99話 ファンヌとドローテアのお茶会に行く
二度目の里帰りの二日目はいつもどおりクランツと朝練をして、ファンヌの給仕で朝食を取った後は、ファンヌが仕事を終えて出掛ける支度を整えるのを待つ間に再びクランツと訓練をした。
食後なので、激しい動きのない“カウンター越しに腕を掴まれた時の対処法”をひたすら練習するが、対人練習が少ないせいかあまり上達していないように思う。
「う~ん、何だかぎこちないですよね」
「まだ体に入っていないんでしょう。回数をこなすしかありません」
NGに引っ掛かる気がして結局ミルドに練習に付き合ってと頼めないまま一人で練習を続けてきたけれど、開店するまでに身に付けようと思ったらやはりミルドに頼まないと無理だろうな……。
仕方ない。ミルドが寒冷地での性能テストから帰ってきたら頼んでみよう。
今月いっぱいは堂々とこき使えと言われたんだから、まずは聞いてみないと。
クランツに馬車で送ってもらい、家に着いて最上級シネーラから街着のシネーラに着替えると、まだ少し早い時間だがファンヌと二人でランチを食べに出掛けた。
いつもわたしが朝食を食べに行っている店に行きたいとファンヌが言っていたので、マッツのパン屋とロヴネルのスープ屋に行くことにしていたのだ。
離宮で働いている時と違って、ヤルシュカと派手メイクでゴージャスなモード系美女になっているファンヌはやはり道行く魔族男性の視線を集めている。
その隣にいる地味服、地味メイクのわたしは随分と貧相に見えるんだろうなと思うと多少肩身は狭いけれど、ファンヌは自慢の友達なので胸を張って歩こう。
まだ昼前で店が混み始める前だったので、店主のマッツとロヴネルにファンヌを紹介した。
「ほう、スミレちゃんの友人か。随分と別嬪さんじゃなあ! ゆっくり食べてっておくれ」
「あんたには同性の友人がいないんじゃないかと気になってたんだが、ちゃんといたんだな。安心したぜ」
マッツとロヴネルが初対面のファンヌを歓迎してくれるのを見て、何となくホッとした。
これまでわたしはいつも紹介される側だったのに、今は彼らに知り合いを紹介する側になっている。
いつの間にか自分が城下町の一員になっていたことを実感して、秘かに嬉しさを噛みしめつつ軽めのメニューを注文した。
ドローテアのお茶会はお菓子もいろいろと供されるので、お腹に余裕を持たせて行かないと食べ切れなくて切ない思いをすることになりかねない。
店の常連の魔族男性たちがチラチラとファンヌを見ているのを、フフフわたしのファンヌは美人でしょ、見た目だけじゃなく気立ても良くて仕事ぶりも一流なんだぞー、と心の中で自慢しながら昼食を平らげた。
食事を終えて店を出ると、腹ごなしを兼ねてファンヌと一緒に買い物に出掛け、酒屋と食料品店で今夜二人で飲むお酒とつまみを調達する。
ファンヌは白ワインが好みだそうで、甘口の発砲タイプと辛口を1本ずつ買っていた。
「結構飲むんだね。ファンヌってお酒強いの?」
「普通よ。2本買うのは念のためね。飲み足りないのって嫌じゃない?」
「それもそうか。せっかくのお泊り会なんだからガッツリ買っておこうっと」
「そうそう。次回に持ち越したっていいんだもの」
次回がある前提でファンヌが話しているのが嬉しくて、わたしは顔がにやけるのを止められない。
一旦家に帰って荷物を置き、約束の時間きっかりにドローテアの家を訪れた。
「ようこそ、いらしゃい。二人ともよく来てくれたわね」
「ご招待ありがとうございます。楽しみにしていました」
迎え入れるドローテアと初対面のファンヌがさらりと挨拶を交わす様はとても自然だ。
やや微笑を浮かべる程度で、特に印象を良くしようといった気負いもない。
なるほど、これが一般的な魔族女性の初対面の挨拶か。参考になるなぁ。
