第三章 マリアへの相談
「と言うわけで、昨日生まれて初めて旦那様と喧嘩したわ。」
マリアの家に午前中から出掛けたミサキは、自分が持ってきた土産のシュークリームに齧り付きながら眉を吊り上げていた。
天気の良い朝。
昨日の事件を聞きミサキの様子を見に行こうかと思っていたマリアは朝早くから貰った先触れに思わず笑った。
前日王宮は大騒ぎであったと聞く。
ペニシールで事件を起こした魔術師がクロフォード伯爵家にふらりと訪れたからだ。
夫に話を聞けばその魔術師は公爵家の人間でミサキ達の血筋を受け継ぐ存在であることも分かったらしい。
キセル王国は情報が未だに掴めない謎の多い国でもある。
謎の魔術師ケイオスは日本人の血を引く(聖女妙子の血を引く)者であり、ミサキの扱いに対してウランバルブ王国に一石を投じた。
王家はクロフォード家からの盗聴により会話を全て聞いていたが、ケイオスが消えた後揃って真っ青な顔色であったという。
マリア達が常々感じていた『ミサキの優しさに頼っている』という点を思い切り指摘され彼女に逃げ道を用意したのだ。
マリアはもしやミサキが国を出たいと相談があるのでは無いかと身構えていたが杞憂に終わったことに胸を撫で下ろした。
ケイオスの存在に動揺しているかと思いきや【アーサー様と喧嘩。相談あり。時間ある?】と短文の手紙が届いたのだ。
マリアは体も心も少し大人になったミサキを眺めて微笑ましい気持ちになる。
『ケイオスが現れたと聞いたわ。』話を振るとミサキは『あぁ、前ほど気持ち悪くは無かったけど、やっぱり変な人だったわ。それより…』とアーサーのことを話し始めた。
(文句を言いながらも結局惚気てるのが分からないのね。)
周囲にはもうこんな初々しいカップルは居ないのでマリアは嬉々としてミサキの話に耳を傾けた。
夫がヤキモチを焼いて誤解を解こうとしたら、夫が拗ねて、ミサキが怒ったのを宥めようと右往左往。挙句夜は体で仲直りしよう…として失敗。
(アーサー様、本当にどんだけ下手くそなんですか……)
呆れてしまう面もあるがどちらにしても二人は仲が良いということなのであろう。
マリアはこういう時の対処は非常に慣れている。
ひたすら聴く。
これに限る。
ミサキは初めての感情に拗ねたり怒ったり。
だがこんな表情は討伐の時でさえもそんなに見せてくれたことがない。
きっとクロフォード家の雰囲気が良いのだろう。昔のミサキはこの国に来た時から殆ど本音を見せなかった。
怒りたくても怒鳴ったりもしないし、泣きたい時は声を殺して泣く。
感情の起伏を相手に見せてはいけないと親から教わりながら過ごしていたのかしら?とも推察したが、もしかしたら国民性なのかも知れないとも思う。
ミサキがアーサーの家に馴染むのに3ヶ月は掛かるだろうなぁと勝手に予測していたが、思いの外素直に感情をぶつけている事がマリアは嬉しかったのだ。
肩の荷が一つ降りたと言葉にはせず相槌を打つ。
『まぁ!それはミサキが怒って当然よ〜。』
『そうよね!思わず手を払っちゃった!』
そう言うとミサキは吹き出した。
やだ!私ったら酷い女ね!鬼嫁みたい!
『先ずは話し合いたいわよねぇ、頑張って説明したのだから。』
そう言うとミサキは『そうでしょ!』と再び饒舌に話し始める。
『そうよ!普段は私の話をたくさん聞いてくれるのに急にあんな態度を取ったのよ。優しくていつもニコニコしているの。私があまり街に出たことないって言ったら手を繋いで一緒にお出かけしてくれるし、パティスリー・カナエラに行った時なんか…』
(そうそう。沢山愚痴ったらそのうちどうでも良くなることばかり。)
壁際の侍女も微笑ましげに頷いているが当の本人は一生懸命怒り続ける。
『彼ったら優しすぎてエストの仕事まで奪おうとするの!手拭いを持ってお風呂場の外で待ち構えているのよ。髪の毛まで乾かそうとする旦那様ってどうなのかしら?!』
(その話はうちの旦那様にも見習わせたい!)
