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第二章 聖女再び

残酷なシーンが、含まれます。苦手な方は回れ右でお願い致します!

「そうね、赤は気を強く見せるから似合うけどやめておいた方がいいわね。

 ミサキはどっちかって言うと青みの強いグリーン系以外はどれも悪くないのよね?

 薄桜桃はお嫌い?」

「どうかしら…………?ちょっと苦手かもしれないわ。なんだかデビュタントの御令嬢たちに張りあってる痛い女のイメージなのよ。未亡人だし?」

 そう言うと二人とも顔を見合わせてクスクスと声を立てて笑った。


 デイビッドの屋敷で着飾った回数は少ない。


 ペニシールの館ではミサキは聖女であると数人には教えていたが、基本的に身を隠していた状態であった。


 華美にすると叩かれるし、ただでさえ年若い妻は遺産目当てと罵られる。

 若い娘が好む服も既婚者は控える必要があったので必然的に落ち着いた服装ばかりであった。


 ピンクは嫌いな色ではないが、こっちの世界ではドレスが基本だ。

 ピンクのドレスになると色の分量が多く、着なれない色を身に纏うのに躊躇してしまう。


 それに20歳という年齢が、この国では成人を過ぎた歳だという感覚も気後れしてしまう原因だ。


 そう考えると人生の一番華やかな時期を自分は失ってしまったのかなぁ?と少しの寂しさが胸を過ぎる。


 紺色は既婚者の雰囲気が出過ぎるしああでもないこうでもないと一時間ほど悩み、結局デイビッドが最後に仕立ててくれた爽やかな勿忘草色が目を引く袖にボリュームを持たせたドレスを選んだ。


 レースは苦手だと話した美咲の意見をデイビッドは覚えてくれており、希望以上の物を形にしてくれた。

 美しいピンタックが胸元にあしらわれたそれは一度しか着ることができなかったが思い出の1着だ。


 何となくデイビッドもミサキを応援してくれているようなドレスを顔合わせの日に着ることは、正しいことのように思えた。


 満足げに頷くマリアに小物の手配を頼めば心得たとばかりにメグにも手紙を書いている。

 こちらの作法に明るくないミサキが選ぶより、場に相応しい良いものを姉妹でチョイスしてくれるであろう事は間違いない。

 ドレスも新しいものを仕立てる暇もなかった。

 スケジュールは何故かタイトに組まれており美咲の知らないところで『気が変わらないうちに!!』と言う思惑が見え隠れしているような雰囲気が実はどうにも気持ち悪い。

 しかし政治のことは深くは聞けないがきっと、敵対貴族からの横槍が未だにあることは薄々感じられた。


 マリアや宰相たち、その他の貴族が騒がしいことは屋敷からあまり出ない美咲にも気配でわかっていた。


 マリアから頼まれてこの数年、美咲は商会の相談役として仕事をしているのだが、日を空けず彼らは鋭敏にそれを察知しており、祝いの言葉を紡ぎながらも社交界の動向にかなり過敏になっている。


