第三章 ケイオスという魔術師
エストは黙ってコーヒーを淹れると3人の前に出し、ミサキの背後に黙って立った。足には勿論暗器を仕込んであるがこの男の前ではきっと全くの無駄であろうことは理解していた。
マイクは怯えた表情を初めは見せたもののアーサーの護衛を買って出て応接室のドアの前に立ち、緊急時に飛び込む準備はしている。
「ミサキ。いや、美咲か?
君はこの国に住んでいて幸せになれそうかい?」
温かなコーヒーに口をつけると魔術師のケイオスはゆったりと背もたれに体を預けた。
ペニシールで会った彼は背筋の伸びない、風呂に入っても居ないような汚らしい雰囲気の男であった。ローブは薄汚れており、抱きしめられた瞬間に外で飼っている犬小屋の毛布と同じ匂いがした。
だが今は脂ぎっていた黒髪は綺麗に刈り込まれ長めの前髪は変わらないがサラサラと揺れている。無精髭は剃られ精悍な顎ラインは男らしく、意志のハッキリした眼差しはとてもカッコイイ。要するに別人のようだ。
喋り方もあの時は随分と軽薄であったのに今はそこまで感じられない。
(公爵家って聞いたから私の見方が変わったのかしら?)
青い軍服は光沢があり指輪がギラギラと光り輝いているからか全てが高級そうでワンランク上の男にケイオスを見せている。
それにあの時と違い柑橘系の爽やかな香水が彼から香っていた。
ミサキは変貌を遂げた正体の分らない魔術師を訝しげに眺め観察し続ける。
「今日はね、俺はキセル王国王家の一員としてミサキに交渉しに来たんだ。
誤解しないで欲しいんだけど、この前の俺は潜入期間がかなり長くて役になり切ってたからかなりの汚れだったんだ。気持ち悪かったろ?」
ミサキは思わず頷く。
するとケイオスはハハハと笑った。
「まぁ、警戒されても仕方ないよな。チャペス辺境伯も痛めつけてしまったし。だがね、俺からしたらアレくらい痛めつけてやっと溜飲が下がったんだよ。あの男はそれくらい嫌な人間であったし、それを許しているペニシールという土地の人間も俺は苛ついた。何故かって?それは俺とミサキが親戚にあたる人間だからだ。」
「「え?」」
アーサーと、ミサキは思わず顔を見合わせた。
「キセル王国はミサキを迎える準備は整っているよ。王子たちは聖女を新たに迎え入れることに意欲的だし金もずいぶん払ってくれている。
まぁ、多分[妃にする]っていうのは今の状態だったら諦めるだろうけどね。」そう言うとチラッとアーサーを眺め『まるで忠犬だな』と呟いた。
「そうだな………どこから話そうか。俺は2年間ウランバルブ王国に潜入していたんだ、ミサキのことを知ってね。
それから色々調べたよ。この国に召喚後、無理矢理任務に就かされて理不尽な結婚を強要されて、今が2回目の結婚だって言うことも識っている。気の毒なことに1回目はとんでも無いオッサンで、2回目は没落しかかった貴族…失礼。生活に苦労しておられるクロフォード様だ。
キセル王国の俺の周囲の人間は君に同情している。助けられず、すまなかったと。」
そこまで聞いてミサキはドキリとした。
あの気色悪いおっさんだと思っていた姿は今のケイオスの中には見えず、普通に良い大人に見えたからだ。そしてあの当時、理不尽だと隠れて泣いていた日々が脳裏に蘇り胸が苦しくなる。
「俺はケイオス・ギャラクシー。キセル王国公爵家の三男だ。系譜を辿れば祖先の名前は大山妙子。君の遠縁にあたる人間だと思う。」
ケイオスは胸元から一枚の羊皮紙を取り出すとほらね?とテーブルに置いた。
日本人の名前に反応したミサキは思わず飛びつくようにその系譜図を覗き込む。
薄く黄色に染まった紙の上の『大山 妙子』と濃紺のインクで書かれた懐かしい『漢字』がミサキの瞳に映る。
