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転生令嬢人生は、ヤンデレ騎士の監視付き  作者: サモト


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13話 おうちデート


 デートの場所は図書室になった。

 わが家は、わたしの他にはほとんど読書の習慣がない。

 人が来ないので、おこもりデートにはもってこいの場所だ。


「お待たせしました」

「わたしも今、来たところですから」


 ミシェル様は、ソファの側の小卓にトレイを置いた。

 お菓子と飲み物が載っている。


「部屋から一歩も出なくて済むようにしました」

「完全おこもりモードですね」


 わたしは笑って、図書室の扉をきっちり閉めた。

 扉の前には椅子を立てかけ、だれかが来ても簡単に入れないようにしておく。


 淑女としてはマナー違反だけど、一日くらい、いいよね。

 こんなに楽しそうにしているのだから、完璧に希望を叶えてあげたい。


「何をしましょう? 一応、ボードゲームや毛布も用意しましたけれど」

「本を読んでもいいですか?」


 わたしは持参した恋愛小説を取り出した。


「友達が貸してくれたんです。次に待っている子がいるので、早く読まないと」

「分かりました」


 ソファに腰かけたミシェル様の足の間に、わたしが座る形になった。

 背中が、相手の胸と密着する。


 ひーーーーっ! 近い!


 文字、頭に入って来るかな……


「これはどういうお話なんですか?」

「王子とメイドが、困難を乗り越えて結ばれるお話だそうです」


 ライバルとして、王子の婚約者が立ちはだかる。

 ありふれた内容だけど、心理描写が巧みで引きこまれてしまう。


「つまらなくないですか?」


 男の人には退屈かと心配したけど、ミシェル様の反応は良かった。


「おもしろいですよ。主人公を虐める婚約者に親近感を覚えてしまって」


 そこ?


「気も狂わんばかりに王子を愛しているのに、一向に振り向いてもらえないなんて。気の毒に」


 ミシェル様の声に、なぜか実感がこもっている。


「主人公を虐めれば虐めるほど、王子からの好感度は失われていくでしょうし。

 なりふり構わず相手を引き止める姿が、もう……他人事に思えません」


 いや、他人事でしょう、ミシェル様は。

 めちゃくちゃ語るなあ。よっぽどこの婚約者がお気に入りなんだな。


「婚約者と王子が結ばれてほしいですか?」

「いえ全然」


 あれ。あっさりしてる。


「気持ちは理解しますけど、人様に害を及ぼすのはよくないですからね。断罪されるべきところは断罪されないと」


 ミシェル様のファン心理、難しっ!

 人の数だけ本の読み方はあるのだと感じた。


 わたしはさらにページを繰る。現れた挿絵に、頬がゆるんだ。


「王子、外見までミシェル様にそっくりですね」


 かっこよくて、紳士的で、強くて優しい王子様。

 すらりと背が高く、腰には剣。金髪で碧眼だ。


「ミシェル様、ひょっとしてモデルにされてません?」

「とんでもない。私、こんなに寛容な人間ではないですから」

「そうですか?」

「そうですよ。たとえば、この、主人公を襲った男」


 ミシェル様が問題のシーンが書かれている箇所を指す。


「王子は追い払うだけで済ませていますが、私だったら二度と主人公の前に現れないようにしていますよ」

「国外追放ですか?」

「上方向に」


 上……?

 わたしは天井を見つめてみたけど、真意は掴めなかった。

 なんだろ、上って。一生、屋根裏部屋住まいにでもされるのかな。


「ニナは……やっぱり、この王子のような人が好きですか?」


 ミシェル様の頬が、わたしの頭に押しあてられる。


(好みだけど……)


