第三章 新婚休暇の決意
第三章スタートです。お読み下さりありがとうございます。
完結まで頑張りますので宜しくお願い致します。
アーサーの休暇は1週間。
今まで会うことが叶わなかった二人は休暇中は常に会話を楽しんだ。
お互いのことが知りたくて仕方ない。だから尽きることなく話を繰り返し、夜は温かなアーサーの腕に抱かれ幸せな時間を過ごした。
新婚だが恋人同士のように。自分のことを異性相手に語らうのはお互いに人生で初めてのことであった。
王都でもアーサーの家は東地区。
高級住宅街と商業地区の境に家がありどちらかと言うとほぼ商業施設寄りだ。
奥に進めば進むほど立派な家が立ち並ぶその一角に家を構えたのは大昔の当主であり勿論アーサーではない。
羽振りが良い時のクロフォード家の名残の一つである。
だが壁も塗り直されていなかった古い家がこの度見違える様な改装を施された。
町民たちは『この家すっかり綺麗になっちゃって!!どこぞの貴族様でも引っ越されてきたのかねぇ』と噂している。
いえ………以前から貴族が住んでいました。と言いにくいくらいだ。
馬を出さなくても買い物にすぐに行けるこの距離をミサキはとても喜んでおり今日は二人で初めてデートらしくパティスリー・カナエラにデザートを食べに行く。
多くの貴族は短距離でも馬車を使うが二人は手を繋ぎ恋人のように街まで出かけた。
アーサーが小柄な(いやアーサーの身長が高いだけなのだが)ミサキの隣をゆっくり歩くとミサキは嬉しそうに微笑んだ。
「こんな風にデートしてみたかったんでとても嬉しいです。」
「俺もだ。」
そう言うとミサキは驚いたような顔をした。
「いや〜本当に人生で初めてなんだ。
俺すごくモテなかったから、恋人がいたことも無いし、デートする金も全部生活費や屋敷にまわしていたから………」
言いながらまた、ちょっと貧乏なエピソードをうっかり披露してしまったと気がついて思わず口を手で押さえる。
だから俺はモテないんだってのに……
アーサーは情けなくなった。
しかしミサキはそんな言葉を嬉しそうに受け止める。
「えっ!!私もです!!
学生の時は部活で忙しかったし、デイビッドのところでは結構孤独で。
何せ名ばかりとは言え奥さんですしね。皆も辺境伯の奥さんだとしか扱ってくれなかったから、」
そしてグイッと腕を引かれ身をかがめると柔らかな唇が耳元に寄せられた。
「(人妻は恋人作ったりは流石にできません・・・)」
えへへへと照れ臭そうに耳打ちする。
その吐息にアーサーは身悶えそうになる。
耳にコソコソ話なんてまるで恋人ができたみたいだ!!!
密かに感動しながらアーサーは緩みっぱなしの顔でパティスリー・カナエラの席についた。
女性に王都でも人気の『カナエラ』。
ここはウィリアム・ヘンダーソン公爵が教えてくれた店で、今日は彼の名前で特別に席を予約させてもらえた。2階の眺望の良いテラスは貴族が案内される特別席である。
ミサキは初めての店に喜び、アーサーは喜んでいるミサキを見て喜んでいる。
そんな甘い空気を纏わせ二人はアイスクリーム添えのケーキセットを注文した。
黒髪をハーフアップに纏め、白いワンピースに黒の縁取りの丈の短いジャケットを羽織ったミサキはとても20歳には見えない。
プルンとした唇に運ばれるアイスクリームを眺めているだけでアーサーは夢を見ているようなフワフワとした気持ちになる。
だが幸せすぎたのだろうか?
