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第三章 第二王子とミサキ

 アーサーは翌日の出勤は力が漲っていた。

 いや、正確に言うと精神力は漲っていた。

 可愛い妻を一晩中眺めていたので睡眠不足だし、体はまだ打ち身も擦り傷も残ったままだし、なんなら治癒の力の後遺症か倦怠感も残っている。

 だが、昨日の幸せな『大人の会話(ピーーー18歳未満お断り)』に心が満たされ満面の笑顔しか作れない。


 「おはよう!」


 メリッサたちも単純な主人の様子に思わず吹き出しそうになる。

 (うちの奥様やるじゃ無いか!)

マイクはサムズアップしてミサキを労った。


 何をしたのかは分からないがアーサーが見たこともないほど上機嫌なのだ。


(お二人で素敵な夜を過ごされたに違いない。)

 ディートは朝のコーヒーを注ぎながら安堵する。実際は予想以上にミサキがアーサーを翻弄したのだがそれを知るのはまだずっと先の話。



 ミサキはと言えば喧嘩の前の優しい雰囲気に戻った。

眠い目を擦りながら朝食を一緒に摂り、アーサーにいってらっしゃいのキスを贈る。

 アーサーは満たされた気持ちを隠そうともせず大きく手を振り出勤して行った。





 しかし……………



 夕刻に戻った来たアーサーはやはり怪我が多かった。

 今日は気力も張っていたので悪意を持って投げられた石や剣は全て躱したそうだが、不可抗力や模擬戦での打撲はどうしようもなかったと悔しそうにした。


「心配かけてごめんね。でも、騎士団の訓練はいつもこんな感じだから。有事の時には綺麗事だけじゃ無いし。」何でもない事のようにアーサーは言うが矢張りミサキは心配で堪らない。

乳母のメリッサも怪我の多さに顔色を悪くしている。

若き主人がミサキを不安にさせまいとしているのを使用人達も理解してなるべく隠そうとした。


(悪意を持って怪我をさせるとか有り得ない!)

 ミサキはペニシールの時から嫌がらせを嫌というほど受けていた。

女の身なので暴力こそ振るわれなかったが熱湯をこぼされたり、冬の寒い中コートを隠されたりと辛いことは多々あった。

 なのでこのような陰湿な虐めに敏感であるし、それを行う人間が大嫌いだ。


 (絶対許さない!アーサー様が良くても私が良くないっ!!)


 特に背中に出来た打撲痕はかなりの力で叩かれたものだ。しかも3カ所もある。

 正面からでは敵わないと背後から複数で襲ったのであろう。

 治癒を施しながら彼の痛みを想像するとミサキの瞼は熱くなる。

 大事な夫が自分のせいで妬まれ、痛い目に遭わされるなんて真平ゴメンである。


 アーサーの前ではしおらしくしていたが、腹の中は煮えくりかえっていた。



 翌日、ミサキは第二王子(マーティン)に久しぶりに面会を願い出た。

 王家の中では一番自由がきく(?)と思われる人間である。


 嫌味ばかり言う男ではあるが仕事の質は年々向上しているらしく、先日締結させた貿易条約もウランバブル王国に有利な着地点で結果を出したと陛下も喜んでいたらしい。

 最近は益々仕事にかまけているようだが、ミサキとしては彼は気の置けない王宮の友人(情報源)である。


 マーティン第二王子は20分と時間は制限したが昼過ぎに面会時間を確保してくれた。


ミサキは多忙な彼を煩わせずに話を進めようと、アーサーを見送った後からノートに思いつくままに書き出しを行う。


 中学生の時からのミサキの習慣である『書き出し』は勉強、部活時に続けている習慣だ。

気になったことや疑問点、日々の出来事を書き留め、要領よく相手に伝えるために続けている。


 紙そのものが貴重なこの国でも、ミサキはこの習慣だけは成果のあることだと信じて実行している。




>>>>>>


「先日は結婚式にご参列いただきありがとうございました、殿下におかれましてはお変わりなく壮健なご様子。なので単刀直入なのですが…」


 午後、馬車で王宮の執務室を訪れたミサキは挨拶もそこそこにアーサーの現状を端的に話した。


マーティンも最初はマリアと同じくミサキからの相談はキセル王国の件であろうと身構えていた。

『キディ領に足を運んでみたいと言われたら、なるべくミサキの希望を叶えてやろう…俺に出来る全てを彼女に……………』



 しかしミサキの口から出てくる言葉は全て(アーサー)の騎士団内のことばかりである。

 (そっちかよ!!!)