我が家では店舗に充てている部屋がドローテアのところでは広い応接間になっていて、お茶会は前回と同じくそこで行われるようだ。
ドローテアはお茶会が好きなようだから、ドアから入ってすぐの部屋をお茶会向きな作りにしているんだろう。
部屋の片側にはダイニングテーブルのような大きなテーブルがあり、反対側にはソファーとローテーブルが置かれている。
大きなテーブルには既に本式の紅茶の準備がなされていて、お菓子を盛った皿が何枚か置かれていた。
ふんわりと甘い匂いが漂っていて、思わず顔が綻んでしまう。
ドローテアが紅茶を淹れる様子を見ながら、ファンヌがそのテクニックの解説をしてくれた。
それに、6種類の添え物の種類や銘柄をドローテアに尋ねては茶葉との組み合わせを褒めたり、話を広げたりしている。
前回のお茶会でのわたしはただ出されたものをいただいて感想を言うだけだったけれど、さすがにファンヌの社交力は高いと感心する。
「スミレ、せっかくだからスパイスを入れて飲んでごらんなさいよ。カルダモン入りって飲んだことないでしょう?」
「うん。……お~、何だかスッキリしますね。この焼き菓子とも合うなぁ」
「この前は無難にシナモンにしたのだけれど、今日はお茶好きの方もいらっしゃるから少し大人っぽいチョイスにしてみたのよ」
「本式の紅茶だからできることですよね。素敵、本当に嬉しいわ」
うっとりした表情のファンヌはそう言うと、ティーカップの上でカットオレンジをジュッと絞り、香りと味を楽しんでいる。
本式の紅茶の添え物が砂糖、ミルク、蜂蜜、ジャム、果物、スパイスと種類が多いのは部族や種族でかなり好みが分かれるからだと、以前ファンヌに聞いた。
それなりの人数がいるお茶会なら添え物の好みの幅も広がるから準備する甲斐もあるが、少人数の場合だと少々持て余すから余程丁重にもてなしたい相手でないとやらないらしい。
「その本式の紅茶を2回も振る舞ってくださって、本当にありがとうございます」
「ホホホ、どういたしまして。わたしも長生きしているけれど、さすがに人族とお茶をしたことはないから好みがわからないでしょう? リサーチの一環なのだからあまり気にしないでちょうだい」
「ドローテアさんから見たスミレの好みはどんな感じかしら。参考までにお聞きしたいわ」
「そうねぇ。基本的に砂糖は入れないのではなくて? ミルクはともかく、蜂蜜やジャムはお茶に入れるよりお菓子に付けて食べる方が好みのようね。だから、次のお茶会はちょっと趣向を変えて緑茶にしてみようかしらと考えているところよ」
ドローテアがおっとりと笑いながら答えた内容はほぼ全問正解という感じで、まさかの緑茶好きまで把握されかけているとは思わなかった。
ファンヌも、たった2回のお茶会でそこまで把握してしまうのかと驚いている。
もちろん御年900歳というドローテアの老練な観察眼もあるのだろうが、本式の紅茶というのはかなり嗜好が露呈するものらしく、自分の好みが丸裸にされてしまいそうでちょっと怖い。
「人族のお茶は魔族のものとあまり変わりないと前回聞いたけれど、お茶会のやり方もほぼ同じなのかしら」
「お茶会自体をわたしはほとんどやったことがないのでわかりませんが、お菓子だけじゃなくてサンドイッチが出ることもあると聞きました」
わたしは隠れ住んでいた設定になっているし、この世界の人族についてまったく知らないのでぼかしつつも、元の世界のアフタヌーンティーを思い浮かべながら話を繋いでみる。
クッキーやスコーン、ケーキなどが登場するのは同じだけれど、魔族のお茶会メニューでサンドイッチを見掛けたことがないから言ってみたら、ドローテアとファンヌがものすごい勢いで食いついてきた。