系譜には幾つかの漢字の苗字と名前が書かれておりミサキは思わず懐かしさのあまりその文字を指でなぞった。
ケイオスはその様子を見て口端を歪めて笑った。
「日本の文字が懐かしいか?最後に呼ばれた聖女〈真凜〉がカタカナと漢字の表も作ってくれたからキディ領の人間は少しだけど字も読めるんだ。
俺の国は大昔に名前も消えちまった小さくって弱い国だったそうだよ。その上ウランバルブ国と一緒で魔獣の被害が酷くってな、仕方なく日本から召喚術式を使って聖女を呼んだんだ。」
そう言うとお代わりを求めるようにカップを掲げた。
エストは毒気が抜かれたようにそのカップを受け取ると後ろに下がる。
「今はキセル王が統一したが、その前の俺たちの領地を治めていた人間は日本人をそれは大切にした。なんたって魔力が豊富でその子供も魔法の術に長けていることが多かったからな。この国では『聖なる力?』だっけ。俺の国では白魔術って言うが要するに魔獣の魔力が黒っぽいのに対して日本人が使う力は白い力が多いからそう呼んでいた。」
「貴方はミサキの血縁者の血を引いていると言うことですか?」アーサーは焦ったようにケイオスを見つめた。
言われてみれば黒髪に黒目。目元はキセル国の男たちのように窪んでおらずアッサリとした容姿である。
「この国は困った度に召喚を繰り返したようだが俺が治めるキディ領は無茶な召喚は今は一切していない。初めの聖女は迷い女として現れたんだ。
領主たちは昔から日本人の女性の血縁者を得難い存在だと、囲い込んで安全に過ごしてもらっていた。その後、幾度かは召喚はしたがその都度日本人の系譜を持つ人間の元に先祖は彼女たちを住まわせたそうだよ。
だって、何も知らない場所に一人で来たんだ。不安で仕方ないだろう?初代の女性はそれは苦労したと語り継がれていたから少しでも日本の知識がある人間に世話を託したんだ。お陰で彼女達は召喚後、キディ領で皆それなりに幸せに結婚し、子供にも恵まれた。そのうちの一人が俺だ。」
そう言うと温かなカップをケイオスは受け取り『コーイーって癖になる味だな!』と笑って見せた。
『いえ、珈琲ですよ』と訂正することは無かった。情報量が多すぎて言い直す気力が3人には無かったのだ。
以前ペニシールで会った時の不気味な魔術師ケイオスが喋っていたのではきっとミサキも聞く耳を持たなかっただろうし、何が何でも抵抗を見せただろう。しかし今のケイオスはどこから見てもスッキリとした佇まいで公爵家に相応しい雰囲気を漂わせている。寧ろ双子の弟が訪ねて来ましたと言われた方がしっくりくるくらいだ。
ケイオスの話をまとめると大山家の人間は聖女としてこの世界に何度も召喚されている家系らしいと言うことである。一番召喚している国はウランバルブ王国。その他の国は魔力量の問題で1〜2回程度の召喚の過去があるそうだ。
大山の人間と言っても、場所は西日本から東京まで幅が広く、そこから縁者になった家系からも召喚は行われたらしい。
話を聞く限り彼等は日本に対して興味を持ち、かなり研究を重ねているのが分かった。
ケイオスの持ち込んだ系譜では4人目の聖女を召喚した後召喚する事が法律で禁じられ彼女たちは手厚く保護されたという。
迷い人としてこの世界に来てしまった聖女は当然手助けするが故意的に呼ぶことはその女性の人生を狂わすと判断されたのだ。
先祖の大山妙子が召喚を良しとしなかったことと、領主達が魔獣に対して対抗策を練り上げていくことで必要性も薄まったのである。
