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おやすみのキスはまだ足りない【コミカライズ配信記念SS】

 戴冠してから早いもので一か月が経った。

 皇国からの支援もあり復興は順調に進んでいるものの、やらなければならない事は山積みとなっている。大変だけれど、確実に明るい未来へと進んでいる事を実感出来るのだから、嬉しい悲鳴というものだろう。


 仕事を終えたわたしは、護衛騎士と共に執務室を後にした。

 今日は特に忙しい日だった。食事をゆっくりとる時間もなく、片手で摘めるものを執務室に運んで貰って仕事をしていた。……思えば昨日も、一昨日もそんな日を過ごしている。

 明日からはもう少しゆっくりと仕事を進められるといいのだけど。


 そんな事を考えながら自室に戻ると、ついてきてくれた騎士は一礼をして詰所の方へと向かっていった。


「シェリル様、お疲れ様です」


 部屋の中にはイルゼさんが待っていてくれて、遅い時間だというのに明るい笑顔で出迎えてくれた。その笑みを見るだけで、何だかほっとしてしまう。


「ありがとうございます。遅い時間まですみません」

「そういった事は気になさらないで下さいと、いつも申し上げていますのに」

「ふふ、そうでした」


 ソファーに座ったわたしの髪をイルゼさんが優しく解いてくれる。髪飾りと柔らかな布をわたしに渡して、イルゼさんは浴室へと消えていった。


 わたしは蝶の髪飾りを丁寧に布で拭き始めた。汚れているわけではないのだけど、こうしてお手入れをするのが日課となっている。

 特に大切なものだから、自分でしたいという我儘だ。綺麗に拭いてから小さな宝石箱にしまって、そっと蓋を閉じた。


「シェリル様、お腹は空いていませんか? まもなく湯浴みの準備も整いますが、軽食もご用意できますよ」

「今日は大丈夫です。お湯も一人で使えますから、イルゼさんももう休んで下さい」

「でも……」

「明日も朝早いでしょう。イルゼさんにもしっかり休んで貰いたいのです。だってわたしの支度はイルゼさんにお任せするんですから」


 もう日付も変わろうとしている。こんな時間までイルゼさんに待っていて貰ったのも申し訳なく思うのだ。


──コンコンコン


 不意にノックが響いた。

 こんな時間にわたしの部屋を訪ねてくる人なんて、一人しかいない。私はイルゼさんに開けるよう頼むと、ドアに向かったイルゼさんはその通りにその人──リアム様を中に入れてくれた。


「シェリル様、お言葉に甘えて私は休ませて頂きますね」

「え? あ、はい。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ。リアム様、シェリル様をお願いしますね」


 にこにこと笑みを深めたイルゼさんは機嫌よく尻尾を揺らしながら、部屋を後にしてしまった。

 残されたわたしとリアム様は顔を見合わせて、笑ってしまう。


「リアム様もいまお戻りになったのですか?」

「ああ。部屋の明かりがついていたから寄らせて貰った」

「お顔が見れて嬉しいです」


 わたしの隣に座ったリアム様は軍服姿だ。

 今日はグラナティス周辺の見回りに出ていてくれたのだ。午前は訓練に参加して、午後からは見回り。彼にも随分と忙しい思いをさせてしまっている。


「なぁシェリル、俺の事は何と呼ぶんだった?」


 ソファーの背凭れに腕をかけ、逆手でわたしの頬を包みながらリアム様がそんな事を口にする。少し垂れた金の瞳が細められていた。


「……様を取って、呼ぶ事をお約束しました」


 そう、敬称をとって名前で呼ぶと約束をしていたのだ。

 わたしは女王となり、同盟国の将軍とはいえリアム様を敬称付きで呼ぶのはどうなのかと、そうリアム様に言われてしまった。

 慣れなくて、まだリアム様と呼んでしまうけれど。話し方は諦めて貰った。この話し方で慣れてしまっているから、もう崩して話すとぎこちないものになってしまう。


「そうだったな。では呼んでみてくれ。俺はリアムと呼ばれたい」


 リアム様は悪戯に笑って見せる。そんなところも素敵だと思ってしまうけれど、今はそう、名前を呼ばなければ。

 未だに緊張してしまって、胸がドキドキと騒がしい。


「……リアム」


 リアム様……リアムは嬉しそうに笑う。その笑みにまた鼓動が跳ねた。

 わたしが名前を呼ぶ事で、こんなにも嬉しそうにしてくれるなんて。恥ずかしさなんてどこかに投げ捨ててしまおう。

 この人が喜んでくれる事が、わたしの喜びでもあるのだから。


「それにしても、今日も随分と遅かったな」


 背凭れに掛けていたリアムの腕がわたしの肩に回される。引き寄せられるままに体を預けると、ふわりとパルファムの香りがした。


「皆さんに助けて頂いているとはいえ、やる事は山積みですから」

「無理はしないようにと言っても……するんだろうな、お前は」

「無理だとは思っていないのです。わたしはまだ動けるのですから」


 それに、この忙しさも希望に満ちている。あの絶望の日々を思えば、この忙しさは楽しいくらいだ。明るい未来に繋がっているのだから。


「動けるからといって無理じゃないとは言わないぞ。急に倒れでもしてお前が動けなくなったら、国民たちがどう思うか考えろ」


 咎めるような色はなく、わたしへの気遣いに溢れている声だった。

 でも確かに彼の言う通りだ。わたしが動き続けていたら、皆も休めないかもしれない。先程まで部屋で待っていてくれたイルゼさんの事も思い出して、何だか申し訳なく思ってしまう。


「そうですね……気を付けます。なんだか焦っていたのかもしれません」

「気持ちは分かるから、あまり止めたくもないんだが。それでも誰かが言わないとお前は休まないだろう? その誰かは俺以外にありえないしな」

「ふふ。でも、リアムもちゃんと休んで下さいね」

「分かってる」


 頬に触れていたリアムの手が、わたしの顎にかかる。指先でくいと上を向かされると、金瞳と目が合った。その瞳に映る熱に焦がされてしまいそう。


「休めるようにキスで眠らせてやろうか」


 初めてキスをした時の事を思い出す。

 魔力を注がれて、お酒を飲んだ時のように酔ってしまったあの時の事を。確かにあんな風に魔力を注がれたら、今でもきっと眠ってしまうだろう。でも──


「……魔力を注がなくても、キスしてほしいです」


 わたしが紡いだ乞い願う言葉に、リアム様の顔から笑みが消えた。金瞳が色を濃くしてわたしの事を見つめている。


「お前は、本当に煽ってくれるな」


 低い声が耳に届いたその瞬間、噛みつくようにキスをされた。

 肩を抱かれ、逆の手がわたしの髪を乱していく。


 息が出来なくて苦しいのに、わたしがしたのは、リアムの背に両腕を回して抱き着く事だけだった。もっと触れたい。もっと、心の奥深くまで。


 ゆっくりと唇が離れ、まだ吐息の触れ合う距離で見つめ合う。

 ああ、胸が苦しい。まだ、足りない。


「……まだ眠れません」


 そうぽつりと呟くと、リアムは低く笑って、また──唇が重なった。


12/17よりcomicoさんでコミカライズが始まりました。

毎週日曜18時に更新です。

応援宜しくお願いします!

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