「サンドイッチ……なかなか斬新ね。キュウリやレタスのサンドイッチならお菓子で甘くなった口の中もさっぱりするし、シャキシャキした食感が加わるのはおもしろいわ」
「マヨネーズやマスタードという味が加わったらお茶会メニューの雰囲気がかなり変わりそうですね。チーズやハムのサンドイッチなら塩味も加わるし、ボリュームアップにもなるから男性受けも良さそう」
「そうね。特に獣人族の男性は大食漢が多いから、お茶菓子だけでなく軽食もあったら喜びそうよ」
「ただ、ちょっと斬新すぎるから抵抗感を覚える人がいるかもしれないわ。魔人族のお茶会でいきなり出すのは、わたしはちょっと躊躇します」
「竜人族の方もそんな感じね。お茶菓子とサンドイッチの中間のようなメニューがあればいいのだけれど……」
「……あの、それじゃフルーツサンドはどうですか? ホイップクリームに刻んだフルーツを混ぜたものをサンドイッチの具にするんですけど」
「それいいわね!」
「スミレ、素晴らしいわ!」
すっかり意気投合したドローテアとファンヌが実際にフルーツサンドを作ってみようと言い出して、キッチンへなだれ込んで作業を始めた。
手出しすることがなく微妙に手持ち無沙汰になったわたしは、キッチンの窓からふと見えた外の景色にいいことを思いつく。
「ドローテアさん、ちょっと裏庭を見せてもらってもいいですか。いつも2階の窓から見ていて綺麗だなって思ってたんです」
「あら、嬉しいこと。どうぞ、好きなだけ見ていってちょうだい」
「ありがとうございます。……わあ、すごいな~」
キッチンから裏庭へ出るドアを開けると、そこは緑と花がいっぱいの空間で、こぢんまりとしたイングリッシュガーデンを思わせるような庭だった。
ドローテアは園芸も趣味なので、応接間にも花や観葉植物の鉢植えがさり気なく飾られていたが、この裏庭は地面もレンガ塀も見えない程植物が溢れていて、まるでここだけ別世界のような心地良いクローズド感がある。
何の木かはわからないがシェードのように枝葉を広げている果樹があり、その下にはガーデンテーブルとイスが一脚置かれていた。
ドローテアはこの木陰で一人お茶を飲んだり、本を読んだりするんだろうか。
気持ち良さそうだし、うちの裏庭にもテーブルとイスを置きたくなってきた。
雑貨屋経営が軌道に乗ってお財布が潤ったら内装屋に頼んでみようかな。
キッチンのドアが開いて、ファンヌがわたしを呼びに来た。
応接間の大きいテーブルからソファーの方へ席を移して、出来上がったフルーツサンドを新たに淹れられたお茶と一緒にいただく。
ムフ、おいしい。今度自分でも作ってみよう。
「素敵なお庭でした。何だか秘密基地みたいで」
「まあ! 秘密基地だなんて素敵ね。竜人族の里は標高の高いところにあるせいであまり緑が豊かではないのよ。いつか花と緑がいっぱいの自分だけの庭を持つのが夢だったから、退職する時に会長がここで夢を叶えないかと言ってくれた時は本当に嬉しかったわ。それ以来、少しずついろんな植物を植えて楽しんでいるの」
会長というのはオーグレーン商会の会長のことか。いい大家さんだなぁ。
ドローテアの話を聞いているうちに綿糸の編み物も趣味だとわかり、ソファーに置かれているサマーセーターのような手触りのクッションカバーもドローテアのお手製だと聞いて驚く。
今はランチョンマットを作っていると言って見せてくれた編み物に刺さっている編み棒を見て、ビビッと閃いた。
これを菜箸代わりにできるのでは!?
手芸系の道具屋を教えてもらったので、近いうちに覗いてこようと思う。
フフフ、これでオムレツ作りが楽になるはず!
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