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第二章 アーサーの事情

陛下と宰相が頑張ります。

出演がもれなくオッサンばかりのむさ苦しい回となりました。

 あれから王家とウィリアムが再調査した結果アーサー・クロフォードは良くも悪くも実直で優しく、そして貧しい家政であると分かった。


 残念ながら伯爵家としては既に体面も保てて居らず名ばかりの伯爵位。

 それでも親戚の援助と自分の騎士としての給与で何とかやりくりをしている。

 クロフォード伯爵家は王国設立時から有る歴史の古い貴族ではあるが、3代前の当主が放蕩者で家の財産を食い潰しており現在は平民に毛のはえた程度の生活を送っている没落貴族だ。

 領地があったのも曽祖父達まで。貴族税を払う為にそれらを徐々に手離し困窮した財政状況の中アーサーは育てられた。


 剣の腕は身を助くとはよく言ったもので、騎士団に入れたことはクロフォード家の幸運と言える。両親を早くに亡くしたアーサーは騎士団という後ろ盾を得ることで最低限の生活が手に入ったのだから。

 給与前には飲みに行くのは少し控えなければならない大凡貴族とは言い難い財布事情。

 幼い頃から裕福と縁が無く、王立学院では周りの貴族達の金萬さに指を咥えて耐える事も多かったと聞く。

 生活環境がそうさせたのか元々素質があったのか、アーサーは良く言えば子供の頃から自分の身の程を弁えた野心の無い.............悪く言えば枯れた性格であった。


 入団した時から女性にモテたことは勿論無く、老齢の執事と金の相談ばかりしてきたからか気の利いた会話も知らない。貴族なのに『買う』ということが日常的に無かったから騎士服の下に着込んでいるシャツでさえ15歳の時に叔父からプレゼントされたものをまだ着ているくらいだ。

 メグの夫ワーグナーは思い出したようにその擦り切れそうなシャツの話を持ち出してきた。

 裕福なワーグナー伯爵家の三男から見れば、その着古したシャツ姿は随分と印象に残ったらしい。

 貴族が義務付けられた夜会でさえ騎士服で出席して、男でも複数仕立てるタキシードを先延ばしにしている。

 貧しさを嘲笑う騎士仲間も多い中、本人はどこ吹く風。そこまで気にも止めていない。

 実力もそれなりにありそういう輩は腕っ節である程度抑え込んでいるらしい。

「貧しい男ですが、心根が良いと私は思うんです。芯があって貧しさに負けない気概がある。」ワーグナーの総評はそう締め括られた。


 王国にしては珍しい一重の垂れ目。薄い唇。すっと通った鼻。そんな顔立ちではあるが仕事熱心な姿に街の人間達からは大層慕われているそうだ。

 女性の交際歴を調べようにも全く形跡はない。

 町民は貴族位の男は身分不相応だと避けて通るし、玉の輿を狙ったり遊びで付き合うにはあまりに金がない。

 貴族の令嬢など更に近寄らず、正直学院時代も浮いた話は全く聞こえなかった。


 メグとマリアは試しに5名、適齢期の釣書を用意してみた。

 いずれも帯に短し襷に長しといった、条件が後一歩満たされない人物ばかりであったが、それでも性格は程々及第点が挙げれる人間を揃えてみたのだ。そしてその中にアーサー・クロフォードの釣書を乗せてみた。

 正直に言えばアーサー・クロフォードの釣書は他の令嬢が見れば一番に落としてしまう惨憺たる内容だ。顔がいい訳でもなく、金持ちである事もなく、爵位はあれど過去の栄光。

 だが、マリア姉妹には女ならではの直感が騒いでいる。


「もし。もし、ミサキが彼を選んだら私たちは全力でそれを応援しましょう?」

 マリアが決意も新たに唇を引き結ぶと宰相は複雑な表情をする。


「ジェローム君と殿下が後ろに控えていると伝えるのはやはりダメかね?」

「お父様。結婚した当時を振り返ってみると思うんですよ。

 結婚とはタイミングもあるって。

 これだけ長い時間を過ごした男の方が『好きだ、愛してる、結婚してください』を言わないのはどうなのでしょう?拗れて前に進まない理由を自分に向けていないからではありませんか?こんなに反省する時間も期間もあったのにミサキに振り向いてもらえていないのです。明らかに全能の神マークスの悪戯が働いているのではないでしょうか?結婚する時、勢いとか切っ掛けが作用するのは人知の先にある何かだと思えるんです。」