 マーティンは難しそうな顔をしながら相槌を打つが、心の中では盛大にずっこけていた。


「どうして欲しい?彼らを取り締まるか?」

ある程度予測はしていたことなのでマーティンは王子らしく権力を使おうと提案する。


「どう思います?彼らはアーサーにここまでしないと腹の虫が治まらないのですか?

 私は自分のせいで旦那様が痛めつけられてることにとてもストレスを感じます。」

 膨らませた頬を隠しもせずミサキは紅茶をグイッと飲み干した。


「勘違いしてほしくないがミサキだけの責任ではない。

 彼らはアーサーと立場が逆転したことに対して持って行き場のない怒りをぶつけているんだ。馬鹿馬鹿しいと笑うなかれ。貴族の次男三男、ましてや四男など歳を重ね親が死ねば悲惨なものだ。貴族という階級が無いミサキの住んでいたニホンの話を私が羨ましいと思ったのはそう言うことも含めてだよ。嫡男が弟たちの面倒を確実に見るならまだいい。金で役職を買ったり、教育に金をかけてくれれば彼らもそれなりの収入が得られるんだ。しかし、多くは自分達のことで精一杯。自力で何とかせねばならなくなる。騎士団は文官や領地の管理者になり損ねた者たちが大半だ。

 アーサー殿のように家のために金を稼ぐ者も勿論いるが大概は幼少期は裕福な暮らし。その後家から自立を促され、苦しい生活を強いられている人間が多いんだ。

 そんな中、ミサキのような金貨の詰まった樽を抱えた美人が嫁いで来てみろ。

 己がその幸運にあり付けたかもしれないのに、自分が見下していた男がそれを拾い上げたのだ。理不尽に感じるのも無理はないさ。」

 まぁ!美人だなんて!

 と、ほんのり頬を染めるミサキを相変わらず淡々とした眼差しで制してマーティンは会話を続けた。


「アーサー殿をミサキが見初めたのはヘンダーソン夫人救出の一件からだ。それは皆知っていることだよ。

 アーサー殿が懇意にしている肉屋の女将さんが吹聴していてね。今市井では物語として本が出版されかかっているらしいぞ。」

「え?私があの場にいたことがバレているんですか?!」

「ヘンダーソン夫人がミサキに現場で声を掛けたのを目敏く見つけていたのさ。黒髪と黒目はなんだかんだと目立つ。隠しきれていなかったんだろう。アーサー殿は覚えていなくてもあれだけの人間が騒ぎで集まっていた。

 これは後日私も最近知ったんだが、あの救出劇もアーサー殿に仕事を押し付けた団員達がいたことが発端だ。あの男はバカがつくほど真面目な男だ。夜勤明けの団員は通常ならば昼の鐘の時刻には街中を彷徨かず仮眠室や家で寝ているはずなのにあの時間まで働いていた。

 仕事を押し付けてシメシメと思っていた奴らも自分が現場に行けばミサキに勇姿を見せていたかもしれん。今更ながら悔やんでも仕方のないことだがな。」

「何だか<真面目な花屋>(善行する者には幸運が訪れる)というウランバブル王国の童話のようですわね。」

 ミサキはペニシールで字の練習に使っていた童話を思い出していた。


 真面目で大人しい花屋の主人は毎日花の世話に明け暮れる。雨の日も風の日も黙々と。公園の花も、街道の花壇も気になれば一生懸命世話をする。勿論金にはならない。戦で大変な時に何をやってるんだと人々には笑われながら。

しかし彼は黙々と花を世話する。お店で売った人手に渡った花の世話までなんなら引き受ける。

 どうしてそんなに一生懸命花の世話をするのですか?とある日上品な年寄りから尋ねられた時花屋は答える。

『花は人を幸せにする。悲しい時、嬉しい時、花は人の気持ちに寄り添い静かに励ます。ただの花屋に戦を止めることは出来ないが、戦で傷ついた人の心を軽くする手伝いを私はしたい。この手は小さいが沢山の花が咲く手伝いをすることは出来る。私はいつも感謝される。花を痛めつける人より育てる人の方が皆んなから喜ばれるのだ。でも全ては花が咲くからである。恋人を失った人が花を墓石に手向けたくなるのは彼らの命を尊ぶからなのだ。』

年寄りは位の高い貴族であった。


花屋の話を聞き胸に蘇るのは亡き家族。彼らに花を捧げ戦争を終わらせたいと決意をする。そして彼には貴族相手に商売が出来る販路と自分の孫娘を娶らせる。

 ただの花屋だと思っていたが彼が立派な信念を持った人間だと認めたからだ。


 善行をすることで幾つもの幸運が舞い込んだ花屋は最後に国政まで動かしてしまう。

 貴族のお姫様と花屋が結婚したハッピーエンドを喜ぶ昔からある童話であった。



「間違いなくそれは関係しているだろうな。良い行いを心がけた男が、悪漢から夫人を救い出し、それを見た金の樽を抱えた未亡人がその男を見初めて添い遂げる…

 いい話だよな。」

「……………なんかですね。マーティン殿下が言うと棘があるんですよね……………。

 例えば……………未亡人とか?

