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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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14話 池の悪魔(前編)

 割れたハート形の池のほとりで、わたしたちはイチャついていた。


「なかなか現れませんね」


 ミシェル様のひざに座って、わたしはその指に指を絡める。


「まあ、気長に待ちましょう」


 絡み合った手に口づけながら、ミシェル様。


「悪魔は夜によく動きますから。あきらめるには早いですよ」


 わたしは空を見上げた。

 陽はまだ高い。正午すら過ぎていない。


「……出直します?」

「ニナ?」


 諭すような口調で、名前を呼ばれた。

 反省をうながすような、責めの視線をいただく。

 わたしは失言を悟った。


「今日はいっぱい一緒にいられますね、ミシェル様」

「はい。私も嬉しいです」


 恋人としてふさわしい発言を返し、広い胸にぴったりと寄り添う。

 気合を入れて早く来すぎたなあ。

 ミシェル様、止めてくれれば良かったのに。


「悪魔は、人間の激しい感情が好物なんです」


 わたしの髪を撫でながら、ミシェル様が耳元でささやいてくる。


「怒り、悲しみ、絶望——そういうものが欲しくて近づいてくる」


 この池に近づいたカップルは、みな、幻覚や幻聴に見舞われるという。

 恋人の浮気現場や、自分への悪口。そういう不安にさせられるものを見聞きさせられるらしい。


「幻って、みんな分かるんでしょう? でも、不安になるんですか?」

「そこが悪魔の巧みなところで。嘘と真実をうまく混ぜるんですよ」


 たとえば、当人が気にしていることを、恋人の声で指摘する。

 たとえば、やましく思っていることを、恋人の声で責め立てる。


「”ありえるかも”と思えることを幻にするんです。

 そうして疑心を生み、不信を育てて、恋人たちを破綻させる」


 額に甘く口づけながら、ミシェル様は淡々と悪魔の手口を解説してくれる。


「幸せの絶頂から不幸のどん底へ——その瞬間が、悪魔には一番のご馳走だそうですよ」


 うへえ。

 わたしも悪魔と呼ばれる身だけど、とうてい、オトモダチにはなれそうにない。


「ニナは、私に何をされたら嫌ですか?」

「……信じてもらえないこと、です」


 無害なことを信じてもらえなかったら、最悪の結末が待っている。


「ミシェル様は?」

「あなたに拒まれること」


 ミシェル様はわたしの頬に手を添えた。


「キスしていいですか?」


 さっきからずっとしてる――と思ったら、親指が触れた。

 唇に。


(く、口にってこと!?)


 そこへはまだ、一度もされたことはなかった。

 ぶわっと、全身から汗が噴き出る。 


(拒まれるのが嫌っていった後に、それはズルくないですか!?)


 そりゃ、した方がより恋人らしさは出るけど。

 この流れは半分強制だ。


「嫌、ですか?」


 拒まれたら死ぬ、といわんばかりの、切なげな顔つき。


(あ、悪魔、おびき出さなくちゃいけないし……!)


 ゆっくりと、いつ見ても端整な顔が近づいてくる。


(ミシェル様を悲しませたくないし………!)


 ……いや、これは演技なんだから。

 別に断っても、ミシェル様は傷ついたりしない。 

 だから、嫌なら拒んでいい。


(拒んで、いい――のに)


 体が動かない。

 自分の顔を挟んでいる両手をふり解けない。


(わたし……嫌じゃないんだ。キスするの)


 自覚したら、無意識にまぶたが閉じた。

 心臓の音がうるさい。

 ほんの少しだけ相手の方へ身を寄せて、その瞬間を待ち受ける。

 

『その人で、本当に大丈夫?』


 不意に、頭に声が響いた。

 ばっ、と周囲を見回す。


「ミシェル様、声が――」


 その一言で、優秀な使徒様はすべてを了解した。

 剣に手をかけ、辺りに目をやる。

 でも、斬る相手はどこにも見えない。


「いるんでしょう? 出てきたらどうです?」


 ミシェル様は池に向かって声を張った。


「私は使徒です。神のしもべであり、あなた方の天敵」


 風もないのに、水面がさざめく。


「お得意の幻術で、私たちを試してみたらどうですか?