 それを素直に肯定するのが、恥ずかしい。

 ミシェル様を好きって言ってるみたいになりそうだ。

 わたしはちょっとだけ嘘をついた。


「王子はすてきだと思いますけど、好きとは違うかも」

「本当ですか?」


 なぜか弾んだ声で返される。


「今回の話なら、このキャラクターが好きです」


 わたしは作中の、別のキャラクターの名を上げた。

 主人公が困ると、さりげなく手助けをしてくれる男性キャラクター。

 主人公と親しくなり、王子をやきもきさせる、いわゆる当て馬ポジションのキャラだ。


「色んな女の子に声をかける遊び人ですけど、実は主人公に一途なんですよね。そのギャップがいいなって」

「……へえ」


 ぞっとするような低い声が返ってきた。

 腰に回されている両腕に、ぐっと力がこもったのを感じる。


「私、一途さには自信がありますよ?」


 え? 急になんのプレゼン?


「私はたとえ遊びでも、本命以外にも声をかけるなんて、本気の度合いが足りないと思うんです」


 深い問題提起が来た。

 わたし、軽い気持ちで言っただけなのに。


「祈りは一つの神に捧げるもの。二つに割れば、どちらも偽りになる。

 だとすると、その男は本当に一途と言っていいのでしょうか?」


 ミシェル様の語りぶりは、その道の第一人者っぽかった。


「人を愛するとは、他を切り捨てること。他へ未練が残っているようでは、まだまだですね」


 完全にプロフェッショナルのセリフ――!

 何のかは分からないけど。


「……重たいですか? 私」


 呆けているわたしに、ミシェル様が不安げにする。


「ミシェル様は、浮気の心配がいらなさそうですね」

「そこは保証します。私は本命一筋です」


 にこにこと、背にのしかかられる。

 わわっ、重い!


「ちょっと休憩しませんか?」


 ミシェル様はお菓子を一つ、つまみ上げた。

 きれいなお菓子だ。色が透き通っていて、まるで宝石を割ったような見た目をしている。


「かわいいお口を開けてもらえます?」


 これは……まだ未実施だった「はい、あーん」イベント!

 ためらい、ためらい、唇を開く。

 赤いかけらが口に入ると、甘さが口いっぱいに広がった。


「お、おいしい、です」


 噛む動作がぎこちなくなってしまう。

 やっぱり、初めてのことは照れる。


「なんというお菓子ですか?」

「宝石糖というそうですよ」


 噛むと表面がパリッと割れて、やわらかい中身に歯があたる。

 前世にあった、琥珀糖に似ていた。

 甘味はくどくなく上品で、ラズベリーの風味がする。


「どちらでお買い求めに?」


 こんなお洒落なもの、この辺では売ってないはずだ。


「ちょっと王都まで行ってきました」

「王都!?」


 ちょっと、の距離じゃない!


「転移魔法を往復で、ですか……すごいですね」

「はは。便利ですけど、気軽に呼びつけられるようになるのが欠点ですね」


 ミシェル様が、ずいと身を乗り出してくる。


「わたしも。食べさせてくれますか?」

「……ハイ」


 やられたら、やり返さないとね。

 わたしはエメラルドのような宝石糖を、ミシェル様の口元へ運んだ。


「ニナに食べさせてもらえると、特別おいしく感じます」


 本は閉じて、お茶を飲みながら一休憩。

 外はしとしとと雨が降っている。心地良い静けさが図書室に満ちていた。


「そうそう、ミシェル様。朗報ですよ」

「なんです?」

「今朝、姉にカップルって誤解されました」


 わたしは右手で拳を作る。


「悪魔退治に行けますね!」


 あれ……一緒に喜んでもらえると思ったのに。

 ミシェル様、なんだか浮かない顔。


「どうか、しました?」

「ああ……いえ」


 ふっと、ミシェル様が目線を落とす。


「……ずっと、この時が続いてくれればいいのにと思って」

「ミシェル様……」


 その表情があまりにも切なくて、胸が詰まった。


(きっと、使徒のお仕事って大変なんだろうな)


 複雑な表情を浮かべながら、ミシェル様はソファに立てかけてあった剣を取った。


「では、明日は練習の成果を試しに行ってみましょうか」

「はい!」


 わたしは元気よくうなずいた。


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