聖女の構築した魔術の研究に興味を持った魔術師たちがキディ領に集まり始めると事態は更に好転した。聖女の血を引く娘たちと魔力量の多い男たちが恋愛結婚をし始めたのだ。魔術を大切に扱うキディ領は彼らにとっても住みやすく、生まれた魔力量の多い子供の教育にも困らなかった。不思議なことに男はこの世界に来ている形跡は無く、他国でも召喚で呼ばれるのは女性に限定されていた。
土地を挙げての実験も許可されていたこともあり研究材料にもこと欠かなかったから誰もその地を離れようとはしなかったらしい。
魔術の発展を遂げたキディ領はやがて現在のキセル王家の懐刀と呼ばれ現在もその力を存分に使って王国を陰から支えている。
「俺の父親はキセルの王子の中でも継承順位が低い男だったが結局俺もこの魔力と血筋を引き継いだ。だからミサキの件を任されたんだよ。
キセル王国としてはまだ歴史が浅いが俺の血脈は遥か遠くは日本人というワケさ。」
ニコリと微笑ったケイオスの目尻には以前の気味悪い雰囲気はなくミサキは一瞬だけ従兄弟のまぁ君を思い出した。
「そして俺の国は先祖の言いつけを守りずっと召喚は行っていない。俺たちは自分たちだけで国を守ると決めてキディ領を中心にその方法を編み出しているからだ。不幸な日本人をこれ以上作らないと我々は誓っている。勿論日本人の聖なる血を十二分に利用もさせて貰っているがな。」
そこまで話すとケイオスはエストをチラリと見た。
「今の話は王家に伝わったか?」
エストはピクリと顔を背けた。
王家に音が届くような仕掛け魔法をかけたのはコーヒーを入れる前。
ケイオスに気付かれたという焦りより、この話の着地点を想像して恐ろしくなったのだ。
既にターナー達は家の周りからクロフォード家に乗り込もうとしているのだろうがこのケイオスの術を破れないのだと想像は出来た。
(ミサキ様を奪われる?)
エストの中に湧きあがった嫌な想像は的中しているに違いない。
小国から成っているキセル王国が正面からミサキを迎えようと交渉しても無理があったのだろう。
単なる貿易国相手である二国間の繋がりは数十年希薄なままなのだ。
王家はミサキに対して精一杯の誠意を見せようと努力しているが、結果は無残なものであった。
ミサキは完璧には守られず、いつもどの場所でも苦労が伴った。
それはエストたちも十分承知の上で、いつもミサキに甘えていたのだ。
ケイオスの居るキディ領ではミサキは丁重に扱われ賢王がそれを支持し実行出来るのだと話している。貴族たちも恐らくこのような圧倒的な魔術師の力には逆らえないだろうし、キセル王国が何故一人の王によって纏め上げられたのか一気に理解に及んだ。
グレーとされていた統合の戦史がケイオスの話で明確にウランバルブ国に伝わったのだ。
全ては魔術を秘密裏に発展させた彼らの勝利であり、しかも彼らは平和的に統治を進めている。
マーティン達からの簡易報告ではティエンセル大臣の交渉は散々であったと聞いた。
恐らくこのケイオスはティエンセル大臣に何かしらの精神魔法をかけたに違いない。
ケイオスの話をつなぎ合わせるとミサキは利用される為に攫われるのではなく、保護されるために連れて行かれようとしているのだ。
王都で大立ち回りを演じれば事態は大きくなるが田舎の領地でなら最小限で被害は済む。ペニシールという土地を餌にミサキを呼び出し、そのままキセル王国で日本人の血の繋がっている親族と対面させ説得する予定にしていたのだろう。
「祠を壊したことは謝るよ。」
ケイオスは深々と頭を下げた。
「だけどね。俺からしたらあのロドリゲス親子はどうしても許せなかった。
ミサキやミサキが大切に思う人間を傷つけたり怖がらせたりすることはその血を分けた俺からは万死に値する行為だったのさ。」
「あの……………何で王家に話を通さなかったのですか?それに私に媚薬を使おうとした理由は何?」
ミサキはやっとの思いで口を開いた。
