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第二章 結婚とは結ばれるということ

 結婚式当日。

 結局姿絵ひとつ見せてもらえないままに挙式となった。

 まぁ、アーサー如きが『結婚止めます!』と騒いだところで覆らないのが王命。

 王家に準備された結婚式が歴史のある荘厳な教会で挙げられた。

 アーサーが招待した客は自分の学生時代からの友人5人にクロフォード家と懇意にしていた親戚たちのみ。

 勿論友人の中にはマーロンもいる。


 王宮で普段働いているであろう使用人たちが朝からアーサーを取り囲み、髭を剃って頭髪を整え、シルクのシャツを着せてくれている。



 クロフォード家の使用人たちは自分たちの力量では邪魔をしそうだと早々に引っ込み、只々主人の身支度が整えられるのを見守った。


「やはり鍛え上げられている方は違いますね。

 シャツもタキシードも大変映えております。」

 王室の衣装係だという神経質そうな女性は最後の仕上げとばかりに肩部分をさらに補正しシワひとつ無いように縫製し直して退出した。


 高級な服に身を包み、自分より身綺麗にしている使用人たちに傅かれ、アーサーも体中にツイツイ要らぬ力が入る。


 新婦とは塔そのものが違う為鉢合うこともなく着々と周囲が物事を進めていく。


 そして遂に式が始まりアーサーは緊張のあまり嘔吐しそうだったが更に追い討ちが掛かる。


 神父の前に進み出て振り返れば花婿アーサーは顔から血の気が失せた。



 理由は呼んだ覚えのない列席者だ。


 王家お抱えの重鎮が揃いも揃って澄まして席についており、新しい辺境伯と思しき長身の男が自分を品定めするように睨みつけている。

 そして自分の呼んだ招待客の三倍の人数が聖女側の席を埋め尽くす。


 会ったこともない国のトップや高位貴族の当主が雁首を揃えているので逃げる事も叶わない。

 クロフォード家の親族も自分たちの席との違いに呆然としており顔色は決して良くない。


 吐き気を堪えているとやがて穏やかなパイプオルガンの音が響き渡り聖女が入場してきた。


 アーサーは思わず目を見張った。


 魔術師団長にエスコートされ入場してきたのは腰まである黒髪をハーフアップに仕上げた見目麗しい小柄な女性である。


 魔術師団長と微笑みあっていた妖精の様な女性はアーサーに顔を向けると嬉しそうにニコリと微笑んだ。

 [なんて綺麗な…え?誰?]

 黒髪の女は魔術師団長に一礼するとスススと足を進め、やがて自分の隣に立ち並んだ。

 嘘だろ…これが聖女?!

 花婿(アーサー)は隣に立ち並んだその女性から視線が外せない。

 小さな顔に意志の強そうな瞳。

 キリリとした眉毛にきめ細やかな象牙色の肌。黒髪はふんわりと毛先が巻かれ、化粧の力だけではあり得ない程の整った顔立ち。

 参列者の友人たちは揃いも揃って口をアングリと開けたまま神父の言葉を聞いている。


 これのどこが噂の醜女なのか?