 金の樽って…確かにそうかもしれないですけど、私の形容がおかしい……………。

 まぁ、いいです。

 どう対応しましょう?真っ向から向かっていけばきっと反感を持ちますよね?波風は立てたく無いけど、アーサー様が仕事がし易いようにしたいし。」

 ミサキは腕を組み、うーーーーんと真面目に悩んでいる。

 少し唇を尖らせ上目遣いで考え込む姿にマーティンは思わず見惚れる。

 色気のない地味な少女だとずっと思っていた。

 一度は結婚の話も浮上した女だったのに国の内政が落ち着かず、自分の気持ちも纏まらなかったから捨て置いた女だ。

 そんな女が化粧を施しドレスもサイズの合う新妻らしい品の良い物を纏えばとても美しく…手の届かない存在に育っていた。他人のモノだと理解しているのにアヒルのようなプルンとした唇に思わず触れたくなる。


 胸元の膨らみも五年前とは比べ物にならず、広い襟ぐりから見える谷間は組まれた腕によって更に迫り上がっていた。


 生唾をゴクリと飲んだマーティンの様子にミサキは気がつかないまま

「騎士団の方たちが嫉妬する理由も分かりました。

なら、尚更力で抑えつけるのは得策とは思えませんね。私がやはりなんとかした方が良いんでしょうね。」と結論づけた。


「団長たちには私から今週中に直接伝えよう。万が一の時は速やかな配置換えも視野に入れる。」

 ミサキの言葉に遅れを取らないように内心の動揺を隠しながらマーティン第二王子は答えた。

「元々名家のクロフォード伯爵だ。財を失ってしばらくの間侮られたが聖女という地位の高い妻を娶り、ミサキの金と騎士団の給金で正しい位置に戻るだろうよ。王たちも後ろ盾として役目を果たすのだから今季の夜会に出席し続ければ周囲も黙るはずだが。」

「もっと可及的速やかに事態を鎮火したいんです。夜会なんかに呑気に出るまでの時間が待てません。」


 そう言うとフムとマーティンが厳しめの視線を向けた。

「第二王子の私がお前を認めてるんだ。デイビッド辺境伯から教えてもらった知識や大人になった頭で考えてみろ。いいか、相手はむさ苦しく、貴族のプライドばかり持った脳筋の男どもだ。ヤレるだけヤッてダメならもう一度来い。力技でねじ伏せてやる。」


 マーティンの発言は非常には頼もしかった。

 ミサキはその言葉に満面の笑みを向ける。


「ありがとうございます!その口添えが有れば安心できます。

 先ずは私が出来ることからしてみます。」


 第二王子の言葉で目が覚めた。


 そう。


 五年前のあの時、私は貴族とその世界に負けて逃げたのだ。

 デイビッドが盾になって5年も守ってくれた。

 ペニシールであれだけ鍛えて貰ったのだからそれを使わない手はない。


 私は…

 私たちは負けない!!



 ミサキは息巻いて館に戻るとメリッサと料理長、執事のディートを部屋に呼ぶ。


「お願いがあるのよ。明日からね…………。」



 そしてアーサーの知らぬところで妻は奮闘を始めるのであった。





 >>>>>>>>>>>>



「アーサー!!お前随分とヘロヘロだな!」

「結婚して浮かれてんだろ!