 祝い事であるのに物々しく動く私兵の人たち。


 そろそろウィリアム公爵に何かしら質問した方が良いだろうかと考えていたある日。

 ヘンダーソン公爵家から内々にと深夜訪問の打診があった。

 嫌な予感ほど当たるものである。

 ウィリアムはマリアと共に真っ青な顔色でグリフィン邸を訪れた。


「もう暫くすると騎士団がやって来るのだが、ミサキに任務を頼みたい。ハッキリとまだ言えないが『祠』が壊されたらしい。」


「は……?はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 ミサキは素っ頓狂な声を上げた。


 祠はそうそう壊れるような代物ではない。

 人間が故意的に呪術などを用いなければ壊れないようにチャペス家中心に討伐隊と作り上げてきたものだ。


「なんでそんな事になるの?」

 ミサキは単純に驚いてしまう。

 大声を出してしまった口元をハンカチでぐっと押さえると低い声でマリアたちにそう告げる。


 ウィリアムも『全くです』と絞り出すような声で頷いたが、表情は暗い。

 犯人は分からないがペニシール付近の祠があった場所に、残骸が残っており、魔石が入っていた石像らしき破片が散っている。


 不幸中の幸いと言えるかは分からないが、被害者は2名。

 食い散らかされて性別は服でしか判断できないがおそらく男女のものだという。

 日暮れの時間にシールドが破られた為、魔獣は農家の家内に侵入はしなかった。

 シールドの綻びにいち早く気がついたジェローム・チャペス率いる軍が僧侶たちと素早く修復に向かったそうだ。


 既に小魔獣をジェロームたちの軍が討伐しているが、シールドの綻びから入り込んだ大型魔獣1匹がまだ抑え込めていない。


 王都に祠の再構築を依頼してきたのは勿論ジェロームである。


「直ぐに出立しなくてはいけませんよね?」ミサキは状況を想像して身震いするも、祠を壊された怒りで視線が鋭くなる。

 マリアはそんなミサキの様子に少し困ったように言いにくそうに話し出す。

「あくまで推測なのだけど……………ロドリゲス伯爵の娘、エスメラルダが祠を壊したのではないかと思うの。」

「え?どうやって?」

 エスメラルダは修道院に向かったと聞いたのにどうしてペニシール方面に向かっているのか…土地勘のないミサキにだって方向が違うことがわかる。


「彼女は北の修道院に収容される筈だったの。だけどやはりロドリゲス伯爵はそれが受け入れられず怪しい動きをしていたわ。隣国の魔道士を雇ったことまでは分かったのだけれど、まさか祠を壊されるなんて思わなくて。」マリアも『推察の域を出ないのだけれど』と、付け加え慎重に話をする。


「ここからはあくまで想像なんだけどペニシール方面から越境しようとしたのじゃないかしら?

 私も知識がターナー魔術師団長ほど無いから明言できないんだけど、禁忌の魔法はペニシールの隣キセル王国が得意としてるそうよ。チャペス辺境伯の祠には魔石があったでしょ?飛竜の魔石をあそこは使っていたからキセル国の魔道士はそれを奪いたかったのでは無いかと思うの。エスメラルダを使って。」

 そこまで話すとウィリアムが後を引き継ぐ。

「魔物が減ったこの辺りではあの魔石は今や希少品。魔術師たちは兼ねてより狙っていたのだろう。

 エスメラルダは一時は非常に大人しく反省していたと思われたが牢を移されるときは口汚く周囲を罵っていたそうだからね。

 やはりあの子は反省などしていなかったんだ。

 祠は処女(おとめ)にしか壊せない。エスメラルダは何かの見返りに祠を壊すことを促されたのでは無いかと思うんだ。

 まぁ、どれも推測の域を出ないのだが。

 どちらにしてもペニシールの魔獣は大型小型を含めてかなりの数が結界(シールド)を破って入ってきている。

 それにジェローム・チャペスはミサキに迷惑を掛けたくないとギリギリまで頑張っていたので連絡が遅れたんだ。しかし結界の張り直しだけはミサキに頼むしか無い。」


(ジェローム・チャペス様が私に迷惑を掛けたくない?どうして?)

 一瞬意味がわからなかった。


 するとマリアが困ったように話し始めた。


「これは王国の貴族や社交界の関係を取り払って私の想像を交えて話すことよ。

 ミサキ。ジェローム様は貴女のことずっと好きだったんだと思うわ。」

 その言葉にミサキは瞬時に顔を赤く染め上げた。


 思い返せばジェロームは優しくなった。

 デイビッドを亡くして、心の弱ったミサキに彼はきつく当たることは無かったし、同志のように肩を抱いてくれたこともあった。


 しかし彼から一言も『君が好きだ』と言われたことは無い。


 あの当時恋愛経験値の低さと、失ったものの大きさにミサキは手一杯であった。なのでジェロームの気持ちを都合よく解釈してエスメラルダが押しかけてくるまで甘えさせてもらっていた。

 初めの印象が良くなかったせいもあるがジェロームの彫りの深い顔にミサキの感情が揺さぶられることはなく『恋』の花は最後まで咲かなかった。

 そう、どちらかと言えば頼れる上司と言ったところか。


「彼は辺境伯として新しく地位を築くまで君を休ませようと思っていたんだろう。真面目なやつだし、見た目よりずっと複雑な気持ちを抱える人間だ。

 デイビッドの妻であるミサキに懸想した自分を責めていたようにも思う。だから、クロフォード家と縁談が上がった時ジェロームはあっさりと身を引いたし、今回の件も自分たちでカタを付けたかったようだ。特にエスメラルダが自分に擦り寄ってきていたことを自覚していた分、ミサキに迷惑をかけたことで己の不甲斐なさを責めていたからな。」