マリアはお茶のお代わりを頼みながらミサキに相槌を打ち続けるのであった。
>>>>>>>>>>>>
マリアと久しぶりにヘンダーソン家のランチを頂き大満足でミサキが家に帰り着くと、マイクが待ち構えていた。
「おかえりなさいミサキ様!お出かけは楽しめましたか?」
「楽しかったわ、すっかり気分転換出来たの。何で昨日あんなにアーサー様に怒ったのか忘れちゃうくらいよ。」
そう言うとマイクは白い歯を見せてアハハハハと笑った。
「あんなことで悩むのはアーサー様だけですよ。ミサキ様のことが好きすぎて初めての恋に浮かれてますから。」
えぇ!!
思わぬ言葉にミサキは真っ赤になった。
「お二人とも初々しい恋人同士ですね。見ているこっちが恥ずかしくなりますよ。だから今日アーサー様が謝ったら許してあげてください。可愛いご主人なんです。」
ミサキは赤くなった頬を両手で挟んだままコクコクと頷いた。
まだ会って間もないアーサーから自分ことを好いてもらえている可能性を真面目に考えたことが無かったから動揺してしまった。
嫌われてはいないと思ってたはいたが、『好き』とか『愛』とか今まで触れたことがあまりない感情で少し驚いた。
だが、ミサキは既にアーサーを好ましく思っている。
アーサーに何故あんなに怒ってしまったのか、マリアに話し続けるうちに分かったこと。
『私を誤解しないで。貴方のことが好きだから』
そう理解してもらいたかったのに上手くいかなかったから持って行き場のない気持ちが怒りとなったのだ。
(魔術師のケイオスに目移りすると思われるなんて心外だわ!)
ポッと湧いて出た男に現を抜かす女だと思われたのかとイライラしたが、マリアもマイクもアーサーが全て笑い話だよ、と宥めてくれた。
(優しくて、私のことを優先してくれて、やきもちを焼いてくれるなんて、本当の恋人みたい…………。)
ミサキは自分の熱くなった頬を押さえながら部屋のベッドに突っ伏した。
>>>>>>>>>>>>
「ミサキ。本当に昨日は変なことばかり言ってごめん。」
戻ってきたアーサーを迎えに出たミサキは剣を受け取ろうと前に進み出た瞬間呆気に取られた。
アーサーの左頬がパンパンに腫れ上がり、眉毛の上は切れて血が固まったままだ。何なら右足も引き摺って庇うように歩く姿が痛々しい。
「どどどどうしたのですかっっ?!」
思わず吃ってしまう。
「本当にごめんね。俺女性と付き合ったことが無いから、うまく言えなかったんだ。
ミサキがケイオスと一緒に居なくなってしまいそうで焦ってしまって「いえいえっ!もうそれは無いから大丈夫ですから!!それよりそのお怪我は?」
あははは、許してくれるならこのくらいの怪我どうって事無いさ!と笑った途端『イテテテッ』とアーサーは頬を庇った。
するといつの間にいたのか、少し体格の良い男が進み出た。
「聖女様、マーロン・ウッドスターです。結婚式以来ですね。あの時はご招待ありがとうございました。アーサーは言いたがらないだろうから私が説明しますね。」
人の良さそうな男は福々した頬に笑窪を作った。
<<<<<<<<<<<<<<<<
朝、アーサーは落ち込んだまま出勤した。
可愛いお嫁さんと毎晩睦み合って幸せの絶頂だったのに、昨日の夜は背中を向けられたまま眠ることになってしまった。
アーサーは早くに親から自立していたので今まで一人寝が当たり前だったし、どちらかと言えば人の気配を邪魔に思うタイプである。
なのにミサキと一緒に温もりを分かち合う睡眠に慣れて仕舞えばとても幸せだった。
明日から仕事と言うだけで憂鬱だったのに夜は喧嘩。触れさせても貰えなかった。
当然仕事にも支障は出た。
あまり眠れず頭がボーッとした状態のアーサーに追い打ちをかけるように、周囲が新婚のアーサーに洗礼を浴びせたのだ。
サイラス・バークレーがパティスリー・カナエラで見かけた聖女が醜女ではなかったと団内の人間に可能な限り吹聴した結果である。
騎士団の男たちはクロフォード家とは羨む対象の人間では無く、どちらかと言えば憐れむ対象であった。
貧しく、領地も先祖が手放し、貴族税を払うために市民と変わらない暮らしの伯爵様。
騎士団は実家が爵位を持っていても貴族籍を継げない人間で溢れている。
少しでも稼いで女系の貴族に婿入りを狙うか、手柄を立てて叙爵されるか…
そんな中、金も地位もある美しい妻を冴えない男が娶ったのだ。嫉妬されない訳がない。