「大変大仰に語ったが要するに、行動を起こせなかった男達はサッサと退けということかね?」

「そうとも言いますわね?」マリアは鼻息も荒く父親に言い返した。

 ジェロームにしてもマーティン第二王子にしても、先入観からミサキに酷い言葉を投げつけた男たちだ。

 今は和解しているとはいえ、そこから先に進みたいなら自力で頑張らなければダメなのだとマリアは思う。

 顔が良く、持て囃された男たちは自分から『行く!』という姿勢が足りなすぎる。


 宰相たちが一つ気にしていることといえばジェロームが王都へミサキに会いにいくと連絡はあったものの未だ到着していない件だ。

 チャペス辺境伯領地(ペニシールは隣国沿いで魔獣が多く出没する故に、領主は長期で領地を離れることをあまり好まない。

 手紙の届いた期間を考えたら既にこちらに来ているはずなのだ。

 一度ジェロームとミサキを逢わせて本音で語り合う時間を設けてやらねばと思っていたのに、事態は予想外の方向に転がり始めている。

 グリフィン宰相としては娘の積極的な働きかけに少し待ったをかけたくもなるが確かにこれもマークス神の思し召しかもしれない………という気持ちも湧いてきた。


 そしてマリアの予想通り、その後ミサキは釣書の中からアーサー・クロフォードその人を選び取った。

「会ってみたいのはこの人かな?」と恥ずかしそうに笑った。


 王家は辺境伯や第二王子などの力のある者に本来なら嫁がせたかった為、少々気落ちした。しかしその中でもマーティン第二王子は目に見えて動揺していた。


『そうか、気になる相手が居て良かったじゃないか。』と一言発した後コーヒーカップに手をつけず砂糖壺の砂糖に直接口をつけてガブ飲みし、思い切り咳き込んだ。

『疲れてるみたいだから部屋に戻るよ』と椅子の足に蹴躓きながらその場を退出。

 翌日、執務机の書類全てを逆さのまま一日中読み、夕餉の席でフィンガーボールの水をスープのように飲もうとしたらしい。


 それから二日ほど雨続きの日に、自費で詩集を出版するから相談に乗ってほしいと思い詰めた表情で王妃に打ち明け、その場の侍女たちを仰天させたと言う。


(我が息子ながら何とも素直でない…………。)王妃は嘆息するとミサキに気持ちを伝えてみてはどうか?と優しく声を掛けた。


「気持ちを伝える?何のことかさっぱり分からんな。皆誤解している。

 確かに私はミサキのことを気に掛けてはいるがそれは国政を担うものとして聖女の将来を考えるのは当たり前だからだ。断じて、私的な恋愛感情ではない。

 黒髪で清楚で、美しくて、ちょっと気が強い聖女なんて…………。


 別に…………。


 私は彼女が一番幸せな状態を望んでいるだけだ。』



 強めの言葉を言い放ったが後の言葉は続かず、その日は大人しく王妃のお喋りに付き合ったとかどうだとか。



 >>>>>>>>>>>>>>>



 アーサー・クロフォードはその日宰相に伴われ、謁見室に呼び出された。


 どうやらこの前のマリア・ヘンダーソン公爵夫人を助けた褒美を取らせるつもりらしい。


 破落戸を取り締まったところ平民の犯人から芋蔓式に男爵が付いてきて、その上王党派の敵対勢力まで釣り上がったものだから陛下は大変に喜ばれていると告げられる。


『騎士としての責務を果たしたまでですので。』と型通り返答したが宰相は『流石騎士の鑑。見事なまでに謙虚。』と益々感心してアーサーの事を誉め称えた。


 偉い人間に『君は偉い!』と誉められると人間居た堪れなくなるものだと25歳にして初めて知る。


 グリフィン宰相は目を見張るほど高価な調度品の部屋にアーサーを座らせる。

 味のわからない高価な菓子と香り高い茶を勧められるが、彼は人生で一番居心地の悪い時間を過ごす。

 こんなに偉い人から褒められたりすると、とんでも無いことが起こるんでは無いだろうか?小心者のクロフォード伯爵が口から心臓が飛び出そうなぐらい緊張しているとやがて陛下と護衛達が現れた。


 髭を蓄え威厳に満ちた王は一通り労いの言葉を述べて微笑んだ。

 そして茶を一口含むと宰相と意味ありげに頷き合う。

『無理にとは言わないが…』と前置きした上で優しく話し始める。




「異世界から召喚した未亡人の聖女を嫁に貰わないか?」


 アーサーは椅子から5センチほど飛び上がった。


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 5年前、この国は魔獣被害で大変な損害を受け存続も危ぶまれたが、異世界から召喚された聖女が強固な防御壁を王国に張ってくれたことで見事に国力を盛り返したのは全国民が知っている話だ。

 聖女は異世界から召喚されたにも関わらず王国の為に身を削って厄災から守ってくれた。


 しかし、大仕事が終わった後、身の振り方が問題になる。


 自国の貴族は王に恩を売りたい者達が列をなし、『聖女の身元を引き受けましょう!』と声をあげてくるのだがどの貴族も信用が置けない。

 浅ましくも多くの貴族たちは聖女を政治の道具としてしか見ていなかった。

 聖女に対する認識も差があり、『所詮は平民だ』と陰口を叩く人間もいれば、『彼女を手元に置けば全能の神マークスの恩恵があるかもしれない』と王家の力も神の加護も得たい貴族に都合の良い噂も出始める。