「私たち最初はジェロームと貴女が結婚すれば良いと思っていたけれど、どうにもご縁がないと私が判断したの。

 その……恋愛感情?みたいなものが一生関係性の中に生まれないような気がして。


 今回はジェロームは自分たちで対処すると言い切ってたわ。

 ミサキを巻き込みたくないって。

 だけど小物の魔獣に加えて大型魔獣が入り込んでいるのよ。いくらあの人たちが強くてもやっぱり難しいみたい。

 お願い…………。ミサキの力で彼らを助けてもらえないかしら?」

 マリアやウィリアムが頭を下げるまでもない。


 ミサキは四日後に迫った顔合わせの席を欠席しなければならないことがふと頭を過ったが足は自室に向いていた。


「行きましょう、ジェローム様がどんなに強くってもデイビッドの全盛期には及ばないわ。魔獣も餌を求めて凶暴になっているかもしれないしなるべく早く事態を収めるのよ。」


 クローゼットの奥に押し込めていた嘗ての戦闘服を思い出す。


 再びあの服に袖を通すことになろうとは思わなかったがミサキに躊躇いはなかった。

 デイビッドたちと築き上げてきた平和を壊してなるものか。ロドリゲス伯爵の思うままにさせてなるものか。

 私の大切な人たちは命を削ってこの国のために頑張ったのになんて事をしてくれたのだ。


 エスメラルダの尊大な態度を思い出すと、胸にモヤモヤとした気持ちが蘇る。

 自分の状況を知ろうとしなかったことはミサキの落ち度ではあるが、デイビッドの愛人だと嘲笑ったあの皮肉げな表情は未だに許せない。

 いや、心が元気を取り戻したからこそ腹も立てられる。

 何よりその支えてくれた(マリア)を酷い目に遭わせようとした心根の腐った部分が、最後まで好きになれずにいた。


 分かり合えない人間は居るのだとミサキが一つ大人になった時でもあった。


 ロドリゲス伯爵も反省しているとあれだけ議会で平伏していたのに、裏では隣国に逃走をしようと目論んでいたとは…………。


(あの親子だけは許せない!!)

 ミサキの闘争心に火がついた瞬間であった。



<<<<<<<<<<<<<<<<<<<




 ロドリゲス伯爵はエスメラルダの救出にかなりの金額を支払った。

 その金額は領地の半年の収益と同じ額面だ。実際ロドリゲス伯爵は今回の件で大きな商会を一つ手放したのだから。


 そこまでしてでも娘を助けたいと思う彼はやはり人の子であったと言うことだろう。

 国王たちも貴族議会も、エスメラルダに僅かな同情も寄せてはくれなかった。

 貴族の中で育ち、苦労を知らないエスメラルダがこの先何年も北方の寒い牢獄で生きていけるわけがない。送られた場所に幽閉されてしまえばそれは緩やかな死への扉だ。

 牢獄で出される食事が貴族の娘の口に合う筈もない。きっと直ぐに痩せ細り、寒さで凍えても薄っぺらい毛布だけではそのうち体調を崩すだろう。


 勿論娘のしたことは、多少道を外した我儘ではあったと思う。

 だが、実際は何も起こらなかったのだから、刑罰は軽くなって当然だと思った。

(それなのに……それなのに……)


 ウィリアム・ヘンダーソン公爵はここぞとばかりに追及の手を緩めなかった。


 通常なら受け取る解決金の提示にも首を縦に振らず、議会で親子を叩きのめしてきたあの日々は思い出すだけで腑が煮え繰り返る。


 どこで聞きつけてきたのか隣国の魔術師がロドリゲス伯爵に繋ぎをとってきたのは伯爵にとって藁にもすがる瞬間であった。

 驚くほど高額な報酬を提示してきたが払えない金額では無い。

 金と不可解な貢物を集めて渡せば、四日ほど前に安全にエスメラルダを救い出してくれた。


『エスメラルダ様は血の尊い貴族ですからこのような扱いは不当だと我が国でも話題に上ったのですよ。

 お美しいお嬢様。貴女のような気高き貴人を助けることができたのは我が誉れ。礼金を全て金貨でお支払いくださったロドリゲス伯爵の財力で私も貴女様を助けることができました。

 この奇妙な品々を求めたのは全て貴女様のためです。

 我が国ではとうに手に入らなかった魔術に必要な品々はきっと貴女様を助けます。えぇ。〈ユニコーンの蹄〉の行き先ですか?