ケイオスの話では自分の遠縁だった人間はキディ領に住んでいる…
しかも彼らは日本に似た文化も多少構築しており味噌や米も食べているらしい。
懐かしいやら羨ましいやら……………
いや思考が脱線である。
ケイオスがキチンと正面から会いにきてくれればジェローム達は怪我もせず亡くなる人間も居なかったのでは無いかとミサキは胸がざわついた。
祠を壊されなければペニシールの土地も、田畑も魔獣被害を免れたはずである。
「ミサキは何も知らされないから気の毒だ。
この国の王達はそこそこ良い奴らだが貴族は腐った根っ子みたいな人間が多いんだ。
現にまたミサキのことを貶めて政権を握ろうと目論んでいる人間が現れたのを知っているか?そんな私利私欲に塗れた人間のところに手紙を出したって、真っ直ぐ届くわけがない。王家はマーティン王子たちが旗頭となり頑張っているが後5年は国政は荒れるだろうよ。
なあ、ミサキ。この国を離れないか?王子たちには話は付けた。
俺は君を見守っていく中でその直向きさを好きになった。この国は愚かで聖女の価値を解っちゃいない。
媚薬は連れて行く時の手段に過ぎなかった。俺の事をあの一瞬惚れてくれていれば移動が楽だったからね。まあ、そのイマムコ殿の魔法で効果は無かったが。
ミサキ、もう番ってしまったのならこの伯爵も俺がそのまま受け入れよう。優しいミサキは今婿のアーサー殿を捨てることは出来んだろ?」
アーサーはケイオスの話に顔色を失っていた。
ミサキの親戚たちがこの世界に存在することにも驚いたがキセル王国の体制がミサキたち聖女にとっての理想郷のようにも思えたのだ。
魔術の研究をしっかり行い魔獣に対して自国で防衛する気概。その国の姿勢が『他人の力を頼らない』を指している。国力は今はウランバルブ国が上回っているかもしれない。しかしこのように真摯に国政に取り組んでいる男が中枢に居るのだ。キセル王国は今に力をつけるだろう。聖女を丁寧に大切に敬い、召喚も禁止したと聞けばそれは人間として真っ当なことのように思えた。
ミサキと出会った幸運を喜ぶと共に、彼女の翻弄された青春時代を気の毒だと思った苦味が胃を押し上げる。
キディ領が日本の食事を研究し気軽に食べれる場所なのだとケイオスは笑いながら話していたが、それこそがニホンという世界を尊ぶ姿勢の一つだと改めて実感した。
「そうですか……。
ケイオス様のお話は分かりました。私の遠縁の親戚が居るのですね…そっか…………。
ところで《イマムコ》ってなんですか?」
ミサキは少し考え込んだ表情のままケイオスに相槌を打った。
「え?ミサキは言わないのか?イマカレ、元カレ、イマカノ、元カノ。だからイマムコ?」
ブーーーーーーーーッ!!ミサキが初めて吹き出し笑いをした。
「アハハハハハ!その言葉初めて聞いたかもしれません。
やはりこの世界でまた言葉って発展しているのですね。フフフ」
やっと笑顔を見せたミサキにケイオスは嬉しそうにした。
「ああ、日本の文化があの土地には息づいている。ミサキおいで。そしてアーサー殿もこの国を離れよう。
大丈夫だ。向こうでもちゃんと仕事は用意するし、何だったら使用人も連れて来ればいい。この国はミサキには不親切すぎる。」
ケイオスはそういうと人好きのする表情で3人を見渡した。
エストは表情を更に強ばらせ、アーサーは深く息を吐き出した。
「………そうですね。
この国に来たばかりでしたら私もそう思ったのかも……。」ミサキは笑いで滲んだ涙を拭いながらケイオスに向き直った。
「この話を持ってきてくださったことには感謝いたします。
そして私の親戚がこの世界に存在するという事実になんと心強く思えたことか。
でも……私はキセル王国には参りません。」