その声に一気に現実に引き戻された。
「おい、アーサーじゃないか!」
野太い声に振り返ると後ろに騎士団のバークレー伯爵家の弟、サイラスが立っていた。
大ぶりなリボンを遇らったどぎついピンクのドレスを着込んだ金髪の御令嬢を腕にぶら下げている。
いや、エスコートをしている。
サイラス・バークレーはニヤニヤとした笑いを浮かべながらそのテラス席に断りもなくズカズカと入り込んできた。
焦る店員をよそに『ああ、友人だ。』とでも言っているのであろう。
「おいおい、珍しいな?臨時収入でも入ったからこの店に来たのか?大したこともしてないのに階級が上がったなんて羨ましい話だ。
だがクロフォード家の財政じゃここに入る服を買うので精一杯だったんじゃないだろうな?」
次々と嫌味を繰り出しながら大声で話しかけるサイラスに、温厚なアーサーも思わず眉間に皺がよる。
「ん???そちらが聖女様か?」
調子に乗って喋っていたサイラスはアーサーの隣で口元をナプキンで拭うミサキに気がついた。
アーサーとしては無視してしまいたい。だがあまりにも横暴なサイラスの態度は目に余る。
アーサーが鋭い視線で睨みつけてみるもサイラスは空気も読まずにミサキの方に回り込んだ。
「オイッ!」
腕を掴んで阻止しようとしたがサイラスは腕を振り払い力強くその一歩を踏み込んだ。
その途端、ニヤニヤ笑いは凍りつき息を呑み静かになる。
「初めまして。
アーサー様の妻となりましたミサキ・クロフォードと申します。いつも主人がお世話になっております。」
清純そうな黒髪の聖女はスッと立ち上がるとサイラスに向かって会釈しニッコリ微笑んだ。
ピンクの金髪令嬢も其の整然とした立ち振る舞いに思わず呆けた。
(うちの主人がお世話になってます!!新妻が一度はやってみたいやつキターーーーー!!)
嫣然と微笑みながらミサキは心の中で悶えていた。
他の三人が何を考えているかなど全く気にせずに。
その後サイラスはしどろもどろになりながら挨拶を交わし慌てて店内に戻って行った。
アーサーにはサイラスの気持ちが手にとるように分かった。
(不細工な聖女を一目拝んで俺の休み明けにでも笑いもんにするつもりだったんだろうなぁ)
若くてポヨンとした(主に体型)令嬢は置いてけぼりにされ慌ててサイラスを追いかけて行く。
すっかりミサキに視線を奪われていたがよくよく周囲を見渡せば多くの人間がミサキに注目していた。
珍しい黒髪は艶やかでそれだけでも圧巻であるのに、整った顔立ちにエキゾチックな大きな瞳。
華奢な体にメリハリのある体型はワンピースをより洗練されたものに見せている。
サイラスはミサキがあまりにも綺麗だったから驚いて声も出なかったようだった。
それほどミサキは美しい。
ミサキは自分のことを『あっさりとした顔』と表現するが決して印象の薄い顔ではない。
彫りの深さとはまた違うがミサキの顔は整っておりハッとする清廉さがある。
サイラスもそれにすっかりやられたのであろう。
バークレー伯爵家の兄もきっと今夜にでもサイラスからこの話を聞くに違いない。男の癖に噂話に敏感な伯爵家だ。
騎士団はきっと大騒ぎになるなぁ………。
アーサーは頭をポリポリと掻いた。
今まで自分より下に見ていた男が多くの物を手にすると当然ながら嫉妬の対象だ。階級が上がったことも煩く言われたが皆の中で『だが、醜女の貰い手の無い女を娶らないといけないから』と言う免罪符的なものがあった。
それが誤解だと知れてしまったら・・・。
考えるだに恐ろしい。
騎士団は脳筋ばかりで性格はサバサバしているとみんな思っているが逆だ。
単純な男たちだからこそストレートに腹も立てるし、やっかみもする。
アーサーは休み明けの出勤が少しばかり億劫になるのであった。
サイラスの出現でアーサーは思い出したく無い事実も思い出した。
『物持ちの良いお前のことだから、聖女を下げ渡しても良いと思われたに違いない。古物好きには相応しい縁談だ。まぁ、俺は初々しい女の方が好きだが。』
バークレー兄弟はミサキが未亡人であることを嗤い者にした。
だがそれはミサキの過去に男が居るということ。
……………前夫の存在だ。
たった数日過ごしただけでアーサーはミサキに恋しているのに何故チャペス辺境伯は白い結婚を貫き通せたのか考えれば不思議で仕方ない。
結果的にミサキは自分に純潔を捧げてくれたがミサキの会話に幾度も出てくるデイビッドの存在は少しアーサーの胸に引っかかってはいた。
『デイビッドはね・・・』とミサキは気軽な感じで亡夫の話をするが一体どんな関係だったのか。
忘れていた存在に気持ちが押され、急に甘いデザートの味が分からなくなる。
溶けたアイスクリームを掬うが、口に入れることを忘れてしまうほど考え込み始めてしまった。
だがそんなアーサーの変化に気がつかないミサキは『なんですか?あの失礼な男は?え?貴族で同僚?