 足腰がスッカリ弱くなっちまって。」

 そう言うとゲラゲラと騎士達は手をついて前屈みになっているアーサーを嗤った。

 訓練という名のリンチにアーサーは耐えてはいたがやはり数で上回る彼らには太刀打ちできない。


  この4日、彼らはアーサー・クロフォードを痛めつけることで憂さを晴らして日々を過ごしていた。

 勿論全員がこの馬鹿げた遊びに参加しているわけではない。

 アーサーを不憫に思っている人間も当然存在しており彼らは眉を顰めて彼らを睨んだが、それなりの家名を持った子息ばかりのグループはそれを止める気は全く無かった。


「調子に乗っていると痛い目にあうって分からせとかなきゃな!」クククッと口元を歪めたのはサイラスである。

 彼はあのカフェで見てしまった聖女の姿が未だに忘れられない。


 遡れるなら自分がマリア・ヘンダーソンを救出したかった…

 プリステッド通りに子供を連れて行けと押し付けた1人はサイラスである。

 鼻水を垂らしピーピー泣く子供を面倒臭いと思いアーサーに子供を渡したが、自分が行けば今頃あのカフェで黒髪の女と茶を飲んでいたのは自分かもしれないのに…………。


 あり得ないタラレバを考えるサイラス。

今回の活躍で階級が同じに並んだアーサーを剣の柄で容赦なく小突くと鬱憤が僅かながら晴れる気がした。

サイラスの父達が金とコネで買い上げてくれた自分と同階級にアーサーが実力で這い上がったことも苛立ちの原因だ。


 (なんでこんな男が?)


 同級生の中でも地味で貧乏で学生の時からパッとしない男だった。

 しかし剣技大会で、貧乏伯爵と笑っていたアーサーにサイラスは負けた。

 アーサーは攻撃力のある派手な剣ではないが、守りに徹した力を逃す、やり難い剣筋でサイラスは苦戦を強いられた。

3本ストレートで負けた瞬間、兄達は『なんで打ち込まなかった?!見縊っていたから足を掬われたんだろう?』と馬鹿にしてきた。


 (違う。アイツの動きは基礎がしっかりしていて、打ち込んでもフワリと逃げられるんだ。ただ受け止めるのではなくしなやかに受け止める嫌な剣なんだ。)


 ムキになったことを笑われたあの日のことをサイラスは忘れない。


 しかも王命で与えられた醜女の聖女は噂と違い、黒曜石のような瞳を持つとても綺麗な女だった。


 その日も三人がかりで打ち据えれば抵抗を続けていたアーサーも遂に膝を着く。

 サイラスは容赦なくもう一撃背中から打ち込むつもりで手を振り上げた。


「ヤメ!!」

 太く重い声が剣技場の高い座席から降ってきた。


 その大きな声に思わずその場の全員が振り向く。


 そこには居るはずの無い騎士団長、副騎士団長、聖女が鋭い視線を投げかけて立っていた。

 (何故?何故そこに?)


 剣技場の中央で三人は思わず棒立ちになる。


 この時間団長や副団長は執務室で書類に齧り付いている時間である。

 誰かが告げ口でもしたのかと周囲を見渡すが誰もが座席に向かって驚いた表情を向けていた。


 四つん這いになったアーサーに慌てて駆け寄ったのは平民の下級騎士ドミニクであった。

「大丈夫かっっ!!」


 息を上げて倒れ込みそうなアーサーに肩を貸す。


「ドミニク。医療室に連れて行ってやれ。」

 副騎士団長の太い声が響くとドミニクの同期の男も飛び出してきてアーサーを反対側から支える。


 アーサーはミサキの存在には気が付かないままグッタリとした体を支えられて連れ出された。


 数分前。ミサキは団長、副団長を伴ってコッソリ剣技場の隅から先ほどの様子を最後まで見ていた。


 (あれはリンチだ…………。)


 ペニシールでも度々見られた光景だった。

 新しく入った傭兵上がりの男達は洗礼のように辺境伯の騎士団員達に剣と拳で叩きのめされた。

 男の洗礼儀式だからとミサキは口出しを止められたが何度見ても吐き気がする。


 厳しい訓練を課せられるのは仕方がないことだ。一人一人で、努力するのは自由だと思う。しかし大人数で、1人の男に拳を振り上げるのはただの暴力だ。


 あの時は自分の考えをデイビッドに話しても『男の通過儀礼なのよ。』と相手にされなかった。


 けれど…こういうのはやっぱり違う。


 ミサキは信念を持って彼らを睨みつけた。


侍女「王妃様…………。ワタクシの胸におさめておけることではございませんので、ご相談したいのですが…………。」


王妃「まぁ!ベテランの貴女がそんなに焦ってどうしたの?」


侍女「実は殿下の……………マーティン殿下の寝室からこちらの本を見つけてしまったのです。」


王妃「?なぁに?【夫の知らない伯爵夫人の素顔】?ん?お化粧について書いた本?何の本?」


侍女「王妃様……………

こちら寝取られる夫人をテーマにした色本でございます。」


王妃「な!な!な!何ですって!!(マーティン!!そんな子に育てた覚えは有りません!!)」




護衛騎士(あ!殿下の馬鹿!俺の貸した本じゃねぇーか!!!(汗))

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[一言] マーティン…不憫だな(笑) 腹癒せにリンチしてる馬鹿共に正義の鉄槌を!
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