 聖女が醜女なら大概の女どもは皆醜女だ。

 そう思えるだけの容姿であった。

 ノースリーブのドレスは華奢な肩を美しく見せ、括れた腰と豊かな胸は二十歳ながら危うい色気を纏っている。

 王国には余り見られない容姿ではあるがエキゾチックな美しさはアーサーのハートを一発で撃ち抜いた。




 >>>>>>>>>>>>>>>>>>>>



 これが私の旦那様…………


 ミサキは感慨深くアーサーのことを見つめる。

 一重の涼しげな目元に柔らかそうな薄金の髪。

 体格は騎士らしく確りとしており、隣に並べばとても身長が高い事がわかる。


 今日は頭髪もきちんと整えられており遠目から見た時より何倍もカッコ良く思えた。


 照れているのかミサキと誓いの言葉を交わすと耳まで赤くなり、キスの時には歯がカチリと打つかった。


 ふふふふ可愛い〜〜〜。


 人間自分より緊張している人を見れば自分の緊張が解れるものである。

 恋愛経験のないミサキであるがそんな初心な姿を見せてくれるアーサーをさらに好ましく思った。


 商人たちはいつも『騎士団の人間は女にだらしないんだ、だがクロフォード様に限ってはそれはないんだよ』と褒めていた。

 噂通りきっと女性とは今まで接触が少なかったのであろう。


 ペニシールにいた時、軍人の男たちに揉まれていたミサキは下品な下ネタを幾度も聞かされてきたがアーサーはきっとどれにも当てはまらない気がする。


 初心者の自分とゆっくり進んでいってくれそうだと益々嬉しくなった。


 それに………。



 自分を見て一瞬で頬を染めた姿。

 きっと自分の容姿も彼にとって悪くなかったのだろうと胸を撫で下ろした。


 ミサキはウランバルブ国の派手な容姿とは違う。なので敢えて手紙の中で『醜女』という噂を否定しなかった。

 容姿に自信がないとメグに相談した時『馬鹿みたい!ミサキは可愛いし美人よ?』と正面から肯定されたが後一歩確信は持てなかった。

 それならばと最初の評価をなるべく下に据えたままにしておいたのだ。


 美人美人と言われたら『思ったのと違う!!』と否定されて後が大変だが、醜女醜女と聞いていれば人並みの容姿で十分安心してもらえるだろうと踏んでいた。実際その通りに事は進んでいるようだ。


 ミサキは宴に向かうための着替えをする時にエストにそのことを伝える。

「よかった〜作戦成功!!って感じよ!!