しかも自分達が勝手に誤解していた為、貶しこそすれ、擦り寄ることもしなかった。
バークレー兄弟がアーサーのことを話した翌日から、騎士団の人間は皆、市街巡回を東地区に向かい、こっそり確認し続けた。
予想通りアーサーはミサキと街へ日々出掛けている。
清楚なワンピースに身を包んだ黒髪の聖女は目立つし、夫となったアーサーが小綺麗なシャツを着て幸せそうに手を繋ぐ姿は簡単に見つけられた。
『可愛い…』
『全然醜女じゃ無い…』
揃って同じ反応である。
しかも、彼女の資産はそれなりにあるらしいと、誰からとも無く情報が流れ出た。
彼らがアーサーをボコボコにするには十分な条件は揃ってしまったのだ。
『アーサー!一緒に組手しよう!』
体重差30キロはある一番大柄な男が朝イチからアーサーを投げ飛ばす。
木剣は何故かアーサーのものは途中でボキリと折れるし、受身用のマットは穴だらけ。
ランニングの途中でブーツの紐は切れてしまうし、昼食は配膳係が数を間違えたせいでマーロンと半分こ。
馬小屋の清掃は悪戯大好き、人間の髪を毟るのが趣味の大馬ミラーを担当させられた。
だがアーサーはそんなことは気にしなかった。
そんなことより可愛い妻ミサキが怒ったままで、帰った時に迎えにも出てくれなかったらどうしよう‼︎とそちらの方が余程気になったのだ。
マーロンには勿論相談した。
嫌がらせのことでは無く、美咲を怒らせたことを。
『それはお前が悪いすぐに謝れ!』と言われたが帰り際、
『やっぱ医務室に寄るな。その顔でそのまま帰った方がいい。ちゃんと謝れよ!そうすれば必ず優しくしてもらえる。』とアドバイスを貰った。
『俺も付き添ってやる』そして何故だかマーロンもついてきた。
「と、騎士団内で彼がやっかみに遭ったわけです。アーサーを守り切れず申し訳ない。」
頭を下げたマーロンにミサキはとんでも無い!!と慌てたように手を振る。
「こちらこそ、こんなにお世話になって!本当にありがとうございます!そんな事情があったなんてアーサー様は絶対教えてくださらないもの。ウッドスター様。本当にありがとうございます。」
「私のことはマーロンで。どうぞ今度連れて来る私の婚約者とも仲良くしてください。婚約者はまだ友人が少ない。ミサキ様が仲良くして下されば今回のお礼は十分です。」
「勿論です!私のことはミサキとお呼びください。」
「実に気さくな聖女様ですね。ミサキさん、アーサーとは長い付き合いなので是非。」
そう言うとマーロンはミサキの手の甲にサッとキスを落とした。
まぁ!
騎士服の男に手を取られてキスを贈られるなんて!とミサキがニッコリしかけた途端アーサーが横からマーロンの腕をはたき落とす。
「お前普段そんなことしないだろ?!」
「見ました?彼は本当にやきもち焼きだ。こんな姿を見たのは初めてですよ。」
マーロンはおかしそうに笑った。
要領の良い男マーロンは、婚約者と家絡みでお付き合いの約束まで取り付け、ちゃっかり可愛い新妻の信頼を勝ち取った。
私利私欲に塗れた男ではあるが当然、親友を守りたいと思っての行動である。
マーロンが予想した通りアーサーは今や『妬まれる人間』となったのだ。
その晩、アーサーに付き添ってくれたマーロンを夕食に招待し賑やかに食卓を囲んだ。
「大改装ですね!この家がこんな内装になるとは驚きです。」
「ヘンダーソン家が取り仕切ってくれましたの。」ミサキが家具をいくつか指差し「マリアは友人で彼女はセンスが良いのです。」と微笑む。
マーロンはアーサーの家には以前から足をよく運んでいた。だから改装前の部屋の状態をよく知っている。
正直アレは平民の商家の家と変わらない。脚のがたつく椅子とテーブルに、塗装の剥げた燭台。
扉はギィギィと音も酷く、屋根はしょっちゅう雨漏りしていた。
だが今や見違えたようにどの部屋も美しく仕上げられている。壁は塗り替えられ、大物家具は新品に入れ替えられた。
照明家具は磨き直しに出されたのだろう。
以前の輝きを取り戻している。
そこへ顔に湿布を貼られ、腕に包帯を巻かれたアーサーが降りてきた。
「待たせて済まないな。食べよう!」
ミサキは痛々しい処置に眉を顰めアーサーを支えるように側に寄り添った。
「食事が終わったら少し癒しの力を使いますね。体に栄養が行き渡った後の方が体も楽に回復しますから。」
そう言われて騎士二人はハッとなる。
(そうか!彼女は聖女だから癒しの力が使えるんだ!)
