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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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17話 新しい任務地

「なるほど、そういうことだったんですか」


 扉の向こうで、ミシェル様が相槌を打つ。

 自分のお部屋で、濡れた服を替えている最中だ。


 『彼の着替えシーンに遭遇☆』なんてイベントは断固阻止するため、わたしは扉に背を向けている。

 これ以上、祝福に負けてたまるか!


「教会で相談してみたんですけど、ダメでした。

 呪いの解き方は分かるけれど、祝福の解き方なんて聞いたこともないと言われてしまって」


 祝福は普通、ありがたいもの。わざわざ解きたいと思う人はいない。


「時間が経てば解けるでしょうか?」

「人間の魔法は有限ですけど、神や精霊だと半永久的な魔法も授けられますからね……」


 しばらく、ミシェル様の悩んでいる気配がした。


「まあ、何か考えてみます。なんとかなると思いますよ」

「よろしくお願いします」


 ほっと胸をなでおろす。

 ……次の問題は、解けるまでどうするか、だ。


「ミシェル様は、また次の任務がありますよね?」

「明後日に発つ予定です」


 躊躇したけど、災難を避ける方法は一つしかない。


「祝福が解けるまで、ミシェル様に同行しても良いですか?」

「こちらからもお願いします。さっきのようなことが起こるのは、心臓に悪いですから」


「次はどちらへ?」

「メトックです」


 フランシア王国の南西部にある、大きな町だ。

 魔物討伐で辺境に、じゃなくて良かった!


「任務の邪魔にならないよう、気をつけます」

「邪魔なんて。ニナがそばにいてくれると、私はなんだってできるという気になるんですよ」


「そういうふうに言ってもらえると、こちらも気が楽です」

「本心、です」


 念を押すように言われる。

 心臓が跳ねた。

 『あなたがいればなんでもできる』って、まるで恋人にかけるセリフなんですけどお……!


(い、いや、いや! これはきっと、一緒に悪魔を退治して芽生えた友愛のセリフ……っ!)


 扉一枚隔てていて良かった、と思う。

 一人あたふたしてる姿を見られなくて済んだ。


「じゃあ、両親に話をつけてきますね」


 わたしは扉から背を浮かせた。

 荷造りもしないといけない。急に忙しくなってきた。


(本当に、なんてありがた迷惑な祝福……!)


 そう思う一方で。

 まだミシェル様と一緒にいられることに、わたしは安心していた。


「やっかいなことに巻き込まれたのねえ」

「まあ、グラン様の邪魔にならんようにな。気をつけて」


 両親はあっさり同行の許可を下した。

 弟妹たちの方が私を惜しんでくれたくらいだ。


「ニナ。もし帰ってこないことになっても、うちのことは心配しなくていいからね」


 姉がまた、したり顔で言ってくる。


「迷わずグラン様に永久雇用されちゃいなさいね」


 姉の冗談に、わたしは苦笑いした。


「すぐに帰ってくるから」


 荷造りを終えて、テラスで干していたアメリルの実を確認する。

 うまく乾燥してくれていた。一つつまんで弾力を確かめていると、ミシェル様が寄ってきた。


「どうですか? 出来は」

「うまくいきましたよ。カビたりせず、乾いてくれてます」


 口の中で食感を楽しむ。本当、グミみたい。


「私も一つ頂いていいですか?」

「どうぞ。一つと言わず、いくつでも」


 左手で山盛りのお皿を差し出したら、右手を掴まれた。

 自分のためにつまんでいた実を、食まれる。


「おいしいです」

「……よ、よかったです」


 指先に当たった柔らかい感触のせいで、体が半分石化してしまった。


(や、やっぱり、なんか恋人のフリが続いてない……?)