 多分アーサー様から見た目で嫌われることは無さそうだわ!」


「ミサキ様・・・どんな基準でいらっしゃるのか分かりかねますが、偶にその発想に驚かされます。」

 エストはほんの少し微笑んで鏡越しにミサキの髪を再び結い上げていく。


「まぁ、私たちのミサキ様が容姿で馬鹿にされることは万が一でもございませんけれどもね。」

 普段感情を表さないエストの小さな呟きではあったが後ろに控える侍女たちも『ウンウン』と賛同していた。





 アーサーはミサキの姿を確かめたあたりから明らかにおかしくなっていた。

 あまりに可愛らしくも美しい姿にハートを撃ち抜かれ魂は完全に抜けかけた。

 様子がおかしいと執事に呼ばれたマーロンがパチンと頬を引っ叩くも夢見心地のアーサーは幸せのあまり記憶は途切れ途切れ。


 誓いの言葉を交わしたとは思うのだが、宣誓の術式が施行された後、誓いのキスに再び舞い上がる。


 普段は温厚な男が『逃さないぞ!!』とばかりに、勢いよく聖女の頭を抱え込み唇を奪って列席者を唖然とさせた。


 マリアとメグはそんなアーサーの姿に歓喜したが、夫たちであるヘンダーソン公爵とワーグナーは大慌てである。

 頭の弱い腑抜けた男が聖女を娶ったと思われては、後々どんな弱みを握られるか分かったものではない。

 両脇を確りと義理兄弟(?)で固めアーサーを援護する。

 しかし当の本人は幸福で脳が飽和状態。国の重鎮たちが祝いの言葉をくれるが頷くだけで手一杯。

 宰相も義理息子たちからの要請で大臣たちをかき集めクロフォード伯爵から狸親父達を上手に遠ざける羽目になった。



 元々オンナというものに耐性の無い男なのだからちょっと可愛い子が居ただけでも動悸がするのに、遥かに凌駕する美しい生き物が妻となったのだ。


 アーサーは『これは夢?』とマーロンに何度か尋ねたという。

 マーロンは苦笑いをしながらアーサーを抓った。

「良かったな。すげぇ美人な奥さんで。」


 すると細い目をさらに細くして嬉しそうにアーサーは微笑んだ。


 ヘンダーソン公爵の用意した強めの酒により招待客も段々と気分は高揚する。


 当然婿となったクロフォード伯爵は宴席で強かに酒を飲まされ、もう限界だという状態になったところで退室を許された。


 マーロンに大瓶で水を貰い執事に風呂場に放り込まれる。


 ドア越しに、花嫁は一時間前に宴会場を去っており(しょや)の準備に入ったと聞かされるとアーサーは急に緊張で酒の酔いも半減した。



 少し冷たいその水温に酔いを更に醒まさせると丁寧に体を洗い風呂場をやっと後にした。


『これから初夜か………』


 マーロンから落ち着くように背中を摩られたが昂った感情は落ち着くことはない。


 それに少しも温もらなかったせいで体も冷え上がる。


 くしゃみが出そうになったので慌てて部屋に入ろうとドアを開けばそこには神話に出てくる妖精の様な聖女が寝衣姿でニコニコと笑いながら男物の寝衣を差し出してきた。


「あ、あ、あ、あの、すまない。」

 慌てて下半身に手ぬぐいを巻くと、桜貝の様な爪先の手から放ったくる様に寝衣を奪う。

 すると聖女は可笑しそうに笑った。

「アーサー様?何だか緊張していらしゃるみたいですわ?」

 してるみたいじゃなくて緊張してんだよ!と真っ赤になりながら下穿きを履き終わると聖女はゆったりとした動作で寝台に腰掛けた。

 自慢じゃないが邸は決して広く無い為アーサーと聖女は同じ寝室になる。


 寝衣を着るアーサーから少し視線をずらして聖女は静かに彼が落ち着くのを待った。




「この度は私の様な厄介者を娶って頂き本当に感謝に堪えません。本日より誠心誠意妻として尽くしますのでどうぞよしなに。」

 丁寧に頭を下げる聖女は楚々としてとても高貴な人間に見えた。




 この儚げな女性は本当に自分の妻なのだとジワジワ喜びが湧く。聖女はあのガリバー辺境伯が掻っ攫う様にして妻にした女性だと言っていたがそれも頷けた。


 マーロンが言ったように顔を晒さなかったのは何かの理由があるのだろうが一介の騎士には考えが及ばない。


 2メートルの大男が囲い込むように聖女を馬車に乗せている場面をアーサーも見かけたことがあるが、この小柄さと美貌では当然のことと今では理解できる。

 このような美しい女が荒くれた討伐隊に交じっていたのだから良からぬことを企む人間も必ずいたであろう。


 想像力の乏しい自分であっても彼女を前に興奮が収まらないのだから。


 しかし・・・


 しかし今より幼かった少女を筋骨隆々のオッサンが嬲っていたと想像すると既に恋愛モードの勝手な己が胸をキツく締め上げる。

 そして別の心配事も鎌首をもたげる。

『平均値サイズの逸物ではとても満足させられない…』

 同僚の陰口が頭を過った。



「すまない。聖女さま。その…俺のは普通サイズだから満足させられないかもしれない。」思わず口を突いて飛び出た言葉に(しまった!)と情け無い気持ちになる。初めて(?)交わす言葉がシモの話とは、気が利かないにも程がある。

(???)聖女は小首を傾げると「今からは聖女様ではなく[ミサキ]とお呼びください。

 ご心配なさらなくても私はいつも普通(の生活)を望んでおりますから…あの、アーサー様とお呼びしても?」とフワッと微笑む。



 か…可愛い…

 語彙力が無さすぎて『可愛い』しか出てこず頭の中がまたもや破裂しそうになるが、破裂しそうになったのは違う場所だった。この聖女を抱くのだと思うと急に下半身が熱く滾り下穿きはあり得ない角度でテントを張る。


 気が付けば聖女(ミサキ)が真っ赤になって一点を凝視している。

 当然その先はアーサーの股間だ。


「あ、あの…実は私は、こういうのは初めてでして……」

 ミサキは狼狽えながら人差し指でテントの先端をチョンと突いた。

 ハウッ

 とアーサーは呻くと下履きを両手で隠した。

 アーサーは恥ずかしさの余り『ち、違うんだ!!あのっっっっっっっ!!そのっっっ!!』と情け無い声を出す。


 そもそも結婚は承諾したが聖女の身の置き所として選ばれただけで閨を共にするなと言われる可能性だってある。下半身は臨戦態勢に入っているので全く説得力には欠けるが。

 ミサキはそんなアーサーに赤面しながらウフフと微笑んだ。


「良かったです。無理矢理結んだ婚姻だったので嫌われたらどうしようかと…でも、私のこと少しは好きになってもらえる可能性はありそうですね?」

「そんな!!勿論です。俺みたいなところに嫁に来てくれるなんて…その…貴女みたいな綺麗な人が…」

「綺麗だなんて…でも嬉しい…」

 そう言うとミサキはそっとアーサーの掌に自分の掌を重ねた。


「初めてなの。どうぞ優しくしてくださいね。」

 え?!なにが?