 実際聖女には全能の神マークスが多かれ少なかれ恩恵を与えていると思われるが、それを盲信してミサキを引き取られても困る。

 彼らが希望する恩恵がなかった場合、ミサキを蔑ろにする可能性がある上に、ミサキの身に何か降りかかった時に、結界(シールド)が綻びて仕舞えば国は今度こそ立て直しが利かなくなる。

 宰相に王家の面々で幾度も話し合った末に、当時魔獣討伐で彼女と共闘したチャペス辺境伯48歳が名乗りをあげ聖女を娶ることになった。

『闘神ガリバー』の二つ名で知られる勇猛果敢なペニシールの将軍。

 騎士を志すものなら一度は彼の指導を受けたいと夢みる男であった。


 議会で騒ぐ貴族を彼は実績と力であっという間にねじ伏せる。それだけ辺境伯には発言力も貴族としての箔もあった。

 王家は討伐に貢献した褒賞として聖女をデイビッド・チャペス辺境伯に与え、彼は聖女を攫うように素早くペニシールに連れて行った。


 聖女ミサキはこうして信頼のおける人間のそばで4年の間は貴族からは守られて成長した。

 しかし辺境伯が病で一年前に帰らぬ人となる。

 暫くは代替わりしたジェローム・チャペスが身元を引き受けてくれていたが事情が出来ミサキは王都に出てきたそうだ。今現在は未亡人として喪に服して社交界にも顔を出さないようにしているが、その喪明けも近い。

 聖女は今年で二十歳。一人にしてしまうには余りに若く先が永いため気の毒で有ると王は悲しげに話す。

 アーサーはなんと返答して良いか分からず

『はぁ、』とか『それはお気の毒に』などの当たり障りない返事を繰り返していた。



 件の事件解決で宰相が喜んでいるのは十分分かるが何故結婚を勧めてくるのか。

 アーサーには確かに恋人も居らず、結婚の予定も無い。

 だが、貴族という柵さえ考えなければいつか平民の恋人くらいは持てるのでは無いかと考えていたのだがこの中年たちはそうは思っていないらしい。


 宰相は動揺を隠せないアーサーに畳み掛けるように説明を始めた。

「勿論君を騎士として高く評価しての事だ。

 騎士学校の成績と入団後の評価は検めさせて貰ったよ。非常に優秀だね。剣技は毎回大会上位であるし戦術の立て方も非常に素晴らしかった。特に遠征中は経費の計算が群を抜いていたな。」

 はい!家が貧乏なので幼少期より嗜んでおりました!………とはさすがこの場で言えず微笑みで肯定する。


「召喚された時はまだ幼かったミサキ様であるが現在は花も綻ぶ二十歳。現在喪に服されているため、表立っての活動は控えておられるがきっと次回の夜会でお披露目が済めば貴族達からの求婚が殺到するであろう。

 しかし私利私欲に塗れた貴族達に彼女を任せることは出来ない。救国の聖女を損得なしに守れるのは高潔な其方しかいないと我々は思いついたのだ。だがそう言って仕舞えば王命と取られてしまうかもしれないな。

 彼女を大切にしてくれるならこちらもそれなりに準備がある。君の家には多大な恩恵を与えたいと思っているし昇格も約束しよう。条件は王と後で詰めさせてもらうが聖女は類い稀なる力を持ち、彼女を抱えた君の家には必ず加護も与えられる。もし結婚相手を探している状態なのであれば良かったら見合いをしてみないか?」


(いや、もう見合いとかしても結果は同じですよね?)

 政治に疎いアーサーでもそれくらいは分かっている。

 しかし考えようによっては伯爵家の再興を望むなら悪い話ではないような気もした。


 勉学も秀でたところは無かったが騎士団の中で剣技の実力だけは上位だ。

 単純に表面的な護衛は勿論可能だが、社交界から彼女を保護するという側面は壊滅的だ。


 何せ自分が社交界から遠のいている上に誰もが認める貧乏生活。

 自分の服さえここ何年と真面に誂えられないのに聖女様の生活なんて支えられるのか?と疑問に思う。

 しかしそんな切り返しは無用とばかりにキレもの宰相は話し続けた。

 凡庸な騎士団員が王の哀愁漂う話術の前では異論も反論も出来るはずがなく話の腰を折らないように首肯するのが精一杯。

 これはどうやっても覆らないし、返事も選べないなぁとものの数分で理解した。


『承知いたしました』

 薄く微笑みながら一言を絞り出すと、王も宰相も満足げに頷き一気に二階級の昇格を約束してくれた。まぁ、聖女を養うにあたり現状の給金では無理だろうと判断されての昇給である。


 元々腕っぷしの実力は有るのだが、貴族としての力とコネが足りず騎士団の階級が低かったアーサーは、この度の活躍であっさりその力を手に入れた。しかも婚約者まで。


『この国に尽力した女性だ。大切にすると約束してくれ。』王からの願いはそれだけであった。


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― 新着の感想 ―
マーティン応援したくなってしまう。まじでもらい泣き。
[一言] 本当にマーティンは不器用ですよね〜 ま、最初の負い目も有ったんでしょうが… ここまでくると確かにマークス神のお導きですねぇ…(笑)
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