表情を見てミサキはクスリと笑った。
「癒しの力って万能に見えるんですけど、私は少し皆様と違う考えなんです。」
その日の食卓の話題はミサキの『力』の理論についてであった。
マーロンは沢山質問を投げかけ、かなり興味深げであった。
騎士団で働く者にとって怪我は常に隣り合わせ。
聞きたくなるのも無理はない。
マーロンは、どのような状態までなら治せるのか?生命力の前借りについてや潜在的な自分の治癒力とは!?とミサキが感覚的に話す部分まで上手に聞き出した。
アーサーはそんなミサキの会話を聞きながら『学院に通っていないと言っていたが医学にもかなり精通しているのだな』と驚いていた。
デイビッドを治癒したいと独学で色々学んだミサキは自分が思っているよりずっと知識が深く、この国の医療にも理解を持っていた。
「いゃ〜スッカリご馳走になってありがとうございました!ウッドスター家にも一度遊びにいらしてください。俺が食い道楽なんで結構いいシェフなんです。」
ミサキは「はい喜んで!」と笑顔で返答しお土産のプディングを渡す。
前庭の石畳を抜けながらマーロンはアーサーの肩を抱く。
「優しい奥さんだな!しかも騎士にはうってつけの癒しの聖女様だ!ちゃんと仲直りしろよ!」
そう言うと深々頭を下げ、馬車に乗り込んで帰って行った。
台風のようにしゃべり倒したマーロンだが、ミサキは彼が来たことでアーサーの違う一面が見れた気がした。
ミサキがアーサーの方に視線を向ければアーサーは照れたように頬を掻いた。
「昨日はごめんね。
俺、自分に本当に自信が無いからさ。
貧乏だし、顔も地味だし、剣の腕も一番ってわけでも無いだろ?何でミサキみたいな美人が見合いで俺を選んで貰えたのか不思議でね。だからあんな態度取っちゃったんだ。」
少し冷んやりとした空気の中アーサーはミサキを軽く抱きしめた。
「ちゃんと言えてなかったけど、ミサキに毎日ドキドキしてる。好きなんだ。
明るくて、俺を真っ直ぐ見てくれて、俺の奥さん可愛いって嬉しくなる。
いつかでいいから俺のこと好きになって欲しいんだ。」
初めてだった。
誰かに気持ちを伝えてもらったのは。
この国に飛ばされて訳もわからず生活し続け、デイビッドからは家族として愛されたけど…恋や愛は初めてだ。
(私は……………私はアーサー様に恋してる?)
家族デイビッドとの抱擁とは違い、胸が高鳴る抱擁である。
「私は……………
私は、お祭りの日に自らのお財布からお金を出して喧嘩を収めた貴方を素敵だと思いました。」
え?
アーサーが暫く考え込む。思い出そうとしているのだろう。
「皆んなに揶揄われても自分が思う優しさで人を助けようとする貴方を見て、この人と生きていきたいと思ったんです。
そしてそれは間違いじゃなくて、毎日貴方の違う面を見るたびに『好き』が増えていくんです。
だから、多分私はアーサー様に恋してるんです。きっと。」
「ミサキ……………」
アーサーは抱きしめていた腕に力が篭った。
嬉しい!嬉しい!嬉しい!