 と言う言葉はミサキからの口付けで呑み込まれた。


 ミサキは必死であった。


 閨の教育というものをそもそもミサキは受けていない。

 エロい漫画などで行為のアレコレは多少知識としてあるものの、デイビッドやコーディはそういったことからミサキを遠ざけている節があった。


 特にコーディは『女がエロごとに首を突っ込むなんてはしたない!』と父親(母親?)のように目を光らせているところもあったくらいだ。


 ミサキが女物の服を着る様になると良からぬことを考える男共もおり、危ない目にも何度か遭った。何せ血の気の多い男がそこら中にいる土地なのだ。

 それに土地柄なのか貴族の女性であっても、その方面に寛容であったと思う。


 裏方に行けばいつもみんなの話題は夜のこと…


 デイビッドが病気を発症してからはそれどころではなかったが淫蕩な内容の読み物はあの屋敷に溢れていた。


 ペニシールを離れてからはお綺麗な生活の人ばかりで性的なことに触れる回数は激減し目に触れることすら無い。ミサキもそういうことを意識しなくなっていた。


 結婚式まで後数日…というところでふと、『そういうことするのよね…………。結婚だから。』と思い出した。


 もしかしたら作法的のものがあるかな?と恥ずかしさを我慢してメグに聞いてみたが

『うーん。お互いきっと緊張しちゃうものだから、それをなるべくなくしたほうが上手くいく気がするするのよね?

 だからそうねぇ、思い切ってミサキからキスしてみたら?

 ゴロリと横になって死んだ魚みたいに待ってるだけの女も多いけど、騎士団員の男なんて積極的な方が喜ぶわよ。あとは男が勝手に頑張るしね?』残念ながら王家もミサキも相談相手を間違えたことを気が付かなかった。


 アーサーはちょっと積極的なミサキに驚いたが同時にきっかけを与えられたのだから好きにして良いという免罪符をもらったと歓喜した。


 アーサーはミサキの腰に自分の手を回すとギュウッと抱き上げる。


 寝台は決して大きくないがこの度新調したものだ。いつものようにスプリングがギギギと鳴ることもなく、ボフリと柔らかく二人を抱きとめた。

『もう、邪魔が入ろうとも俺は絶対にこの扉を開けないからな!』

 聞かれてもいないのに決意も新たにアーサーは妻となったミサキの潤んだ瞳を見つめた。




 アーサーは一応童貞では無い。だが、娼館が2回だけという25歳にしては随分枯れた性生活。

 貴族は庶民の行くような娼館は建前上通うことが許されていないためアーサーは当然のように金のかかることは避けていた。

 だからアーサーは騎士団員にしては異例の『慣れない男』である。

 古書屋に通うのも趣味と、偶のお宝春画が目的だ。

 そんなアーサーだからいずれも先輩騎士が奢ってくれたお情けのような経験だ。


 本当は手練れの慣れた男の方が女を喜ばせるのかもしれない。だがアーサーはミサキを丁寧に抱く誠意だけは誰にも負けないと自分を信じていた。




 ミサキは緊張のあまり気が付かないうちに強張ってギュッと閉じていた目を開ける。


 本当は…………。








 本当は、いつか恋をして お互いに気持ちが通じて





 教室の片隅で告白をして





 お付き合いを始めて





 何度かデートして





 どちらかの部屋とかでイチャイチャして





 そのうち甘い雰囲気になって初めてのキス。





 …………。そんな当たり前の展開を想像していた中学生。



 でも、もう私の生きてる場所は



 ウランバルブ。




 この人に自分を捧げるのだ…………。





 この優しそうな男の人に…………。





 心の痛みとは違う、感情の涙がポロリと溢れた。






 アーサーはやっと目を見開いてくれた花嫁に心が満たされた。


 大事にするね。


 こんな幸運、

 こんな多幸感


 きっと貴女が現れなかったら俺は一生得られなかった。


 絶対に大切にするから…………。





 初対面の二人であったがその夜二人は間違いなく気持ちを繋げたのであった。


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[一言] やっぱアーサーがスレてないのがいいよね〜 ミサキも初めてだった訳だし〜 でも溺れると凄そうだよね〜 騎士だし…体力有るし…(笑)
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