 〈魅了薬〉の材料として使うのですよ。おや?気になられますか?』


 年齢不詳の猫背の魔術師はどうやら聖女に興味があるらしくコソコソと色々な情報を集めては居るようだがエスメラルダが手元に戻ってきた今となってはもうどうでも良い。


 元々取引のあった武器商人がエスメラルダには住処も世話人も用意すると請け負ってくれたので、熱りが冷めたらまた国に呼び戻すつもりであった。

 魔術師の目眩しのおかげで大型の見窄らしい馬車は中は豪華かつ快適な作りだ。

 隣を見ればエスメラルダも気持ちが緩んでいるのか穏やかな表情で船を漕いでいる。道中信用のおける人間など一人として居ない。

 二人と魔術師だけというかなりの少人数で伯爵たちは隣国を目指していた。

 魔術師は力が強く、強盗共など瞬きしている間に倒してしまう。

 少人数であるのに安全に国境まで足を運べたのは全てこの高額な魔術師がいたからこそであった。

 夕日も山の間に落ちようとするその時。

 コンコンコン

 越境まであと僅かだというペニシールを走る脇道に出ると魔術師が小窓を叩いて合図した。


「伯爵、如何します?越境するにあたり彼らに一泡吹かせてみませんか?この一〇〇歩先に祠が見えるでしょう?あれは聖女ミサキが魔獣避けに建てたとされるものなのです。まあ、効果の程は全く分からんものですが。

 ですが、あの中には希少な魔石が2〜3個は入っていると聞きます。

 あれを取り上げたら魔獣が王国に入ってくると噂されていますが、それが嘘ならば?」

「嘘ならば?」

「聖女の力なんぞ眉唾、祠なんぞただの血税の無駄遣い。王国民を騙すための狂言と皆が知ることになるでしょうね。」

「「・・・・・・。」」


 いつの間にか目を覚ましたエスメラルダが爛々と瞳を輝かせている。


「その祠はどうやって壊すの?」

「魔力の籠った扉に鍵を付けられてはいますが、なぁに、この月光草と西洋冬虫夏草の汁を塗りつけた小刀で石像の目を抉り出せば祠はどんなに強固でも壊れます。

 私が魔術で扉を開けます。処女オトメの貴女が石像の中に入っている魔石を小刀で取り出せば、祠にどんな強固な守りがあろうとも崩壊するでしょう。」


 そう言うとエスメラルダは生き生きとした表情で父親を見つめた。


 ジェロームの屋敷であの黒髪の女に会ってから私の人生狂い始めた。


 エスメラルダはいつもそう考えていた。

 思い出せば出すほど憎くなり、責任を転嫁する癖は子供の頃から甘やかされた令嬢の悪癖である。

(思い通りにならない人生なんてあり得ない…)

 夜会で恥をかかされたことも、ジェロームの冷たい視線も全てあの陰気な髪の女のせい。


「お父様!!お願い!!どうしても私はあの聖女がお飾りであったと証明したいの!!あんな普通で地味な女が力を持っているなんて今でも信じられないわ?ジェローム様のそばにへばりついて、大きな顔して!!違う世界から来たって話自体怪しい!