ミサキはゆっくりと語り始めた。
「まだ籍を入れたばかりですがクロフォード家は私に優しく、私もこの家が好きになりました。夫もこの国の騎士団員ですし、王家の人たちにも十分よくして貰っています。」
「強がるな。この国の人間がミサキに何をしたのか俺は全て見ていたんだぞ。お前は苦労しすぎだ。」
ケイオスは険しい表情でエストの後ろを睨みつけた。
(ああ、王家の皆がこの様子を見ているか聞いているのね。)ミサキは咄嗟に理解した。
ケイオスは自分の血縁に当たる人間が理不尽に扱われていると考えたので助けようとこの国に来たのだ。
ペニシールで暴れた魔獣は大きかったのにも関わらず、死人は二人であった。
ケイオスが裏で全てをコントロールしていたのは確実だ。その上でペニシールの人々にもミサキが感じた苦痛の代償を払わせ、もっと酷い事件を起こしたロドリゲス親子は更に重い罰を与えたのだろう。
だが………それはミサキの望んだ結果ではない。そして自分は既に誰の隣を歩いて行くのかキチンと決めている。
「私はここで幸せになります。
涙を流す日もあるかもしれない。でもその時に私に寄り添ってくれる人々が既にこの国にはいるのです。
ケイオス様から見たら私は苦労してばかりの非力な女だったでしょう?だからもどかしくて手を出して終われたのですね……でも私は人を殺めることにやはり抵抗があるんです。
その考えにも。
エスメラルダ様のこともいつかは許したかも知れない。その経験を貴方は私から奪ったんです。
力があるって怖いことですよね……余裕があるからいつも自信があって、決断が間違っていないと勘違いしてしまいそうになる。ロドリゲス伯爵たちも貴方に唆されなければもしかして死ななかったのかもしれませんね。
ケイオス様のように圧倒的な力を持った人から見れば全ては掌の上の話なんでしょう。ですが苦楽を共にする人たちがいるというのも悪くないんです。
私は絶望したり、恥ずかしい思いをしたり、沢山馬鹿馬鹿しいことで悩んだりもします。
でも、それだって生きて行く上で大事な経験だっていつか胸を張れる気がするんです。
私の決断は揺るぎません…。どうかお帰りください。」
ミサキの頬はいつの間にか濡れていた。
ギュッと握りしめた手のひらをアーサーが優しく上から握り込み、エストはミサキの左肩を強く押さえていた。
「皆。私はこのままこの国でお世話になります。より良い国に向かうよう微力ながら協力させてくださいね。」
柔らかく微笑んだ瞳は光を帯びてブラウンルチルクォーツのように煌めいた。
アーサーはミサキがこの国を出て行くなら自分も付いて行くと決めていた。
寧ろミサキがケイオスに心を開いたかのように笑った瞬間、その決断は揺るぎないものへと変わった。
「俺の居場所はミサキの隣だ。」頬をハンカチで拭ってやりながらアーサーはケイオスに聞こえるようにキッパリと声に出した。
ミサキは首を横に振る。
「私はウランバルブ王国に来て良かったと、もう思えてますよ。」
その言葉を聞いたケイオスは呆れたような表情をする。
「………………そうか。
じゃあ、今日は取り敢えずそう言うことだと受け取っとくよ。
ミサキ。俺たちはキセル王国キディ領にいて君を待っている。それを忘れるな。窮地に陥った時は必ずそれを思い出すんだ。いいね。」
「そうはならない。」
カーテンが強い風に煽られ窓が大きく開くと目の前には宙に浮くターナー魔術師団長が立っていた。
「ケイオス。君は王族の血を引く人間だったのだな。」ターナーは無表情のままケイオスを見つめていた。
10歳程度だった少年は内包する魔力量が大きくて成人までに時間が掛かったのだとターナーは分かった。魔力が大きい人間は稀に体にまで影響を及ぼす時がある。