ミサキも腕を回して抱き締める。
「好きです!」
「イッッテェ!」
どうやら怪我は背中側にもあったようだ。
まぁ!どうしましょうっ!!!と、慌てる美咲に苦笑いを溢しながら
「良かった!俺も好きだ!」
とアーサーはホッとした表情を見せた。
マイクと執事のディートは生垣に身を潜めたままその姿に胸を撫で下ろす。
不器用で一生懸命家を守る主人を二人は敬愛している。
だからこそミサキと仲良くしてもらいたい。
(年寄りが手助けする必要も有りませんでしたな。)
マリアとのお喋りも気持ちを整理するのに役立ったに違いないと安堵の吐息を漏らすとそっとその場を離れる。
(良い奥様だ)
使用人たちは未亡人と聞いていたから一体どんな人が現れるのかと落ち着かない時期もあったが、今では純粋で優しい人柄のミサキを認めている。
アーサーは貧しくても今まで使用人に当たり散らしたこともなく、威張ることもない人格者だと周囲の人間は思っている。
確かに伯爵家としての威厳は無いがきっと奥様を迎えられたのだからそれも変わっていくだろう。
(後はお世継ぎだけ!!)と張り切るは乳母のメリッサ。
その様子に皆んな苦笑するのであった。
その夜。
アーサーには驚くほどの幸せが訪れる。
>>>>>>>>>>>>
深夜。
「ダメです!アーサー様ぁ!痛いのに体を動かすようなことはっ!ハッ!!もぉぉぉっ!!」と数分前からこのように攻防が二人の間で繰り広げられている。
仲直りした後おやすみなさいのキスをミサキがベッドの上で贈ると、アーサーは愛しさが爆発。
『や、やっぱり愛を確かめたいッッッ!』と動きの悪い右手を駆使してミサキの双丘を揉みしだこうと懸命に手を伸ばしてくるのだ。
癒しの力で背中や腹回りの打ち身等はかなり治癒させたが、全てに対して力を使えば反動は来る。
アーサーと相談して傷の浅い顔と腕と指は雑菌が入らない程度に治癒を留めた。『さぁ、休みましょう。おやすみなさいませ。』とミサキがアーサーに布団を掛ければ、アーサーは欲の篭った目でミサキに訴えた。
『お願いだ。気持ちを確かめ合おう。』
え?ダメですよ!治癒したばかりだし、まだ怪我は痛いでしょう?!
と言っても
『嫌だ!お願い!だって好きだってお互いの気持ちを確かめたのにこのままじゃっ!!!』
とアーサーがゴネ出したのだ。
背中と腹の痛みが取れたせいか、体幹がしっかりしているアーサーは中腰でミサキに必死に手を伸ばす。
(治さない方が良かった???)
ミサキが呆れたようにアーサーを宥めてもどうにもこうにも旦那さまは諦める気配すら無い。
仕方ない…………。
ミサキは寝台に自分も上がるとアーサーに優しくキスをした。
「アーサー様、どうしてもしたいんですか?怪我してるのに?」
するとアーサーは子供のようにコクコクと頷く。
「ミサキ…君が欲しい。」
「でもお怪我されてますから、傷に触ります。」
「お願いだ。俺に自信をくれないか?」
他にも自信をつける方法はいくらでもあるだろう。
しかしアーサーはミサキに必死に懇願する。
そしてミサキもそんなアーサーを可愛いと思ってしまった。
「仕方ないですね…
上手く出来るか分からないですけど、アーサー様が少しだけ自信が持てるように私が頑張ります。」
そう言うとミサキは自分の寝衣に手を掛けてストンと袖を抜いた。
その夜。
アーサーは生まれて初めて天にも昇る気持ちになった。
ミサキの異世界の知識と医学的な技術により他の貴族の夫婦でも行っていないような大人の時間を過ごしたのだ。
「俺の妻…凄すぎる…」
感動したアーサーは疲れて眠る妻を一晩中撫で回してしまうのであった。
ミサキ「ペニシールで読んだデイビッドの本が初めて役に立ったわ〜」
マリア「まぁ!なんの本?」
ミサキ「東国四十八手の奥義」
マリア「何だか強そうな本ね。軍事的なこと?」
ミサキ「そうねぇ…大人が読む本であることには間違い無いわね。」
マリア「???」
ミサキ「私って意外と多くのことに精通してるのよね。」
思春期女子の貪欲さを侮るなかれ。