 マリアにだってあんな煮湯を飲まされたのよ?少しはアイツらに私がどんなに悔しい思いをしたのか知って欲しい!」

 自分の行った悪事を裁かれ、当然の刑罰が言い渡されただけなのである。

 それなのにエスメラルダは相手が間違いを犯していたのだと信じて疑わない。

 側から聞けば只々利己的で馬鹿げた思想であるのにこの親子を正す人間は残念ながらそばにはいなかった。


 二人は魔術師から言われた通りに小刀を握りしめると、祠に向かった。


 想像よりもずっと小さなその形にロドリゲスもエスメラルダも笑いが込み上げた。

 気が抜けるほどそれは小さく、像はツルリとした間抜けな頭のものだ。




 みんな愚かだ。

 こんな小さな物が魔獣を防いでいると本気で信じているのだから。

 マリアも宰相もあのような異世界から来た怪しげな女を担ぎ上げて旨みを吸い上げていたのであろう。


(だがそれも今日で終わりだ。)


 聖女の作った祠が壊れたところで魔獣はやって来ないし、生活が変わらなければ公爵たちや聖女を崇め奉ることも無くなるだろうとロドリゲス伯爵も笑い出しそうになる。


 エスメラルダは小刀を力強く持ち直すと石像の目元へと刃先を躊躇いなく向けた。


(馬鹿な人たち。高慢なマリア思い知りなさい!!)



 ビョウッッッ

 熱風が吹いたと思った。

 ドンッと音がして僅かに身体がよろめく。


 何か分からない熱い飛沫がロドリゲス伯爵(ちちおや)の方から飛んできて左利きのエスメラルダの小刀を持った腕がジワリと熱を持った。

 衝撃を受けた時に自然に瞑った目を開くとそこは一面真っ赤な世界に変わっていた。

 ツルリとした白い石像は頭から真っ赤な血飛沫に染まって目を背けたくなるような光景だ。


『え?…………。』


 思わず触れようと手を伸ばしたが、その延ばした白いブラウスの袖は真っ赤に染まりズルリとした感触が左手を伝った。


 慌てて右手で得体の知れない塊を払おうとしたが肩がやたらと熱いだけで右手が動かない。

 下に目を向ければ、そこには大きな指輪を嵌めたままの自分の腕が肩からゴロリと転がっているではないか。


「ヒッヒィィィィ!!!!」


 思わず後ずさると何かに足を取られて蹴つまずく。

 小刀を手放し、地面に手を突けばその傍らには首と離された父親の変わり果てた頭部が仰向けに落ちていた。

「ぎゃあぁぁぁっ!!!!」

 エスメラルダは今度こそありったけの悲鳴をあげる。


(何これ!!!何が起こったの?!)



「まだ死なんとは運がいいよなぁ。」


 急に現れた猫背の魔術師は父親の死体の前でも口調が変わらず、腕がちぎれたエスメラルダを上から見下ろしていた。


 決して大柄ではないその男の変わらない表情が恐ろしくエスメラルダの歯が恐怖でカチカチ鳴り出した。


「まさか、魔石を取り出した直後に魔獣が侵入するとは思わなかったが、アンタの父親を一口で喰らうほどには腹を空かせていたんだろ。

 ククク・・・ここまでは計画通り。

 これで私がこの地に留まればきっと聖女に会えるはずだ。

 いやぁ、本当にお務めご苦労でした。」


 エスメラルダは魔術師が何を話しているのか全く理解できないししたくもなかった。


 失血のせいかエスメラルダは急激に体温が下がっていくのを感じる。


 寒さと恐怖でどんどん震えが止まらなくなる。

「何が起こったか分からんだろう?お前のように信じたいことしか信じず、思い通りにならないと大声を出す人間にはウンザリなんだよ。生きていくのは楽だろうけど、危険も多いと知るべきだ。

 お前の父は用心深い人だったけど、娘が関わるとどうしても頭のネジが緩む。人の感情に疎い私も勉強になったよ。そうそう……………」


 魔術師は饒舌に語り続けた。

 しかし意気揚々と語り続ける彼の横でエスメラルダの視界は既に真っ暗になっていた。

 聞こえの良いことばかり囁いていた魔術師は父親の死体と自分を見て嗤い続ける。



(あぁ声が聞こえない…この魔術師…に……………騙されたの…ね。)


 薄れ逝く意識の向こうで自分たちが魔獣に襲われ死にゆくのだと理解が及んだが、時はすでに遅かった。


 耳に残る不快な声に震えながらエスメラルダは遂に動かなくなった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 所詮は悪役で愚かなロドリゲス父娘…(笑) ま、ミサキにした仕打ちを考えるとねぇ…
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