった。


「……ってことは、チェスウィックさんは」

「アリスの悪魔の一人だよ」


 神出鬼没の謎が解けた。


「あ。悪魔って知って、怖くなってる?」


 図星だ。一歩下がってしまった。


「安心してよ。俺は人間を不幸にしたいと思ってる悪魔じゃない。

 むしろ、人を笑顔にしたいと思ってる悪魔だから」


 そんな悪魔、いるの?

 心を読んだように、チェスウィックさんは弁明をはじめる。


「悪魔は人の感情を食べて生きていることは知ってる?」

「人間の激しい感情――怒りや悲しみが好物、なんですよね」


 そして幸せの絶頂から不幸のどん底へ——が、一番のごちそう。


「そうなんだけど、喜びの感情も食事にはなるんだよ。

 人を喜ばせるのは手間がかかるから、ほとんどの悪魔はしないだけで」


 チェスウィックさんが頭で逆立ちする。原作通りに。

 ひょうきんな動作に、思わず肩の力が抜けた。


(信じて……いいかも)


 警戒心が解けてくる。

 初めて会った時から、そうだ。

 チェスウィックさんは飴をくれたり、不意に居場所を変えて驚かせたり、ともかくわたしを楽しませようとしてくれている。


「俺はアリスに従属した、最初の悪魔。彼女に無理やりチェシャ猫役をやらされてね」


 今度は猫の頭だけが宙に浮いた。

 『不思議の国のアリス』の特別ショーを見せてもらっている気分だ。


「こんなのやってられるか! って思ったんだけど――

 婚約破棄されて絶望していた彼女が、チェシャ猫になった俺を見たら、めちゃくちゃ笑顔になってねえ」


 緑から金に変わった目が、ふっと優しい色を帯びる。


「俺がいるだけで幸せって状態になってさ」


 閉じたまぶたの裏には、そのときの情景が浮かんでいるんだろうか。


「その時、知ったんだ。人の幸福の感情が、怒りや悲しみよりも、ずっと美味しいってこと」


 気づけば、わたしの口角は上がっていた。


「笑顔がごちそうって、本当にそのままの意味だったんですね」

「そういうこと。だから俺たちアリスの悪魔は、人を不幸にするんじゃなくて、楽しませる方を選んだんだ」


 わたしは猫姿のチェスウィックさんのそばにしゃがんだ。

 恐ろしい魔物が今はかわいく思える。


「俺の正体、黙っててくれる?」


 少し毛を逆立てて、チェスウィックさんが尋ねてくる。

 うなずきたかったけど、すぐにはそうできなかった。


「……チェスウィックさんが研究所にいるのは、仲間を助けるため、ですか?」

「そう。白ウサギは、おっちょこちょいなやつでね。うっかり捕まっちゃって」


 しましま猫の姿がかき消えた。

 でも、わたしの周りに描かれる足跡が居場所を教えてくれる。


「仲間だから、助けに来てるんだ」

「悪魔にも助け合いって、あるんですね」

「普通はないよ。そこも、アリスの悪魔の珍しいところだね」


 わたしの真後ろに、チェスウィックさんは再び現れた。

 にいっと歯を見せ、笑いながらわたしを脅す。


「もし、君が俺を悪魔とバラすなら、俺も君を転生者ってバラすよ」

「それを言われたら、黙っているしかないですよ」


 脅迫されているけど、嫌な気持ちはなかった。

 むしろ、正体を知られていることに安心を覚えていた。

 だれにも言えない秘密を共有できる人が、いる。

 それがどんなに心強いことか。


「使徒さんにも、内緒だよ?」


 体が強張る。


「君はなんで使徒と一緒にいるの?」

「……転生者とバレて、監視されているからです」


 ピンと、ふさふさの尻尾が立つ。

 やがてゆっくりと元の位置へ降りてきて、猫の口が開いた。


「監視されてるようだって思ったのは、正しかったんだね。

 だからあの使徒さん、あんなに君のことに神経質だったんだ」


「まさかお互い秘密を抱えていたなんて。びっくりです」


「こっちも。転生者ってだけでも驚きなのに、まさか『不思議の国のアリス』を知ってるなんてね。奇跡だ」


 チェスウィックさんは、また青年の姿に戻った。

 路地裏に人がやって来たので、わたしたちは何食わぬ顔でその場を離れる。


「で、君はどこに行きたいんだっけ?」


 試すように、問われる。わたしは誘いに乗ってみた。


「“どの道を行けばいいかしら”」

「“君がどこに行きたいかによる”」

「“あまり気にしないわ”」

「“なら、どの道を行っても同じことさ”」


 原作の掛け合いを再現して、お互い、ちょっと吹き出した。


「本当、よく知ってるんですね」

「そりゃ、アリスに厳しく仕込まれたからね」


 やっぱり、一人かぶりつきでショーを見せられている気分だ。

 チェシャ猫は好きなキャラなので、ちょっと嬉しいかも。


「ひょっとして、アリスさんもチェシャ猫さんがお気に入りだったんじゃないですか?」

「そうだよー。一番のお気に入り。だから俺のことを隠しキャラにしちゃったの」


 チェスウィックさんが笑う口だけを残して、姿を消す。

 推しキャラを独り占めって。一番の贅沢じゃん!

 わたしは先の曲がり角にいるチェスウィックさんを追いかけた。


「あそこが魔法道具屋。あそこでアメリルの実を売って、後は服屋だったよね」

「そうです。ありがとうございます」


 指し示されたのは、大通りを挟んで向こう側。

 人混みに戻る前に、わたしは声を押さえて質問した。


「チェスウィックさん。ペルグ王国では、転生者は迫害されないって、本当ですか?」

「ペルグに限らないよ。クライス教圏を離れれば転生者の扱いはさまざまだ」

「そうなんですね……」


 胸に、希望が湧く。


(他の国に逃げれば、おびえて暮らさずに済むんだ)


 大通りを歩いていると、家々の合間から海が見えた。

 はるか彼方まで続く大海原は自由の象徴に思えた。


(でも――そのためには、使徒を振り切らなくちゃいけない)


 知らず知らずのうちに難しい顔になってしまう。


(正体がバレていなかったら、簡単だったのに)


 過去を悔いても遅い。

 わたしは深々とため息を吐いた。

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