 演技達者な役者は、終わった後も役をひきずるって聞いたことある。

 ミシェル様はそれなのかも知れない。

 本当に上手だったしな。うん。


「では、行きましょうか」

「よろしくお願いします」


 転移魔法の光が、馬とわたしたちを包みこんだ。

 山と緑の景色は、一瞬にして、海と町へと変わる。

 空気が暖かい。メトックは温暖な土地なのだ。


「今回は、あそこで警備をするのが任務です」


 ミシェル様が指したのは、町はずれにある建物だった。

 高い塀に囲まれていて、壁には魔術文字が刻まれている。

 物理的な防御も、魔法的な防御もしっかり整った建物だった。


「あそこには大事なものが封印されているんですが、数日前、結界に不具合が生じましてね。

 結界が直るまでの間、私も警備に協力をすることになったんです」


 使徒が派遣されるのだから、よっぽど大事な物なんだろう。

 門扉には『ヌーヴェル魔術研究所』という銘板が掛けられていた。


「お待ちしておりました。ミシェル=グラン様」


 出迎えてくれたのは、わたしと同じくらいの年の少女だった。

 赤い髪はきれいに結われていて、着ているのは仕立ての良いワンピース。

 育ちの良さがうかがえる。


「施設の責任者ヌーヴェル伯リック=ペリゴールの娘、イザベルです。

 父が留守をしておりますので、わたくしがご挨拶させていただきます」


 イザベル嬢はメイドを連れていたけれど、自らミシェル様の荷物に手を伸ばした。

 かがんでも、視線はひたすら見目麗しい使徒様にある。


「まずはお部屋にご案内いたします」

「彼女にも部屋を用意していただけますか?」


 ミシェル様が声を発してはじめて、みんなの注意が私にも向いた。


「――そちらは?」

「訳あって、私が護衛している女性です」


 ミシェル様の説明に、イザベル嬢は怪訝にした。

 そりゃ、そうだよね。使徒に護衛されるって、どんな重要人物かと思うよね。


「突然決まったので、同行者がいることを連絡できずに申し訳ありません。

 お手数ですが、彼女にも部屋をお願いします」


 イザベル嬢の視線が痛い。

 麻のブラウスにスカート姿の、平民同然に見える娘のどこに護衛される価値があるのか、探しているようだ。


 なにもないです。わたしは使徒に監視されてるやっかいな祝福を受けただけのごく平凡な悪魔です――あれ、なんか平凡じゃなくなってる?


「マルタン伯の娘、ニナ=リムーザンです。少しの間、お世話になります」


 身元を明かしたら警戒の色は薄れたけど、イザベル嬢から侮るような視線を浴びた。

 同じ伯爵令嬢だけど、格差は明らかだ。


(事前に、ミシェル様と関係性について打ち合わせておけばよかった)


 ため息が出る。召使とかで全然よかったのに。


「グラン様と離れたところにしかお部屋が空いていなくて……それでも構いませんかしら?」


 いいわよね? という無言の圧を感じる。


「はい、それで――」

「護衛対象なので。離れるのは、困ります」


 即座に、ミシェル様が難色を示した。

 本当は護衛じゃないから気にしなくていいのでは――と思うのは、わたしが半端者な証拠。

 細部にこだわるからこそ、あれだけ説得力のある恋人役もできたんだろう。

 安易に了承しかけた自分を反省した。


「ですけど、グラン様のお部屋はすぐ封印の近くですので。部外者は」

「……万が一の事態を考えると、それは危ないですね」


 話が決まった。メイドが私の荷物を持ってくれる。


「ニナ、一日三度は会いに行きますので」

「わたしの方が参上します。ミシェル様はお仕事に専念なさってください」


 ミシェル様とは、いったんそこでお別れになった。


 研究施設と書いてあったけれど、内装は普通のお屋敷のように調っていた。

 案内されたのは、最上階にある小さな部屋。

 最低限の家具が置かれているだけだったけれど、物が良い。実家の部屋より上等だ。


(海なんて、今世じゃ見るの初めて!)


 景色につられ、バルコニーへ出る。

 青く輝く水面に、白い帆船。潮の香りを含んだ風が頬を撫でる。


「あれ? 新しいお客サン?」


 隣のバルコニーから、声をかけられた。


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