2話 非凡な騎士・ミシェル
ゆるやかな坂道を、馬は上っていく。
西日が長い影を作っていて、わたしたちの道筋に馬の影と――ぴったりくっついている二人の人影を映している。
ようやく背中に感じる体温に慣れてきたのに、やっぱり落ち着かない。
「いつもお気遣いいただいて……恐縮です」
「たまたまですから。そんなに気にしないでください」
グラン様は本当に何でもないことのように、さらりと言う。
……三日連続でたまたまって、あり得るのかな。
「どうかしました?」
ちらりとグラン様の顔をうかがったら、逆にのぞき込まれた。
ひえっ、顔が良すぎてもはや視覚の暴力!
「いえ、なんでも」
あわてて視線を逸らす。
グラン様の言う通り、たまたま、と思っておこう。
ここのところ、わたしは当番で教会の清掃に通っている。
終わるのは、いつも午後五時。その時間になればみんな家路につく。
同じく家に帰るグラン様と出くわしても、おかしくない。
うん、きっとそう。
「グラン様、お体の調子はいかがですか?」
気を紛らわせようと、わたしは無難な話題を持ち出した。
「体の方は、まったく心配ありませんよ。
療養といっても、前と同じ。魔力回復に来ているだけですから」
グラン様はお仕事で魔力を限界まで消費してしまったらしい。
限界まで消費すると、自己回復の能力も下がる。
なので、魔力回復のできるこの土地へとやってきたのだ。
わたしの家に滞在しているのは、グラン様が川で溺れかけたうちの弟を助けたことが縁だ。
それが去年の出来事。今回は二度目の訪問になる。
「魔力回復できるところって――あの山の泉なんですよね」
わたしは北へ顔を向けた。
ところどころに白い岩壁の見える険しい山がそびえている。
「わざわざあそこまで行くの、大変じゃないですか?」
道は険しいし、獣も出る。時には魔物も出るという話だ。
たどり着くのにものすごく苦労するはずなのに、
「体がなまらなくていいですよ。
新しいスキルも習得したいので、あの山は修行にもってこいです」
グラン様はこともなげに返してくる。
疲れている感じは全然ない。服もちょっと土で汚れているくらいで、きれいなものだ。
(山に慣れてる猟師さんでも、泉まで行くのは大変って言うのに。すごくない……?)
好奇心がむくむくと湧いてきた。
(ステータス……見てみちゃおうかな)
わたしは"鑑定"のスキル持ちだ。
スキルは魔法と違って、魔力の要らない技。
魔法と違い、訓練によってだれでも習得できる。
ただし、まれに持って生まれることもある。わたしのように。
(転生ボーナス! ――そう喜んだときもありました)
スキルも、これまたビミョーな才能なのだ。
持って生まれたのなら、その才能があるということ。レベルが上がるのも早いはずなのに、わたしは遅い。
スキルを磨き続けて五年ほど経つけど、見られるステータスは限られるし、情報には穴が開く。
(でも、少しは何か分かるよね)
わたしは"鑑定"スキルを物品に使うことが多い。
古物屋さんで価値ある一品を見極めるのに使うので、人にはあんまり使ったことがない。
グラン様を鑑定する前に、ちょっと他の人で肩慣らししておこう。
「こんにちは。今日もお疲れさまです」
通りすがりの兵士に声をかけた。
鑑定のスキルを使うには、対象の全体を一度とらえる必要がある。
「こんにちは、ニナお嬢様」
よし、顔も含め姿が全部目に入った――"鑑定"!
◇◇◇鑑定結果◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
■■■■=エイマン(3■歳)
職業 :兵士(上級)
レベル :40
体力 :310/530
魔力 :2■/22
一口メモ:猫より犬派。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……名前とか、あちこち欠けてるなあ。
攻撃力、防御力の欄もあるけど、ほとんど見えない。
一口メモとかいいから、そっちが欲しいのに。
(でもまあ、体力と魔力だけでも分かれば十分)
すでにグラン様の全体は見ているから、今度は一部を見るだけでいい。
わたしは手綱を持っているグラン様の手に意識を集中した。
◇◇◇鑑定結果◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ミシェル=グラン(22歳)
職業 :騎士(■■)
レベル :80
体力 :■■■/1250
魔力 :442/■■■
一口メモ:■■ると■■■■ないので■■!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……ん? バグった?
体力値と魔力値が、なんかおかしい。
ケタが一つ多いんですけど?
レベルも、80って……上級騎士でもレベル50が平均って聞くのに。
どういうこと!?
(職業欄のカッコ内が気になる……クラスが"隊長"とか?)
鑑定を間違えてないか確認したい。
もっとちゃんと本人を見れば精度が上がるはずだ。
「そういえば、川向こうには魔力回復専用の療養地がありますよね。
平地で、もっと整備された」
わたしは雑談を装ってふり返った。
「そちらには行かれないんですか?」
「静かな方が好きなんです」
よっし、目まで合った。
「――それに、ここなら、あなたにもお会いできますし」
鑑定スキル発動!
◇◇◇鑑定結果◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一口メモ:捕まると逃げられないので注意!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
変わったところといえば、そこだけだった。
(だから、一口メモ、いらないってば!!!)
そうこうしているうちに、家に到着した。
石造りの古いお城がわたしのおうち。
わたしは今世、なんと、貴族令嬢なのだ!
「どうぞ」
先に降りたグラン様が、手を貸してくれる。
ちょっとお姫様の気分。
僻地が領地の、子だくさんの貧乏伯爵家だけど。
平民に毛が生えた程度の裕福さで、ぜんぜん貴族のお嬢様らしくないけど。
古城を背景に、騎士様の手を借りて白馬から降りるって……めちゃくちゃテンション上がるんですが!?
スマホがあったら絶対撮影してた。永久保存した。
ひょっとして、これ!?
わたしの転生ボーナス、これなの!?
「またグラン様と一緒だったの?」
ふわふわした心地で城に入ると、姉に声を掛けられた。
「うん、帰るときにたまたまお会いして」
「たまたま、ねえ」
含みのある言い方。姉はにやりと笑った。
「グラン様、あなたに気があったりして」
「まさか」
否定しつつ、ひそかに期待もする。
前世はモテたことなかったし、今世も今のところモテてない。
わたしは才能も普通なら、容姿も普通だ。
ありふれた茶色髪に茶色目。ほどほどの身長に、重すぎも軽すぎもしない体重。
かわいいといわれることはあっても、美人といわれることは決してない顔立ちをしている。
「親切なだけだよ」
返した言葉は、半分、自分への言い聞かせだ。
従姉は旅の騎士に優しくされて、本気になって、結局だまされていた。
世の中、そんなロマンチックな話はそうそう転がってない。
(あんまり浮かれすぎないように気をつけよ)
わたしは送迎のお礼にハーブティーを淹れ、グラン様の元へと運んだ。




