表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/41

15話 池の悪魔(後編)

「アンタ……アレ、大丈夫なのかい」


 少し声のトーンを落として、悪魔は話しかけてくる。


「ミシェル様はわたしのことをよくご存知だって、分かりましたよね?」

「分かったけどさ。ありゃヤバいよ。変態の域だよ」

「失礼なこといわないでください」

「アンタだって、ちょっとはそう思っただろ?」


 ……本当は、思った。

 ちょっぴり。ほんのちょっぴり! 鳥肌立った。


「寝言の下りとか、いつ聞いたのかって恐怖を覚えたろ?」

「そんなことないです! いつも見守ってくれているっていう安心感でいっぱいです」

「お嬢ちゃん、無理は良くないよ?」

「ミシェル様以外にあんなこと言われたら、逃げ出すと思いますけど」


 監視でもないのにあれほど観察されていたら、わたしだって怖い。


「ミシェル様だから、いいんです! ほっといてください!」


 わたしはミシェル様の腕にしがみついた。


「ニナ……やっぱりあなたは私の天使、いえ、女神です」


 ミシェル様はわたしの髪を取って、愛おしそうに口づける。

 悪魔は冷めた口調で、なおも不信をあおってきた。


「そういう甘い言葉を平気でいえる男は、絶対遊んでるって」

「悪魔の言うことは信じません」

「手慣れてるって思ったこと、あるだろ?」


 ……ある。何度もある。めちゃくちゃある。


「今まで何人と付き合ってるって?」

「わたしが初めてです」

「信じられないだろ?」


 ううっ、さすが悪魔! 痛いところ突いてくる!

 ごめんなさい、ミシェル様。これだけは疑ってしまいます!


「え? 私、そんなに手慣れてます?」

「恋愛スキル、カンストしてると思ってます」


 ミシェル様はきょとんとしていた。

 知ってる、この反応。素で驚いてるやつだ。


「ええと……生まれたときから、周りがこんな風でしたので」

「周り?」

「親や親戚が、パートナーに常時そういうふるまいをしていたので。これが普通と思っていました」


 ミシェル様は頬をかいた。


「むしろ私なんて、控えめな方かと……あ、だからニナ、不安に? 全力をお見せしましょうか?」

「いえ、大丈夫です。足りてます」


 供給過多なくらいです。

 悪魔の方に向き直り、わたしは奇妙なことに気付く。


(……最初のときより、痩せてる?)


 悪魔の体からは黒いもやが少しずつ流れ出て、空気に溶けていっている。


(ひょっとして、人を動揺させるのは好きだけど、動揺させられるのは苦手なの?)


 事が思い通りに運ばないので、悪魔は苛立っている。

 蓄えていた力をどんどん削られているようだ。


「カップルを別れさせるのが得意という話でしたけど。全然ですね」


 ミシェル様は見せつけるように、わたしを強く抱きしめた。


「むしろ、あなたのお陰で仲が深まりましたよ。ありがとうございます」

「本当ですね、ミシェル様。あの悪魔さん、恋愛成就の悪魔に転職した方がいいと思います」


 意図を悟り、わたしも一緒になって悪魔を悔しがらせる。


 悪魔は顔を真っ赤にした。

 怒りに体を膨らませ――比喩でなく、本当にみるみるうちに体を大きくし、破裂した。

 黒いもやがあたりに満ちる。


「見せてやる! おまえの絶望的な未来を! この男の本当の姿を、おまえに教えてやる!」


 もやがわたしの視界を黒く塗りつぶし――唐突に、晴れた。


(どこ、ここ)


 豪華な部屋だ。天井は高く、床には分厚いじゅうたんが敷かれている。家具はどれも凝った彫刻が施されていた。

 窓から外をのぞくと、どこかのお城の、高い塔の上にいることが察せられた。


(悪魔の幻?)