 勝てたら、さぞ仲間内で自慢できることでしょうね」


 ハートの亀裂部分がうごめいた。

 ただ土砂が堆積しているだけだと思っていたら、その下に悪魔の体があったらしい。

 水草が倒れ、泥地が割れ、濡れた鱗のようなものが垣間見えた。


「私は彼女を愛しています。もし彼女を失ったら、生きていけないというほどに」


 わたしを抱き寄せ、情熱的な言葉を吐くミシェル様。

 すごい。わたしだったら演技でも照れまくって噛みまくる。

 聞いてるこっちが恥ずかしくなってきた。


「つまり、私たちの仲を引き裂くことに成功したら、あなたは私の魂も手に入る」


 ええっ!?


「ミシェル様、そんな」


 挑発にしても、魂を賭けに差し出すなんて。危なすぎる。

 止める言葉を声にしかけたら、口で口をふさがれた。


「嫌、でした?」

「――!!!」


 恥ずかしさと驚きと、ちょっとの怒りで胸がいっぱいになって、言葉にならない。


(もう……もう! ここまできたら、わたしも腹を括るしかない!)


 わたしはミシェル様に抱きついた。


「悪魔に何をいわれても、わたしを信じてくださいね!」

「ニナも。私は世界で一番、あなたを愛してるって、信じてくださいね」


 ミシェル様は、この上なく幸せそうに微笑した。


「――よし、釣れましたね」


 形の良い唇の端が上がる。

 池の水面が盛り上がり、ぶわりと黒いもやが吹き上がる。

 もやはすぐに渦巻いて集まり――人の姿になった。


「アンタねえ。男はちゃんと選んだ方がいいよ?」


 太ったおばちゃんが、ダミ声でわたしに話しかけてきた。


 ……え。何これ。

 エプロン姿の中年女性が腰に手を当て、お説教モードで立っている。


「闇に帰れ」


 ミシェル様は剣を抜き、目にもとまらぬ速さで斬撃を繰り出した。

 これ、悪魔でいいんだ。


「ニナ、これは悪魔の本来の姿ではないので。油断しないでください」


 ミシェル様の忠告を裏付けるように、斬られたはずのおばちゃんは平気で立っていた。

 一度は八つ裂きにされたはずなのに、一瞬で元通り。

 逆再生映像でも見せられたような気分だ。


「ここでは、たっぷり食わせてもらってるからねえ。このくらいじゃ効かないよ」


 悪魔はパーン! とふくよかな腹を叩く。細かな動作まで肝っ玉おばちゃんっぽい。


「剣に頼るなんて情けない。本当に愛してるなら、愛の力で勝負してみなよ」


 ミシェル様は剣を下ろした。

 闇雲に攻撃してもムダと我慢しているんだろう、目は油断なく機会をうかがっている。


「いいかい、アンタ」


 悪魔が話しかけてくる。

 標的、わたし?

 驚くけど、そうか。悪魔はミシェル様を揺さぶりたいんだから、そうなるか。


「あーいう顔良し身分良しな男はモテるから。遊んでるよ。自分だけは特別なんて、騙されちゃいけないよ」

「ミシェル様は誠実な方ですよ」


 わたしはそっぽを向いた。


「本当に? アンタのこと、ちゃんと分かってる?」

「ニナの好きなものはお風呂とアメリルの実、嫌いなものはヘビ、趣味は読書で、人に注目されることは苦手。誕生日はグロリア暦2024年11月15日。信仰心が厚く、献身的で真面目な性格です」


 ミシェル様が即答した。

 ぎょっとしている悪魔に、さらに畳みかける。


「毎朝五時に起きて菜園の手入れから一日を始めます。朝食のパンは必ず四等分にしてジャムやバターは時計回りに塗る。咀嚼は平均右十回左八回十九秒。好きなものは最後に取っておくタイプ。それを食べる前に必ず三秒間見つめるんです。その時のキラキラした目がとてもかわいくて。出かけるときは決まって玄関前の階段を一段飛ばしで降りる。外出が楽しみなんですね。小鹿が春の森を駆けるようで私の胸も高鳴ります。くしゃみの前に鼻をひくひくさせているのなんて冬の湖面に浮かぶ白鳥が羽ばたく前の震えのよう。ニナの一挙手一投足には世界の美しさが凝縮されているんです。寝ている時たまに小さく『ん……』と声を出すのに至っては」


「キモッ! アンタ知りすぎてて逆に気持ち悪ッ!」


 流暢な語りを、悪魔が止めた。

 さすがミシェル様。悪魔を動揺させるほど、わたしのこと熟知してますね!

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