アーサー様!!私一発で嫌いになりそうなんですけどまさか仲ヨシさんでは無いですよね?私は無理そうです!』
と怒りながら残りのケーキを食べている。
そうか・・・綺麗な人は怒っていても愛らしいのか・・・と。
いやいや・・・違う違う。
チャペス辺境伯はこんなに魅力的なミサキにどうして手を付けなかったのか?
本当に逸物が大きすぎて入らなかったとか???・・・・そこまで想像してゾッと寒気が背筋を走る。
あの大男が美咲にねじ込もうとする姿を想像したら居ても立っても居られない!!!あぁぁぁどうしてくれようか?!
いやもう…もう…亡くなっているのだが。
そんな風に落ち着かず、席を立ったり座ったりするアーサーにミサキはキョトンとした視線を向けた。
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その夜、結局我慢出来ずに、ストレートに聞いてしまった。
「白い結婚の訳はですね………」
ミサキはもう隠してもいないことだからと不審な行動を取り続ける夫を宥めてゆっくりと話し始めた。
何故デイビット・チャペス辺境伯がミサキに手を付けなかったのか?
それは彼は生粋の男色家であったから。
ミサキはあの当時本当に王国で危ない目に遭っており救国の聖女であったが国王たちも完全に守りきれなかった。
王家の力の及ばないところでミサキを取り込もうと躍起になっていた彼らの行為はどんどんエスカレートしており、崖っぷちであったという。
その様な状況下で宰相の朋友とも言えるデイビッドが名乗りを上げる。
魔獣の討伐で先頭に立って仕事していた辺境伯はどうせ自分は誰とも結婚しないのだからとミサキを匿ってくれたのだ。
ただ領地ではチャペス辺境伯はやはり領主であり、そこの中心人物である。
ポッと出の若い女を妻として迎えた事実は、いかに彼が領主権限を発動したところで周囲は認めてくれず、それなりに苦労はあったらしい。
『兎に角食事を抜かれることと、衣服を破かれること。これが一番堪えました。』
過去のことだと笑いながら話すミサキだが、飢えを知らない令嬢には辛い日々であったと思う。
話を聞きながら思わずアーサーが泣きそうになった。
その領地で順風満帆と行かないことが多々あったがミサキはそれらを自分の『糧』と呼ぶ。
アーサーは前向きに物事を捉えるミサキを尊いと感じた。
「デイビッドのことはこの国でできた父親のよう?母親?のように思っています。本当に私の大切な時期を愛情を持って育ててくれたんですよ。
カメラが無いことが悔やまれますが、私にウエディングドレスまで着せてくれて…。本当死にかけてたのに無理をする人でしたよ。でもそこまでの愛情をくれた人がこの国にいたと思えるのが私の力になってます。」
アーサーはミサキとデイビッドの絆の深さに軽く絶望しかけたが〈負けない〉と言葉にせずに頷いた。
ミサキには話の相槌をうっているようにしか見えなかっただろう。
今は言えない。
亡夫と言う高いハードルをアーサーは越えなくてはならない。
信頼してもらいたい、この女性に。
今まで弱気で覇気のなかった男の心に火が灯る。
この目標は命尽きるまでに達成する。
惰性で生きていたような枯れた男が静かに闘志を燃やすのであった。