キセル王国出身だということを伏せたままケイオスは少年の姿で魔術研究発表を行った。
若い見た目により侮られ、老齢の魔術師達は研究発表に対して辛辣なコメントを投げてきた。それに対してケイオスの受け答えは想像以上にしっかりしていたが、見た目の年齢より歳が上であったからだろう。
『魔石からの力の取り込み方』
論文の内容が非人道的だとあの当時騒がれた。
『魔物から取り出した魔石を人間様が体に取り入れるなど穢らわしい。あれは道具として使う物であって、体内に入れるなど実行出来ないし荒唐無稽な話だ。』と叩かれたがケイオスは飄々とした姿勢を崩さなかった。
ターナーも瞬間的には悍ましいと眉を顰めたが、理論は正しく同じ事を考えた者達も数名その場にはいた。
きっと既に彼の領地ではその実験は成功しており、論文に書くことで周囲の反応を見たかっただけに違いない。王家の人間と聖女の血筋であれば何もせずとも魔力は高かったに違いないが。
今のケイオスの魔力はターナーを2割くらいは上回っている。
全力で彼を捕獲しようとすればターナー以外の人間が巻き込まれ、死人が出てもおかしくない戦闘になるのは目に見えていた。
「久しぶりだな。ターナー魔術師団長。」
ケイオスはニヤリと笑った。
「20年前より更に魔力が増えたのだな。研究の成果か?」
ターナーの言葉にケイオスは首を振る。
「元々が違うんだ。俺の魔力は成長する。
魔石も使えば力を増幅させられるし、杖で効率良く術も展開できる。この国とは掘り下げ方が違うからね。」
少年だった幼さはスッカリ無くなり、今は四十路前の落ち着いた容貌のケイオス。
ペニシールの時の軽薄な雰囲気は無くなったが、口は相変わらず回るようだった。
「取り敢えず、俺の意見は貴方達に伝わっただろう?これはキセル王の血を引く俺の考えであり、キディ領に住む者の考えだ。キセル王家にこの前みたいに意見しても無駄だ。表だった依頼は俺に為されてはいないし、この国に来た痕跡を俺たちは一切残さない。
話した通りキディ領にいる人間は大山美咲を、聖女を保護するのが目的だ。理由は偉大なる先祖からの遺言だからだよ。
ミサキはいい子だ。
お前達の雑なもてなしでもこの国に懐いたのだから。
だがキセルには俺がいることを忘れるな。ミサキを奪われたくなければもっと自分達の在り方を考えろ。」
ケイオスは一方的に喋るとターナーに杖を向けた。
「我々は日本人を蔑ろにはしない。そしてターナー殿の力じゃキディ領には辿り着けない。」
カッ!と眩い光が応接室を包み込んだ。
ミサキやアーサーが目を閉じ、顔を背けた次の瞬間にはケイオスが座っていたソファはも抜けの殻。姿は既に無かった。
「すみません…………。追えませんでした。」
ターナーが青い顔をして応接室に立ち尽くしていた。
初めて見るその表情はペニシールの時の悔しそうな顔ではなく、完全に負けを認めている諦念の顔であった。
世界で一番と言われたターナー魔術師団長が敗北を喫したことはウランバルブ王国にとって大きな意味を持つ。
(ターナー魔術師団長が魔法で負けるなんて…)
共に闘った経験があるから分かる。
ターナーは本当に強い魔術師なのだ。その彼が膝をつくことになる相手が出てきたとなれば国にとっても、各国の政治情勢も大きく変わるだろう。
ミサキは複雑な思いのままソファの前のコーヒーカップを見つめるのであった。
ケイオスは当初ガッツリ日本人として考えていましたが、徐々に設定を変えていきました。
なのですが『30〜40代』という設定だけは変わりませんでした。
ケイオス「初期から色々変えてるなら若返らせろよ!(怒)そしてまぁ君て誰だよ!」