 鏡台に、わたしの姿が映っている。

 質素なブラウスとスカートは、上品なワンピースに変わっていた。

 ネックレスとイヤリングまでしていて、とてもお嬢様らしい格好だ。


(でも――なに、これ)


 身動きすると、じゃら、と耳障りな金属音が起きた。

 両足には、無骨な鋼鉄製の足かせがはまっていた。

 鎖は太く丈夫で、絶対に逃がさない、という強固な意志を感じる。


「おはようございます、ニナ」


 振り返ると、ミシェル様がいた。

 いつも通りの穏やかな微笑に、少し肩の力が抜ける。


「ミシェル様、ここはどこですか?」

「私の家です。あなたの安全のために、特別に用意した部屋ですよ」


 ミシェル様はテーブルにトレイを置いた。

 パンの香ばしいにおいが鼻をくすぐる。卵にベーコン、みずみずしい野菜たち。

 豪華な朝食に、つばを飲んだ。


「さあどうぞ、ニナ。今日は時間もありますし、私が食べさせてあげましょうか?」


 ふふっと楽しそうに笑うミシェル様。

 部屋は豪華で、服はきれいで、食事は温かくておいしそう。

 怖いものなんて何もない。


 でも、身動きすると鳴る鎖の音が不安をかき立てる。


「ミシェル様、足のこれは? 一体なんのためなんですか?」

「それもあなたのためですよ。あなたが勝手に外に出てしまうと、危ないので」


 そっと、ミシェル様は指の背でわたしの頬を撫でる。


「あなたを守れるのは私だけ。あなたが信じるのは、私だけでいい」

「ミシェル様、だけ……?」

「たとえ世界中が敵に回っても。私だけは、唯一あなたの味方ですよ」


 わたしの体はミシェル様の両腕の中に納められた。


(たとえ世界が敵に回ってもって――)


 はっと、この状況に思い当たった。


(ひょっとして、これって、わたしが“転生者とバレた”未来!?)


 だったら、外に出てはいけないのも納得だ。

 わたしは今、追われる身になっているんだろう。


「ミシェル様が、わたしを保護して下さっているんですか? わざわざ?」

「はい」

「どうして?」


 ミシェル様が笑う。どうしてそんな分かりきった質問を、といわんばかりに。


「あなたが好きだから」

「ミシェル様――っ!」


 感動して抱きついた途端、すべてが元に戻った。

 景色は雑木林と池に、着ているものは質素なブラウスとスカートに。

 ミシェル様が心配そうにわたしを抱えている。


「ニナ、しっかりしてください! 大丈夫ですか!?」

「ミシェル様……」

「いったい、何を見せられたんです?」


 ひどく不安そうなミシェル様に、わたしは満面の笑みを浮かべる。


「ミシェル様が芯からお優しい方だと分かる未来です!」


 わたしは幻でない、本物のミシェル様に抱きついた。

 匿ってくれるだけでもありがたいのに、あんなに恵まれた生活を与えてくれるなんて。


「やっぱりミシェル様は天使です! いえ、もう、神! 一生ついてきます!」

「ニナ……!」


 堅く抱き合っていると、怒声が響いた。


「おまえ頭おかしいだろ―――――ッ!」


 声の方に目をやると、本性を現した悪魔がいた。

 半人半魚の黒い生き物が、悔しそうに尻尾をびちびちと跳ねさせている。


「どういう思考回路してんだ、小娘ーっ!

 そっちの使徒と一緒で、頭のタガが緩んでんのか!?」


 動揺のあまり、悪魔はさらに力を失っていた。みるみるうちに小さくなっていく。


「失礼なこと言わないでください。自分の幻術が失敗したからって」

「いいか、目を覚ませ! オレがいうのもなんだが、あんなの愛じゃな――あ」


 悪魔の説教はそこで途切れた。

 なぜなら、ミシェル様の剣で細切れにされたので。


「消えて……いきますね」

「再生できる力も残っていないようですね」


 明るい日差しの中に、悪魔は霧散していく。


(あの未来のどこが絶望的だったんだろう?)


 かえって希望をもらってしまった。


「終わりですね」

「ええ。ニナのおかげです」


 ミシェル様は剣を鞘に納めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